「邪なる追剥の洞窟?」
「ええ、冒険者ギルドで告知されていたんです。
新しく出来たダンジョンのようなんですけど、金貨30枚でダンジョンマスターの討伐依頼が出ていました」
「金貨30枚!?」
宿屋に併設された酒場でテーブルを囲みながら、街で二手に分かれて情報収集した結果を話し合う。
新しいダンジョンの攻略依頼か。それにしても、出来たばかりのダンジョンで金貨30枚とは随分と張り込んだもんだね。それだけ、そのダンジョンを警戒しているってことだろうけど。
「沢山のパーティが挑戦しているみたいだが、あまり進んでいないらしいな。
魔物も強力なやつが徘徊している上、瘴気まで漂っているって話だ」
「瘴気か。厄介だけど、ウィディが居れば何とかなるかな」
歳は若いけどウィディの修道士としての力は並みの司教以上、下手をすると大司教にも匹敵するから、彼女の張る結界なら瘴気も防ぐことが出来るだろうね。
「で、どうする?」
「そうだな、みんなの反対がなければ挑んでみようと思う。
ちょっと寄り道になるけどね」
アークに言われて少し思案する。私達のパーティは魔王討伐のために魔族領に向かう途中でこのリーメルの街に立ち寄っただけだから、ダンジョン攻略は完全に寄り道だ。とは言え、アークやウィディは性格上この街を放っておけないだろうし、攻略難度の高いダンジョンでは強力な武器やアイテムが手に入ることもある。それに、路銀は足りているとは言えお金はあって困るもんじゃないから報酬も魅力的だね。
「分かった、私は賛成するよ」
「俺もだ」
「私も賛成です」
私に続いてジオもウィディも賛成し、満場一致で新ダンジョンに挑むことになった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ダンジョンの攻略難度が高いという話は事前に聞いていたが、正直ここまでとは思わなかった。辺りに漂う瘴気はウィディの結界無しにはとても無事では居られそうにない濃度だし、徘徊する魔物もかなり強力だった。加えて先程結界の張り直しに合わせて休憩を取った時から、これまで以上の勢いで魔物の襲撃が続いて私達の体力を奪っていった。
「ふぅ、さっきからやたらと魔物が襲ってくるね」
「ダンジョンマスターの悪口言ったから怒ってるんじゃないか?」
何度目かの襲撃を撃退しながら零した愚痴に、ジオが軽口で乗ってきた。
「確かに、意図的に差し向けられている感じがするな」
「………………」
アークもそれに同意するが、唯一ウィディだけが話に入ってこない。それどころか何故か俯き加減で小刻みに震えている。
「ウィディ?」
「おい、どうしたんだ?」
「大丈夫か?」
様子のおかしいウィディに口々に問い掛けるが、ウィディは中々答えなかった。しかし、やがて顔を真っ赤に染めて涙目になりながら言葉を返した。
「そ、その……お手洗いに行きたくて……」
「………………」
「………………」
「………………」
コホン、と咳払いをして私は男共を追い払った。
高位の冒険者とは言え生理現象には勝てない。ダンジョンに入ってからかなり時間が経っておりウィディの我慢も限界だったのだろう。男共が見えない位置まで離れたのを見届けると、ウィディはすぐさま壁際にしゃがみ込んだ。魔物はこちらの事情なんか斟酌してくれないからウィディ一人にするわけにはいかない為、同性の私が周囲の警戒に付く。
気まずいけれどこればかりは仕方ない。ダンジョン内にトイレなんて無いのだからやむを得ない話だ。
……と思ってたんだけど、どうもこのダンジョンはつくづく変わり物のようだった。
1階層下った最初の部屋に、男女それぞれのトイレの入り口が設けられていた。ご丁寧にプレートまで付いている。
「あやしい」
「あやしいぜ」
「あやしいな」
「先程の階層にあればあんな恥ずかしい目に合わずに済みましたのに……っ!」
ウィディだけは別の理由で唸っているけれど、普通に考えてあやしい事この上ないよ。ダンジョンにトイレが設置されているなんて明らかに不自然だ。罠の可能性が高い、高いんだけど……。
「アーク、罠が無いか調べられないかい」
実を言うと、私もちょっと限界に近かったりするんだよ。罠が無いなら使いたい。アークの聖剣の加護で罠の有無が調べられるから、問題が無いか見て貰う。
「うぅ……まさかトイレの安全を調べるのに聖剣の加護を使うなんて思わなかった。
聖女神ソフィア様、お許し下さい……」
結局、罠は見当らないと言うことで有難く使わせて貰うことにした。
ウィディが恨めしそうな目で睨んでいたけど、気にしないでおこう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
10階層に到達した私達はある部屋で足止めを喰らっていた。その部屋には中央に大きな台座があり、そこには文字が刻まれている。
「『不死者の玉座に挑む者よ、正しき星辰を揃えよ』か。
一体どう言う意味だ?」
「このダンジョンはアンデッドが多いですから、『不死者の玉座』とはこのダンジョンの主であるダンジョンマスターを意味していると思います」
そうだね、私も同じウィディと同じ考えだよ。
「成程、そうするとダンジョンマスターと戦いたければ『正しき星辰を揃えよ』ってことか。
正しき星辰って何だろう」
そこが分からないのに成程も何もないだろうに、アークは相変わらずだね。
「星辰は星のことだね。
多分この台座にあるマークは星を指していると思うんだけど」
台座には文字の他に3つの四角上の窪みがあり、その中には何かのマークが刻まれている。丸の周りにギザギザが付いたマーク、太い弧を描いたようなマーク、そして5つの頂点を持つギザギザのマークだ。
「このマークをどうにかして揃えればいいのか?
