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課題集
長文 1.1週
【1】「いってきまあす。」
私は
冬休みの
間、
毎日寝坊していたので、
学校が
始まって
朝起きるのがとてもつらい。
八時に
出てギリギリなので、
七時四十五分に
起きた
今朝は、とてもあせった。
【2】
毎朝、となりの
棟の
真衣ちゃんとマンションのエントランスで
待ち
合わせしているのだが、
今日は
約束の
五十分には
間に
合うはずもない。
大急ぎでしたくをして、
家を
出たら、
八時を
少し
過ぎてしまった。
【3】ハアハア。
小走りで
学校に
向かう。
気がつくと、マフラー、
手袋はおろか、なんとコートまで
忘れてしまった。
今朝は
特に
冷え
込む
朝だと
言うのに。
取りに
戻る
時間はない。
炎を
吐く
龍のように、
口から
息が
白く
出てくる。ハアハア、ハアハア。【4】ランドセルの
中のペンケースがカタッカタッとリズミカルに
踊る。
私の
耳はキーンと
冷えて
感覚がなくなっている。
手の
指もしびれたようになってきた。く、
苦しい。
私は
休まずに
走り
続けた。
周りの
景色が
後ろに
飛んでいく。
【5】やっとの
思いで
昇降口に
入ると、その
時、チャイムが
鳴った。まだ
安心はできない。これから
三階までかけのぼらなければならないのだ。
廊下や
階段を
走ってはいけないことはわかっているが、この
際しかたがない。【6】と、
全速力で
行こうとした
時、
後ろから、
「
山根さん、おはよう。」
と、
担任の
中田先生に
声をかけられた。あせった。しかし、
先生といっしょに
行けば
遅刻はまぬがれる。
私は、
先生と
並んで
歩くかっこうになった。
【7】「
今朝は
本当に
寒いわねえ。あら、
山根さん、
上着も
着ないでずいぶん
薄着ね。
寒くなかったの?」
「あ、は、はい。
薄着って
言うか……。」
「でもね、
先生が
小学生の
頃に
比べたら、
今は
冬もずいぶん
暖かくなったわよ。」
【8】
先生によると、
昔は、
冬になると
朝は
決まって
霜柱や
氷が
張り、
東京でも
窓にはつららが
見られたそうだ。
手足の
指は
霜焼けになって、ひび
割れやあかぎれで
皮膚がピリピリしたと
言う。さらに、そんなに
寒いのに
男の
子はみんな
半ズボンでかけまわっていたらしい。【9】
昔は、そんなに
寒かったんだ。
今の
寒さなんてたいしたことないんだ。
心の
中でそう
思うと、
私はコートも
着ていないのに
寒さを
感じなくなっていた。そして、
凍りつきそうだった
耳もほっぺたも、
校舎の
中のほっとするような
暖かさの
中で、ほてり
始め、
溶け
出しそうだった。
【0】
廊下や
階段にいた
生徒は、みんな
教室に
吸い
込まれ、
三階に
着いたときには、
誰もいなくなっていた。
先生がふと、
私を
見た。
「そういえば、あなた
今日は
寝坊?
遅刻じゃない?」
それを
最後まで
聞かないうちに、
私はぴょんと、
扉が
半分開いていた
教室に
飛び
込んだ。
「セーフ!」
そして
先生に
向かって、
両手を
大きく
開いてみせたのだった。
(
言葉の
森長文作成委員会 φ)
長文 1.2週
【1】カブトムシやクワガタの
生活する
雑木林では、ミヤマカミキリ、ノコギリカミキリなどの
大型の
種から、サビカミキリの
仲間の
小さな
種まで、さまざまなカミキリムシが
生活しています。【2】
細い
枯れ
枝の
一部に
小さな
孔があいていたり、
木のかじりくずがもりあがってでていれば、たいていは、カミキリムシがいるか、でたあとと
見てよいでしょう。
このような
枯れ
木は、
樹皮があっても
中は
完全に
食いあらされ、かんたんに
折れてしまいます。【3】カミキリムシの
幼虫は、
樹の
皮の
部分だけのこして、
中を
食べてトンネル
状にしてしまいます。その
一部に
白いイモムシが
入っているので、ちょうど、
鉄砲の
中に
弾をこめたように
見えるので、
鉄砲虫ともよばれます。
【4】このような
食べ
方をしますから、ヒトがだいじに
育てている
樹木についたとなると、やはり
害虫にされてしまいます。たとえば、シロスジカミキリの
幼虫はイチジクの
樹をよく
食べます。
子どもがイチジクの
実をとりに
樹に
登ると、
枝の
中が、がらんどうで
折れてしまうことがあり、やはり
嫌われる
資格は、じゅうぶんにあります。
【5】キボシカミキリ、クワカミキリ、トラフカミキリなどは、クワにつくので
養蚕家は
嫌います。クロカミキリ、マツノマダラカミキリはマツにつきますから、
一時、マツの
立ち
枯れの
原因として
大さわぎされました。【6】このような
状態は、
森林の
害虫とよばれてもしかたのない
面もありますが、そうではない
見方もできます。
前に
枯れ
木に
多いといいました。
枯れた
木が、そのまま
林の
中にごろごろしていると、
後から
新しい
木の
芽がでるのをじゃますることになります。【7】
枯れ
木はなるべく
早く
分解して、
新しい
木を
生やしたほうが、
森林にとってはぐあいのよいことです。
