うそ

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フェイクニュースの見分みわかた

うそ(うそ)は事実じじつではないこと[1]人間にんげんをだますためにう、事実じじつとはことなる言葉ことば[1]いつわとも。

うそ」は拡張かくちょうしん字体じたいであり、印刷いんさつ標準ひょうじゅん字体じたいは「」である。

概要がいよう[編集へんしゅう]

そもそもうそ定義ていぎあたえることはむずかしい。

言語げんご哲学てつがくしゃ和泉いずみゆううそとはなにかについてつぎのようにべている。

「いや、噓の定義ていぎなんて簡単かんたんあたえられるよ。うそとは、ただしくないことをいうことだ。うそひとをだますことだ。」などとみなさんはおもわれるかもしれません。

しかし、これらはおおまかな特徴とくちょうであって、正確せいかく定義ていぎには程遠ほどとおいのです。 (中略ちゅうりゃく誤解ごかい間違まちがいや証拠しょうこ不足ふそくにより、事実じじつことなる発言はつげんをしたひとに「あなたはうそをついた」と評価ひょうかすることはできません。 (中略ちゅうりゃく) では、「うそひとをだますことだ」という提案ていあんはどうでしょうか。 だれかがうそをつくとき、その人物じんぶつ[ちゅう 1]間違まちがったことをっていることを自分じぶんかっています。 うそつきは、発言はつげん事実じじつ一致いっちしないにもかかわらず、それを承知しょうちうえで、相手あいてにはそのあいだちがった内容ないようしんじさせようと発言はつげんしています。

ひとをだます、あざむくためになにかをいう、これはまさに典型てんけいてきうそだとかんがえられるでしょう。
和泉いずみゆうわる言語げんご哲学てつがく入門にゅうもん[2]

アウグスティヌスはつぎのような定義ていぎあたえている

アウグスティヌスによる欺瞞ぎまんとしての噓の定義ていぎ

「AがBにpだとうそをついた」はつぎのように定義ていぎされる。

  1. AがBにqだといった。
  2. Aはqがにせであると認識にんしきしている。
  3. Aはqがしんであるということにより、Bをだましてqがしんであるとおもわせようと意図いとした。
以上いじょう3項目こうもくたしたとき。
アウグスティヌス、『De Mendacio』ならびに『Contra Mendacium』、[3] [4]

うそとは事実じじつはんする事柄ことがら表明ひょうめいであり、とく故意こい表明ひょうめいされたものをう。

うそふくむ「ガセ」とは、一部いちぶ業界ぎょうかい使用しようされていたもと隠語いんご一般いっぱん普及ふきゅうしたものであり、もともとは「偽物にせもの」のことである。

アウグスティヌスは『うそをつくことについて』(395ねん)と『うそをつくことに反対はんたいする』(420ねん)の論文ろんぶんにおいて、うそについて「あざむこうとする意図いとをもっておこなわれる虚偽きょぎ陳述ちんじゅつ」という定義ていぎあたえている。この古典こてんてき定義ていぎ中世ちゅうせいヨーロッパの言論げんろん思想しそうかいおおきな影響えいきょうあたえた[5]

うそ歴史れきしについてかたるとき、欧米おうべいけんでは、旧約きゅうやく聖書せいしょ登場とうじょうするはなしカインおとうとアベルころしたのち、アベルの行方ゆくえわれたカインが「りません。わたし永遠えいえんおとうと監視かんししゃなのですか?」とこたえたことに言及げんきゅうされ、それが「人類じんるい最初さいしょうそ」などとかたられることがおおい。

日本にっぽん古事記こじきではてんさがせおんなばれるかみうそをつき、結果けっか派遣はけんされたかみぬというはなしっている。

日本語にほんごの「うそ」の語源ごげん古語こごの「ウソブク」という言葉ことば転化てんかしたものである[6]。ウソブクという言葉ことば口笛くちぶえく、ふう動物どうぶつこえといった自然しぜんおん声帯せいたい模写もしゃかくしにとぼける、大言壮語たいげんそうごく、といった多義たぎてき使つかわれかたをしていた。また、ひとうたうという意味いみもあり、えないことかい存在そんざいたい個人こじんとしておこなのろいてき行為こういした。中世ちゅうせいはいってのろいてき意味いみうすれ、ひとだますといった今日きょうてきな「うそ」が一般いっぱん使つかわれるようになったのは中世ちゅうせい後期こうきになってからのことである[6]

