山手やまてせん

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山手やまてせん
シンボルマーク
山手線のE235系電車 (恵比寿駅 - 渋谷駅間)
基本きほん情報じょうほう
通称つうしょう 山手やまて貨物かもつせん埼京線さいきょうせん相鉄そうてつせん直通ちょくつう列車れっしゃふくむ)、湘南しょうなん新宿しんじゅくライン複々線ふくふくせん区間くかんのうち2せん
くに 日本の旗 日本にっぽん
所在地しょざいち 東京とうきょう
種類しゅるい 普通ふつう鉄道てつどう在来ざいらいせん幹線かんせん
起点きてん 品川しながわえき正式せいしき路線ろせんじょう[1]
終点しゅうてん 田端たばたえき同上どうじょう[1]
えきすう 30えき西日暮里にしにっぽりえき - 高輪たかなわゲートウェイえきあいだの13えきふくむ)
経由けいゆ路線ろせん 東北本線とうほくほんせん田端たばたえき - 東京とうきょうえきあいだ
東海道本線とうかいどうほんせん東京とうきょうえき - 品川しながわえきあいだ
電報でんぽう略号りゃくごう ヤテセ
路線ろせん記号きごう JY
開業かいぎょう 1885ねん3月1にち
所有しょゆうしゃ 東日本旅客鉄道ひがしにほんりょかくてつどう(JR東日本ひがしにっぽん
運営うんえいしゃ 東日本旅客鉄道ひがしにほんりょかくてつどう(JR東日本ひがしにっぽん
日本にっぽん貨物かもつ鉄道てつどう(JR貨物かもつ
路線ろせん構造こうぞう 環状かんじょうせん
車両しゃりょう基地きち 東京とうきょう総合そうごう車両しゃりょうセンター池袋いけぶくろ運輸うんゆ
使用しよう車両しゃりょう 使用しよう車両しゃりょう参照さんしょう
路線ろせんしょもと
路線ろせん距離きょり 34.5 km
田端たばたえき - 東京とうきょうえきあいだ 7.1 km、東京とうきょうえき - 品川しながわえきあいだ 6.8 km ふくむ)
軌間きかん 1,067 mm
線路せんろすう 複線ふくせん品川しながわえき - 田端たばたえきあいだ山手やまて貨物かもつせんふくめれば複々線ふくふくせん
電化でんか区間くかん 全線ぜんせん
電化でんか方式ほうしき 直流ちょくりゅう1,500 V架空かくう電車でんしゃせん方式ほうしき
最大さいだい勾配こうばい 34 田端たばたえき - 西日暮里にしにっぽりえきあいだ)
閉塞へいそく方式ほうしき 路線ろせんデータ参照さんしょう
保安ほあん装置そうち D-ATC
最高さいこう速度そくど 90 km/h
路線ろせん
大崎駅五反田駅目黒駅恵比寿駅渋谷駅原宿駅代々木駅新宿駅新大久保駅高田馬場駅目白駅池袋駅大塚駅巣鴨駅駒込駅田端駅西日暮里駅日暮里駅鶯谷駅上野駅御徒町駅秋葉原駅神田駅東京駅有楽町駅新橋駅浜松町駅田町駅品川駅
ちゅう高輪たかなわゲートウェイえき掲載けいさい
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山手やまてせん(やまのてせん)は、東日本旅客鉄道ひがしにほんりょかくてつどう(JR東日本ひがしにっぽん)が運営うんえいする鉄道てつどう路線ろせん幹線かんせん)である。えきナンバリング使つかわれる路線ろせん記号きごうJY

