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澁谷 智子「聞こえない親の子育て」
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澁谷しぶや 智子さとここえないおや子育こそだて」

障害しょうがい学会がっかいだいかい大会たいかい報告ほうこく要旨ようし 於:立命館大学りつめいかんだいがく
20090927


報告ほうこく要旨ようし
 澁谷しぶや 智子さとこ埼玉さいたま県立けんりつ大学だいがく非常勤ひじょうきん講師こうし
 「こえないおや子育こそだて」

 障害しょうがいのあるおや子育こそだては、障害しょうがい種別しゅべつ程度ていどによって障害しょうがいしゃ経験けいけんことなっていることを浮彫うきぼりにする。重度じゅうど身体しんたい障害しょうがいひとにとっては、結婚けっこん出産しゅっさん自体じたい敷居しきいたかいものになっており、重度じゅうど身体しんたい障害しょうがいしゃ自立じりつ生活せいかつやセクシュアリティがろんじられるなかでは、障害しょうがいしゃ親子おやこ関係かんけいは、障害しょうがいをもたないおや障害しょうがいをもつ関係かんけいかたよってげられることがおおかった。そこでは、ケアをあたえるがわけるがわは、親子おやこというじくにおいても、障害しょうがいしゃ障害しょうがいしゃというじくにおいても、固定こていしてかんがえられる傾向けいこうにあった。この発表はっぴょうでは、障害しょうがいのあるひとの「定位ていい家族かぞく」ではなく「生殖せいしょく家族かぞく」に注目ちゅうもくし、障害しょうがいのあるひとおやとして子育こそだてをおこなうときの意識いしきげたい。
 とくほん発表はっぴょうろんじるのは、こえないおや子育こそだてについてである。聴覚ちょうかく障害しょうがいは、視覚しかく障害しょうがいならんで、就労しゅうろうして経済けいざいてき基盤きばんつことが期待きたいされてきた障害しょうがいであり、こうした障害しょうがい人々ひとびとにとっては、結婚けっこんどもをつことは比較的ひかくてき予想よそう可能かのう選択肢せんたくしとしてかんがえられている。しかし、実際じっさいどもをつにいたった障害しょうがいしゃ経験けいけんするのは、障害しょうがいしゃ子育こそだ能力のうりょくうたが世間せけん視線しせんであり、障害しょうがいのないおやとの比較ひかくである。発表はっぴょうでは、こえないおやかたりや手記しゅき分析ぶんせきから、こえないおやかんじている社会しゃかいてきバリアの実態じったいあきらかにする。
 データとしてもちいるのは、1995〜2002ねん活動かつどうしたデフ・マザーズ・クラブの会報かいほう埼玉さいたまけん聴覚ちょうかく障害しょうがいしゃ協会きょうかい婦人ふじん子育こそだはん発行はっこうした『こえないひと子育こそだて』(2000ねん)、大阪おおさか聴力ちょうりょく障害しょうがいしゃ協会きょうかい女性じょせい子育こそだはんの「こえないおやこえるども」(2005ねん)と、発表はっぴょうしゃが2004〜2009ねんおこなったこえない母親ははおやへのインタビュー調査ちょうさ13けんである。それらの分析ぶんせきなかから見出みだしだされた、「障害しょうがい遺伝いでんについての意識いしき」「障害しょうがいしゃ子育こそだ能力のうりょくうたが周囲しゅういのまなざしへの反応はんのう」「自分じぶんにできない教育きょういくおぎなうための保育園ほいくえん利用りよう」「のおかあさんとしたしくなるじょうでの困難こんなん努力どりょく」という論点ろんてん沿って考察こうさつする。

報告ほうこく原稿げんこう

こえないおや子育こそだ

澁谷しぶや智子さとこ埼玉さいたま県立けんりつ大学だいがく 非常勤ひじょうきん講師こうし

1.はじめに

 障害しょうがいのあるひと親子おやこ関係かんけいは、これまで障害しょうがいのないおや障害しょうがいのある親子おやこ関係かんけいかたよってげられ、障害しょうがいのあるひとみずかつくる「生殖せいしょく家族かぞく」については、あまり注意ちゅういけられてこなかった。おおくの社会しゃかいでは、障害しょうがいしゃ介助かいじょにおいては「ケアする障害しょうがいしゃとケアされる障害しょうがいしゃ」、育児いくじにおいては「ケアするおやとケアされるども」というように、いまなおケアのにな固定こていしてかんがえられる風潮ふうちょうつよい。

