いき

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』

いきとは、江戸えど時代じだいしょうじ、時代じだいしたがって変転へんてんした美意識びいしき美的びてき観念かんねん)で、遊興ゆうきょうでの心意気こころいきなりやいが洗練せんれんされていること、女性じょせいいろっぽさなどをあらわかたり[1]

「いき」は、単純たんじゅんへの志向しこうであり、「庶民しょみん生活せいかつ」からまれてきた美意識びいしきである。また、「いき」はしたしみやすく明快めいかいで、意味いみ拡大かくだいされているが、現在げんざい日常にちじょう生活せいかつでもひろ使つかわれる言葉ことばである。

反対はんたいは「野暮やぼ(やぼ)」または「無粋ぶすい」である。

「いき」と「いなせ 」[編集へんしゅう]

「いなせ」とは、「男気おとこぎがあっていきなさま」[2]ないし「いさはだでいきな若者わかもの、また、その様子ようす[1]あらわかたり。「いき」を意味いみふくむが、おも男性だんせい気風きふうについていうかたりである。寛政かんせい日本橋にほんばし魚河岸うおがし若者わかものあいだ流行りゅうこうした「ぼら銀杏いちょう」という髪型かみがた由来ゆらいする[3][2]とも、「なせとも」と上方かみがた言葉ことばうたいさはだ地回じまわりがいたことから[1]ともされるが、しょう[4]

魚河岸うおがしなどの江戸えど職人しょくにん侠客きょうかくなど、いた鼻緒はなおながぼら足駄あしだとともに、短気たんき喧嘩けんかはや若者わかものこのんで使つかった。三遊亭圓朝さんゆうていえんちょう落語らくご塩原しおばら多助たすけ一代記いちだいき』では「とげ繡(ほりもの)だらけのぼらな哥々(あにい)が」とあらわしたように、いなせはいきとともに江戸えどちゅう(きっぷ)[5]あらわした言葉ことばとして定着ていちゃくした。

ゆうせんうたの『つくだたかし』では「いきな深川ふかがわ、いなせな神田かんだひとわるいはこうじまち」とうたわれており、左官さかん大工だいく土方どかたおおかった神田かんだ気風きふうが「いなせ」とられていたことがわかる[1]

九鬼くきによる「いき」[編集へんしゅう]

九鬼くき周造しゅうぞう「いき」の構造こうぞう』(1930)では、「いき」という江戸えど特有とくゆう美意識びいしきはじめて哲学てつがくてき考察こうさつされた。九鬼くき周造しゅうぞうは『「いき」の構造こうぞう』において、いきを「言語げんごまった同義どうぎ語句ごくられない」ことから日本にっぽん独自どくじ美意識びいしきとして位置付いちづけた。外国がいこく意味いみちかいものに「coquetterie」「esprit」などをげたが、形式けいしき抽象ちゅうしょうすることによってみちびされる類似るいじ共通きょうつうてんをもって文化ぶんか理解りかいとしてはならないとし、経験けいけんてき具体ぐたいてき意識いしきできることをもっていきという文化ぶんか理解りかいするべきであるととなえた。

またべつめんとして、いきの要諦ようたいには江戸えど人々ひとびと道徳どうとくてき理想りそう色濃いろこ反映はんえいされており、それは「いき」のうちの「意気地いくじ」に集約しゅうやくされる。いわゆるやせ我慢がまん反骨はんこつ精神せいしんにそれがあらわれており、「宵越よいごしのかねたぬ」と気風きふうほこりが「いき」であるとされた。九鬼くき周造しゅうぞうはその著書ちょしょにおいてはしてきに「理想りそう主義しゅぎんだ『意気地いくじ』によって霊化れいかされていることが『いき』の特色とくしょくである。」とべている。

九鬼くき議論ぎろんでは、「いき」が町人ちょうにん文化ぶんかであることを軽視けいししているてん西洋せいよう哲学てつがくでの理屈りくつけをしているてんには批判ひはんもある[よう出典しゅってん]

「いき」と「すい」[編集へんしゅう]