枯れ
木を
食べる
昆虫は、この
枯れ
木や
倒木の
分解を
早める
働きをします。ようするに
森林の
中のそうじ
屋になるのです。
【8】この
点では、けっしてわるい
虫ではありません。
林の
樹木の
若返り、つまり
森林の
若さを
保つ
働きをしています。
同時に、この
幼虫たち、あるいは
成虫も、トリや
小さなケモノの
食べ
物にもなりますから、
森林の
自然の
一部としてのぞくことはできません。
【9】マツの
害虫と
考えられているマツノマダラカミキリについても、おもしろいことがわかっています。たしかに、このカミキリムシの
幼虫はマツの
材部を
食べあらします。この
点は
害虫とよばれてもしかたのないことです。【0】ところが、
生きている
樹木についた
幼虫は、
中心の
材部を
食べても、
樹皮と
材部のあいだにある、
水や
養分の
通る
管のあるところは、あまり
食べないものです。
というのは、ここを
早く
食べてしまうと、
樹が
弱るのも
早くなって、
自分の
食べ
物をだめにしてしまう
危険性があるからです。ようするに、なるべく
樹自体は
長生きさせながら、あまり
植物の
成長に
関係しない
場所を
食べているのです。ですから、マツの
中でカミキリが
少しばかり
食べても、それほど
急に、
樹がだめになることはありません。
(「いい
虫わるい
虫」
奥井一満 日本少年文庫より)
長文 1.3週
【1】いまから
三十七年あまり
前、ちょうど、
第二次世界大戦が
終わって、アメリカと
日本のあいだで、
物資やヒトの
移動がさかんになりました。この
時、アメリカから、
小さな
白いガが
日本に
侵入してきました。【2】おそらく、サナギが
荷物の
一部にくっついて
日本に
渡り、こちらで
羽化したのでしょう。
このガは
日本の
環境にうまくあったのか、たちまちふえはじめました。これがアメリカシロヒトリです。そして
幼虫は、
街の
中の
樹の
葉を
丸坊主にしていきました。【3】その
後、
日本の
各地で、この
昆虫の
大発生が
見られるようになりましたが、やがてまた、あまり
見られなくなりました。いまでは、
時々、かぎられた
地域で
発生するのが、
見られるていどになりました。
【4】このガの
幼虫は、ふ
化すると
最初は
網を
張り
何百匹もの
小さなケムシが
集団で
網の
中で
生活しながら
葉を
丸坊主にしていきます。サクラ、クワ、イチョウ、プラタナス、クヌギなど、なんでも
食べ、このままふえると、
日本中の
樹の
葉を
食べつくしてしまうのではないかと
思えるほどの
勢いでした。
【5】ところが、このケムシは、
成長すると
網の
中から
出て、
単独で
歩きまわり
葉を
食べるようになります。そしてじゅうぶん
成長した
幼虫が、
樹の
皮の
下や、
割れ
目の
中などに
入ってサナギになります。【6】そしてつぎの
成虫が
羽化しますが、この
成虫は、あれほどたくさんいた
幼虫ほどの
数がいません。そしてつぎの
幼虫は、そんなに
多くはならないのです。
バッタの
大発生のようなことにはけっしてなりません。【7】また、このガは
都会の
中にはよく
見られても、
森林の
害虫になって、
山の
樹々を
食べつくしたことは
一度もありません。
じつは、このガの
幼虫が、
網から
出て
散らばって
活動をはじめると、スズメやそのほかのトリにほとんど
食べられてしまうのです。【8】トリのほか、クモやカマキリ、アシナガバチなどにも
食べられてしまいます。じっさいには、〇・
五パーセントていどの
生存率といわれますから、
二百匹のうち
一匹だけが
生きのこることになります。
【9】
成虫は、
八百から
千個ほどの
卵を
産みますから、
一つの
親からせいぜい
四、
五匹の
子どもが
生きのこることになるのでしょう。これでもよくのこるほうで、じっさいにはもっと
少なくなります。ですから、とても
大発生を
続けることにはならないのです。【0】まして、
森林や
山にはトリやほかの
昆虫がたくさんいますから、みんな
食べられてしまうので、
森林の
中まで
侵入する
力がないのです。
都会で
目立つのは、この
幼虫を
食べる、トリやクモが
少ないことを
意味しているのです。
また、この
幼虫は
葉を
食べるだけで、
樹そのものは
害しません。
樹は
勢いさえよければ、
葉を
食べられても、つぎの
年の
春には
新しい
芽からまた
葉をつけていきます。
樹の
寿命が
活発であるかぎり、
葉が
食べられても、それほど
大きな
被害にはならないのです。
ある
先生は、このガの
生態を
観察しているうちに、それほど
恐ろしい
昆虫でないことがわかり、「アメリカシロヒトリなんて
三流害虫さ」といいました。
私たちの
目にいかにも
大きな
害をあたえそうに
見える
昆虫でも、
自然界の
中ではたいした
存在ではないのです。
このことから
考えさせられることは、「トリやクモの
住めないような
世界こそ
恐ろしい」ということです。アメリカシロヒトリは、そんなすき
間をねらって
葉を
食べているのです。
(「いい
虫わるい
虫」