 障害しょうがいのあるおやは、自分じぶん参考さんこうとなる子育こそだ情報じょうほうすくないなかで、さまざまに試行しこう錯誤さくごしている。妊娠にんしんからどもの結婚けっこんいたるまで、障害しょうがいのあるひとは、子育こそだてというめんでも、障害しょうがい遺伝いでんたいするおそれや障害しょうがいしゃ子育こそだ能力のうりょくうたが世間せけん視線しせんなど、さまざまな社会しゃかいてきバリアを経験けいけんしている。

 今回こんかいのポスター報告ほうこくでは、いままで発表はっぴょうしゃおこなってきた「こえないおやをもつこえる人々ひとびと(コーダ=CODA: Children of Deaf Adults)」についての研究けんきゅうから、こえないおや子育こそだてにかんするいくつかの論点ろんてんげる。報告ほうこくのデータとするのは、2004ねん3がつ〜2009ねん3がつおこなった13にんこえないおかあさんへのインタビュー、2005ねん10がつ〜2006ねん2がつおこなった10にんのコーダへのインタビュー、こえないおや子育こそだ関連かんれんかい(「デフ・マザーズ・クラブ」、「埼玉さいたまけん聴覚ちょうかく障害しょうがいしゃ協会きょうかい婦人ふじん子育こそだはん」、「大阪おおさか聴力ちょうりょく障害しょうがいしゃ協会きょうかい女性じょせい子育こそだはん」、「手話しゅわ子育こそだてのかい」)でされた出版しゅっぱんぶつや、そうしたかい活動かつどう参与さんよ観察かんさつ記録きろくである。以下いかでは、これらの分析ぶんせきから見出みいだしたよっつのてんについて、おおまかにていきたい。

2.こえないことの遺伝いでんについての解釈かいしゃく
 
 聴覚ちょうかく障害しょうがい遺伝いでんによるものもあり、まれたどもがこえるかこえないかは、おや祖父母そふぼ関心かんしんひとつとなっている。しかし、こえないことの遺伝いでんをどうとらえるかには、時代じだい変化へんか反映はんえいされている。

 以前いぜんは、次世代じせだいへのこえないことの継承けいしょうは、優生ゆうせいがくてき観点かんてんから否定ひていてきかんがえられていた。こえないしん自身じしんもそうした意識いしき内面ないめんしており、こえないこえないおやかたりでも、どもがこえないとわかったときのショックがしばしばかたられている。「1さいときに、むすめこえないとわかった。こえんでもかない。帝京ていきょう病院びょういんの**先生せんせいれていった。3あいだたされた挙句あげく、ろうだとわかった。ショックだった」(2004ねん4がつ14にちのAさんへのインタビューより)。こうしたおやのショックには、こえない自分じぶんこえない発話はつわ訓練くんれんをどうおこなえばいいのかなど、「障害しょうがいのある」の訓練くんれんほどこしゅとしてのおやイメージも影響えいきょうしていた。

 しかし、1990年代ねんだいなか以降いこう日本にっぽんでも「ろう文化ぶんか」という概念がいねん紹介しょうかいされ、わかいろうしゃあいだでは、言語げんごとしての手話しゅわ文化ぶんかとしての「ろう」を次世代じせだい継承けいしょうするという意識いしきたれるようになってきている。「わたしは、どもがまれるならこえないどもがいい、とおもっていました。日本人にっぽんじんどもを日本語にほんごそだて、フランスじんフランス語ふらんすごそだてるのとおなじように、こえないわたしたちは、自分じぶんどもを手話しゅわそだてたい、とかんがえました。こえない自分じぶんかたやアイデンティティを、おなこえないどもなら対等たいとうつたえることもできます」(子育こそだてひろばネットワーク 2005: 33)。