「いき」は本来ほんらいは“意気いき”であり、「意気地いくじ」「意気込いきごみ」「生意気なまいき[6]など、“やる”や“心構こころがまえ”などをあらわしていた言葉ことばである。これが江戸えど初期しょき遊里ゆうりで、男女だんじょ精神せいしんてきな“本気ほんき”や“純潔じゅんけつさ”の称美しょうびとして使つかわれはじめ、“ピュア”を意味いみする「いき」のてられた。[7]

おな漢字かんじの「いき」をてる「すい」があり、どちらも「つう(つう)」とならぶ江戸えど時代じだいからはじまる美意識びいしき理念りねんである。

「いき」が江戸えど時代じだいつうじてもちいられているのにたいし、「すい」や「つう(つう)」は、近世きんせい後期こうき文化ぶんか中心ちゅうしん江戸えどうつっていくにしたがってそだった、地域ちいきてき時代じだいてき限定げんていともな[8][7]。「つう」は、男性だんせいあそびの美意識びいしきであり[8]、「すい」は“洗練せんれんされたよし”という共通きょうつう意識いしきはあるものの、“きわめた”“結実けつじつした”という豪華ごうかさの理念りねんともなうが、「いき」はかならずしもこれにこだわらない“内面ないめんてき[9]であり、表面ひょうめんてきはさっぱり[9]、いやみがない[7]などと形容けいようされる理念りねんとして区別くべつされる。文学ぶんがくでの比較ひかくにおいて「つう」の文学ぶんがくである洒落本しゃれぼんより発生はっせいである人情本にんじょうぼんおおもちいらることから、女性じょせい中心ちゅうしん美意識びいしきであるとの見方みかたもある[8]九鬼くき周造しゅうぞうは「いき」の概念がいねんに「あきらめ」もくわえている[10]

まもりさだ謾稿』には、「きょうざか男女だんじょともにつやうらら優美ゆうび(えんれい-ゆうび)をせんらとし、かねていき(すい)をほっす。江戸えど意気いき(いき)をせんらとしてつぎとして、風姿ふうしづからことあり。これをはなするにつやうらら牡丹ぼたんなり。優美ゆうび桜花おうかなり。いき意気いきうめなり。しかもきょうざかいき紅梅こうばいにして、江戸えど意気いき白梅はくばいしてならん」とかれている。

一方いっぽうで、「いき」と「いき(すい)」の内容ないよう大差たいさはないというせつもある。前出ぜんしゅつ九鬼くき周造しゅうぞうは「いき」と「いき(すい)」は同一どういつ意味いみ内容ないようつとろんじている[10]


脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

  1. ^ a b c d 日本にっぽん国語こくごだい辞典じてん小学館しょうがくかん
  2. ^ a b 山口やまぐちけいへんらしのことば語源ごげん辞典じてん講談社こうだんしゃ、1998ねん
  3. ^ りん だいさんはんぼら
  4. ^ 山口やまぐちけいきのらしのことば語源ごげん辞典じてん』では、上方かみがた言葉ことばである「なせ」を江戸えど言葉ことばである「イナセ」の語源ごげんとするのは無理むりがあるとしている。
  5. ^ 気風きふうからてんじて、「いき」な風情ふぜい場合ばあいに「がいい」とった。したがって「わるい」とはもちいられない。
  6. ^ せい」は“”中途半端ちゅうとはんぱ”という意味いみで、年齢ねんれい経験けいけんあさく「意気いき」に不相応ふそうおうようあらわす。
  7. ^ a b c 世界せかいだい百科ひゃっか事典じてん だい2はん『いき』。
  8. ^ a b c 日本にっぽんだい百科全書ひゃっかぜんしょ『いき』。
  9. ^ a b ブリタニカ国際こくさいだい百科ひゃっか事典じてん しょう項目こうもく事典じてん『いき』。
  10. ^ a b 九鬼くき周造しゅうぞう『「いき」の構造こうぞう岩波いわなみ文庫ぶんこ

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]

外部がいぶリンク[編集へんしゅう]