障害しょうがい学会がっかいHOME

見附みつけ 陽介ようすけ (みつけ ようすけ) 北海道大学ほっかいどうだいがく大学院だいがくいん・文学ぶんがく研究けんきゅう科か・専門せんもん研究けんきゅう員いん

■報告ほうこく題目だいもく

障害しょうがいをめぐるモダニズムとポストモダニズム

■報告ほうこくキーワード

標準ひょうじゅん化か、建築けんちく、多様たよう性せい

■報告ほうこく要旨ようし

本ほん報告ほうこくの背景はいけい的てき枠組わくぐみ：社会しゃかいの物質ぶっしつ的てき・技術ぎじゅつ的てき環境かんきょうにおける客体かくたい的てき身体しんたいへの関心かんしん

　身体しんたい論ろんは今日きょうまで「現象げんしょう学がく的てき身体しんたい論ろん」、つまり実存じつぞん的てき主体しゅたいとしての身体しんたい、あるいはその意識いしきに現あらわれるところの身体しんたいを論ろんじるものが支配しはい的てきであった。しかし本ほん報告ほうこくは社会しゃかい的てき視野しやから身体しんたいを捉とらえることを目指めざしており、そのためには社会しゃかい的てき環境かんきょうの内うちに埋うめ込こまれた客体かくたいとしての身体しんたいに関かんする研究けんきゅう（分析ぶんせき的てきかつ批判ひはん的てき研究けんきゅう）が必要ひつようであると考かんがえる。本ほん報告ほうこくではとくに社会しゃかいの物質ぶっしつ的てき・技術ぎじゅつ的てき環境かんきょうとそこに埋うめ込こまれた物理ぶつり的てき身体しんたいに関心かんしんを寄よせる。

主題しゅだいと方法ほうほう：建築けんちく的てき現象げんしょうとしての障害しょうがいに関かんする規範きはん的てき研究けんきゅう

　本ほん報告ほうこくは社会しゃかいの物質ぶっしつ的てき・技術ぎじゅつ的てきな環境かんきょうの内うちに埋うめ込こまれた身体しんたいを主題しゅだいとするが、研究けんきゅうの方法ほうほうとしては規範きはんの分析ぶんせきを通つうじて社会しゃかい的てき環境かんきょうと身体しんたいとの関係かんけいを探さぐる方法ほうほうをとる。具体ぐたい的てきに本ほん研究けんきゅうでは、人間にんげんがどのような規範きはん（ここでは「規範きはんnorm」という言葉ことばをおよそ価値かち判断はんだんの基準きじゅんといった意味いみで用もちいる）に照てらして自みずからの社会しゃかい的てき環境かんきょうを造つくり出だしてきたかを分析ぶんせきすることで、そこに埋うめ込こまれた人間にんげんの身体しんたいが社会しゃかい的てき環境かんきょうにおいて受うける扱あつかいについて考察こうさつしたい。 　本ほん研究けんきゅうがそのような研究けんきゅうの主題しゅだいとして障害しょうがいの問題もんだいを選択せんたくすることには特別とくべつな意義いぎがある。というのも、今日きょうの障害しょうがいの問題もんだいの多おおくは希少きしょう性せいのもとにおける効率こうりつ性せいというモダニズムの社会しゃかい的てき‐技術ぎじゅつ的てき規範きはんとの関かかわりにおいて生しょうじており、そのかぎりで障害しょうがいの問題もんだいは規範きはんという観点かんてんから近代きんだい以降いこうの社会しゃかい的てき環境かんきょうと身体しんたいとの関係かんけいを批判ひはん的てきに分析ぶんせきするための特徴とくちょう的てきな焦点しょうてんを形作かたちづくっているからである。このとき効率こうりつ性せいという規範きはんのもとに形作かたちづくられる社会しゃかいの物質ぶっしつ的てき・技術ぎじゅつ的てき環境かんきょうの代表だいひょう的てきな形態けいたいは建築けんちくであると思おもわれる。したがって本ほん報告ほうこくでは、障害しょうがいの問題もんだいをとくに建築けんちく的てき現象げんしょうとして検討けんとうする。本ほん報告ほうこくでは、近代きんだい社会しゃかいにおいて建築けんちく家かが担になった仕事しごと、つまり家具かぐや室内しつないのデザインから家屋かおくや公共こうきょう・商業しょうぎょう施設しせつの建設けんせつひいては都市とし計画けいかくに至いたるまでを対象たいしょうとして、そこに現あらわれる現象げんしょうをまとめて建築けんちく的てき現象げんしょうと呼よびたい。
　なお、この研究けんきゅうにおいては建築けんちくと社会しゃかい規範きはんに関かんする公刊こうかんされた資料しりょうのみを用もちい、特別とくべつな倫理りんり的てき配慮はいりょを必要ひつようとする障害しょうがいの個人こじん的てき事例じれいなどは扱あつかわない。