 こうした「ろう文化ぶんか言説げんせつひろまりは、こえない親子おやこにおいては、親子おやこ体験たいけん共有きょうゆうし、コミュニケーションをスムーズにはかれるというプラスめんがあることへのづきをもたらした。さらに、どももこえない場合ばあいには、おやどもをケアするという規範きはんが、障害しょうがいしゃ障害しょうがいしゃをケアするという規範きはんとぶつからず、おやおやとしての権威けんいたもちやすいめんもあるようである。実際じっさいこえないおや経験けいけん人脈じんみゃくは、こえないどもにとっても意味いみのある資源しげんとなっている。

 一般いっぱんには、障害しょうがい遺伝いでん忌避きひされる事態じたいかんがえられているが、親子おやこ関係かんけいにおいては、どもが同種どうしゅ障害しょうがいつことはおや障害しょうがい突出とっしゅつしない効果こうかみ、ある意味いみ親子おやこ関係かんけいがノーマライズされる側面そくめんがあることは、注目ちゅうもくすべきてんであろう。

3.障害しょうがいしゃ子育こそだ能力のうりょくうたが周囲しゅういのまなざし
 
 こえないひとは、生活せいかつなかつね介助かいじょ必要ひつようとするわけではない。しかし、こえるひと比較ひかくされるなかでは、その子育こそだ能力のうりょく心配しんぱいされることもある。とくにそれが表面ひょうめんしやすいのは、こえないおやこえる(コーダ)をそだてる場合ばあい音声おんせい言語げんご教育きょういくにおいてである。
 
 手話しゅわ使つかこえないおやもとそだつコーダは、くちうごかしてしゃべっていても、こえともなっていないことがある。こえさずにしゃべるコーダの姿すがたは、こえる親族しんぞく不安ふあんいだかせる。あるコーダは、インタビューのなか自分じぶんおさなころはなしつぎのようにかたっている。「まわりがうんですよね。こえるおばあちゃんとか、「こえてないよ」って。心配しんぱいするみたい。やっぱり。言葉ことばおくれとか」(澁谷しぶや 2008: 103)。発音はつおんちがいや日本語にほんご語彙ごいすくなさも、手話しゅわそだつコーダについて心配しんぱいされることであり、それが乳幼児にゅうようじ健診けんしんのスタッフや保育園ほいくえん保育ほいくなどによって指摘してきされることもある。こうした音声おんせい言語げんご発達はったつの「おくれ」は、おや聴覚ちょうかく障害しょうがいからもたらされる否定ひていてき結果けっかとしてあつかわれやすく、こえるどもが手話しゅわ日本語にほんご言語げんご環境かんきょうそだっているゆえのバイリンガリズムとしては、あまりられない。

 こえるコーダの音声おんせい言語げんごについては、小学生しょうがくせいぐらいになるとあまり心配しんぱいされることもなくなってくるようだが、それでも、なに問題もんだいこったときには、それが「おやこえないから」とむすびつけて説明せつめいされてしまう風潮ふうちょう根強ねづよ存在そんざいする(澁谷しぶや 2009: 98-9, 162-3)。

4.保育園ほいくえん利用りようたいするアンビバレントなおも

 こえないおやかぎらず、障害しょうがいのあるおや障害しょうがいのないどもをそだてる場合ばあいおやは、自分じぶんのインペアメントがどもの教育きょういくニーズをたせないとかんじるときがある。こえないおや場合ばあいには音声おんせい言語げんご教育きょういくえないおや場合ばあいには視覚しかく教育きょういく焦点しょうてんとなり、従来じゅうらい、それをおぎな方法ほうほうとして、保育園ほいくえん利用りようすすめられてきた。

 しかし、近年きんねんでは、こえないおやあいだでは、こえるどもがおさないときに音声おんせい言語げんご環境かんきょうながごし、こえのやりとりの基本きほんにつけることは、親子おやこのコミュニケーションをむずかしくするめんがあることも認識にんしきされている。保育園ほいくえん利用りようは、どもとおや共有きょうゆうするコンテクストをすくなくし、どもが保育園ほいくえんおぼえてきてはっするさまざまなこえ言葉ことばたいして、おや効果こうかてきにフィードバックをあたえることを困難こんなんにするからである。こえない母親ははおや一人ひとりは、こえる息子むすこ幼児ようじかえってつぎのようにかたっている。「アイスクリームがべたいというレベルなら、なんとか理解りかいはできました。わたし一応いちおうしゃべれるので、想像そうぞうしながら息子むすこの「うん」「ちがう」というのをながら判断はんだんできましたが、こまかいはなしになると、息子むすこくちだけではもうわからなくなります。息子むすこすと、なおさらくちかたちがどんどんへんになっていくのでますますわかりません。「なにっているのかわからない」とうと、息子むすこさけんでパニックになります。わたしもつらくてぽろぽろなみだながしました」(澁谷しぶや 2009: 64)。

