浦島うらしま太郎たろう

　　　　　一いち

　むかし、むかし、丹後たんご（たんご）の国くに水みず（みず）の江こう（え）の浦うら（うら）に、浦島うらしま太郎たろうというりょうしがありました。
　浦島うらしま太郎たろうは、毎日まいにちつりざおをかついでは海うみへ出でかけて、たいや、かつおなどのおさかなをつって、おとうさんおかあさんをやしなっていました。
　ある日ひ、浦島うらしまはいつものとおり海うみへ出でて、一いち日にちおさかなをつって、帰かえってきました。途中とちゅう（とちゅう）、子こどもが五ご、六ろく人にん往来おうらい（おうらい）にあつまって、がやがやいっていました。何なに（なに）かとおもって浦島うらしまがのぞいてみると、小ちいさいかめの子こを一いちぴきつかまえて、棒ぼう（ぼう）でつついたり、石いしでたたいたり、さんざんにいじめているのです。浦島うらしまは見みかねて、
「まあ、そんなかわいそうなことをするものではない。いい子こだから」
と、とめましたが、子こどもたちはきき入いれようともしないで、
「なんだい。なんだい、かまうもんかい」
といいながら、またかめの子こを、あおむけにひっくりかえして、足あしでけったり、砂すな（すな）のなかにうずめたりしました。浦島うらしまはますますかわいそうにおもって、
「じゃあ、おじさんがおあしをあげるから、そのかめの子こを売うっておくれ」
といいますと、こどもたちは、
「うんうん、おあしをくれるならやってもいい」
といって、手てを出だしました。そこで浦島うらしまはおあしをやってかめの子こをもらいうけました。
　子こどもたちは、
「おじさん、ありがとう。また買かっておくれよ」
と、わいわいいいながら、行おこなってしまいました。
　そのあとで浦島うらしまは、こうらからそっと出だしたかめの首くび（くび）をやさしくなでてやって、
「やれやれ、あぶないところだった。さあもうお帰かえりお帰かえり」
といって、わざわざ、かめを海うみばたまで持もって行いってはなしてやりました。かめはさもうれしそうに、首くびや手足てあしをうごかして、やがて、ぶくぶくあわをたてながら、水みずのなかにふかくしずんで行いってしまいました。
　それから二に、三さん日にちたって、浦島うらしまはまた舟ふねにのって海うみへつりに出でかけました。遠とおい沖おき（おき）のほうまでもこぎ出だして、一生いっしょう（いっしょう）けんめいおさかなをつっていますと、ふとうしろのほうで
「浦島うらしまさん、浦島うらしまさん」
とよぶ声こえがしました。おやとおもってふりかえってみますと、だれも人ひとのかげは見みえません。その代だい（かわ）り、いつのまにか、一いちぴきのかめが、舟ふねのそばにきていました。
　浦島うらしまがふしぎそうな顔かおをしていると、
「わたくしは、先日せんじつ助すけ（たす）けていただいたかめでございます。きょうはちょっとそのお礼れい（れい）にまいりました」
　かめがこういったので、浦島うらしまはびっくりしました。
「まあ、そうかい。わざわざ礼れいなんぞいいにくるにはおよばないのに」
「でも、ほんとうにありがとうございました。ときに、浦島うらしまさん、あなたはりゅう宮みや（ぐう）をごらんになったことがありますか」
「いや、話はなしにはきいているが、まだ見みたことはないよ」
「ではほんのお礼れいのしるしに、わたくしがりゅう宮みやを見みせて上あげたいとおもいますがいかがでしょう」
「へえ、それはおもしろいね。ぜひ行いってみたいが、それはなんでも海うみの底そこにあるということではないか。どうして行いくつもりだね。わたしにはとてもそこまでおよいでは行いけないよ」
「なに、わけはございません。わたくしの背中せなか（せなか）におのりください」
　かめはこういって、背中せなかを出だしました。浦島うらしまは半分はんぶんきみわるくおもいながら、いわれるままに、かめの背中せなかにのりました。
　かめはすぐに白しろい波なみ（なみ）を切きって、ずんずんおよいで行いきました。ざあざあいう波はの音おとがだんだん遠とお（とお）くなって、青あおい青あおい水みずの底そこへ、ただもう夢ゆめ（ゆめ）のようにはこばれて行いきますと、ふと、そこらがかっとあかるくなって、白玉しらたま（しらたま）のようにきれいな砂すな（すな）の道みち（みち）がつづいて、むこうにりっぱな門もんが見みえました。その奥おく（おく）にきらきら光ひかって、目めのくらむような金銀きんぎんのいらかが、たかくそびえていました。
「さあ、りゅう宮みや（ぐう）へまいりました」
　かめはこういって、浦島うらしまを背中せなか（せなか）からおろして、
「しばらくお待まちください」
といったまま、門もんのなかへはいって行いきました。