山手やまてせん」には、つぎの4つの意味合いみあいがある。

  1. 正式せいしき路線ろせんめい線路せんろ名称めいしょう)としての「山手やまてせん」:東京とうきょうみなと品川しながわえき起点きてんに、渋谷しぶやえき新宿しんじゅくえき池袋いけぶくろえき経由けいゆしてきた田端たばたえきむす全長ぜんちょう20.6 km鉄道てつどう路線ろせん名称めいしょう[1][2]東海道本線とうかいどうほんせん支線しせん国鉄こくてつ分割ぶんかつ民営みんえいとき運輸省うんゆしょうげん国土こくど交通省こうつうしょう)に提出ていしゅつされた事業じぎょう基本きほん計画けいかくおよび国土こくど交通省こうつうしょう監修かんしゅうの『鉄道てつどう要覧ようらん』に記載きさいされた山手やまてせん区間くかんでもある[1][新聞しんぶん 1]駒込こまごみえき田端たばたえきあいだ一部いちぶ区間くかんのぞき、ほぼ全線ぜんせん複々線ふくふくせんであるが、このうちの埼京線さいきょうせん電車でんしゃ湘南しょうなん新宿しんじゅくライン列車れっしゃ特急とっきゅう列車れっしゃ貨物かもつ列車れっしゃはし線路せんろ通称つうしょう山手やまて貨物かもつせん」と[3]
  2. 運転うんてん系統けいとうとしての「山手やまてせん」:上記じょうき 1. に東海道本線とうかいどうほんせん一部いちぶおよび東北本線とうほくほんせん一部いちぶ区間くかんわせて東京とうきょう都区とくうち環状かんじょう運転うんてんおこな近距離きんきょり電車でんしゃ運転うんてん系統けいとう実際じっさいにはこの系統けいとうのみが使用しようする専用せんよう線路せんろがあり、それが「山手やまてせん」とばれる[4]
  3. マルスのシステムじょう経路けいろ表示ひょうじにおける「山手やまてせん」:上記じょうき1.から、代々木よよぎえき - 新宿しんじゅくえきあいだ除外じょがいし、田端たばたえき - 日暮里にっぽりえきあいだふくむ(代々木よよぎえき - 新宿しんじゅくえきあいだは「中央東線ちゅうおうとうせん」と表示ひょうじされる)。
  4. 運賃うんちん計算けいさんじょうの「東京とうきょう山手やまてせんない」:東京とうきょうえきからの営業えいぎょうキロほどが100 kmちょう200 km以内いない範囲はんい所在しょざいするえき発着はっちゃくする乗車じょうしゃけん(または1 kmちょう200 km以内いない範囲はんい所在しょざいするえき発着はっちゃくする一部いちぶ特別とくべつ企画きかく乗車じょうしゃけん)に表示ひょうじされることがある運賃うんちん計算けいさんじょう名称めいしょう上記じょうき2.の区間くかんくわえ、環状かんじょうせん内側うちがわにある中央ちゅうおう本線ほんせん神田かんだえき - 代々木よよぎえきあいだおよび総武本線そうぶほんせん秋葉原あきはばらえき - 御茶ノ水おちゃのみずえきあいだふくむ。また、この区間くかんない相互そうご近距離きんきょり運賃うんちん区間くかんがいよりも低額ていがく設定せっていされている[5]

以降いこう特記とっきのない場合ばあいは、2. の運転うんてん系統けいとうとしての山手やまてせんすものとする。

概要がいよう[編集へんしゅう]

山手やまてせんは、日本にっぽん首都しゅとである東京とうきょう都心としん環状かんじょう運転うんてんおこな[4]おおくのえきにおいて、都心としんからかく方面ほうめんへとびるJR東日本ひがしにっぽん在来ざいらいせん新幹線しんかんせん)や私鉄してつ各社かくしゃ放射ほうしゃ路線ろせんおよび都心としんはし地下鉄ちかてつ各線かくせん接続せつぞくしている[6]上野うえのえき東京とうきょうえき品川しながわえき渋谷しぶやえき新宿しんじゅくえき池袋いけぶくろえきなど世界せかいトップクラスの利用りようしゃすうターミナルえき多数たすうかかえ、東京とうきょうにおけるさい重要じゅうよう公共こうきょう交通こうつう機関きかんとして機能きのうしている。またその路線ろせん性格せいかくから、東京とうきょうのみならず全国ぜんこくてきたか知名度ちめいどほこる。1しゅうながさは34.5 km、1しゅう所要しょよう時間じかん内回うちまわり、外回そとまわりとも標準ひょうじゅんで59ふん[注釈ちゅうしゃく 1]あさラッシュは61ふん夕方ゆうがたラッシュは60 - 61ふん(いずれも大崎おおさきえきでの停車ていしゃ時間じかんのぞく)である[7]ラインカラー1963ねん登場とうじょう103けい電車でんしゃ車体しゃたいいろ使用しようされたウグイス色うぐいすいろ国鉄こくてつみどり6ごう)であり[注釈ちゅうしゃく 2]以降いこう登場とうじょうしたステンレス車両しゃりょうおびいろ[8]旅客りょかく案内あんない路線ろせんサインシステムなど)にも使用しようされている。

