トヨタ・マークII

出典しゅってん: へっぽこ実験じっけんウィキ『はち百科ひゃっか事典じてん(アンサイクロペディア)』
移動いどうさき: 案内あんない検索けんさく
Wikipedia
ユーモア欠落けつらくしょう患者かんじゃのために、ウィキペディア専門せんもん気取きどたちが「トヨタ・マークII」の項目こうもく執筆しっぴつしています。

マークIIとは、トヨタ自動車とよたじどうしゃ開発かいはつした日本にっぽん最速さいそくの4ドアセダン正式せいしき名称めいしょう豊田とよだ・MK-IIだい排気はいきりょうエンジン素晴すばらしい旋回せんかい性能せいのうそなえ、直線ちょくせんではGT-Rいつき、コーナーではエリーゼる。 6代目だいめ以降いこうは「クラウンはちょっと・・・」や「カローラじゃ物足ものたりない」といった日本人にっぽんじん中流ちゅうりゅう意識いしきをモノの見事みごと表現ひょうげんし、 とくくるまにこだわりのひとですらマークⅡにしようとおもわせるほどホワイトカラーなくるまである。よく車体しゃたいカラーもしろおおい。歴史れきし稿こうではその36ねん軌跡きせきせまる。 余談よだんではあるが1/64サイズなどのミニカーにはまっためぐまれていない。

エンジン[編集へんしゅう]

本稿ほんこうでは伝説でんせつとなったJZX100、前期ぜんきがたについてくわしく説明せつめいする。 トヨタ・スープラ搭載とうさいされているのとおなじ1JZ-GTEエンジンを搭載とうさいしており、最高さいこう出力しゅつりょくは280ps(カタログ)である。しかし、チューニングショップで実測じっそくしたところ、350~500psほどの馬力ばりきがあることが判明はんめいした。500psを記録きろくしたのはタクシー装備そうび装着そうちゃくされたツアラーVで、トヨタがわはタクシー仕様しようのみ大型おおがたタービン追加ついかしているという事実じじつ判明はんめいした。5代目だいめ以降いこうおもに1G(直列ちょくれつ6気筒きとうハイメカツインカム24バルブ)エンジンが主流しゅりゅうである。

外観がいかん特徴とくちょう[編集へんしゅう]

普通ふつうの4ドアセダンとなんらわらない平凡へいぼんデザイン。しいてうならばもうわけ程度ていどのリアスポイラーがいている。タクシー仕様しよう販売はんばいされており、そちらは外見がいけんていグレードのホイールをいた安価あんかばんで、中身なかみ大型おおがたタービンや専用せんようサスペンションなど、はしりの装備そうび満載まんさいである。これは、のちクレイジータクシー参戦さんせんすることを見越みこしてのことであったらしい。とうげでもドリフトをしながらセリカFDまわしていたという目撃もくげき証言しょうげんがある。のちにそのはなしもとえろDownhillNightというレースゲームがつくられた。

コロナマークⅡ[編集へんしゅう]

初代しょだい T60がた、1968ねん(S43)-1972ねん(S47)[編集へんしゅう]

つまり永遠えいえん番手ばんて、セカンドコロナである。

  • 1971ねん2がつ マイナーチェンジ。フロントマスク形状けいじょうが「イーグルマスク」とばれる。わし仮面かめん

3そくATモデルも存在そんざいし、流石さすが高級こうきゅうしゃといったところである。しかしパワステは文字通もじどおりパワーのいるステアリングだった。 スポーツモデルのGSSは贅沢ぜいたくにもタコメーターとヘッドレストを装備そうびしていた。 このモデルは全車ぜんしゃ4気筒きとうのみで6気筒きとう登場とうじょうは2代目だいめつことになる。

2代目だいめ X10/20がた、1972ねん(S47)-1976ねん(S51)[編集へんしゅう]

ローレルに対抗たいこうするためにまれた2代目だいめ画像がぞう後期こうき)。

車体しゃたい大型おおがた性能せいのう向上こうじょうにともないフロントディスクブレーキが標準ひょうじゅん装備そうびとなった。 シートベルトはぜんせきの2てんしきのみで、こうせきひと車外しゃがい放出ほうしゅつされたほう生存せいぞんりつたかかったようである(のちこうせきにも2てんしきくようになる)。 GSSには「ポルシェ・タイプ」とばれる5そくMTを搭載とうさいし、いちはやくEFIを採用さいよう。ATしゃ場合ばあいランオンなやまされることもなくなった。 オートドライブが専用せんようアクセサリーとして用意よういされたが、のぼざかではスピードががり、くだざかではぎゃくがるといったものであった。 余談よだんだが、ちょうししやっつけたいことTACのTACパンサーのベースしゃはこれのGSS2ドアハードトップである。