　　　　　二に

　まもなく、かめはまた出でてきて、
「さあ、こちらへ」
と、浦島うらしまを御殿ごてん（ごてん）のなかへ案内あんない（あんない）しました。たいや、ひらめやかれいや、いろいろのおさかなが、ものめずらしそうな目めで見みているなかをとおって、はいって行いきますと、乙姫おとひめ（おとひめ）さまがおおぜいの腰元こしもと（こしもと）をつれて、お迎むかい（むか）えに出でてきました。やがて乙姫おとひめ（おとひめ）さまについて、浦島うらしまはずんずん奥おく（おく）へとおって行いきました。めのうの天井てんじょう（てんじょう）にさんごの柱はしら、廊下ろうか（ろうか）にはるりがしきつめてありました。こわごわその上うえをあるいて行いきますと、どこからともなくいいにおいがして、たのしい楽らく（がく）の音おと（ね）がきこえてきました。
　やがて、水晶すいしょう（すいしょう）の壁かべ（かべ）に、いろいろの宝石ほうせき（ほうせき）をちりばめた大広間おおひろま（おおひろま）にとおりますと、
「浦島うらしまさん、ようこそおいでくださいました。先日せんじつはかめのいのちをお助すけ（たす）けくださいまして、まことにありがとうございます。なんにもおもてなしはございませんが、どうぞゆっくりおあそびくださいまし」
と、乙姫おとひめさまはいって、ていねいにおじぎしました。やがて、たいをかしらに、かつおだの、ふぐだの、えびだの、たこだの、大小だいしょういろいろのおさかなが、めずらしいごちそうを山やまとはこんできて、にぎやかなお酒盛さかもり（さかもり）がはじまりました。きれいな腰元こしもと（こしもと）たちは、歌うたをうたったり踊おどり（おど）りをおどったりしました。浦島うらしまはただもう夢ゆめ（ゆめ）のなかで夢ゆめを見みているようでした。
　ごちそうがすむと、浦島うらしまはまた乙姫おとひめさまの案内あんない（あんない）で、御殿ごてん（ごてん）のなかをのこらず見みせてもらいました。どのおへやも、どのおへやも、めずらしい宝石ほうせきでかざり立だててありますからそのうつくしさは、とても口くちやことばではいえないくらいでした。ひととおり見みてしまうと、乙姫おとひめ（おとひめ）さまは、
「こんどは四季しきのけしきをお目めにかけましょう」
といって、まず、東ひがしの戸とをおあけになりました。そこは春はるのけしきで、いちめん、ぼうっとかすんだなかに、さくらの花はなが、うつくしい絵えのように咲さき乱らん（みだ）れていました。青青あおあお（あおあお）としたやなぎの枝えだ（えだ）が風ふうになびいて、そのなかで小鳥ことりがないたり、ちょうちょうが舞まい（ま）ったりしていました。
　次つぎに、南みなみの戸とをおあけになりました。そこは夏なつのけしきで、垣根かきね（かきね）には白しろいうの花はなが咲さいて、お庭にわの木きの青葉あおば（あおば）のなかでは、せみやひぐらしがないていました。お池いけには赤あかと白しろのはすの花はなが咲さいて、その葉はの上うえには、水晶すいしょう（すいしょう）の珠たま（たま）のように露ろ（つゆ）がたまっていました。お池いけのふちには、きれいなさざ波なみ（なみ）が立たって、おしどりやかもがうかんでいました。
　次つぎに西にしの戸とをおあけになりました。そこは秋あきのけしきで花壇かだん（かだん）のなかには、黄きぎく、白しろ（しら）ぎくが咲さき乱みだれて、ぷんといいかおりを立たてました。むこうを見みると、かっともえ立たつようなもみじの林はやしの奥おく（おく）に、白しろい霧きり（きり）がたちこめていて、しかのなく声こえがかなしくきこえました。
　いちばんおしまいに、北きたの戸とをおあけになりました。そこは冬ふゆのけしきで、野のには散ち（ち）りのこった枯葉かれは（かれは）の上うえに、霜しも（しも）がきらきら光ひかっていました。山やまから谷たににかけて、雪ゆきがまっ白しろに降ふり埋うめ（うず）んだなかから、柴しば（しば）をたくけむりがほそぼそとあがっていました。
　浦島うらしまは何なにを見みても、おどろきあきれて、目めばかり見みはっていました。そのうちだんだんぼうっとしてきて、お酒さけに酔よい（よ）った人ひとのようになって、何なにもかもわすれてしまいました。