いつわりとうそにはふるくは明確めいかく区別くべつがあり現在げんざい東京とうきょう近郊きんこう地域ちいきでのみうそいつわりの意味いみ使つかっており、その地域ちいきではおどけじゃれの意味いみであったとされる。また、うそ言葉ことばあざむくというのがあるがあれはかたきもとおなじであったとされる。[7]

うそ(うそ)というとり名前なまえごえからており、人間にんげんうそをつくときに真面目まじめらしくないつくごえをしていてそのこえているということで名前なまえとなった[8]

おおくの文化ぶんかいて、基本きほんてきに、うそわるいこと、とされる。うそをつくことは信用しんよう信頼しんらいうしなう。だが、うそなかには文化ぶんかてき許容きょようされるものがある。どのようなうそ文化ぶんかてき許容きょようされるかは、その文化ぶんかごとにことなる。どこの文化ぶんかでも我欲がよく虚栄きょえいしんによってつくうそわるいものとされている。

ひとすくうため、ひときずつけないためにつくうそもある。仏教ぶっきょうでは「ひと矛盾むじゅんしたことをあらそいをあおること」は「両舌りょうぜつ」(うそつきの別名べつめいである二枚舌にまいじた語源ごげん)という十悪じゅうあくつみになるが、ひとすくうため、ひとさとりへとみちびくために当面とうめんうそをつく、という方法ほうほうもとられることがある。大乗だいじょう仏教ぶっきょうこくである日本にっぽんでは「うそ方便ほうべん」ということわざもあり、ひとすくうためということならばおおらかにゆるそうとすることがある。

イギリスとうでは、他人たにんよろこばせるためのうそwhite lieしろうそ)」とする。

相手あいてられようとして、自分じぶん本当ほんとうおもっているよりも相手あいていとおもっているかのようにうことを世辞せじうが、お世辞せじ許容きょようする文化ぶんかもあるが、そういうことは極力きょくりょくうべきではない、とする文化ぶんかもある。

うそをつかずほんとうのことだけをはなしてもコミュニケーション可能かのうではあるが、まったくうそをつかない、という制約せいやくがあると、人間にんげん関係かんけいはむしろギクシャクする。こうしてうそ人間にんげん関係かんけい維持いじ役立やくだめんがありはするが、やはり、ひとたいして悪意あくいのあるうそ頻繁ひんぱんかたられるような状況じょうきょうでは、うそをつかれたひと疑心暗鬼ぎしんあんきになり、一般いっぱんてき人間にんげん関係かんけい悪化あっかする傾向けいこうがある。

[ちゅう 2]

うそをつく動機どうき技術ぎじゅつ事実じじつとの関係かんけいなどによって、うそ正負せいふ両方りょうほう効果こうかおよぼしうる。

とくをしようとして数字すうじをごまかすことを「サバをむ」と[9]

自分じぶん年齢ねんれいについてうそうことは「年齢ねんれい詐称さしょう」とう。

財務諸表ざいむしょひょううそ数字すうじ記載きさいすることは粉飾ふんしょく決算けっさんう。

政治せいじ資金しきん収支しゅうし報告ほうこくしょうそ数字すうじ記載きさいすることは虚偽きょぎ記載きさいう。

欧米おうべい大人おとなでは、ききていたとたんにあきらかに本当ほんとうではないとわかること、つまりあきらかなうそかせて、それがうそだとたがいに十分じゅうぶんっていることを確認かくにんしあってたのしむことがある。一緒いっしょわらうために、ユーモアとしてうそはなすことが多々たたあるのである。日本にっぽん会話かいわでは、欧米おうべいくらべると、こうしたはなかたすくないようである。