 このように、こえるどもの乳幼児にゅうようじ教育きょういく音声おんせい言語げんご中心ちゅうしんになることは、こえないおやどもと双方向そうほうこうでやりとりできる範囲はんいせばめ、おや自信じしんらがせてしまうめんもある。どもの音声おんせい日本語にほんご発達はったつにかけつつも、どもが音声おんせい内容ないようがわからず心苦こころぐるしくおもうジレンマは、こえないおやおおくに経験けいけんされている。

5.のおかあさんとしたしくなるじょうでの困難こんなん努力どりょく

 こえないおやかたりにおいてしばしば言及げんきゅうされるのは、のおかあさんとのつきあいについてである。保育園ほいくえん幼稚園ようちえん学校がっこう先生せんせいどもの医療いりょう機関きかんなどとのコミュニケーションでは、相手あいてもコミュニケーションの必要ひつようせい認識にんしきしており、1たい1の筆談ひつだんなどもわりと成立せいりつしやすい。しかし、おかあさん同士どうしのつきあいにおいては、こえないおやがわ意識いしきてきはたらきかけないと、つながりそのものができなくなってしまう。「やっぱり自分じぶんからこえないことをアピールする。自分じぶんからわないとまわりは理解りかいしてくれない。その意味いみで、努力どりょくした。友達ともだちつくる」(2009ねん11月1にちのIさんへのインタビューより)。こえないおやおおくは、かなり意識いしきして、こえるおかあさんとのかかわりをつくっていた。親子おやこ遠足えんそくとき父母ちちははかい役員やくいんさんをさがして、必要ひつよう情報じょうほういてくれるようにたのんだり、どものなかおやとの共通きょうつう話題わだいさぐり、筆談ひつだんFAXふぁっくすのやりとりをしたりする。こうしたコミュニケーションは、こえないおやにとってはエネルギーをようすることだったが、そのようにしなければ、いざというとき情報じょうほうおしえてくれたりたすけてくれたりする理解りかいしゃがいなくなってしまうと認識にんしきされていた。

5.まとめ

 以上いじょうこえないおやへのインタビュー、コーダへのインタビュー、こえないおやかい活動かつどうでの参与さんよ観察かんさつ出版しゅっぱんぶつ分析ぶんせきをもとに、「こえないことの遺伝いでんについての解釈かいしゃく」「障害しょうがいしゃ子育こそだ能力のうりょくうたが周囲しゅういのまなざし」「保育園ほいくえん利用りようたいするアンビバレントなおもい」「のおかあさんとしたしくなるじょうでの困難こんなん努力どりょく」という論点ろんてんげた。

 子育こそだての現場げんばにおいては、こえないおや圧倒的あっとうてき少数しょうすうである。こえないおやこえないそだてる場合ばあいには、おやどものきる世界せかい見通みとおしをてながらおや役割やくわりたしていけるところがあるが、こえないおやこえるそだてる場合ばあいには、おやどものために、こえるひと前提ぜんていとした基準きじゅんでのしん役割やくわりけ、そのために葛藤かっとうかんじることもおおい。

 こえないおや子育こそだてについての意識いしきは、その時代じだい社会しゃかいにおけるのぞましい育児いくじについての言説げんせつこえないことについての見方みかた、そして、ども・祖父母そふぼ親族しんぞく)・母親ははおやどもの保育園ほいくえん学校がっこう先生せんせいこえないおやとの相互そうご行為こういなか形作かたちづくられていく。今回こんかい報告ほうこくではいくつかの論点ろんてんげるにとどまったが、今後こんご障害しょうがいのあるひとおやとしての役割やくわりたすとき直面ちょくめんする社会しゃかいてきバリアの構造こうぞうを、よりふかろんじたいとおもう。

参考さんこう文献ぶんけん

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作成さくせい
UP:20090905 REV:20090925
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