奥井一満 日本少年文庫より)
長文 1.4週
誰だって
失敗なんかしたくない。
失敗することははずかしいことだと
思っている。だから、なるべくなら
失敗しないように、
細心の
注意をはらう。 (
中略)
失敗することは、そんなに
悪いことなんだろうか。そんなにはずかしいことなんだろうか。
私のところにアルバイトにきてくれていた
女の
子は、とても
優秀で、なにをしても
完ぺきに
近い
仕事ぶりだった。
そんな
彼女だから、たまには
小さなミスでもして、
注意されたりすると、さぁたいへん、
全然たいしたことでもないのに、ぽろぽろと
涙を
流し、その
日は
一日中落ちこんでいる。
これでは
注意したほうもたまらない。「これ、まちがってるんじゃない?」と
言い、「あっ、そうか。いっけなーい」ですんじゃう
会話が、
突然泣きだされ、あげくにしょんぼりされてしまってはなにも
言えなくなってしまう。
実際、おこられることを
極端に
恐れる
人がいる。おこられると
思っただけで
心臓がとまりそうになったり、じんわりと
涙がうかんできたり……。
必要以上に
反発する
人もいる。そういう
人たちは、
心のどこかで、
自分がおこられるようなことをするはずがない、おこられたりする
自分はゆるせない、と
思っているのではないだろうか。
私が
出版社で
働いていたころ、おこられない
日は
一日もなかった。
作業がおそいといってどなられ、センスがないといってののしられ、ミスでもしようものなら、「バカヤロー」と
大きな
雷が
落ちた。 いちいち
気にしていたり、
落ちこんでいたりしたら、
三日もつづかなかっただろうと
思う。
もちろん、あまりおこられるので、
自分はこの
仕事にむいていないのではないかと、けっこう
真剣に
悩んだこともあったけれど、なにより、それでもこの
仕事が
好き、という
気もちが
優先した。
それなら、おこられるにしても、おなじことでおこられないようにしよう。そのための
改善策を
考えるしかない。
作業がおそいのは、
手順が
悪いせいではないか。センスが
悪いといわれるのは、
想像力がかけているからではないか。ミスが
多いのは、あせりながらとりかかっているせいではないか……。
おこられるポイントを、ひとつずつ
整理して
考えていくと、
案外挽回できるものだ。
少しずつだけど、おこられる
回数もへってくる。あげく、
私のことをどなりつづけた
雷オヤジから、こう
言われた。
「おまえって、ほんとにおこりがいのあるやつだな。おまえみたいなのをおこるのは、
楽しくってしかたがない」
「どういうことですか!」
さすがにむっとなる。
人の
気も
知らないで、
楽しいとはなにごとか。
「あのな。よーくおぼえておけよ。
人はおこられなくなったら
終わりだ。おこられることは
自分をのばすチャンスなんだ。だから、おこられなくなったら、
自分が
見はなされたか
期待されていないと
思え」
彼はそう
答えた。それから、
私もだんだん
年をかさねて、
人に
注意する
立場になったとき、
彼が
言ったことの
意味がよくわかった。
こちらが
注意して、すぐに
泣いたり、
落ちこんだり、
言いわけばかりする
人のことは、もう
二度と
注意なんてしたくないと
思う。
それより、
多少優秀じゃなくっても、おこられたことを
逆手にとってがんばる
人のほうに
注目する。そしてそういう
人のほうが、
確実にのびるのだ。
なぜ
失敗したのか。どうしておこられたのか。
その
理由を
考え、それじゃぁこうしてみようと
思うからこそ、つぎにつながる。そうして
成長していくのではないだろうか。
(
倉橋耀子「くよくよしないで、
笑っちゃえ!」)
長文 2.1週
【1】ぼくは、
学校では
体も
大きいほうだし、
声も
大きいからちょっといばっています。ドラえもんに
出てくるジャイアンみたいだと
悪口を
言う
子もいるくらいです。
今はもう、
四年生だから、
最近はあまりしないけれど、
低学年のころはしょっちゅうケンカをして、
友達を
泣かせていました。【2】それに
大きい
兄さんがニ
人もいるので、みんなよりいろいろな
遊びや
情報も
知っていて、そういう
点でもクラスの
中ではちょっとリーダー
的な
存在かもしれません。
しかし、うちでは「
末っ
子の
甘えん
坊」と
言われています。【3】
兄さんニ
人は
年が
近いのですが、ぼくは
下の
兄さんより
八歳も
下なのです。だから、もう
十歳を
過ぎたのにときどき
赤ちゃん
扱いされます。
特に、お
母さんは、
「ひろちゃんはまだ
小さいから。」
と、
口ぐせのように
言います。【4】もうとっくに
背はお
母さんを
追い
越しているのにです。
先月の
終わりごろ、
真ん
中の
兄さんが、
「ひろさあ、
母さん
病院だし、
今年は
節分やらなくてもいいよな。」
と、ぼそっと
言いました。【5】お
母さんは、
年末に
具合が
悪くなって、
緊急手術をし、
今も
入院しています。お
医者さんから、
病気の
名前やどんな
病気かを
聞いたけれど、むずかしくてよくわかりませんでした。それより、
病気になった
理由が「
働きすぎ」だったのではないかと