うそなかには規模きぼおおきな集団しゅうだん組織そしきてきおこなうものもあり、内容ないよう次第しだいでは社会しゃかいおおきな影響えいきょうあたえる。

政府せいふによるうそ;「すべての政府せいふうそをつく」

アメリカのジャーナリスト、I. F. ストーン英語えいごばんは、「すべての政府せいふうそをつく All Governments Lie」との信念しんねんち、特定とくてい報道ほうどう組織そしきなどにぞくさず、自力じりき地道じみち調査ちょうさおこなうことによってベトナム戦争せんそうをめぐるうそなどを次々つぎつぎあばいていった。アメリカ政府せいふは、ベトナム戦争せんそうおこなっているあいだずっと、アメリカ国民こくみんたいしてうそながしつづけて、政府せいふにとって都合つごうわる出来事できごとやデータをかくしつづけ、本当ほんとう出来事できごとやデータをアメリカ国民こくみんかくすことで、アメリカの世論せろん操作そうさし、アメリカ国民こくみん判断はんだんくるわせていたのである。また大手おおてマスコミも戦争せんそうあいだうそ情報じょうほうばかりながしていた。 (I.F.ストーンが指摘してきしているように、うそをつくのはアメリカ政府せいふだけではなく、すべての政府せいふである。たとえば西側にしがわ諸国しょこくぞくする人々ひとびとは、ロシア政府せいふうそばかりついていること、ロシア大統領だいとうりょうみずからやロシアの報道ほうどうかんうそ内容ないよう発言はつげんをし、政府せいふけいのマスメディアでそれをながしにしていることをよくっている。まただい世界せかい大戦たいせんちゅう日本にっぽんについて研究けんきゅうしたことのあるひとならばだれでも、日本にっぽん軍部ぐんぶ日本にっぽん政府せいふ大本営だいほんえい発表はっぴょうといううそ満載まんさい発表はっぴょうおよび報道ほうどうおこない、日本にっぽん国民こくみんだましていたことをっている。)政府せいふというのは、どこの政府せいふであれ、とんでもないうそつきだ、例外れいがいなどい、というのがジャーナリスト I.F.ストーンの確信かくしんしているところなのである。

イソップ童話どうわ[編集へんしゅう]

イソップ童話どうわではさる王様おうさま二人ふたり旅人たびびとというはなしっている。こんなばなしである 『あるところにん旅人たびびとがいた。ひとりはうそまったくつかない正直しょうじきしゃでもうひとりはくちけばうそばかりのうそつきだった。そんな二人ふたりはあるにちざるばかりいるさるくににたどりく、見慣みなれぬものたとさるたちはざわつきついに王様おうさまてきた。そして王様おうさまは「わたしがどんなふうえるか」といた。うそつきは「立派りっぱ王様おうさまでございます」とこたえ、正直しょうじきしゃは「立派りっぱなおさるさんですね」とこたえた。王様おうさまうそつきにはおおくの褒美ほうびあた正直しょうじきしゃ処刑しょけいしてしまったということである。』

犯罪はんざいうそ[編集へんしゅう]

他人たにんうそもちいてあざむ錯誤さくごおとしいれることを詐欺さぎといい、財産ざいさんじょう不法ふほう利益りえきることは詐欺さぎざいである。悪徳あくとくマルチ商法しょうほう悪徳あくとくキャッチセールスなどの詐欺さぎ使つかわれるうそ、また交通こうつう事故じこ被害ひがいしゃよそおたりなども悪質あくしつであり、利己りこてき利益りえきのためのうそ虚偽きょぎ)により他人たにん不利益ふりえきをもたらすことは、法律ほうりつにおいてばっせられる。また、法律ほうりつにより宣誓せんせいした証人しょうにん虚偽きょぎ陳述ちんじゅつをした場合ばあいは、偽証罪ぎしょうざいとされる。

子供こどもうそ[編集へんしゅう]

ピノキオはなは、うそをつくほどびる、とされた。

年少ねんしょうしゃ、とくに幼児ようじにおけるうそ大人おとなうそとは事情じじょうことにしており、そのおおくは誤認ごにん追想ついそう錯誤さくご空想くうそう現実げんじつとの混同こんどう、ないしは言語げんご遊戯ゆうぎとしてのさくばなしであって、成人せいじんうそとは質的しつてき相違そういする。

自己じこ決定けっていけんうそ[編集へんしゅう]