本ほん報告ほうこくの論点ろんてん：モダニズムとポストモダニズムの相反あいはん

　希少きしょう性せいのもとでの効率こうりつ性せいの追求ついきゅうが実質じっしつ的てきに社会しゃかい全体ぜんたいの規範きはんとなったのは、第だい一いち次じ世界せかい大戦たいせん後ごからだと言いえる。第だい一いち次じ世界せかい大戦たいせん後ごのヨーロッパ社会しゃかいの復興ふっこうにおいて、人々ひとびとは希少きしょう性せい（人手ひとで、資材しざい、時間じかんなどの希少きしょう性せい）のもとで効率こうりつ的てきに目的もくてきを達成たっせいすることを迫せまられ、ここに装飾そうしょくを排除はいじょする機能きのう主義しゅぎ的てきなモダニズムの社会しゃかい規範きはんが成立せいりつする。その際さいに手法しゅほうのモデルとなったのは、いわゆるテイラー主義しゅぎ的てきな工場こうじょうであった。テイラー主義しゅぎにおける効率こうりつ性せいの追求ついきゅうの方法ほうほうは、主おもに分業ぶんぎょうと標準ひょうじゅん化かであり、この二ふたつはどちらも（矛盾むじゅんして見みえるようだが分業ぶんぎょうもまた）無駄むだの圧縮あっしゅくとしての「集約しゅうやく効果こうか」によって効率こうりつ性せいを達成たっせいするものであるが、とくに社会しゃかいに強つよい影響えいきょうを与あたえたのは標準ひょうじゅん化かであったと言いえる。工場こうじょう労働ろうどうに関かんしては、効率こうりつ的てきな形かたちに標準ひょうじゅん化かされた同一どういつの作業さぎょう手順てじゅんを労働ろうどう者しゃに課かすことで、個々ここの労働ろうどう力りょくを均質きんしつ化かされた形かたちで同どう一いち工程こうていに集約しゅうやくすることが可能かのうになり、個々ここの労働ろうどう者しゃの癖くせや作業さぎょうスピードの違ちがい（あるいは怠業たいぎょう）から生しょうじる無駄むだの圧縮あっしゅくが行おこなわれた。これは工場こうじょうを離はなれて社会しゃかいにおいても同様どうようで、道具どうぐや建築けんちく物ぶつあるいは都市としインフラストラクチャーを用もちいる無限むげんの差異さいを持もつ人々ひとびとを、そこに実現じつげんされた標準ひょうじゅん化かの類型るいけいへと均質きんしつ化かし集約しゅうやくすることで、少すくない資源しげんで多数たすうの人々ひとびとの用ように供きょうする効率こうりつ性せいが実現じつげんされた。今日きょうの多おおくの障害しょうがいの問題もんだいは、いわばこれの裏返うらがえしであり、標準ひょうじゅん化かされた類型るいけいに合致がっちし得えない差異さいを持もつ人々ひとびとは、集約しゅうやく効果こうかによる効率こうりつ性せいを損そこなうものとして社会しゃかいから排除はいじょされることになる。
　そのようなモダニズムへの批判ひはんから生しょうじたのがポストモダニズムであり、それは当然とうぜん均質きんしつ化かされた画一かくいつ性せいに対たいして多様たよう性せい・多元たげん性せいを規範きはんとして掲かかげた。同おなじ意味いみで、モダニズムの負まけの効果こうかとして障害しょうがいの問題もんだいを批判ひはん的てきに論ろんじる際さいにも、この多様たよう性せいの規範きはんが重要じゅうような意義いぎを持もつ。しかし本ほん報告ほうこくの論点ろんてんは、この多様たよう性せいの規範きはんが建築けんちく（ポストモダニズム建築けんちく）においては機能きのうではなく、意味いみの領域りょういきにおいて、したがってしばしば機能きのう主義しゅぎが排除はいじょしたところの装飾そうしょくの領域りょういきにおいてのみ実現じつげんされているという点てんにある。これはい換いかえれば、ポストモダニズムは、原理げんり的てきには希少きしょう性せいの存在そんざいしない記号きごう的てき・意味いみ的てき領域りょういきにおいてのみ多様たよう性せいを規範きはんとして採用さいようしており、他方たほうの希少きしょう性せいの圧力あつりょくのもとにある物質ぶっしつ的てき領域りょういきにおいては、画一かくいつ化かによる効率こうりつ性せいの規範きはんとの直接的ちょくせつてきな対決たいけつを避さけているということである。
　本ほん報告ほうこくでは、このモダニズムとポストモダニズムの間あいだの一種いっしゅの規範きはんの棲すみ分わけは、しかし建築けんちく的てき現象げんしょうとして障害しょうがいの問題もんだいを論ろんじる際さいには成立せいりつし得えないということをまず論ろんじ、その上うえで、そこから推測すいそくされる障害しょうがい学がくの有ゆうする挑戦ちょうせん的てき役割やくわりについて検討けんとうしたい。

障害しょうがい学会がっかい第だい13回かい大会たいかい（2016年度ねんど）