山手やまてせんは、日本にっぽん文明開化ぶんめいかいか私鉄してつ日本にっぽん鉄道てつどう当時とうじ国内こくない有数ゆうすう貿易ぼうえきこうであった横浜よこはまこう関東かんとう地方ちほう内陸ないりく各地かくち埼玉さいたまけん群馬ぐんまけん栃木とちぎけん)さらに東北とうほく地方ちほうおよび北陸ほくりく地方ちほう方面ほうめんむす貨物かもつせんとして建設けんせつした、赤羽あかはねえき - 品川しながわえき(および大井おおいまちえきあいだむす鉄道てつどう路線ろせん当初とうしょ品川しながわせん呼称こしょう)である。当時とうじ東京とうきょう人口じんこう密集みっしゅう地域ちいきであった下町したまちけ、まちはずれだった山手やまて建設けんせつされた[9]。そのおなじく日本にっぽん鉄道てつどう現在げんざい常磐線じょうばんせん方面ほうめん横浜よこはまこう方面ほうめんあいだ接続せつぞく目的もくてきとして建設けんせつした池袋いけぶくろえき - 田端たばたえきあいだ当初とうしょ豊島としません呼称こしょう)をくわ現在げんざい山手やまてせん線路せんろ原型げんけい完成かんせい[10]国有こくゆうののち、太平洋戦争たいへいようせんそう高度こうど経済けいざい成長せいちょう池袋いけぶくろえき - 赤羽あかはねえきあいだ現行げんこう赤羽線あかばねせんとして分離ぶんりした[11]開業かいぎょう以来いらい武蔵野線むさしのせん開通かいつうするまでは、関東かんとう北部ほくぶおよび東北とうほく方面ほうめんから横浜よこはまこう方面ほうめんけの輸出ゆしゅつしな輸送ゆそうぎゃく方向ほうこう輸入ゆにゅうしな輸送ゆそう大動脈だいどうみゃくであった。現在げんざい少数しょうすうであるが東北本線とうほくほんせん方面ほうめん東海道本線とうかいどうほんせん方面ほうめんむす貨物かもつ列車れっしゃ毎日まいにち運行うんこうされている[注釈ちゅうしゃく 3][12]

旅客りょかく輸送ゆそうは、開業かいぎょう当初とうしょ新橋しんばしえき - 品川しながわえき - 渋谷しぶやえき - 新宿しんじゅくえき - 板橋いたばしえき - 赤羽あかはねえきあいだ往復おうふくする列車れっしゃが1にちすう往復おうふくのみ運行うんこうされ[9]、その東京とうきょう山手やまて人口じんこうぞうともな上野うえのえき起点きてんとして池袋いけぶくろえき新宿しんじゅくえき渋谷しぶやえき品川しながわえき新橋しんばしえき東京とうきょうえき方面ほうめんいた環状かんじょう運転うんてん開始かいしされ[3]、その上野うえのえき - 東京とうきょうえきあいだ開通かいつうにより京浜けいひんせん東北とうほく本線ほんせん相互そうご直通ちょくつう運転うんてん開始かいしされた時期じきおなじくして現在げんざい運行うんこう形態けいたいへと移行いこう定着ていちゃくした。