3代目だいめ X30/40がた、1976ねん(S51)-1980ねん(S55)[編集へんしゅう]

  • 1976ねん12月 当時とうじのアメリカしゃの「ヨーロッパ調ちょうセミクラシック」を踏襲とうしゅうしたデザインで登場とうじょう

「アメリカなのにヨーロッパ?」とかんではいけない。 このだいから以降いこうのマークⅡの代表だいひょうグレードになる「グランデ」が登場とうじょう。リアシートにはシートベルトのほかにアームレストも装着そうちゃくされた。 反面はんめん、2ドアハードトップモデルはこのだい最後さいごとなった。 特徴とくちょうのある顔立かおだちから「ブタ」の愛称あいしょうばれ、2代目だいめ日産にっさん・ローレルともども、日本人にっぽんじんのメスブタきを刺激しげきした。

オプションでのちかん丸出まるだしの衝撃しょうげき吸収きゅうしゅうバンパーが設定せっていされ、車体しゃたい四隅よすみをよくこすサンデードライバーにはうれしい装備そうびとなった。 ただ日本人にっぽんじん性格せいかくてきにバンパーをこすった程度ていどでも修復しゅうふくないし交換こうかんしてしまうのでがヤボったいだけであった。 グランデはオートエアコンを装備そうびするなどアメニティにかんしては現在げんざい軽四けいよんくらべても遜色そんしょく出来できとなっている。

  • ちなみに、北米ほくべいでは、トヨタ・マークllだと意味いみ不明ふめいなので、このだいから輸出ゆしゅつ仕様しようは「トヨタ・クレシダ」と名乗なのっている。

4代目だいめ X60がた、1980ねん(S55)-1984ねん(S59)[編集へんしゅう]

  • 1980ねん10がつ 歴代れきだい一番いちばん直線ちょくせんてきなデザインとなり登場とうじょう。マークⅡ・チェイサー・クレスタと3姉妹しまいとなる。
  • 1982ねん8がつ マイナーチェンジによりワイパーアームがフルコンシールドされ、スタンド店員てんいんおおくはワイパーゴム交換こうかんなやまされた。

CMないの「LASREαあるふぁ TWINCAM24VALVE」のテロップがなんともほこらしげ。 2800ccエンジン搭載とうさいのグランデは当時とうじのクラウンにまさるともおとらないスポーツせい話題わだいあつめたが、そもそもクラウンのエンジンであることもわすれてはならない。 カタログには「ファーストクラスのマークⅡがダイナミックにチェンジ」とあるが兄貴あにきぶんのクラウンをいていい度胸どきょうである。 さらにはドリフト走行そうこう写真しゃしん掲載けいさいされ、のちにそういう用途ようと使つかわれることを予期よきしていた模様もよう

マークⅡ[編集へんしゅう]

初代しょだい X70がた、1984ねん(S59)-1988ねん(S63)[編集へんしゅう]

  • 1984ねん8がつ くるまめい正式せいしきにトヨタ・マークⅡとなる。

すじはハードトップメインとなり、セダンはタクシー・教習きょうしゅうしゃ・パトカーなど幅広はばひろ使つかわれた。

  • 1986ねん8がつ マイナーチェンジによりスイッチるい内装ないそうなどこまかいところをさりげなく変更へんこう

ハードトップの上級じょうきゅうグレードには田舎いなかのバーをしたドギツイワインしょく内装ないそう用意よういされ、当時とうじはそれを高級こうきゅうよろこんだ。 せい反対はんたいにセダンはグレーやベージュとうといった地味じみ内装ないそうがメインであった。 ハードトップ専用せんようモデルである「GT TWINTURBO」はとうげどうでポルシェ・928をあおざめさせるほどの性能せいのうほこった。 X60がた共々ともども、チバラキ街道かいどうレーサー仕様しようこのまれた。 このかたのワゴン・バンは1997ねんのクオリス登場とうじょうまで長々ながなが生産せいさんされた。セドリックワゴンセドリックバンとともにくさるほどかける。

2代目だいめ X80がた、1988ねん(S63)-1992ねん(H4)[編集へんしゅう]

  • 1988ねん8がつ シャーシ性能せいのうなど一新いっしんされ登場とうじょう

ガソリンエンジンしゃすべてツインカムされ、しん登場とうじょうのハイメカツインカムは性能せいのう燃費ねんぴどもにシングルカムのそれであったが どうしてもツインカムにしたかったらしい。 高級こうきゅうかんではセド☆グロを凌駕りょうがし、販売はんばいめんではローレルほふり、スカイラインをけず、同社どうしゃカローラすら始末しまつする有様ありさまであった。とくにハードトップは暴走ぼうそうぞくのおにいさんからも人気にんきで、VIPカーとしてよく改造かいぞうされていた。 セダンのほう個人こじんよりも、教習所きょうしゅうじょとかタクシーよう人気にんきがあった。