世界せかいてきには、ひとりひとりのひと自分じぶん自身じしんかたえら権利けんりのこされた時間じかんをどのように使つかうかえら権利けんり自分じぶんおもうようにきる権利けんり)が重視じゅうしされており、病名びょうめい正直しょうじきつたえられている。1960年代ねんだい米国べいこくでの患者かんじゃへのガン告知こくちりつは12%であったが、政治せいじ運動うんどうおよ訴訟そしょう増加ぞうかともな告知こくちりつ増加ぞうかした。フランス、スペイン、イタリア、ギリシアなど南欧なんおう、また東欧とうおうでは、社会しゃかい通念つうねん宗教しゅうきょうてき事由じゆうからおおむね50%たい告知こくちりつとされている。かつて日本にっぽんでも社会しゃかい通念つうねんから末期まっきガンひとし病気びょうき本当ほんとう名前なまえ告知こくちされず、医師いしから患者かんじゃうそ病名びょうめい告知こくちされることがおおかったが、2009ねんのガン告知こくちりつは90%だいたっしている。親族しんぞくなどは「本人ほんにん真実しんじつつたえることがつらぎるため」と(自分じぶんにも一種いっしゅうそをつきつつ)、患者かんじゃたいしてうそをつくことがおおかった[ちゅう 3][ちゅう 4]。だが日本にっぽんでもインフォームド・コンセントや、自己じこ決定けっていけんという概念がいねん理解りかいされるようなって、うそはつかずに真実しんじつつたえられることが次第しだいえてきていて、すでに事実じじつつたえる人々ひとびと割合わりあいが8~9わりほどになっている。

神経しんけい科学かがくてき研究けんきゅう[編集へんしゅう]

うそ心理しんりがくてき社会しゃかいがくてき精神せいしん医学いがくてき研究けんきゅうされることがおおかった[10] だが、最近さいきんになって、うそ研究けんきゅう神経しんけい科学かがくてき研究けんきゅうくわわり、京都大学きょうとだいがく研究けんきゅうグループは世界せかいはじめて、がわすわかく活発かっぱつ活動かつどうするひとほどうそをつく割合わりあいたかいことを発見はっけんした。京都大学きょうとだいがく阿部あべ修士しゅうし特定とくていじゅん教授きょうじゅ[1]らは、アメリカじん男女だんじょ28にんコイン表裏ひょうり予想よそうさせ、「予想よそうあたった」と自己じこ申告しんこくすれば報酬ほうしゅうがもらえるゲームをおこなのう活動かつどう測定そくてい、その結果けっかがわすわかく活発かっぱつ活動かつどうするひとほどうそ申告しんこくをする割合わりあいたかいことをめ、2014ねん8がつ7にちアメリカ科学かがくジャーナル・オブ・ニューロサイエンス英語えいごばん電子でんしばん)に発表はっぴょうされた[11]。またこの研究けんきゅうでは、うそをつかなかったひとは、理性りせいてき判断はんだん行動こうどうをつかさどるのう領域りょういきである外側そとがわ前頭まえがしら前野まえの活発かっぱつ活動かつどうしていた[12]

心理しんりがくてき研究けんきゅう[編集へんしゅう]

統計とうけいてき文献ぶんけん分析ぶんせき(メタ分析ぶんせき)によれば、ひと相手あいてうそ見破みやぶることができると、そのひと無能むのう判断はんだんする傾向けいこうがあるが、そもそもひとうそ見破みやぶるのが苦手にがてであることは、なんじゅうねんにもわたる学問がくもん研究けんきゅうからつねしめされている。専門せんもんでさえ、うそ見破みやぶ能力のうりょく一般人いっぱんじんよりすぐれていないのだから、うそ簡単かんたん見破みやぶれるとおもんで、相手あいてあやまった非難ひなん汚名おめいせることはつつしむべきである[13]。また、Valerio (2018)によれば、悪意あくいのあるうそをつくのは女性じょせいより男性だんせいのほうがはるかにおおいという結果けっかている[14]。とはいえ、うそをつくひとがより否定ひていてき用語ようご使つかい、出来事できごとから距離きょりき、感覚かんかく知覚ちかく関連かんれんする言葉ことばをあまり使つかわず、認知にんち負荷ふかおもく、認知にんちプロセスへの言及げんきゅうすくないという傾向けいこうは、統計とうけいてき文献ぶんけん分析ぶんせきでもしめされており、しつたか証拠しょうこかんがえられる[15]

