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障害学会神戸大会今野レジュメ
障害学会第9回大会(2012年度)・自由報告
■報告者(共同報告の場合は代表者)
□氏名(ふりがな):今野稔久(こんのなるひさ)
■報告題目(40字以内)
:障害児教育の現実(リアリティ) −「手をやく子の問題行動」をめぐって−
■発表要旨(2,000字以内)[註、文献、図表等を含む]:
1 問題意識の所在 ー 手をやく子の、問題行動とは
本報告では「手をやく子の、問題行動とは」という主題で考察してみたい。直接のきっかけは、或る学習会に参加したことだった。次のことが話題になった。手をやいている子がいる。何かとやらかしてくれる。叱れば、そのときはおさまるが、またやらかす。どう対応すればいいのか。時に厳しく叱ることもあるが、障害の特性に応じた支援もまた必要である。<わたし>たちの多くは、手強い相手を前に試行錯誤している。そして、ここにひとつの「危機」を見出す。<わたし>たちは、試行錯誤することに耐えきれなくなる。手をやくことを手放してしまう。もちろん、<わたし>たちだけがすべてを背負っているわけではない。できること、やれることはわずかである。それでもなお、手をやく子どもたちを手放したという経験は、子どもとのやり取りでの、ひとつの敗退を意味する。ただ、負けることはある。危ういのは、やがて、あの子は「そういう子だった」と考え出すことだ。負けそのものを無くそうとする。これは「虚しさ」の経験である。虚しさからは、子どもの「生」の肯定も解放も、ひるがえって<わたし>たちの「生」の肯定も解放もけっして生まれない。危機とは、このことに他ならない。では、何があったら、手をやくことを手放さないでいられるのか。やれるだけのことをやる、その中身を、手厚くし、継続していくことができるのか。とうとう手放したとしても、負けを受けとめ、次の一歩を踏みだすことができるのか。そうした問いに答えるには、子どもたちとのやり取りを手放しそうになる<わたし>たち自身の危機を明らかにする必要がある。
2 方法論と展望 ー「葛藤するストーリー」の記述1)と、前提となる認識の再検討
その際、ひとつは、子どもたちとのやり取りに基づく「葛藤するストーリー」を記述し、その中で考察を行う。その過程で明らかになるのは、手をやく子がもつ「突破する力」と、そうはさせまいとする<わたし>たちとのせめぎ合いである。そして、せめぎ合いの先に、危機へと向かう道と、危機を回避する道とを見出したい。さらに、後者の道を行こうとする場合、前提にしている「手をやく子」や「問題行動」といった認識自体を再検討する必要がある。その際、アルフレッド・シュッツと、梅津八三という、二人の仕事を参照したい。シュッツは、わたしたちが生きるこの世界、すなわち「日常生活の世界」の自明性を問い続けた。この世界が、そこを生きる者にとって、いかに複雑に絡み合って、しかも絶え間なく動いているのか。その複雑さや流動性を目の当たりにしたとき、困惑し、混沌となるのが当然であるにもかかわらず、わたしたちの多くは平然と日々を過ごすことができる。それはなぜか。ということもまた問い続けた。ここではシュッツが知識の社会的配分について行った議論をとりあげ2)、「障害のある子・手をやく子」という認識を再検討する際の手がかりとする。もうひとり、梅津八三は、障害のある子、とりわけ盲聾児との、教材を介したやり取りをライフワークにした。その過程で、子ども自身が、外界への「調整度」を高めていく、すなわち経験を深め広げていくあり方を明らかにしようとした。同時に、かかわる教師のあり方についても明らかにしようとした。ここでは梅津のいう「相互障害状況」という概念を取り上げたい3)。相互障害状況とは、「問題行動」を、教師とその子とのやり取りによって生じてる、双方にとっての、躓き・滞りと見る視座である。この概念を手がかりにして「問題行動」という認識を再検討したい。
注
1)「葛藤するストーリー」の記述とは、「葛藤する<わたし>を含み込み、学校生活を記述する、とりわけ『他者』である子どもとのやり取りを記述する」(今野,2011,p.147)試みである。
2)Schutz(1946:120-134[171-189])を参照。
3)梅津(1997,pp79-85)を参照。
引用・参照文献
・今野稔久,2011「葛藤への障害児教育 −自己矛盾の経験から、『葛藤するストーリー』の記述へ」障害学会『障害学研究』7:132-160
・Schutz,A.,1946,"The Well-informed Citizen:An Essay on the
Social Distribution of Knowledge".(参照は、A.Schutz,Collected
Papers,vol2,Nijhoff,1964,pp120-134=渡部光・那須壽・西原和久訳,『アルフレッド・シュッツ著作集 第三巻 社会理論の研究』1991,pp171-189による)。
・梅津八三,1997,『重複障害児との相互輔生行動体制と信号系活動』,東京大学出版会