　　　　　三さん

　毎日まいにちおもしろい、めずらしいことが、それからそれとつづいて、あまりりゅう宮みやがたのしいので、なんということもおもわずに、うかうかあそんでくらすうち、三さん年ねんの月日つきひがたちました。
　三さん年ねんめの春はるになったとき、浦島うらしまはときどき、ひさしくわすれていたふるさとの夢ゆめ（ゆめ）を見みるようになりました。春はるの日ひのぽかぽかあたっている水みず（みず）の江こう（え）の浜はまべで、りょうしたちがげんきよく舟ふねうたをうたいながら、網あみ（あみ）をひいたり舟ふねをこいだりしているところを、まざまざと夢ゆめに見みるようになりました。浦島うらしまはいまさらのように、
「おとうさんや、おかあさんは、いまごろどうしておいでになるだろう」
と、こうおもい出だすと、もう、いても立たってもいられなくなるような気きがしました。なんでも早はやくうちへ帰かえりたいとばかりおもうようになりました。ですから、もうこのごろでは、歌うたをきいても、踊おどり（おど）りを見みても、おもしろくない顔かおをして、ふさぎこんでばかりいました。
　その様子ようす（ようす）を見みると、乙姫おとひめ（おとひめ）さまは心配しんぱい（しんぱい）して、
「浦島うらしまさん、ご気分きぶんでもおわるいのですか」
とおききになりました。浦島うらしまはもじもじしながら、
「いいえ、そうではありません。じつはうちへ帰かえりたくなったものですから」
といいますと、乙姫おとひめさまはきゅうに、たいそうがっかりした様子ようすをなさいました。
「まあ、それはざんねんでございますこと。でもあなたのお顔かおをはいけんいたしますと、この上うえおひきとめ申もうしても、むだのようにおもわれます。ではいたし方ほう（かた）ございません、行おこなっていらっしゃいまし」
　こうかなしそうにいって、乙姫おとひめさまは、奥おく（おく）からきれいな宝石ほうせき（ほうせき）でかざった箱はこ（はこ）を持もっておいでになって、
「これは玉手箱たまてばこ（たまてばこ）といって、なかには、人間にんげんのいちばんだいじなたからがこめてございます。これをおわかれのしるしにさし上あげますから、お持もちかえりくださいまし。ですが、あなたがもういちどりゅう宮みや（ぐう）へ帰かえってきたいとおぼしめすなら、どんなことがあっても、けっしてこの箱はこをあけてごらんになってはいけません」
と、くれぐれもねんをおして、玉手箱たまてばこ（たまてばこ）をおわたしになりました。浦島うらしまは、
「ええ、ええ、けっしてあけません」
といって、玉手箱たまてばこをこわきにかかえたまま、りゅう宮みや（ぐう）の門もんを出でますと、乙姫おとひめ（おとひめ）さまは、またおおぜいの腰元こしもと（こしもと）をつれて、門もんのそとまでお見送みおくりになりました。
　もうそこには、れいのかめがきて待まっていました。
　浦島うらしまはうれしいのとかなしいのとで、胸むね（むね）がいっぱいになっていました。そしてかめの背中せなか（せなか）にのりますと、かめはすぐ波なみ（なみ）を切きって上あがって行いって、まもなくもとの浜はまべにつきました。
「では浦島うらしまさん、ごきげんよろしゅう」
と、かめはいって、また水みずのなかにもぐって行いきました。浦島うらしまはしばらく、かめの行くだり（ゆ）くえを見送みおくっていました。