うそ発見はっけん技術ぎじゅつうそ[編集へんしゅう]

うそをつくときひとは(そのひとからて)みぎじょうる」といううそ見破みやぶるテクニックがひろられており、みぎきのひとみぎいた場合ばあいのう創造そうぞうてき部分ぶぶんであるみぎ半球はんきゅう活性かっせいし、うそつくっていることがわかり、一方いっぽうひだりいた場合ばあいは、理性りせいてきひだり半球はんきゅう活動かつどうしめしており、はな真実しんじつかたっていることをしめしているため、眼球がんきゅううごきでうそ見抜みぬけるとわれる[16]。このかんがえは、警察けいさつ取調とりしらべの訓練くんれん使つかわれたとわれるほど常識じょうしきとして定着ていちゃくしており、ウェブじょうでもあちこちでかけるようになった[17]。しかし、複数ふくすう実験じっけんてき検証けんしょうにより、完全かんぜんあやまりであることがかっており、研究けんきゅうしゃ一人ひとりのハートフォードシャー大学だいがく心理しんりがく教授きょうじゅリチャード・ワイズマンは、このかんがえは「狂気きょうき沙汰さたである」とべている[17][16]。このあいだちがった心理しんり学風がくふう理論りろんは、1970年代ねんだい-80年代ねんだいつくられたセルフヘルプ哲学てつがくのNLP(神経しんけい言語げんごプログラミング)の文献ぶんけんはしはっしているとわれ[16]、NLPでアイ・アクセシング・キューとばれるテクニックに起因きいんする。ワイズマンは、元々もともとNLPの文献ぶんけんでは、さい構築こうちくされた記憶きおく生成せいせいされた記憶きおく、つまり想像そうぞう実際じっさいこった出来事できごとちがいについてのはなしであったが、これが時間じかんをかけて、うそ事実じじつかんするはなしにすりわっていったと指摘してきしている[16]。このかんがかたひろまるにつれ、厳密げんみつ検証けんしょうもされないまま、研修けんしゅうのマニュアルにまれ、おおくの組織そしき面接めんせつかんは、採用さいよう志望しぼうしゃ自分じぶん過去かこについてはなさいには、うそ見抜みぬくために、眼球がんきゅう運動うんどうのパターンに注意ちゅういするように指導しどうされていた[16]

文学ぶんがく娯楽ごらくうそ[編集へんしゅう]

フィクションであることを前提ぜんていとする小説しょうせつ映画えいが漫画まんが漫才まんざいなど、芸術げいじゅつ娯楽ごらく分野ぶんやでは、表現ひょうげん技法ぎほうひとつとしてうそもちいられる。

いちれいとして、NHK大河たいがドラマなどの時代じだいげきにおいては、実在じつざいした歴史れきしうえ人物じんぶつ史実しじつをドラマにれるとともに、台詞せりふ現代げんだい口語こうごちかづけたり、殺陣さつじん効果こうかおんなどを専用せんようのスタジオで収録しゅうろくする、といった「表現ひょうげん技法ぎほうひとつとしてのうそ」がもちいられている。また、文学ぶんがく分野ぶんやでは、うそをつくこと「そのもの」を、ストーリーとしてえがいた『ほら男爵だんしゃく冒険ぼうけん』などの作品さくひんがある。

ほかにも、漫才まんざいコントでは、「表現ひょうげん技法ぎほうひとつとしてのうそ」を、あたかも事実じじつかのように披露ひろうすることで、作品さくひん効果こうかたかめる方法ほうほうもちいられる。

これらを鑑賞かんしょうするさいには、悪意あくいともなわない「表現ひょうげん技法ぎほうひとつとしてのうそ」が作品さくひんふくまれていること論理ろんりてき理解りかいし、たのしむ姿勢しせい(いわゆるメディア・リテラシー)が必要ひつようである。

人間にんげん以外いがいうそ[編集へんしゅう]

ヒト以外いがい動物どうぶつうそをつく場合ばあいもある。

いわゆる擬態ぎたいのもののふりをしてものだますことである。その意味いみでは植物しょくぶつにもれいがある。よりうそちかいものは鳥類ちょうるいにおけるなずらえきず英語えいごばんというれいもある。