気になっています。【6】もともとあまり
体がじょうぶではなかったのに、
三人も
男の
子を
生んで
育てているので、とても
大変だったのだと
思います。いつも、お
母さん、もっと
休めばいいのになあと
思っていたのに、あまり
休めないから、
無理がいったのだと
思います。
【7】ぼくは
心の
中で、
節分をやらないと
幸せな
一年が
過ごせないかもしれないと
思い、
少し
心配になりましたが、
「うん、そうだね。おれは
学校でも
豆まきあるからいいし。」
と、
強がって
言いました。すると
兄さんは、うなずいてバイクででかけてしまいました。
【8】それなのに
三日の
夜になって、
突然バタバタと
兄さんたちが
帰ってきて、ぼくにマスに
入った
豆をもたせると、
「さあ、ひろ、かかってこい。」
と
言うのです。マジックで
雑に
描いた
鬼のおめんをつけています。【9】ぼくは、
大きな
声で、
「
鬼は、
外、
福は、うち。」
と、
兄さん
鬼に
豆をぶつけました。
鬼は
外、お
母さん
帰ってきて。
心の
中でそう
叫ぶと、
涙がぽろりとこぼれそうになり、ぼくはあわてて
目をこすりました。【0】
(
言葉の
森長文作成委員会 φ)
長文 2.2週
【1】バッタの
害で
有名なのは、
日本より
外国です。イナゴより
一まわり
大きいトビバッタの
仲間、
日本ではダイミョウバッタとよんでいる
大型のバッタが、
時々大発生をします。
アフリカ、インド、アメリカ、
中国など、
大陸で
起きます。【2】『
聖書』の
中にも、
東風がバッタの
大群を
運んできて、
豊かな
土地の
植物を
食べあらしていくことが
書かれています。この
大群は、
日本では
想像のできないような
大きなものです。
【3】たとえば、
東アフリカで
発生した
群は、
先頭の
群のはばが
一・
六キロ、
厚さが
三〇メートルになり、
時速一〇キロのスピードで、
群が
通り
過ぎるのに
九時間かかった、というような
記録があります。【4】また、
南アルジェリアで
発生した
群が、
三〇〇〇キロ
以上、
風に
乗って
移動し、イギリスまで
到着したという
記録もあります。
たいへんな
数字で、もしこんなことが
日本で
起きたら、
日本の
農作物は、
数日のうちに
全滅してしまうでしょう。
【5】どうしてこんなことが
起きるのか、だんだんわかってきました。このような
大発生と
大移動をするバッタは、ダイミョウバッタの
仲間の、サバクバッタや、ロッキートビバッタなど、
七種ほどのバッタですが、いずれも、
一つの
種が、
移動したり、しなかったりをくり
返しているのです。
【6】
移動しない
時のバッタを
単独相のバッタとよび、
性質はおとなしく、
体は
緑色が
多くて、
一匹一匹草を
食べて
生活しています。ところが
移動するバッタは、
群集相のバッタとよばれ、
性質があらく、なんにでもかみつくようになり、
群がって
生活し、
体は
黒っぽい
色になって
翅が
長くなります。
【7】どうして
一つの
種で、こんなちがいがでてくるかというと、まず
第一は、ある
地域で、よい
条件の
下で
生活しているバッタから
出発すると
考えられています。
条件がよいというのは、
気候がよく、
食べ
物が
豊富にあることを
意味します。【8】こんな
土地では、
生まれた
個体がよく
育ち、
成長のとちゅうで
死ぬ
数が
少ないので、だんだんと
数がふえることになります。
数がふえれば、その
地域にいるバッタが、
仲間と
出会う
率が
高くなり、とうぜん、オスとメスの
出会う
率も
高く、たくさん、
卵を
産むことになります。【9】そのうえ、おたがいが
接触することが
刺激になって、
体の
中でのホルモンの
働きが
活発になり、
卵の
発育が
早く、
単独相のバッタより
短い
期間で、
産卵をはじめるようになります。
気候がよいから、つぎつぎに
若いバッタが
生まれ、
数はどんどんふえることになります。【0】
数がふえればだんだん
食べ
物が
少なくなります。すると、
我先にと
草を
食べるようになり、
競争が
激しくなります。
性質があらくなるのは、
競争に
負けないようにするためでしょう。
(「いい
虫わるい
虫」
奥井一満 日本少年文庫より)
長文 2.3週
【1】カもハエと
同じ、
二枚翅の
昆虫です。これも
新しい
虫で、
成虫が
地上を
飛びまわるのに、
幼虫は
水の
中の
生活です。だいたい、
動物は、
水中生活から
陸上へと
移ってきたものです。
昆虫も
進化が
進むほど、
陸上生活をするものになります。【2】その
中で、もう
一度、
幼虫が
水の
生活にもどったことになりますから、カはよほど
生活の
場がなかったのでしょう。しかも、
小さな
体で
短い
一生ですから、ヒトの
血を
吸わないかぎり、まったく
目につかない
昆虫ですんだはずです。
【3】
血を
吸うカはメスです。オスは
血を
吸わず、
樹にたまった
水を
吸ったり
熟した
果物の
液を
吸うだけです。メスは
卵を
発達させたり、
卵を
産む
時、
水の
上に
浮かべる
卵がばらばらにならないように、
卵をくっつけるために、