明治めいじ後期こうきから昭和しょうわにかけての私鉄してつ各社かくしゃは、地下鉄ちかてつどうであれば東京とうきょう地下鉄ちかてつどう東京とうきょう高速こうそく鉄道てつどうのように東京とうきょう15うち路線ろせん敷設ふせつできたが、地上ちじょうせんとなると東京とうきょう15区内くない東京とうきょう市電しでん路線ろせんもうないだったこともあり敷設ふせつむずかしく、山手やまてせん各駅かくえき隣接りんせつして都心としんがわのターミナルえき設置せっちすることとなった。戦後せんごつづ山手やまてせんない新設しんせつする路線ろせんはすべて地下鉄ちかてつどうであることが条件じょうけんとなったため、私鉄してつ資本しほんちからでは山手やまてせんない直通ちょくつうすることは実現じつげん不可能ふかのうとなった。山手やまてせん各駅かくえき都内とない交通こうつうへのぎ・中継ちゅうけいとなり、やがてかく私鉄してつ自力じりき都心としん延伸えんしんするよりもターミナルに自社じしゃ商業しょうぎょう施設しせつ集中しゅうちゅうしたほう利益りえきになると判断はんだんはじめて、西武百貨店せいぶひゃっかてん東急とうきゅう百貨店ひゃっかてんなどの電鉄でんてつけい百貨店ひゃっかてん開業かいぎょうさせた。大手おおて私鉄してつのターミナルえき周辺しゅうへんにある渋谷しぶや新宿しんじゅく池袋いけぶくろなどのふく都心としん発展はってんげていき、きゅう東京とうきょう中心ちゅうしん市街地しがいちしの繁華はんかがいにまで成長せいちょうした。

こうしたしん都心としん相互そうご連結れんけつする山手やまてせんは、東京とうきょう交通こうつうあみ基本きほん路線ろせんとして機能きのうしており、太平洋戦争たいへいようせんそう私鉄してつ営団えいだん地下鉄ちかてつ現在げんざい東京とうきょう地下鉄ちかてつ東京とうきょうメトロ〉)や都営地下鉄とえいちかてつ相互そうご直通ちょくつう運転うんてん開始かいしし、郊外こうがいから電車でんしゃ直接ちょくせつ都心としんれるようになっても、依然いぜんとして東京とうきょう山手やまてふく都心としんあいだむす路線ろせんとうとして機能きのうしている。あさラッシュ混雑こんざつりつが250%えていた時期じきもあったが、地下鉄ちかてつもう発達はったつ並行へいこうする山手やまて貨物かもつせん旅客りょかく埼京線さいきょうせん湘南しょうなん新宿しんじゅくライン開業かいぎょう[13]山手やまてせん自身じしんの6とびらしゃ導入どうにゅうによる11りょう[14]上野うえの東京とうきょうライン開業かいぎょうなど、しんせん開業かいぎょう相次あいついだことにより混雑こんざつ大幅おおはば緩和かんわされた。2015年度ねんど以降いこうあさラッシュ混雑こんざつりつ外回そとまわり、内回うちまわりとも170%を下回したまわっている(利用りようじょうきょうふし参照さんしょう)。

通勤つうきんなどビジネスや通学つうがくものといった日常にちじょう生活せいかつのほかに、訪日ほうにち外国がいこくじんふくめた観光かんこう目的もくてきでの利用りようおおい。JR東日本ひがしにっぽん観光かんこうでの利用りようしゃ開拓かいたくちかられており、2017ねん山手やまてせんプロジェクトチームを設置せっち山手やまてせんを「東京とうきょう感動かんどうせん」としょうして、2018ねんから沿線えんせん文化ぶんか店舗てんぽ紹介しょうかいするフリーマガジン『TOKYO MOVING ROUND』を配布はいふするなどしている[15][16]

なお、環状かんじょう運転うんてん系統けいとうとしての平均へいきんえきあいだ距離きょりは1.15 kmである[注釈ちゅうしゃく 4]

路線ろせんめいかた[編集へんしゅう]

山手やまてせんかたは、対義語たいぎごであるやま下町したまちからの「やまのてせん」であり、太平洋戦争たいへいようせんそうまえも「やまのてせん」とんでいた。開業かいぎょう申請しんせいしょには表記ひょうきを「山ノ手やまのてせん」とするむねかれており、開業かいぎょう表記ひょうきは「山手やまてせん」となったが、みは「やまのてせん」だった。ところが終戦しゅうせん直後ちょくご連合れんごう国軍こくぐん最高さいこう司令しれいかんそう司令しれい (GHQ/SCAP) の指示しじにより、鉄道てつどう施設しせつ道路どうろ標識ひょうしきなどにマ字まじ併記へいきすすめられたさい山手やまてせんには国鉄こくてつ部内ぶないでの通称つうしょうだった「ヤマテ」につられて「YAMATE=Loop=Line」とマ字まじったことがきっかけとなり、そのやまてせん」というかた一般いっぱん定着ていちゃくしてしまった[17]