もっともこれらは本能ほんのう行動こうどう習性しゅうせいかんがえられ、ヒトのうそとは根本こんぽんてきことなるものとほうがよい。しかしヒトとおな意味いみうそをつくものもあり、乳類にゅうるいではいくつかのれいられる。コンラート・ローレンツはその著書ちょしょひとイヌにあう』(en)のなかで、一章いっしょうついやしてこれにれている。たとえばかえってきたぬしたいして、あやまってえついてしまったイヌが、主人しゅじんかおみとめたのちに、隣家りんかのイヌにえかかったれいがあり、これは「ぬしえていたんじゃなく、となりのイヌにえていたんだ」というポーズをることで、寸前すんぜん自分じぶん行動こうどう説明せつめいしようとするうそであるという。また、ネコうそをつかないとい、これはむしろネコのほうがイヌより知能ちのうひくいためとの判断はんだんしめした。さらに、霊長れいちょうるいでのれいげ、かれらはうそをつくだけでなく、それがうそであることを自覚じかくしていること、またヒトのうそだまされたり、それを見抜みぬいておこったりすることをべている。

うそつきのパラドックス[編集へんしゅう]

うそをつくひとうことが信用しんようできるかどうかは、ややこしい問題もんだいパラドックス)をむ。

  • クレタじんが『クレタじんうそつきだ』とったが、これは信用しんようできるかどうか、というのは、うそつきのパラドックスばれる。くわしくはエピメニデスのパラドックス参照さんしょうのこと。同様どうようれいほかにも数多かずおおく。たとえば以下いかのようなクイズがある。そのバリエーションもいくつか存在そんざいする。
  • みち天国てんごくきと地獄じごくきにかれている。天国てんごくきたいが、どちらかはわからない。かれみちには正直しょうじきしゃうそつきがいて、どちらかに1かいだけ質問しつもん可能かのう。さて、なんたずねればいいか。

また、フレドリック・ブラウンの『火星かせいじんゴーホーム』では、火星かせいじんへの対応たいおう苦慮くりょした学者がくしゃが、ふと「かれらはうそをつけないのではないか」という仮定かていおもいつくが、途端とたんてきた火星かせいじんう。「おれたちはうそがつける。さあ、これをどうかんがえる?」。

文化ぶんか[編集へんしゅう]

ことわざ[編集へんしゅう]

  • うそからたまこと
  • うそ方便ほうべん
  • うそつきは泥棒どろぼうはじまり
  • うそ追従ついしょう世渡よわた
  • うそまことはなし手管てくだ
  • うそをつかねばふつになれぬ

うそ利用りよう[編集へんしゅう]

病気びょうき[編集へんしゅう]

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

注釈ちゅうしゃく[編集へんしゅう]

  1. ^ 以下いか便宜上べんぎじょう、「うそつき」とぶ。
  2. ^ 事実じじつはんすることがききてにあらかじめ了解りょうかいされている場合ばあいは、うそではなくフィクションや冗談じょうだんといったものに分類ぶんるいされる。
  3. ^ 心理しんり学者がくしゃ研究けんきゅうでは、患者かんじゃがかわいそう、といつつじつは、本当ほんとうのことをつたえないことで、患者かんじゃのこされた人生じんせいまで支配しはいしてしまおうとする動機どうき最後さいごまで本人ほんにんきなようには絶対ぜったいにさせないようにしようとする動機どうきが、家族かぞくがわ無意識むいしきひそんでいることがあるという。
  4. ^ 「ある高僧こうそうがガンになったさい、あれほどの高僧こうそうなら大丈夫だいじょうぶだろうとガンを告知こくちしたところめっきり気落きおちして予想よそうよりはや死去しきょした」というおはなし、おはなし、がしばしばいにだされた。

出典しゅってん[編集へんしゅう]