動物の
血液を
利用するのです。あの
小さな
体ですから、
一匹のカが
吸う
血の
量はわずかです。
【4】それでも
刺されれば
不快ですから、
追いはらわれます。まして、ヒトからヒトへ
血液を
吸うたびに、
病原体を
持っていたヒトのウイルス(
日本脳炎ウイルスとかマラリア
原虫)などを
媒介するとなれば、それがコガタアカイエカやハマダラカにかぎられるといってもカ
全体がわる
者にされてしまいます。【5】じっさいには
血を
吸わないカもいますし、ヒトとまったく
関係のないカのほうが
多いのです。ユスリカのように
生物学の
実験材料に
使われるものさえいるのです。
ところで、
動物の
血液は
体の
外にでると、すぐ
固まって、
流れでるのをふせぐようになっています。【6】
小さなカが
口で
刺した
時、
血液が
固まってしまうと、
口がつまってしまいます。そこで、カは、
血液を
溶かす
物質を
持っていて、これを
混ぜて
吸うのです。カに
刺されたあとがかゆいのは、この
物質がヒトの
体の
中にのこり、じゃまをするからです。
【7】かゆいので、かけば、それだけ
散らばりますから、よけいかゆくなります。カの
方はじゅうぶんに
血を
吸うと、この
液もださなくなり、
飛びさりますから、とちゅうでたたかずに
血をわけてやったほうがかゆみは
少ないのです。【8】それまでがまんできない
場合のほうが
多いのですが……。
カを
研究している
人たちは、
一日のうちに
一回、カのカゴの
中に
腕を
入れ、なん
百匹ものカに
血を
吸わせます。それでもヒトにはなにも
起きません。【9】
病気のもとがないかぎり、カは、けっして、こわい
虫でもなんでもありません。
恐ろしいのはよごれた
環境のほうでしょう。
ところで、あの
小さなカが
飛んでいる
時には、ブーンという
耳ざわりな
音がします。【0】
夏の
夜、
寝ているところでは
気になる
羽音ですが、あれは
仲間に
自分の
場所を
知らせる
音です。メスがえさを
求めて
飛ぶ
羽音をたよりに、オスがやってきて
交尾します。
同じような
振動音の
音叉をならすと、これにオスがいっぱい
寄ってきます。また、ヒトにかぎらず
動物が
呼吸で
排出する
炭酸ガスは、カをひきつけます。ドライアイスの
煙は
炭酸ガスですから、これでカを
集める
方法もあります。
(「いい
虫わるい
虫」
奥井一満 日本少年文庫より)
長文 2.4週
「ゆたかみーつけっ。
真理子みーつけっ」
ひろしがさけび、みんないっせいに
走りだした。
駐車場をとびだすと
空気がうす
青く、もう
夕方がはじまっている。わーっという
歓声があがり、ひろしがカンをけって、
今度はゆたかが
鬼になる。
カポーン。あちこちへこんだあきカンが、まのぬけた
音をたててもう
一度けられ、
鬼をのこしてみんなかけだした。
時夫は、T
字路まで
走って
思い
出したように
立ちどまり、くるっとうしろをふりむいた。
「やっぱり」
やっぱり、だった。
青屋根のたてものの
窓から、きょうもおばあさんが
見ている。
青屋根のたてものは、そこからへい
一つへだてたキャベツ
畑のむこうにあった。
「オレ、ぬける」
ぽつんと
言って、
時夫はへいによじのぼると、ひょいととびおりた。ほこっと
土のにおいがする。
「おい。どこ
行くんだ。
養老院だぞ」
背中ごしにゆたかの
声がした。その
青屋根には、ボケてしまった
老人がたくさんいるので、
子供たちはこわがってちかよらないのだ。
若い
女の
人の
血をすって
生きているおばあさんがいるとか、
子供の
肉でつくったハンバーグが
大好物のおじいさんがいるとか、いろんなうわさがあった。
この
養老院では
週に
一度、
老人たちに
看護婦さんが
何人かつきそって、
散歩に
行くことになっていた。
時夫とおばあさんが
出会ったのも、そんな
散歩の
時だった。もう
一ヵ月ほど
前になるだろうか。
川ぞいの
道でお
父さんとキャッチボールをしている
時夫を、おばあさんは
土手からながめていた。
「
行くぞ、
時夫」
お
父さんがそう
言ったとき、やおら
立ち
上がったおばあさんはとつぜん、
大きな
声でこう
言ったのだ。
「あんた、トキオ、いうんか。わたしはトキ、いうんじゃよ」
びっくりするほどしっかりした
足どりで、つかつかとちかづいてきたおばあさんは
背がひくく、
日にやけて、やせていた。
「
友達に、なってくれるかの」
おばあさんは
破顔一笑、そう
言った。
それから
毎日、おばあさんは
窓から
時夫を
見つめていたのだ。あそびに
来てほしいのかもしれない、
時夫は
何度もそう
思ったが、その
勇気はなかった。キャベツ
畑のむこうの
青屋根といえば、
子供たちにとって、おばけ
屋敷もおんなじだったのだ。
けれども、もう
決心した。
時夫はぐっと
胸をはり、キャベツ
畑のまん
中の
細い
小道を、どんどん
歩いていく。
「もどってこいよ。
鬼ばばあがいるぞ。」
「ハンバーグにされちゃうから」
みんなの
声が、うしろからきこえていた。
小さな
玄関を
入り、
病院のような
待ち
合い
室をぬけると
階段があり、
窓を
