エリック・サティ

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サティの自画像じがぞう。いやマジで。
かれ音楽おんがく出現しゅつげんはあまりにも突発とっぱつてき独創どくそうてきぎた。そのため、当時とうじ人々ひとびとにはぼく作品さくひんおなじく理解りかいされなかったが、ラヴェルやドビュッシーからはじまるきん現代げんだい音楽おんがく元祖がんそとなったことは現代げんだいでは否定ひていのしようはことだな。」
エリック・サティ について、オスカー・ワイルド

エリック・アルフレッド・レスリ・サティ(Erik Satie, Eric Alfred Leslie Satie, 1866ねん5がつ17にち - 1925ねん7がつ1にち)は、19世紀せいきすえから20世紀せいき初頭しょとうフランス実在じつざいした変態へんたいのこと。おも音楽おんがくをもって人々ひとびと混乱こんらんさせることをこのむ、あるしゅトリックスターである。

本名ほんみょうおなじことから、あのオペラ怪人かいじんのエリックとどう一人物いちじんぶつなのでは?というせつもまことしやかにパリっあいだささやかれている。

人物じんぶつぞう[編集へんしゅう]

サティはとにかく変態へんたいであったが、偶然ぐうぜんにも音楽おんがく才能さいのうがあったため、この分野ぶんや変態へんたいぶりを発揮はっきすることとなった。

フランスけい作家さっかとして有名ゆうめいかれであるが、じつまれはイギリスで、洗礼せんれい英国えいこく国教こっきょうかいけているが、4さいときフランスわたっているのであまり関係かんけいない。かれ変態へんたいぶりはまず、フランスのカフェーでピカソらと交流こうりゅうしたことからはじまるが、実際じっさい音楽おんがく活動かつどうはじめるまえ教会きょうかいびたってふるくさい合唱がっしょうきょくきまくり、その結果けっかすで一般いっぱんてきであったバッハモーツァルトベートーヴェンといった「要素ようそ分解ぶんかいし、それぞれを緻密ちみつし、かつそのわせを理論りろんてき研究けんきゅうして高度こうど楽曲がっきょくつくげる」といった当時とうじとしては最先端さいせんたん音楽おんがくあたまからすっぽりちてしまったことで、「まったあたらしい音楽おんがく」をすこととなった。

こうして作曲さっきょくとして活動かつどうはじめたかれであったが、みずからを作曲さっきょくではなく「音響おんきょう測定そくてい」と名乗なのり、次々つぎつぎ奇妙きみょうな(タイトルの)音楽おんがくつくげ、その変態へんたいぶりでせていったのであった。

もっともとうのサティはわかいときにパリ音楽おんがくいん退学たいがくしており、アカデミックな作曲さっきょく技法ぎほうつうじていないことにやっぱり劣等れっとうかんかんじたのか、40さい目前もくぜんにしておもち、音楽おんがく学校がっこうとして定評ていひょうのあったスコラ・カントルムに入学にゅうがくした。これはスコラ・カントルムの教授きょうじゅじんにしてみれば、ほとんどいやがらせである。とはいえ、予想よそうはんして問題もんだいこさずまじめに勉強べんきょうしたようで、今回こんかいはちゃんと卒業そつぎょうさせてもらったのだが。

かれはまたオカルト集団しゅうだん薔薇ばらじゅう教団きょうだん」のメンバーとしてもられ、教団きょうだんおかかえ作曲さっきょく肩書かたがきをわれる。のち薔薇ばらじゅう教団きょうだん決裂けつれつすると、自分じぶん教祖きょうそとする信者しんじゃのいない教団きょうだん次々つぎつぎつくっては解散かいさんする、というなぞ行動こうどうつづけた。

エピソード[編集へんしゅう]