かたが「やまのてせん」にもどったのには2つの理由りゆうがある。1つは1970ねんからはじまったディスカバー・ジャパンキャンペーンで、駅名えきめい路線ろせんめいかりやすいようにしようとするうごきがこったためである。もう1つは、群馬ぐんまけん長野原線ながのはらせん大前おおまええきまで延伸えんしん開通かいつうしたさい路線ろせんめいを「吾妻線あがつません(あがつません)」に改称かいしょうしたことである。吾妻あづませんが「あづません」と間違まちがえられるのをふせぐため、[よう出典しゅってん]国鉄こくてつではぜん路線ろせん線路せんろ名称めいしょうふりがなをつけることを決定けってい山手やまてせんには「やまのてせん」というふりがなをり、吾妻あづません大前おおまええきまで開通かいつうした1971ねん3月7にちから実施じっしした[18]国鉄こくてつ当局とうきょくが「やまのてせん」を選択せんたくして復活ふっかつさせた理由りゆうは、せんめい由来ゆらい発祥はっしょうからして、「やまのてせん」のほう伝統でんとうてきただしいことと[19]田端たばたえき - 品川しながわえきなみはしする京浜東北けいひんとうほくせん直通ちょくつうさき根岸線ねぎしせんにある山手やまてえき(やまてえき 1964ねん5がつ開業かいぎょう)との混同こんどうける(京浜東北けいひんとうほく根岸線ねぎしせんの「山手やまてき」と勘違かんちがいさせない)ためである。これにともない、その趣旨しゅし徹底てっていさせるため、電車でんしゃ掲出けいしゅつされる方向ほうこうまく行先いきさき表示ひょうじは、漢字かんじ表記ひょうきは「山手やまて」を「山手やまてせん」に、マ字まじ表記ひょうきは「YAMATE」を「YAMANOTE LINE」とあらためた[17]

歴史れきし[編集へんしゅう]

1925年に環状運転を開始したときの山手線。上野駅に進入する外回り電車。
1925ねん環状かんじょう運転うんてん開始かいししたときの山手やまてせん上野うえのえき進入しんにゅうする外回そとまわ電車でんしゃ
1988年まで使用されていた103系電車。写真は1974年から製造されたATC対応車。 (1985年3月3日 有楽町駅)
1988ねんまで使用しようされていた103けい電車でんしゃ写真しゃしん1974ねんから製造せいぞうされたATC対応たいおうしゃ
(1985ねん3がつ3にち 有楽町ゆうらくちょうえき
2005年まで使用されていた205系電車 (2003年2月2日 田端駅)
2005ねんまで使用しようされていた205けい電車でんしゃ
(2003ねん2がつ2にち 田端たばたえき
2020年まで使用されていたE231系電車 (2006年 御徒町駅 - 上野駅間)
2020ねんまで使用しようされていたE231けい電車でんしゃ
(2006ねん 御徒町おかちまちえき - 上野うえのえきあいだ
2015年から使用されているE235系電車 (2021年 高輪ゲートウェイ駅)
2015ねんから使用しようされているE235けい電車でんしゃ
(2021ねん 高輪たかなわゲートウェイえき

山手やまてせんはもともと、日本にっぽん鉄道てつどう現在げんざい東北本線とうほくほんせんおよび東海道本線とうかいどうほんせん連絡れんらくするために品川しながわえき - 赤羽あかはねえきあいだやま敷設ふせつした線路せんろであった。東京とうきょう市街地しがいち拡大かくだいともない、市街しがいをめぐる大都市だいとし基幹きかん交通こうつう路線ろせん性格せいかくえていった。電車でんしゃ運行うんこう開始かいししたのは1909ねん明治めいじ42ねん[20]現在げんざいのように環状かんじょう運転うんてん実施じっしされるようになったのは関東大震災かんとうだいしんさい1925ねん大正たいしょう14ねん)のことである[3]