目印にいくと、おばあさんの
部屋はすぐにわかった。
色あせた
畳の
上に
冷蔵庫とテレビがおいてある。
時夫は
帽子をとっておじぎをした。
「
待っとったよ。これはルームメイトのゆりこさんに、げんさんに、ひさしさん。これは
私の
友達のトキオ」
おばあさんはじゅんぐりに
紹介し、
冷蔵庫からジュースをだしてくれた。おばあさんが「ルームメイト」という
言葉を
使ったのが、なんとなくおかしくて、
時夫は
心の
中でくすっと
笑い、
緊張が、するっとほどけた。
「
毎日毎日、カンけりしとったなあ」
おばあさんが
言って、
「トキさんはまた、それを
毎日毎日、
見とったなあ」
ひさしさんが
言った。ひさしさんは
白髪頭を
短く
刈った、
色白のおじいさんだ。
「
見ていると、
私もいっしょに
遊んでいるような
気がしおってね」
おばあさんははずかしそうに
笑うのだった。
ゆりこさんと
呼ばれたおばあさんは
長い
髪を
左がわでおさげに
編んで、
白い
浴衣を
着ていた。
部屋のすみの
赤い
座布団の
上にすわって、
一心にお
手玉している。
時夫の
視線に
気がつくと、しずかに、ふわっと
笑った。
小さな、
白い、あどけない
顔だった。
「アイスクリームがあるからおあがり。あんたのために
買うといたに」
おばあさんが
言った。
紙のカップに
入ったバニラアイスはかちかちにかたまって、
冷蔵庫のにおいがついていた。ずいぶん
前から
買ってあったんだな。
時夫はそう
思いながら、さっきから
窓のそばでたばこをすっている、げんさんというおじいさんの
横顔をちらりと
見た。むっつりして、
少しこわい
横顔だった。
「テレビ、みようか。そろそろ
大乃国がでるころだな」
ひさしさんが
言った。
「
大乃国? だめだめすもうは
桝田山だよ」
「おっ、しぶ
好みだな」
おすもう
好きのひさしさんと、やっぱりおすもう
好きの
時夫とはすっかり
意気投合し、ハンバーグなんてうそばっかり、と、
時夫は
心の
中でつぶやいた。
(
江國香織「つめたいよるに」)
長文 3.1週
【1】「
今日のお
代わりは、
三班さあん。」
日直の
声で、
三班の
五人はいっせいに
立ち
上がりました。
今日は、フルーツヨーグルトサラダの
日。
給食の
中でもデザート
系は
特に
人気です。【2】
昨日は
私のニ
班がお
代わり
優先の
日だったのですが、メニューは
大好物のスパゲティ・ミートソースでした。
肉じゃがや、カレー、エビチリ、ビビンバなどが
出る
日は、みんな
大好きなのでほかの
班までお
代わりがまわりません。【3】
給食は、ほとんど
毎日おいしいです。
魚が
出る
日はちょっとがっかりしますが、
給食の
魚は
食べやすいので
残しません。
私は、
学校にあがる
前は、とても
食が
細くて、
体も
小さかったのですが、
給食のおかげで
大きくなったと
母がいつも
言います。【4】
給食がおいしいこともあるけれど、
大勢で
食べるからたくさん
食べられるのかなあと
思います。うちでは、
兄弟がいないし、お
父さんは
仕事で
遅いので、たいがいお
母さんと
二人っきりのごはんなのです。
【5】
昨日、お
母さんに
小学生のころの
給食の
話を
聞いてみました。すると、
「お
母さんもね、
実は
食が
細かったのよ。
今はぽっちゃりしているけど。
子供のころは、おばあちゃんが、やせすぎをいつも
心配していたの。【6】
学校にあがっても、
低学年のころは、
少ししか
給食が
食べられないし、
時間はかかるしで、
給食がいやだったわ。」
と、
驚くような
話が
飛び
出しました。
【7】「でもね、
三年生の
時の
担任の
先生が、
農家の
息子で、お
米や
野菜ができるまでの
話をいつも
興味深く
聞かせてくれたのよ。そのせいか、クラスではいつもお
代わりの
競争をしていて、それに
巻き
込まれるようになったことで、いつの
間にかすっかり
食いしん
坊になったのよねえ。」
【8】「やっぱり、
食べることが
楽しいと
思って
食べると、
体にしっかり
取り
込まれるのね。
今は
取り
込み
過ぎて、
困っちゃうけどね。」
と
笑いました。
私は、それを
聞いて、なるほどなあと
心の
中で
思いました。【9】そして、
前に
担任の
先生が、
「
興味を
持って、
楽しみながら
学んだことはしっかり
身につくのです。」
と
言ったことを
思い
出して、
何だか
似ているなと
思いました。
今日の
給食も
完食でした。きれいに
空っぽになった
食缶が
満足そうに
配膳台に
並んでいました。【0】
(
言葉の
森長文作成委員会 φ)
長文 3.2週
【1】
化学繊維が
発達し、
最近では、
手間のかかる
養蚕をする
人が
少なくなりました。けれど、カイコを
飼っているところを
見たことがある
人、あるいは
自分で
飼ったことがある
人なら、だれでも
知っていることですが、【2】
平らな
入れ
物の
中にクワの
葉を
入れ、そのままにしておいても
逃げだしもせず、あちこち
歩きまわりもせず、ただクワさえきらさなければ、かんたんに
飼えます。
【3】ほかの
昆虫を
飼う
時には、