  • バレエの合間あいま上演じょうえんされたみじかちょうZきゅう馬鹿ばか映画えいがだいよろこびで出演しゅつえんし、それをていた知人ちじんがあきれててかれ支持しじするのをやめてしまった。
  • 「このきょくきいらないでください、みなさん、そのままおしゃべりをつづけてください」とまえいて演奏えんそうはじめた。きょくだったので人々ひとびとがおしゃべりをやめてきょく集中しゅうちゅうすると、それにづいたサティはブチれ、「おしゃべりをつづけろ!」とわめらしながら部屋へやちゅうまわった。これがBGMの誕生たんじょうであるとか、ないとか。
  • 友人ゆうじんでもあるドビュッシーから「もっと様式ようしき(フォルム)をつべきだ」と忠告ちゅうこくされ、それにこたえて「なしかたち(フォルム)をした3つの小品しょうひん」という名前なまえきょくつくり、「これでわたしにフォルムがいなどとだれにもわせない」とむねった。(ちなみにフランス語ふらんすご俗語ぞくごでは、そのかたちからるものか、なしには「間抜まぬけ」という意味いみもある)。3つの小品しょうひんというわりには、7つの小品しょうひんからなっている。やはりフランス語ふらんすごかずかぞえるのに不自由ふじゆう言語げんごなのだろう。
  • 作曲さっきょく依頼いらいけたとき、依頼いらいりょうたかすぎるといかし、金額きんがくげるまでくびたてらなかった。
  • サティがくなったとき、部屋へやから100ほん以上いじょうのコウモリかさてきた。
  • サティはつねくろいスーツをていた。かれ死後しご部屋へやからおなふくなんちゃく発見はっけんされた。

代表だいひょうきょく[編集へんしゅう]

楽譜がくふには、作者さくしゃ独特どくとく演奏えんそうかんする指示しじかれている場合ばあいおおく、その場合ばあいはこれにしたがうべきである。

  • 3つのジムノペディ
有名ゆうめいだい一番いちばんは、一度いちどピアノのぶたおもいきりしゅはさんでから演奏えんそうするのがのぞましい。
  • 6つのグノシェンヌ
だい一番いちばんは「端末たんまつ使つかえ」とあることから、DTMなどの機械きかいによる演奏えんそうもとめているとかんがえられる。
サティにしてはめずらしく、聴衆ちょうしゅう大人おとなしくくようもとめている。
  • なしかたちをした3つの小品しょうひん
1. はじめかた 2. ついでにもういちきょく 3. だい1きょく-ゆっくりと 4. だい2きょく-いきいきと 5. だい3きょく-荒々あらあらしく 6. おまけ 7. あといちきょくだけ
1. うちなるこえ 2. 犬儒けんじゅ牧歌ぼっか 3. いぬうた 4. 仲間なかま一緒いっしょ
  • いぬのための)ぶよぶよした本当ほんとう前奏ぜんそうきょく
1. きびしいおしおき 2. いちひきでお留守番るすばん 3. あそびましょ
サティは「ぶよぶよした前奏ぜんそうきょく」を音楽おんがく専門せんもん出版しゅっぱんしゃんだが、出版しゅっぱん拒絶きょぜつされたため、さらなる改善かいぜんのためにぶよぶよさを増量ぞうりょう当社とうしゃ、サティ調しらべ)したのが「本当ほんとう前奏ぜんそうきょく」である。さいわいにして現在げんざいでは、ぶよぶよしたほうも、もっとぶよぶよしたほうも、ぶよぶよしていないかみ印刷いんさつされて出版しゅっぱんされている。
  • つめたい小品しょうひんしたくなるアリア)
  • つめたい小品しょうひん(ふらふらした舞曲ぶきょく
  • 愛撫あいぶ
  • からびた胎児たいじ
1. ナマコの胎児たいじ 2. るい胎児たいじ 3. るい胎児たいじ
だいばんが「シューベルトの有名ゆうめいなマズルカからの引用いんよう」とされているが、これは当時とうじ編集へんしゅうしゃがサティを気取きどっていたずらしただけであり、実際じっさいはサティ自身じしんの「最後さいごから番目ばんめ思想しそう」からの引用いんようである。まただいさんばんのラストがカッコきになっていることから、演奏えんそうしゃによってばされることを想定そうていしているとかんがえられる。
  • あらゆる意味いみにでっちあげられたすうしょう
  • はた迷惑めいわく微罪びざい
  • 5つのしかめっつら
  • いやらしい気取きどの3つの高雅こうがなワルツ
  • 官僚かんりょうてきなソナチネ
  • 天国てんごく英雄えいゆうてきもん前奏ぜんそうきょく
  • 不愉快ふゆかい概要がいよう
  • シャツ
  • いいともショショット
  • おーい! おーい!
  • 野蛮やばんうた
  • さい発見はっけんされたぞう娯楽ごらく
  • 貧者ひんじゃのミサ
上述じょうじゅつした自分じぶんいちにんしか信者しんじゃがいない教団きょうだんのためのミサきょく。ちなみにわたしっているこのきょくのCDは、"Les inspirations insolites d'Erik Satie"(エリック・サティの突飛とっぴおもいつき)というアルバムにおさめられている。Eric Satieではない。Erik Satieである。かれ薔薇ばらじゅう教団きょうだんからの脱退だったいという人生じんせい転機てんきにおいてEric(ふつうのフランス語ふらんすごのスペルはこっち)からErikに改名かいめいし、以後いごはその名前なまえとおした。もちろん発音はつおんおなじだ。
  • 空気くうき幽霊ゆうれい
  • 歌詞かしのない3つの歌曲かきょく
  • バレエ「本日ほんじつ休演きゅうえん
  • でぶっちょ木製もくせい人形にんぎょうへのスケッチとからかい
  • みぎひだりえるもの~眼鏡めがねしで
1. 偽善ぎぜんしゃのコラール 2. 手探てさぐりのフーガ 3. 筋肉きんにくてき幻想曲げんそうきょく
  • いつも片目かためけてねむるよくふとったさる王様おうさま目覚めざめさせるためのファンファーレ
日本語にほんごでは通常つうじょうこのようなだいがつけられているが、フランス語ふらんすご慣用かんよう表現ひょうげんしたがえば、「ファンファーレ、毎晩まいばん熟睡じゅくすいできずにいるうすらでかいさる王様おうさまをたたきおこ目覚めざましのおと」といったところだ。まあ、直訳ちょくやくのほうがアヴァンギャルドな変態へんたいせいたかいかもしれないが。

