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近衛読書中隊 炎の友情
近衛このえ読書どくしょ中隊ちゅうたい


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ほのお友情ゆうじょう
2007/12/02 12:02

古本ふるもとまつりの戦利せんりひんより

  

ほんのデパート大盛おおもりどう書店しょてん社長しゃちょうで、『ふうペリリューとう』や『サクラサクラ』などの戦記せんき著者ちょしゃられる舩坂ひろしですが、これは自身じしん体験たいけんつづったものです。

歩兵ほへいだい59聯隊れんたいだい大隊だいたい大隊だいたいちょう後藤ごとううしゆう少佐しょうさ)の擲弾筒てきだんとう分隊ぶんたいちょう舩坂ひろ軍曹ぐんそうは、ペリリューとう南西なんせいにあるアンガウルとうで、負傷ふしょう昏倒こんとう俘虜ふりょとなった。文章ぶんしょうくとたったいちぎょうだが、そこにいたるまでの舩坂軍曹ぐんそう奮戦ふんせんはすさまじい。ロッキーといえばわたしにとっては”4”なんだが、このしまでの軍曹ぐんそうはむしろ”ランボーいかりのアフガン”といったほうがよさそうだ。詳細しょうさい本書ほんしょゆずるが、これがさいこうとばかりに、前哨ぜんしょう基地きち突破とっぱして、てき司令しれい天幕てんまくぐんに6手榴弾しゅりゅうだんって突入とつにゅうしたときの軍曹ぐんそうは、すでにひだり大腿だいたい裂傷れっしょうひだり上膊じょうはく貫通かんつう銃創じゅうそう箇所かしょ頭部とうぶ打撲傷だぼくしょう右肩みぎかた捻挫ねんざひだり腹部ふくぶめくらぬき銃創じゅうそうっていた。突入とつにゅうしてきたこの異様いよう風体ふうたい日本人にっぽんじん兵士へいしに、発見はっけんした米兵べいへいもしばし呆然ぼうぜんとしてこえもでなかったという。軍曹ぐんそうくびたれて昏倒こんとうした。けつけたべい軍医ぐんいは、拳銃けんじゅう手榴弾しゅりゅうだんにぎったままのゆび一本いっぽんいちほんきほぐしながら、「これがハラキリだ。日本にっぽんのサムライだけができる勇敢ゆうかんかただ」とまわりの兵士へいしかたりかけた。勇敢ゆうかん兵士へいし評判ひょうばんしまべいぐんひろがり、戦後せんご著者ちょしゃは、当時とうじアンガウルにいたマサチューセッツだい教授きょうじゅのテイラー博士はかせから「あなたのあのとき勇敢ゆうかん行動こうどうわたしたちはわすれられません。あなたのようなひとがいるということは、日本人にっぽんじん全体ぜんたいのプライドとしてのこることです」という手紙てがみもらったという。

べいぐん治療ちりょう軍曹ぐんそういのちめた。「ころころせ」とわめく軍曹ぐんそうに、みな不思議ふしぎそうではあったが親切しんせつだった。あるけるようになった軍曹ぐんそうは、ペリリューとうおくられた。そこに居並いならべい軍曹ぐんそうは、「よしいつかはあの飛行機ひこうきをすべて破壊はかいしてやる」としんちかった。収容しゅうようにちよる歩哨ほしょうころしてじゅううばい、それで「ひとあばれしてやる」と決意けついした軍曹ぐんそうは、夜陰やいんにまぎれて歩哨ほしょう背後はいごしのった。あと5メートルというところで、背後はいごから「ヘーイッ!」といきなりタックルをくらった。軍曹ぐんそう必死ひっし抵抗ていこうしたが、うししばげられてそのかられ、収容しゅうようしょはしらしばけられた。大男おおおとこかおにして「ぞこないの気狂きちがいめ」と英語えいごののしっている。これは銃殺じゅうさつされる、そうおもった軍曹ぐんそうつぶった。しかしこえてきたのは銃声じゅうせいではなく、たどたどしい日本語にほんごであった。「かみサマニセナサイ。自分じぶんきゅうグコトハ罪悪ざいあくデス。アナタハしんデス。アナタノせいキルコト、ヌコトモ神様かみさまニユダネラレテイルノデス」そういっておとこ軍曹ぐんそうをそのままにして、テントをった。