……動かねえぞ」
「魔力を籠めてみても駄目だね」
ジオが右側の窪みに手を突っ込んでマークを横に動かそうとするが、全く動かないみたいだ。力でどうにかなるものではないみたいだ。かと言って、魔法の仕掛けと言うわけでもなさそうだ。
「アーク様、聖剣の導きで何か分かりませんか?」
「済まない、特に何も……」
「い、いえ! 無理を言って済みません!」
ウィディがアークの持つ聖剣に一縷の望みを託すが、どうやらそれも無理のようだ。
申し訳なさそうにそれを告げるアークに、ウィディが恐縮している。
「聖女神様から授かった聖剣でも無理なのかよ。
かなりの難問だな。
肉体労働専門のオレには荷が重いぜ」
「んなこと言ってないで、一緒に考えなさい!」
アークもそうだけど、ジオもあまり考えるのが得意ではない力押しの性格だ。とは言え、私とウィディだけに頭脳労働を全て押し付けられても困る。
その後、聖剣で台座に切り付けてみたり台座自体を動かそうとしたりと、色々試してみたのだが状況は改善しなかった。
「駄目だ、どうすればダンジョンマスターが出てくるのかサッパリ分からない。
浅い階層のダンジョンだと思ってたから準備も足りない。
悔しいけれど、ここは一旦引き返すことにしよう」
「クッ、ダンジョンマスターを目の前にして引き下がるしかないなんて……っ!」
ま、仕方ないか。手詰まりだし、アークの言うように準備が足りないのも事実だ。まさか出来たばっかりのダンジョンがこんなに深いとは思っていなかったので、野営の準備も簡単にしかしてこなかったのだから仕方ない。
私達は諦めて地上に戻ることにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その後、リーメルの街に戻って情報収集を行うことにした私達の耳にとある噂が入ってきた。
それは、あのダンジョンに本物の邪神が棲んでいるという噂だ。
「邪神か。 正直、眉唾物だが……」
「ただ、あのダンジョンの瘴気が尋常じゃないのも事実だね」
実際探索してみて分かったが、あのダンジョンに漂っている瘴気の濃度は尋常ではなかった。それこそ、あそこに邪神が居ると言われても納得出来てしまうレベルだ。それに、出没する魔物も相応に強力だった。
「どうしますか、アーク様」
「…………………」
ウィディが問い掛けるが、アークは珍しく悩んだまましばらく黙っていた。
「正直……悔しいが今の俺達で邪神に勝てるとは思えない」
邪神ってのは魔王を生み出した存在だと言われているから、魔王よりも強いのはまず間違いない。今の私達で魔王に勝てるかは分からないけれど、少なくとも神と呼ばれる存在と戦って勝てるかと言えば望み薄だろう。
「確かにね」
「そうだな、流石に無理だろう」
「聖光教の教徒として口惜しいですが……」
ウィディは修道士の立場上苦い顔をしているが、だからと言ってここで無理をした結果魔王を倒せなければ本末転倒だ。勇者であるアークの役割はあくまで魔王を倒すことで、私達パーティメンバーはそのサポートなのだから。
「一先ず、あのダンジョンのことは心に留めておいて、先に魔族領に向かうことにしよう。
無事魔王を倒せた時は、ここに戻ってきてもう一度挑もう」
力強く宣言するアークに、私達はそれぞれ頷きを返した。
「それにしても苦労した割に結局収穫は良く分からねぇ石板が一枚だけか。
やれやれ、とんだ骨折り損のくたびれ儲けだぜ」
「そう言えば、何だったんでしょうね、あの石板」
そう言えば、10階層で拾ったアイテムの中に用途の分からない石板があったね。特に魔力も感じないし、何の変哲もない石板にしか見えないんだけど。
「分からないけれど、邪神が棲むと言われているダンジョンで拾ったアイテムだ。
もしかすると、凄い力を秘めているのかも知れない。
魔王との戦いの切り札になってくれる可能性もある」
「だといいけどね」
さて、寄り道は終わりでいよいよ明日からは魔王城を目指す旅の始まりか。
無事、この街に戻って来られることを祈るとしようかね。