■報告ほうこく者しゃ（共同きょうどう報告ほうこくの場合ばあいは代表だいひょう者しゃ）
□氏名しめい（ふりがな）：田中たなか(たなか)みわ子こ(こ)
■報告ほうこく題目だいもく（４０字じ以内いない）：田中たなか(たなか)みわ子こ(こ)
■発表はっぴょう要旨ようし（２，０００字じ以内いない）［註、文献ぶんけん、図表ずひょう等とうを含ふくむ］：

英えい米まいを主おもとするディスアビリティ・アートの実践じっせんは、差異さいやインペアメントをもつ身体しんたいをポジティヴに捉とらえなおし、そうした見方みかたやイメージを生うみ出だすことに戦略せんりゃく的てきに貢献こうけんしてきた。同時どうじにそれはまた、身体しんたいの差異さいや生なまそのものの多様たようなありようを、芸術げいじゅつ表現ひょうげんを通とおして実現じつげんする意義いぎも担になってきた。こうした実践じっせんの興隆こうりゅうを背景はいけいとして、障害しょうがい学がくおよびパフォーマンス研究けんきゅうの領域りょういきにおいて、障害しょうがいのある身体しんたいのパフォーマンスに着目ちゃくもくした研究けんきゅうも多おおくみられるようになってきている。そこで本ほん報告ほうこくでは、身体しんたいのパフォーマンスのありようを実践じっせんに即そくして明あきらかにしつつ、それがどのような文化ぶんかの可能かのう性せいを示しめしているのか、ひとつの検証けんしょうを試こころみる。
　考察こうさつにあたり、障害しょうがい学がくおよびパフォーマンス研究けんきゅうの研究けんきゅう者しゃであり、自みずからダンス、詩し、コミュニティ・アートなどの活動かつどう家かでもあるペトラ・キュッパース(Petra Kuppers)の芸術げいじゅつ実践じっせんの中なかから、『テイレシアス』（2007年ねん）のビデオダンスを事例じれいとして取とり上あげる。なお、分析ぶんせきに際さいしては、『テイレシアス』のビデオ作品さくひんおよび出版しゅっぱんされた雑誌ざっし論文ろんぶん、ホームページ等とうの記述きじゅつを参照さんしょうする。キュッパースは、「私的してきな身体しんたいと公的こうてきな物語ものがたりはパフォーマンスにおいて出会であう」(Kuppers, 2003, p.1)と述のべている。その「出会であい」の場ばは、「私的してきな身体しんたい」と「公的こうてきな物語ものがたり」が意味いみを交渉こうしょうする場ばである。本ほん報告ほうこくでは、「私的してきな身体しんたい」と「公的こうてきな物語ものがたり」が、『テイレシアス』のパフォーマンスにおいてどのように出会であうのかをみていくことを通とおして、その出会であいがどのような出来事できごとなのかを描えがき出だしていく。そして、「公的こうてきな物語ものがたり」がどのように変容へんようするのか、物語ものがたりの変容へんようする契機けいきを探さぐっていくことにしたい。
本ほん報告ほうこくでは、以下いかの３みっつの手順てじゅんで考察こうさつを進すすめる。
まず、『テイレシアス』の概要がいようについて述のべ、キュッパースの芸術げいじゅつ実践じっせんをアメリカのディスアビリティ・アートの文脈ぶんみゃくに位置いちづける。『テイレシアス』のビデオダンスは、2007年ねんから2008年ねん2月がつにかけてキュッパースを中心ちゅうしんに実践じっせんされたオリンピアス・パフォーマンス・プロジェクト（ミシガン大学だいがく）の一ひとつの実践じっせんであり、そのプロセスで制作せいさくされた作品さくひんである。キュッパースとサディ・ウィルコックス(Sadie Wilcox)監修かんしゅうのもと2007年ねんに制作せいさくされた7分ふん30秒びょうの、ストーリーのない映像えいぞう作品さくひんである。ここでは、『テイレシアス』のビデオダンスの表現ひょうげん形式けいしきの特徴とくちょうとして、身体しんたいを取とり巻まく空間くうかんの秩序ちつじょが撹乱かくらんされている点てんと、ビデオダンスに挿入そうにゅうされる詩しの言語げんごが、身体しんたいの感覚かんかくを過剰かじょうに喚起かんきしている点てんを指摘してきすることができるだろう。
次つぎに、上記じょうきの特徴とくちょうを踏ふまえた上うえで、ビデオダンスを二に人にんのパフォーマンスの身体しんたいに着目ちゃくもくして分析ぶんせきする。一人ひとりは、ネイル・マーカスというパフォーマーであり、マーカスと車椅子くるまいすが織おりなすパフォーマンスの意味いみ空間くうかんについて考察こうさつする。マーカスのパフォーマンスは、「座すわったり、移動いどうしたりするための補助ほじょ具ぐ」という車椅子くるまいすの「機能きのう」としての意味いみと、「隠喩いんゆ」としての意味いみに働はたらきかけ、自みずからの身体しんたいと日常にちじょう的てきな道具どうぐとしての車椅子くるまいすとの間あいだに、意味いみの交渉こうしょうの場ばが豊ゆたかにあることを示しめすものである。他方たほう、もう一人ひとりのアリソン・ケーファーの傷跡きずあとは、プロジェクトの参加さんか者しゃとの間あいだでのみ共有きょうゆうされた「秘密ひみつ」であり、この「秘密ひみつ」はビデオダンスにおいて表現ひょうげんされることはなかった。「文化ぶんか的てきに未み確定かくてい」なまま、表現ひょうげんを見出みいださないままとなって「見みえること／見みえないこと」に働はたらく権力けんりょく作用さようを露呈ろていさせていると考かんがえられる。
最後さいごに、マーカスとケーファーのパフォーマンスを、ビデオダンスの中なかで印象いんしょう的てきに繰くり返かえされる「What happened to you?」という問といかけに対たいする応答おうとうとして読よみ解といてみたい。この問といかけは、障害しょうがいのある人ひとに対たいして「公的こうてきな物語ものがたり」を語かたることを求もとめている。だが、彼かれらのパフォーマンスは、「公的こうてきな物語ものがたり」を語かたるのではなく、むしろ、「公的こうてきな物語ものがたり」に「裂さけ目め」を入いれ、そこに身体しんたい文化ぶんかの生うまれる土壌どじょうと可能かのう性せいを示しめしていると考かんがえられる。

◆参考さんこう資料しりょう
・（映像えいぞう資料しりょう）Kuppers, P & Wilcox, S. eds. (2007) Tiresias, video dance, Michigan: Olimpias Performance Project.
・（文献ぶんけん）Kuppers, P. (2003) Disability and Contemporary Performance: Bodies on Edge, London: Routledge.
・（文献ぶんけん）Kuppers, P. (2008) "Tiresias Journeys", TDR: The Drama Review, 54(2), pp. 174-182.