  1. ^ a b 大辞泉だいじせん
  2. ^ 和泉いずみゆうわる言語げんご哲学てつがく入門にゅうもん筑摩書房ちくましょぼう、2022ねん2がつ10日とおか、155-156ぺーじISBN 978-4-480-07455-3 
  3. ^ Aurelius Augustinus (2014/3/27) [395] (ラテン語らてんご). De Mendacio. Createspace Independent Pub. ISBN 978-1497472334 
  4. ^ Aurelius Augustinus (2014/3/26) [410] (ラテン語らてんご). Contra Mendacium. Createspace Independent Pub. ISBN 978-1497460010 
  5. ^ こうない三郎さぶろう『「読者どくしゃ」の誕生たんじょう活字かつじ文化ぶんかはどのようにして定着ていちゃくしたか』 晶文社しょうぶんしゃ 2004ねんISBN 4794966407 pp.427-428.
  6. ^ a b 長池ながいけ健二けんじ 日本にっぽん口承こうしょう文芸ぶんげい学会がっかいへん)「ウソと鼻歌はなうた」『うたう』 <シリーズ ことばの世界せかい> 三弥みつや書店しょてん 2007 ISBN 9784838231591 pp.82-83.
  7. ^ 「ウソと子供こども柳田やなぎだ國男くにお 筑摩書房ちくましょぼうより
  8. ^ 柳田やなぎだ國男くにお「ウソと子供こども筑摩書房ちくましょぼう より
  9. ^ 広辞苑こうじえん だい6はん「サバをむ」
  10. ^ えい岑光めぐみ、「うそ ・だましの神経しんけい科学かがくてき研究けんきゅう現在げんざい展望てんぼう:虚偽きょぎ検出けんしゅつ観点かんてんから」 『科学かがく基礎きそろん研究けんきゅう』 2008ねん 35かん 2ごう p.93-101, doi:10.4288/kisoron1954.35.93
  11. ^ 正直しょうじきうそのうがわすわかく関係かんけい 京大きょうだい研究けんきゅう結果けっか 8/6 12:06 読売よみうりテレビ
  12. ^ 時事じじドットコム:うそつき、のうかる?=活動かつどう領域りょういき解明かいめい京大きょうだい
  13. ^ Hartwig, Maria; Bond, Charles F. (2011). “Why do lie-catchers fail? A lens model meta-analysis of human lie judgments.” (英語えいご). Psychological Bulletin 137 (4): 643–659. doi:10.1037/a0023589. ISSN 1939-1455. http://doi.apa.org/getdoi.cfm?doi=10.1037/a0023589. 
  14. ^ Valerio Capraro (2018). “Gender Differences in Lying in Sender-Receiver Games: A Meta-Analysis”. Judgment and Decision Making英語えいごばん 13: 345-355. doi:10.2139/ssrn.2930944. 
  15. ^ Hauch, Valerie; Blandón-Gitlin, Iris; Masip, Jaume; Sporer, Siegfried L. (2015-11). “Are Computers Effective Lie Detectors? A Meta-Analysis of Linguistic Cues to Deception” (英語えいご). Personality and Social Psychology Review 19 (4): 307–342. doi:10.1177/1088868314556539. ISSN 1088-8683. http://journals.sagepub.com/doi/10.1177/1088868314556539. 
  16. ^ a b c d e Joseph Stromberg (2012ねん7がつ12にち). “Myth Busted: Looking Left or Right Doesn’t Indicate If You’re Lying(こわれた神話しんわひだりまたはみぎても、うそをついているかどうかはわからない)”. Smithsonian Magazine. 2022ねん4がつ4にち閲覧えつらん
  17. ^ a b 越智おち 2021, pp. 248–249.

関連かんれん文献ぶんけん[編集へんしゅう]

  • コンラート・ローレンツしる小原おはら秀雄ひでおわけ、『ひとイヌにあう』、(1966)、至誠しせいどう
  • ダレル・ハフしる高木たかぎしげるげんやく、『統計とうけいうそをつくほう』、(1968)、講談社こうだんしゃブルーバックス
  • 「プロがおしえる決算けっさんしょうそ見抜みぬじゅつ : その財務諸表ざいむしょひょう巧妙こうみょう粉飾ふんしょくされていないか?」 経理けいりwoman、16(198), 99-106, 2012-09
  • 越智おちあきらふとし『すばらしきアカデミックワールド: オモシロ論文ろんぶんではじめる心理しんりがく研究けんきゅう北大路きたおおじ書房しょぼう、2021ねん 

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]