　　　　　四よん

　浦島うらしまは海うみばたに立たったまま、しばらくそこらを見みまわしました。春はるの日ひがぽかぽかあたって、いちめんにかすんだ海うみの上うえに、どこからともなく、にぎやかな舟ふねうたがきこえました。それは夢ゆめ（ゆめ）のなかで見みたふるさとの浜はまべの景色けしき（けしき）とちっともちがったところはありませんでした。けれどよく見みると、そこらの様子ようす（ようす）がなんとなくかわっていて、あう人ひともあう人ひとも、いっこうに見知みしらない顔かおばかりで、むこうでもみょうな顔かおをして、じろじろ見みながら、ことばもかけずにすまして行いってしまいます。
「おかしなこともあるものだ。たった三さん年ねんのあいだに、みんなどこかへ行いってしまうはずはない。まあ、なんでも早はやくうちへ行いってみよう」
　こうひとりごとをいいながら、浦島うらしまはじぶんの家いえの方角ほうがく（ほうがく）へあるき出しゅつしました。ところが、そことおもうあたりには草くさやあしがぼうぼうとしげって、家いえなぞはかげもかたちもありません。むかし家かの立たっていたらしいあとさえものこってはいませんでした。いったい、おとうさんやおかあさんはどうなったのでしょうか。浦島うらしまは、
「ふしぎだ。ふしぎだ」
とくり返がえしながら、きつねにつままれたような、きょとんとした顔かおをしていました。
　するとそこへ、よぼよぼのおばあさんがひとり、つえにすがってやってきました。浦島うらしまはさっそく、
「もしもし、おばあさん、浦島うらしま太郎たろうのうちはどこでしょう」
と、声こえをかけますと、おばあさんはけげんそうに、しょぼしょぼした目めで、浦島うらしまの顔かおをながめながら、
「へえ、浦島うらしま太郎たろう。そんな人ひとはきいたことがありませんよ」
といいました。浦島うらしまはやっきとなって、
「そんなはずはありません。たしかにこのへんに住すんでいたのです」
といいました。
　そういわれて、おばあさんは、
「はてね」と、首くび（くび）をかしげながら、つえでせいのびしてしばらくかんがえこんでいましたが、やがてぽんとひざをたたいて、
「ああ、そうそう、浦島うらしま太郎たろうさんというと、あれはもう三さん百ひゃく年ねんも前まえの人ひとですよ。なんでも、わたしが子こどものじぶんきいた話はなしに、むかし、むかし、この水みず（みず）の江こう（え）の浜はまに、浦島うらしま太郎たろうという人ひとがあって、ある日ひ、舟ふねにのってつりに出でたまま、帰かえってこなくなりました。たぶんりゅう宮みや（ぐう）へでも行おこなったのだろうということです。なにしろ大昔おおむかし（おおむかし）の話はなしだからね」
　こういって、また腰こし（こし）をかがめて、よぼよぼあるいて行いってしまいました。
　浦島うらしまはびっくりしてしまいました。
「はて、三さん百ひゃく年ねん、おかしなこともあるものだ。たった三さん年ねんりゅう宮みやにいたつもりなのに、それが三さん百ひゃく年ねんとは。するとりゅう宮みや（ぐう）の三さん年ねんは、人間にんげんの三さん百ひゃく年ねんにあたるのかしらん。それでは家いえもなくなるはずだし、おとうさんやおかあさんがいらっしゃらないのもふしぎはない」
　こうおもうと、浦島うらしまはきゅうにかなしくなって、さびしくなって、目めの前まえがくらくなりました。いまさらりゅう宮みやがこいしくてたまらなくなりました。
　しおしおとまた浜はまべへ出でてみましたが、海うみの水みずはまんまんとたたえていて、どこがはてともしれません。もうかめも出でてきませんから、どうしてりゅう宮みやへわたろう手てだてもありませんでした。
　そのとき、浦島うらしまはふと、かかえていた玉手箱たまてばこ（たまてばこ）に気きがつきました。
「そうだ。この箱はこ（はこ）をあけてみたらば、わかるかもしれない」
　こうおもうとうれしくなって、浦島うらしまは、うっかり乙姫おとひめ（おとひめ）さまにいわれたことはわすれて、箱はこのふたをとりました。するとむらさき色いろの雲くもが、なかからむくむく立たちのぼって、それが顔かおにかかったかとおもうと、すうっと消きえて行いって箱はこのなかにはなんにものこっていませんでした。その代だい（かわ）り、いつのまにか顔かおじゅうしわになって、手ても足あしもちぢかまって、きれいなみぎわの水みずにうつった影かげ（かげ）を見みると、髪かみ（かみ）もひげも、まっしろな、かわいいおじいさんになっていました。
　浦島うらしまはからになった箱はこ（はこ）のなかをのぞいて、
「なるほど、乙姫おとひめ（おとひめ）さまが、人間にんげんのいちばんだいじなたからを入いれておくとおっしゃったあれは、人間にんげんの寿命じゅみょう（じゅみょう）だったのだな」
と、ざんねんそうにつぶやきました。
　春はるの海うみはどこまでも遠とお（とお）くかすんでいました。どこからかいい声こえで舟ふねうたをうたうのが、またきこえてきました。
　浦島うらしまは、ぼんやりとむかしのことをおもい出だしていました。