  • 1989ねん8がつ ちょう虚弱きょじゃく体質たいしつの3000ccモデルが追加ついかされる。エンジンが3ナンバーなら車体しゃたいもとバンパーの大型おおがたによって無意味むいみに3ナンバーしていた。
  • 1990ねん8がつ 史上しじょう最強さいきょうの2500ccモデルが追加ついかされ、「GTツインターボ」も2500ccしフルパワー280馬力ばりきとなった。

しかしシャーシ性能せいのういついておらずエンジンだけはしっていってしまう事例じれい多々たた報告ほうこくされている。 2500ccツインターボモデルは4そくATのみ設定せっていだがわざわざ5そくMTにえるのが流行はやった。 しかし、直線ちょくせんでは当然とうぜんATのがはやいしパワーまかせのドリフトも可能かのうであるがそんなの関係かんけいねぇ。

最大さいだい特徴とくちょうはハードトップしゃ頭上ずじょうだかひくさである。 これにサンルーフなどを装備そうびすると身長しんちょう170cm以上いじょう人間にんげんはたまったものではない。とく後部こうぶ座席ざせきにいたっては正直しょうじきすわれないレベル。 しかし居住きょじゅうせい犠牲ぎせいにしてまでデザイン重視じゅうししたところこそハイソサエティなカーたる所以ゆえんである。 末期まっきにはヤマハコンセプトなるサブウーハーやパワーアンプが標準ひょうじゅん装備そうびされたモデルも発売はつばいされた。 発売はつばいから20ねん以上いじょう経過けいかする2012ねん現在げんざいでも、ハードトップはまだまだかけることができ、ワンオーナーでってるドライバーのほうさき寿命じゅみょうまっとうすることであろう。 ぞくしゃ仕様しようにしてたのしむ若者わかものはとにかく、ドライバーも高齢こうれいすすみいずれにせよちかづかないほう無難ぶなん車種しゃしゅでもある。 全体ぜんたい頑丈がんじょうさでは歴代れきだい最強さいきょうだが、エアコンだけはしょっちゅうこわれる。

セダンのほうはタクシー仕様しようとかで1990年代ねんだいなかばまで頑張がんばっていたが、ひっそりとコンフォートへバトンタッチ。セダンは一般いっぱんけにはあんまれていなかった稀少きしょうしゅなので、いまではまちちゅうかけることがさらむずかしくなった。

3代目だいめ X90がた、1992ねん(H4)-1996ねん(H8)[編集へんしゅう]

  • 1992ねん10がつ 全車ぜんしゃ3ナンバーとなり登場とうじょう

これまで高級こうきゅうかんりにしていたもののバブル崩壊ほうかいによりコストダウンされた箇所かしょ所々ところどころうかがえる。パワーウィンドウはワイヤーしきなのでいま現在げんざい実働じつどう車体しゃたいつねにプッツンとまどちする危険きけんせいはらんでいる。 さらにはなに血迷ちまよったか、テールランプを細長ほそながくして、リアナンバーをバンパーに装着そうちゃくするという暴挙ぼうきょおよぶ。これによりやすっぽさに拍車はくしゃをかけてしまう。リアビューはモルモットのケツみたいな印象いんしょう残念ざんねんなことになってしまった。

  • 1993ねん10がつ グランデ、グランデGのグレードに「four」を追加ついかしたよんりん駆動くどう仕様しよう追加ついかされる。よん気筒きとうエンジンということではない。かたは「フォーッ!」である。
  • 1994ねん9がつ マイナーチェンジ。フロントバンパー下部かぶ形状けいじょう変更へんこうや、テールランプ中央ちゅうおうなぞくろせんれるなどのうち外装がいそう変更へんこう
  • 1995ねん9がつ 運転うんてんせきエアバッグが標準ひょうじゅん装備そうびとなりエンジンパワーにまかせてかっばしてぶつかっても大丈夫だいじょうぶよと宣伝せんでんした。

サイズは大型おおがたされたものの車体しゃたい大幅おおはば軽量けいりょうされた。人間にんげんうならば筋肉きんにくって脂肪しぼうえたかんじである。 元々もともと若者わかものくるまではないのでづらいデジパネはほとんどのグレードでオプションとなってしまった。 トヨタのチ○コマークもこのだいから。 内装ないそうはベージュがメインとなり若々わかわかしさやフレッシュなかんじがなくなった。若者わかものがRVしゃやミニバンなどをこのんでるようになったためである。 GTモデルにはMT復活ふっかつししたがおっさんはこのんでATモデルをえらんだ。 6代目だいめ同様どうよう、ドライバーの高齢こうれいすすみナチュラルデンジャーな存在そんざいになりつつある。