翌日よくじつゆるされてなわかれた軍曹ぐんそうは、りずに飛行場ひこうじょう炎上えんじょう計画けいかくはじめた。そのために、炊事すいじがかり朝鮮ちょうせんじんのおっさんを煙草たばこって、マッチをれた。マッチもまったある以前いぜん自分じぶんつかまえた伍長ごちょうがジープにってどこかへかけていくのがえた。歩哨ほしょうにそれとなくくと、明日あしたまでかえらないという。今晩こんばんこそがチャンスと決意けついした軍曹ぐんそうは、そのよるひそかにテントをると、匍匐ほふく前進ぜんしんだいいち有刺鉄線ゆうしてっせんえた。よろこんであたまげると、そこににゅうっと大男おおおとこっていた。あれほど不在ふざい確認かくにんしたはずなのに!軍曹ぐんそう拳銃けんじゅうきつけられ、テントにもどされた。「ころせ」という軍曹ぐんそうに、大男おおおとこ伍長ごちょういかりにかお紅潮こうちょうさせこうった。「おまえ歩哨ほしょうわたし日程にっていをたずねたことが、出先でさきわたし連絡れんらくされた。おまえなに計画けいかくしているとしたら、たぶん今夜こんやあたりであろうとかんがえていたから、わたし仕事しごと途中とちゅうだったがおまえのためにげてかえってきた」そして以前いぜんおな箇所かしょから脱走だっそうしようとした日本にっぽんへい射殺しゃさつされたことをはなし、こうつづけた。「きみわたしかえってこなかったら、即座そくざ射殺しゃさつされたことだろう。わたしはそれが心配しんぱい大急おおいそぎでかえってきたが、無事ぶじでよかった」さらに軍曹ぐんそう無謀むぼう行動こうどういましめ、「きる希望きぼうてるな」「いそぐな」とく。「どうしてもきみわたしっていることがわからないか」といわれて「わからない」と意地いじっていた軍曹ぐんそうも、その人間味にんげんみあふれる言葉ことばしんにしみいってくるのをめることは出来できなかった。

軍曹ぐんそうたち捕虜ほりょがハワイへおくられるときがやってきた。一団いちだんせた上陸じょうりくよう舟艇しゅうていがペリリューとうはなれようとしていたとき、かれ伍長ごちょうがやってきてった。「グンソー、ぬのではないぞ!かならきて日本にっぽんかえるのだよ!わたしはグンソーが無事ぶじ日本にっぽんかえれるようにいのっています」そうってかれいちまい紙片しへん軍曹ぐんそうわたした。それにはかれ名前なまえしるされていた。
「F.V.CRENSHAW」
しかし軍曹ぐんそうはチラッとただけでポケットにしまった。そしてつぎ収容しゅうようしょでMPにげられてしまった。戦後せんご日本にっぽんかえった軍曹ぐんそうは、あらためてあのときCRENSHAW伍長ごちょうしめしてくれた態度たいどおもかえし、なにとかかれ連絡れんらくりたいとおもった。そしてアメリカの方々かたがた手紙てがみはじめた。しかしすうねんときて、かれたずびと名前なまえを"G"RENSHAWとおもちがいして記憶きおくしていた。そのため捜索そうさく難航なんこうした。しかしふねざかあきらめずに手紙てがみつづけた。昭和しょうわ40ねんがつ、110つう手紙てがみがネイヴィ・タイムに掲載けいさいされた。よく41ねんがつにち自宅じたくアメリカ大使館あめりかたいしかんから電話でんわかってきた。そして日本にっぽん事務じむかん名乗なのおとこがこういてきた。「まことにしつけなおたずねですが、ふねざかさんは戦時せんじちゅう、どちらの方面ほうめんしまにおられましたか?」


さつ内容ないようてきにはこうむってるところもあるが、二人ふたり戦後せんご交友こうゆうについては『聖書せいしょかたな』のほうくわしい。ただ『英霊えいれい絶叫ぜっきょう』はNF文庫ぶんこから再販さいはんされているので、やすい。

ちなみに『英霊えいれい絶叫ぜっきょう』のほうにはっていないはなしだが、ペリリューに二日ふつかに、舩坂軍曹ぐんそうはこっそりして、日本にっぽんへい遺体いたいからあつめた小銃しょうじゅうだん使つかって、べいぐん火薬かやく爆破ばくは成功せいこうしているそうだ。クレンショーにはとぼけているが。無茶むちゃすぎるぜグンソー!以下いか本文ほんぶんより。

「ペリリュー収容しゅうようしょ時代じだいのことで、いまもっ理解りかいできないことが、ふたつありマス・・・」
 ひとつは、ペリリューとうにおける日本にっぽんぐん最後さいご拠点きょてん大山おおやま占領せんりょうされる直前ちょくぜん突然とつぜんべいぐん火薬かやくだい爆発ばくはつこした。次々つぎつぎなんむねかへ爆発ばくはつうつった。犯人はんにん判明はんめいしないまま迷宮めいきゅうりになったが、犯人はんにんわたしであった。アンガウルとうからペリリューとうおくられてばん重傷じゅうしょうおもわれて監視かんしうまかったので、わたししがらみすことができた。せんメートルもひそんでって日本にっぽんへい遺体いたい辿たどりつき、弾丸だんがんれから小銃しょうじゅうだんろくななはつあつめ、火薬かやくいた。それを導火どうかせんにしてマッチで点火てんかしたのだ。マッチはアとうからペとうおくられるふねちゅうと、収容しゅうようしょまでのジープのなか一本いっぽんずつれた。
犯人はんにんはグンソーではないだろうか?」
 かれは、くびをかしげて、わたしかおをのぞきこんで指摘してきした。わたしはシラをって、
わたしではありませんよ・・・金網かなあみなかじこめられていて、脱走だっそうしようとすれば、かなら貴男たかおつかまえられたではありませんか・・・・」



カテゴリ:軍人ぐんじん】舩坂ひろ軍曹ぐんそう

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