逃げないようにカゴやふたのある
入れ
物に
入れ、えさや
水やと、けっこう
苦労するものです。カイコはその
心配がありません。やがて
完全に
成熟すると、
入れ
物のすみや、
枯れたクワの
葉のあいだに
糸をはり、
繭をつくります。【4】
養蚕家が、この
時に
入れ
物の
上に
繭をつくる
格子状のワクを
置いてやると、ここにはい
上がって、
一匹が
一つずつきれいに
繭をつくります。
卵からふ
化した
幼虫が、
繭になるまでだいたい
一か
月で、そのあいだに
四回、
脱皮をして
成長し、
繭の
中でサナギになります。
【5】
養蚕業では、
繭ができるとすぐに
集め、
大きさのそろったものを
選んで
糸をとる
工場に
送ります。サナギが
成虫のカイコガになるのは
一週間ほどですから、ガにならないうちに
糸をとりはじめます。【6】これは、
繭を
煮ながら
糸をやわらかくして、ほぐれた
糸をまき
取る
方法が
一般的です。これで、
一つの
繭から
切れずにつながった
糸がとれます。
現在の
大きな
良い
繭は、
千五百メートルほどの
糸になります。この
糸をより
合わせ、
絹糸にして
布に
織ります。
【7】このように
繭から
一本のつながった
糸をとるのですから、
繭の
中で
羽化したガが、
繭を
破って
外にでたのではなんにもなりません。ヒトが
糸をとるためには、
成虫になってはいけないので、どんなにたくさんカイコが
飼われても、すべて
殺されてしまうことになります。
【8】つぎの
卵を
産ませる
分は、
別に
何匹かのこしておけば、このガ
一匹で
千個近い
卵を
産みますからいっこうにさしつかえありません。
幼虫の
生活も、
子孫をつくることも、すべてヒトの
計画どおりになっています。
【9】そのうえ、
羽化したガは翅を
持っていますが、
飛ぶことはできません。この翅のはばたきはもともと
飛んでいたころのはばたきと
同じですから、いつごろからか
飛べないガになってしまったのです。これも、たぶん、
飼育化の
結果でしょう。【0】すべての
点が、ヒトが
飼いやすい、すなわち
管理しやすいようになっているのです。
こんな
野生の
昆虫が、はじめからいるわけがありません。その
証拠に、
今日ではカイコの
祖先型と
考えられている
野生のカイコ、これはクワの
樹につくのでクワコとよばれますが、これは、
成虫は
立派に
飛びますし、
幼虫は
群がることもなく、
一匹ずつかくれるように
生活しています。
飼育もむずかしく、とてもカイコのようには
飼えませんし、
注意しないとすぐ
逃げだしてしまいます。
(「いい
虫わるい
虫」
奥井一満 日本少年文庫より)
長文 3.3週
【1】ヒトとイエバエの
対比を
少し
進めてみると、
大きさはいうまでもないでしょう。
寿命はヒトを、
平均六十五年とすれば、イエバエはわずか
二週間です。このあいだで
卵・
幼虫・サナギ・
成虫が
終わってしまいます。
【2】
子どもは、
今日の
日本人の
平均的子どもの
数は、
二・
二人すなわち、
二人か
三人、ハエは
二百〜
三百の
卵を
産みます。この
寿命と
子どもの
数で
考えると、イエバエは
一年間に、ものすごい
数にふえることになります。【3】ある
計算では、
一対のハエの
子孫が、
半年で
億の
百倍以上の
数になるといわれます。
もちろん、ハエはこんなにはふえません。
死んでしまう
子どもが
多いからです。ただし、この
死んだ
子どもは
卵であれ
幼虫であれ、
必ずほかの
動物か
植物の
役に
立っています。【4】その
点ヒトでは、ほかの
生き
物にとって
何の
役にも
立たない
子どもが、
生き
続けていることになります。
ハエが、
短い
期間で
大量の
卵を
産むことには、
大きな
意味があります。それは、
遺伝にかかわる
問題が、
短いあいだで
効果的にかたづくことです。【5】ある
薬品に
対して、
抵抗性のある
個体がいたとしましょう。ほかの
個体には
抵抗性がないと、
薬品にであった
場合、
死んでしまうでしょう。
ところが、
抵抗性をもっている
個体は
生きのこります。【6】これが
子孫をのこしていくと、
子どもたちはみな、
抵抗性を
持つものになります。しかも
一生が
短いから、この
間に
抵抗性のないものが
死に
絶え、
抵抗性のあるものが
生きのこり、ハエの
群がすべて、
抵抗性のある
個体に
入れかわる
結果になります。【7】このように
短期間で、
仲間の
性質をすべて
変えてしまうことができます。
ヒトの
場合は、
一生が
長く、
生まれる
子どもの
数も
少ないので、
特別な
性質を、グループ
全体に
入れかえてしまうには、ひじょうに
長い、おそらく
何万年という
時間がかかるでしょう。
【8】また、ハエとヒトの
運動性をくらべるとどうでしょうか。もちろん、ヒトはハエのように
飛べません。その
意味ではヒトの
運動の
範囲は、ハエよりもせまいでしょう。
ところで、ハエのすばらしさはスピードの
調節のみごとさです。【9】そうとうな
速さで
飛んできたハエは、そのまま
速さを
変えずに、ぴたりと
壁にとまります。もし、これをヒトにあてはめると、