4代目だいめ X100がた、1996ねん(H8)-2000ねん(H12))[編集へんしゅう]

  • 1996ねん9がつ 7代目だいめのまんこデザインからふたた直線ちょくせん基調きちょうれたデザインで登場とうじょうとくにフロントグリルまわりは6代目だいめっぽい。でも、リアナンバーは相変あいかわらずバンパーにあり、同型どうけいのチェイサーよりやすっぽいというザマである。

安全あんぜんボディ、運転うんてんせき助手じょしゅせきエアバッグ、ABSを全車ぜんしゃ標準ひょうじゅん装備そうびしオプションではサイドカーテンなど安全あんぜんせいにかなりちかられたモデルでもあるが、フロアマットは7代目だいめ流用りゅうようき、6代目だいめなみ重量じゅうりょうもどってしまったうえ車体しゃたい頑丈がんじょうさでも6代目だいめおとるものであった。 先代せんだいよりもエレガントさ(ジジイくささ)がしたため、VIPカー改造かいぞうしづらくなったので、若者わかものからの人気にんきってしまう。でも、テールランプをしろにしたり、ウィングをやされたりと、色々いろいろ改造かいぞうされている可哀想かわいそうを、まれに田舎いなかかける。

  • 1998ねん8がつ  マイナーチェンジ。フロントグリル・テールランプのデザインを変更へんこう。テールランプの一部いちぶつないで、リアのあいだけさを払拭ふっしょくしようとしたが、さらに微妙びみょうかんじに。標準ひょうじゅん装備そうびのアルミホイールがチェイサー・クレスタと共通きょうつうして、さらにコストダウンされる。グランデに搭載とうさいされている1G-FEがVVT-iおよびダイレクトイグニッションされ出力しゅつりょく向上こうじょう。スーパーライブサウンドシステムにおいてはスピーカーすうを7から6に変更へんこう。また、マークⅡ誕生たんじょう30周年しゅうねん記念きねんしゃ「トラント」が販売はんばい。トラントはフランス語ふらんすごで「30」を意味いみする…まんまやん。

デジパネもこのだい最後さいごとなり、「さんおわり」の文字もじはじめたころでもある。

1800ccモデルは廃止はいしされ、コロナ・プレミオがその役回やくまわりをいだ。 グランデとツアラーSは名前なまえだけちがうとおもわれがちだがグランデけい足踏あしぶみサイドブレーキ、 ツアラーけいはレバーしきサイドブレーキと差別さべつされているようである。 CMに登場とうじょうするスケルトンが発売はつばいされることはなかった。

5代目だいめ X110がた、2000ねん(H12)-2004ねん(H16)[編集へんしゅう]

  • 2000ねん10がつ これまでのハードトップがたからセダンがたになり、スレンダーな先代せんだいにうってかわって大柄おおがらなボディで登場とうじょう

姉妹しまいであったチェイサー・クレスタがついにくなり、あたらしいいもうとにあたるトヨタ・ヴェロッサいきをしていない状態じょうたい誕生たんじょうした(マークⅡより半年はんとしはやい2004ねん4がつ死去しきょ)。 しり当時とうじのCクラスのまるパクリなのでリアナンバーはリアガーニッシュもどやすっぽさは払拭ふっしょくされたが、内装ないそうやすっぽい木目もくめ調ちょう多用たようされた。 デジパネも完全かんぜん廃止はいしされ、全車ぜんしゃアナログがたメーターとなった。 益々ますますエレガントさ(ジジイくささ)がし、若者わかものかなくなった。しかし田舎いなかほうくと、デザインに似合にあわないウィングとかをゴテゴテけたVIPカーにされているを、たまにかける。

  • 2003ねん5がつ 「35thアニバーサリー」を販売はんばいしたが、こないだ30周年しゅうねん記念きねんをしたばかりである。

おも変更へんこうてんはフロントのブーメンランウインカー。

  • 2004ねん10がつ トヨタ・マークX登場とうじょうにより生産せいさん終了しゅうりょう。3ボックスタイプのマークⅡとしては20ねん生涯しょうがいじた。

ガッツ石松がっついしまつの「マークⅢからマークⅣは?」というのはあまりにも有名ゆうめいである。

2001ねんにはコロナプレミオ生産せいさん終了しゅうりょうとなりもとではあるがコロナけい最後さいごのこりとなった。 ツアラー系列けいれつはiRと名乗なのるようになる。iRとは「intelligent Rapidity」のりゃく直訳ちょくやくすると「はじてきはやさ」つまり「inRan」のである。 ゴルフバッグのかおりをぎたがる人間にんげんもいないだろうとようやくづいたのか、空気くうき清浄せいじょうこうせきから天井てんじょうへと移設いせつされた。

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]