以上いじょうすべ実在じつざいするきょく正式せいしき題名だいめいであるのでねんのため)

りにった題名だいめいといえないこともないが、やはり変態へんたいてきなまでにをてらったというほうが正確せいかくであろう。

影響えいきょう評価ひょうか[編集へんしゅう]

サティのきょく全体ぜんたいに、古典こてんてき技法ぎほうのこしながらも従来じゅうらいかたちらわれず、無駄むだおと徹底的てっていてきはぶきながら音響おんきょう効果こうか最大さいだいすという、ふる音楽おんがくとニューミュージックのたくみな融合ゆうごう特徴とくちょうとするが、たまにやりすぎて、小節しょうせつはくという最低限さいていげんのルールすら無視むしすることがあったため、やはり変態へんたいであった。

このように、本人ほんにん変態へんたいぶりを遺憾いかんなく発揮はっきしまくったため、サティは一部いちぶひとたちに大人気だいにんきであった。これまでつくげられた複雑ふくざつ怪奇かいき音楽おんがくをすっぽりわすれ、かんたん作曲さっきょくはしったのも、ピアニスト気取きどりたちに「こんなきょくならおれにも演奏えんそうできるぢゃん!」とおもわせるものであったので、ますます人気にんきた。

意外いがいなことにサティは、のち印象派いんしょうはばれる音楽おんがく最大さいだいのきっかけとなり、ラヴェルドビュッシーといった印象派いんしょうは大家たいかはサティしにはまれなかったとまでわれる。

このように印象派いんしょうは創始そうしられるサティであるが、一方いっぽうヴェクサシオンのような馬鹿ばかあきらかにをてらいすぎているきょく平然へいぜん作曲さっきょくした。すべてのひとが、かれを「時代じだいななじょう平然へいぜんぱしっている」と評価ひょうかし、あまりに時代じだい先走さきばしりしすぎてどう時代じだいひと評価ひょうかいまひとつであった。

どれほど先走さきばしっていたかとうと、サティをらないひとにサティのきょくかせると「坂本さかもと龍一りゅういち?」とわれるほどであり(ぎゃくに、坂本さかもと龍一りゅういちくと「サティ?」とかれることもある)、つまりは最低さいていでもはん世紀せいきけているのである(坂本さかもと龍一りゅういちはん世紀せいきほどふるい、という意見いけんもあるが)。

ある意味いみではいやけい音楽おんがく(ニューエイジ)の始祖しそともえる。ぎゃくうと、ニューエイジが流行はやっていた時期じきれてくればちょう大人気だいにんきであったろう。あ、つれてきちゃったらニューエイジ自体じたいまれてなかった可能かのうせいがあるのか。むずかしい……。

また、変態へんたいぶりがたたり、テレビやラジオなどでもしばしば(BGMなどとして)サティのきょく使つかわれるにもかかわらず、とく日本人にっぽんじんあいだではサティ? だれそれ?というのが一般いっぱんてき評価ひょうかである。

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]

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