百メートル、
全力疾走してきたヒトが、
壁の
前で
速度をゆるめず、ぴたりと
止まることになるでしょう。
【0】ヒトには、とてもこんなことはできません。
百メートルのゴールは、そこで
終わりではなく、
走りぬける
先があるから、
全力で
走ってこられるのです。ヒトはスピードを
加えるにも、おとすにも、
助走が
必要です。これは
運動の
上からいえばむだな
部分です。
ハエは、
助走も
加速もせず、ある
場所に
自由にとまり、
自由に
飛びだすことができます。こんな
動き
方は、ヒトが
考えだしたどんな
飛行機でも、ヘリコプターでも、やることができません。むだな
運動をしないことは、
活動のエネルギーをたいせつにしていることになります。
(「いい
虫わるい
虫」
奥井一満 日本少年文庫より
一部直す)
長文 3.4週
美しい
景色をみて
思わず、「きれいね」と
口にでて、たのしい
思いになる、それでもう
十分とも
思いますが、そのたのしい
思いにさせてくれるものの
姿を、たしかめてみましょう。
美しいものと、
美しくないものと、わたくしはいま
自分の
部屋を
見まわして、よりわけてみました。
机の
上のペン
皿にあるえんぴつ、
何本かのえんぴつの
中で
美しく
目にうつるのは、けずりたてのえんぴつです。シンがまるくなったり、
折れたままのは
美しいとは
思えません。
お
皿に
盛ったバナナは、あざやかな
黄の
色をしていて
美しい。でも
実をたべてしまった
皮は、
皮になった
瞬間に、もう
美しいとは
思えませんし、
色もまたたちまち
黒ずんできたなくなってしまいます。
けずりたてのえんぴつが
美しく
目にうつるのは、「どうぞ、いつでもすぐに
使えますよ。」と、すぐに
役にたつ
姿を
見せてくれているからでしょう。
バナナの
皮も、
中に
実をつつんでいるという、
使命をもっているときは
美しいのですが、その
使命が
終わって
皮だけになった
瞬間に
美しくなくなります。
こうしたことを
思うと、
人に
心よい
感動をあたえる
美しさとは、そのものが
役にたつという
姿を
見せているところにあるのではないかと
思われます。
花が
美しい、
木々が
美しいというのは、その
命の
美しさを
感じるところにあります。
命とは
活動することであって、つまり、
役目をはたしている
姿です。
花も
木も、せいいっぱいに
生き、そして
自分たちの
子孫を
永続させるために、
花を
咲かせ、
実をならし、その
命を
充実させて、
活動しているのです。
わたくしたちは
働く
人を
美しいと
見ます。どんなにどろんこでも、
汗みどろでも、
働く
姿は
美しい。どろんこも、
汗も、
働く
姿の
美しさを
引きたてます。これは、
働くという
行為が、
活動そのものであり、
役だつ
使命をはたすことであり、
汗もどろんこもまた、そのためにあるからです。
でも、
働くことをやめて、
食卓にむかったときの、
汗みどろ、どろんこは、きたない、もう
美しくは
目にうつりません。このときの、どろんこや
汗は、
労働という
中味をとってしまったあとの
残りもの、バナナの
皮みたいな
存在になってしまったからでしょう。
食事をするという
行為に、どろんこは
不要です。そこで、きれいにさっぱりと
洗いおとさなければなりません。
ですから、
同じものでも、そのものが、そのものとして
役にたたない
場所にあるときは、
美しく
目にうつりません。
髪の
毛は、
髪にあるから
美しい。ぬけおちた
髪の
毛が、
食物の
中にでもはいっていたら、とてもゆううつです。
ショーウィンドーの
商品がみな
美しく
見えるのは、「このとおり、
役にたちますよ」と、マネキンに
着せてみせたりして、たのしく、わかりやすく
飾られてあるからでしょう。
わたくしたちのおしゃれや、
動作、マナーなども、その
場にふさわしく、
役にたつかたちであるとき、
美しく
見えるのです。
急ぐときは、きびきびした
動作が
美しく、
人にものをたずねるときは、その
人に
教わるという
気持ちをあらわすのに
必要な
謙虚な
動作、
教えるときは
相手によくわかるようにする
動作が、
気持ちよく
美しくうつります。
ここでひとこと、
気づいたことをいいそえますと、
必要と
実用とは
少しちがいます。
たとえば
道を
教わるとき、わたくしたちは、「すみませんが」ということばをそえますが、
実用という
面からいうと、このことばはなくてもよいわけです。「
東京駅はどっちですか?」といえば、
用はたせます。でも、それではぶっきらぼうです。「すみませんが」といいそえることで、
心のあたたかみが
伝わります。「どうぞお
茶をお
飲みください」のときの「どうぞ」も
同じで、こうしたやさしさがあって、ことばも、
動作も
美しくなります。
「
必要」と「
実用」とを、どうぞ、まちがえないでください。
わたくしたちが
生きてゆく
上では、
実用的な
衣・
食・
住のほかに、
遊ぶことも、たのしむことも、
安らぐことも
必要です。そうした
精神的に
必要なものとして、やさしさや
美がつくりだされています。
(
高田敏子「
詩の
世界」)