【1】クリントンの
税制案はお
決まりの
言いまわしで
修飾されていた。いわく、「
金持ちは
富みすぎ、
貧しい
人は
貧しすぎる」、「
彼らは
不相応な
報酬を
得ている」、「それこそ
公平というもの」
云々。
政治家がこのような
言いまわしを
使うのは、それを
望む
選挙民がいるからにほかならない。【2】おそらく、
政治家にそのようない
方をしてもらうことで、
隣人の
働きをあてにするうしろめたさが
少しは
軽くなるからではないか。
自分が
貪欲な
人間と
見られるよりは、
隣人はしぼり
取られて
当然と
見せかけておくほうが、たしかに
気は
楽だ。
【3】ここでのキーワードは「
見せかけ」である。つまり、
所得再分配といえば
聞こえはいいが、
実際には、そのようなレトリックを
本気で
信じる
人などいないということである。
所得再分配は、ときにより、ある
人たちをごまかすためのレトリックとして
使うことはできる。【4】
人によっては、それでいい
場合があるからだ。しかし、それをいついかなる
場合でも
信じるという
人はいないし、ときにそれでよしとする
人も、じつは
心底から
信じているわけではない。
本気で
信じるには、
所得再分配はあまりにもおかしな
話なのだ。
【5】なぜここまで
断言できるかというと
娘を
持った
経験からである。
娘を
公園で
遊ばせていて、
私はなるほどと
思った。
公園では
親たちが
自分の
子どもにいろいろなことを
言って
聞かせている。【6】だが、ほかの
子がおもちゃをたくさん
持っているからといって、それを
取り
上げて
遊びなさいと
言っているのを
聞いたことはない。
一人の
子どもがほかの
子どもたちよりおもちゃをたくさん
持っていたら、「
政府」をつくって、それを
取り
上げることを
投票で
決めようなどと
言った
親もいない。
【7】もちろん、
親は
子どもにたいして、
譲りあいが
大切なことを
言って
聞かせ、
利己的な
行動は
恥ずかしいという
感覚を
持たせようとする。【8】ほかの
子が
自分勝手なことをしたら、うちの
子も
腕ずくでというのは
論外で、
普通はなんらかの
対応をするように
教える。たとえば、おだてる、
交渉をする、
仲間はずれにするのもよい。だが、どう
間違っても
盗んではいけない、と。【9】まして、あなたの
盗みの
肩を
持つような
道徳的権威をそなえた
合法政府といったものは
存在しない。いかなる
憲法、いかなる
議会、いかなる
民主的な
手段も、またこのほかのいかなる
制度といえども、そのような
道徳的権威をそなえた
政府をつくることはできない。なぜなら、そのようなものはこの
世に
存在しないからである。【0】(
中略)
数年前、
娘のケーリーと
彼女の
友だちのアリックスも
連れて
夕食に
出かけたことがある。
二人ともたしか
六歳のときだったと
思う。デザートとして、いまアイスクリームを
注文するか、あとで
風船ガムを
買ってもらうか、ということになった。アリックスはアイスクリーム、ケーリーは
風船ガムを
選択した(これから
親になる
人に。デザートを
安くあげたければ、
風船ガムもまたデザートであることを
早期教育によって
認識させよう)。
アリックスがアイスクリームを
食べ
終わるのを
待って、ケーリーのガムを
買いに
出た。ケーリーは
念願のガムにありついたが、アリックスには
当然のことガムはない。アリックスは、そんなのずるいと
言って
泣き
出した。
第三者のおとなから
見れぱ、アリックスに
正当性がないのは
明らかだった。
彼女にはケーリーとまったく
同じ
選択の
機会が
与えられ、
先に
楽しみを
味わったにすぎない。
これと
同じ
問題はおとなの
世界でも
起きる。ポールとピーターは
青年時代に
同じ
機会を
与えられていた。ポールは
無難な
人生を
選択し
一週間に
四〇
時間だけ
働き、
決まった
給料をもらっていた。ピーターは
青春を
新事業にかけリスキーな
報酬を
求めで
一日中働いた。
中年までにピーターは
金持ちになったが、ポールはそうならなかった。ポールはこんなつもりではなかったと
泣くことになり、この
不平等は
社会の
制度がいけないからだとぼやいた。(
中略)
では、
選択の
結果ではなく、
機会の
結果として
収入に
差がついた
場合にはどう
考えればよいか。ここでもまた、
親として
自分が
子どもにどう
言っているかを
思い
返してみてほしい。
二人以上の
子どもに
同時にケーキを
出した
場合、かならず「ずるいよ、こっちのほうが
小さい」という
声が
上がるだろう。そのとき、もしあなたに
忍耐心があるなら、「
妹のケーキの
大きさなんか
気にしないで、
自分のケーキをおいしく
食べたほうがいいよ。そのほうが、いつも
人と
比べっこをしないと
気がすまない
子どもより、
何倍もしあわせな
人生を
送れるから」とい
聞かせるかもしれない。