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桐原きりはら 尚之なおゆき (きりはら ひさゆき) 立命館大学りつめいかんだいがく大学院だいがくいん先端せんたん総合そうごう学術がくじゅつ研究けんきゅう科か博士はかせ後期こうき課程かてい・日本にっぽん学術がくじゅつ振興しんこう会かい特別とくべつ研究けんきゅう員いん

■報告ほうこく題目だいもく

精神せいしん障害しょうがいによる辛つらさの社会しゃかいモデル

■報告ほうこくキーワード

精神せいしん障害しょうがい，解消かいしょう可能かのう性せい，脱だつ価値かち化か

■報告ほうこく要旨ようし

　本ほん報告ほうこくは、星加ほしか良司りょうじ（2007）の『障害しょうがいとは何なにか』で示しめされた枠組わくぐみが精神せいしん障害しょうがい者しゃの問題もんだいを論ろんじるにあたって不十分ふじゅうぶんな点てんを明あきらかにすることを目的もくてきとする。精神せいしん障害しょうがい者しゃの問題もんだいを抽出ちゅうしゅつする方法ほうほうは、精神せいしん障害しょうがい者しゃの社会しゃかい運動うんどうの記録きろくを用もちいておこなう。
　障害しょうがい学がくは、長瀬ながせ修おさむによると「個人こじんのインペアメント（損傷そんしょう）の治療ちりょうを至上しじょう命題めいだいとする医療いりょう、『障害しょうがい者しゃすなわち障害しょうがい者しゃ福祉ふくしの対象たいしょう』という枠組わくぐみからの脱却だっきゃくを目指めざす試こころみ」と位置付いちづけられている（1999: 11）。
　立岩たていわ真しん也（2002）が指摘してきしているように、障害しょうがい者しゃの運動うんどうは、治なおして自力じりきでできるようにすることに懐疑かいぎ的てき、否定ひてい的てきであり、補おぎなって他力たりきでできるようにすることに肯定こうてい的てきであった。これによって「個人こじんを治療ちりょうして自力じりきでできないことを自力じりきでできるようにする」ことを批判ひはん的てきに見直みなおし、「他人たにんが補おぎなうことで自力じりきでできないことを他力たりきでできるようにすること」への道みちを開ひらいた。しかし、精神せいしん障害しょうがい者しゃの有ゆうする機能きのう障害しょうがいに伴ともなう辛つらさは誰だれが一体いったいどうやって補おぎなうことができるのだろうか。あるいは、従来じゅうらいの精神せいしん医学いがく的てき治療ちりょうは精神せいしん障害しょうがい者しゃに対たいしてどのような変更へんこうを与あたえるための介入かいにゅうであり、障害しょうがい学がくはいかなる批判ひはんを加くわえうるのだろうか。このことは、精神せいしん障害しょうがい者しゃが何なにを求もとめた運動うんどうであったのかを明あきらかにする際さいに、既存きそんの障害しょうがい学がくの枠組わくぐみでは捉とらえられない問題もんだいがあることを示しめしている。
　障害しょうがい者しゃ権利けんり条約じょうやくでは、「障害しょうがい」を発展はってん的てきな概念がいねんであるとしており、もとより複数ふくすう性せいのある実態じったいを「障害しょうがい」という言語げんごを与あたえることで障害しょうがい問題もんだいという位置いちを与あたえることを可能かのうとしてきた。そのため、ある障害しょうがい問題もんだいとある障害しょうがい問題もんだいとの関係かんけいには親和しんわ性せいが認みとめられるが、ある障害しょうがい問題もんだいとある障害しょうがい問題もんだいとの関係かんけいには親和しんわ性せいが認みとめられず、社会しゃかいモデル理論りろん形成けいせいに困難こんなんを生しょうじさせる場面ばめんを作つくり出だしてきた。天田あまだ城じょう介かいと立岩たていわ真しん也（2011）は、障害しょうがいの複数ふくすう性せいを一枚岩いちまいいわ的てきに論ろんじることよりも障害しょうがい問題もんだいの複数ふくすう性せいを分解ぶんかい的てきに論ろんじることで、それぞれの問題もんだいを丁寧ていねいに記述きじゅつすることの必要ひつよう性せいを指摘してきしている。精神せいしん障害しょうがい者しゃの立場たちばから医学いがくモデルに批判ひはんを加くわえていくためには、既存きそんの障害しょうがい学がくの枠組わくぐみを見直みなおし、精神せいしん障害しょうがい者しゃの問題もんだいを捉とらえることを可能かのうとしておく必要ひつようがある。
　精神せいしん障害しょうがい者しゃの有ゆうする辛つらさは、補おぎなうことも、現時点げんじてんではほとんど治なおすこともできない。このことは補おぎなうことが可能かのうか、不可能ふかのうかという二元論にげんろんで論ろんじるべきものではなく、そもそも「治なおす／補おぎなう」枠組わくぐみの前提ぜんてい条件じょうけんが、目的もくてきをもった個人こじんが何なにかを達成たっせいする際さいに生しょうじる障壁しょうへきを問題もんだいとしたもの、という場面ばめんに限定げんていされていることが問題もんだいであった。星加ほしか（2007: 121-122）はディスアビリティ問題もんだいを不利益ふりえき集中しゅうちゅうの問題もんだいと定義ていぎしており、不利益ふりえきについては「社会しゃかい的てき価値かち」「個体こたい的てき条件じょうけん」「利用りよう可能かのうな社会しゃかい資源しげん」「個人こじん的てき働はたらきかけ」の相互そうご作用さようによって生しょうじるものと説明せつめいされている。この考かんがえ方かたは、目的もくてきをもった個人こじんが何なにかを達成たっせいする際さいに生しょうじる障壁しょうへきを問題もんだいとしたものである。「辛つらさ」のように人間にんげんの内心ないしんにとどまり続つづけるものの場合ばあいは、何なにかしらの目的もくてき達成たっせいを意図いとしたできる／できない、という場面ばめんとは異ことなるものである。精神せいしん障害しょうがい者しゃの社会しゃかい運動うんどうは、仲間なかまとの語かたり合あいや互助ごじょを通つうじて、自みずからの「辛つらさ」の意味いみを再さい定義ていぎし、受容じゅようし直なおすことによって当あたり前まえとされてきた社会しゃかいの価値かち規範きはんから自みずからが離はなれようとする運動うんどうであった。そのため、目的もくてきをもった個人こじんが何なにかを達成たっせいする際さいに生しょうじる障壁しょうへきをメインの問題もんだいとはしておらず、星加ほしか（2007）のディスアビリティ理論りろんとは異ことなる前提ぜんてい条件じょうけんの問題もんだいに対たいしての取とり組くみであることがわかった。
　なお、本ほん報告ほうこくは所属しょぞく研究けんきゅう機関きかんから倫理りんり教育きょういくを受うけており、研究けんきゅう倫理りんりを遵守じゅんしゅしたものである。

文献ぶんけん
星加ほしか良司りょうじ，2007，『障害しょうがいとは何なにか――ディスアビリティの社会しゃかい理論りろんに向むけて』生活せいかつ書院しょいん．
長瀬ながせ修おさむ，1999，「障害しょうがい学がくに向むけて」石川いしかわ准じゅん・長瀬ながせ修おさむ編へん『障害しょうがい学がくへの招待しょうたい』明石書店あかししょてん．
立岩たていわ真しん也，2002，「ないにこしたことはない、か・1」石川いしかわ准じゅん・倉本くらもと智明ともあき（編へん）『障害しょうがい学がくの主張しゅちょう』明石書店あかししょてん．
立岩たていわ真しん也・天田あまだ城しろ介かい，2011，「生存せいぞんの技法ぎほう／生存せいぞん学がくの技法ぎほう――障害しょうがいと社会しゃかい、その彼我ひがの現代げんだい史し・１」『生存せいぞん学がく』生活せいかつ書院しょいん，3: 6-90．

障害しょうがい学会がっかい第だい13回かい大会たいかい（2016年度ねんど）