日本にっぽん鉄道てつどう品川しながわせんばれたこの路線ろせんは、みなとがあった品川しながわ横浜よこはま方面ほうめん東京とうきょう北側きたがわむす日本にっぽん鉄道てつどうだいいちせん一部いちぶとして計画けいかくされた路線ろせんであった[21]。しかし起伏きふくであるやま線路せんろくには技術ぎじゅつてきにも資金しきんてきにも困難こんなんであったことから、まずは日本にっぽん鉄道てつどうだいいちせん開業かいぎょう優先ゆうせんし、1883ねん明治めいじ16ねん7がつ28にち江戸えど下町したまち北部ほくぶにあたる現在げんざい上野うえのえき起点きてんとして開業かいぎょう[22]、その1885ねん明治めいじ18ねん3月1にち当初とうしょ計画けいかくじゅんじ、日本にっぽん鉄道てつどうだいいちせん官設かんせつ鉄道てつどう現在げんざい東海道本線とうかいどうほんせん)とを連絡れんらくする品川しながわえき - 赤羽あかはねえきあいだ現在げんざい山手やまてせん品川しながわえき - 池袋いけぶくろえきあいだ赤羽線あかばねせん池袋いけぶくろえき - 赤羽あかはねえきあいだ)が開業かいぎょうした。当時とうじ日本にっぽん鉄道てつどう南端なんたん上野うえのえき官設かんせつ鉄道てつどう北端ほくたん新橋しんばしえき汐留しおどめえき)で、このりょうえきむすべば建設けんせつ距離きょりみじかくてんだが、りょうえきあいだ土地とち江戸えど下町したまちたるため鉄道てつどう敷設ふせつすることはむずかしかった[9]一方いっぽうやまとおすと遠回とおまわりにはなるものの、当時とうじやま居住きょじゅう人口じんこうすくなく、鉄道てつどう敷設ふせつへの理解りかいられやすく、この経路けいろえらばれた[20]開業かいぎょう1886ねん明治めいじ19ねん7がつ1にち時点じてんでは、新橋しんばしえき - 品川しながわえき - 赤羽あかはねえきあいだには毎日まいにち4往復おうふく直通ちょくつう旅客りょかく列車れっしゃ運行うんこうされていた[23]1891ねん明治めいじ24ねん9月1にち日本にっぽん鉄道てつどうだいいちせんからだいせん全通ぜんつうし、横浜よこはま新橋しんばし品川しながわ上野うえの方面ほうめんと、高崎たかさき宇都宮うつのみや福島ふくしま仙台せんだい盛岡もりおか青森あおもり方面ほうめん鉄路てつろむすばれた[23][24][25]

一方いっぽうおな日本にっぽん鉄道てつどう路線ろせんである土浦線つちうらせん(1901ねん海岸かいがんせん改称かいしょう現在げんざい常磐線じょうばんせん)と品川しながわ横浜よこはま方面ほうめん連絡れんらくせん建設けんせつ計画けいかくされた。土浦つちうらえき - 南千住みなみせんじゅえき - 田端たばたえきあいだむす日本にっぽん鉄道てつどう土浦線つちうらせんは、1896ねん明治めいじ29ねん12月25にち日本にっぽん鉄道てつどうだいいち線上せんじょう田端たばたえき開業かいぎょうすると同時どうじ開通かいつう土浦つちうら水戸みと方面ほうめん東京とうきょう北側きたがわ直結ちょっけつさせた[26]。この海岸かいがんせん山手やまてせんむす短絡たんらくせん山手やまてせんえだせん当初とうしょ豊島としません呼称こしょう)は、1903ねん明治めいじ36ねん4がつ1にち日本にっぽん鉄道てつどう品川しながわせん池袋いけぶくろえき開業かいぎょう[27]同時どうじ田端たばたえき池袋いけぶくろえきあいだむす線路せんろ開通かいつうによって営業えいぎょう開始かいしした[23][25]。この短絡たんらくせん建設けんせつたっては、当初とうしょ目白めじろえき分岐ぶんきてんとする計画けいかくもあったが、どうえき周辺しゅうへん十分じゅうぶん用地ようち確保かくほ困難こんなんだったため、現在げんざい池袋いけぶくろえき開設かいせつされ分岐ぶんきてんとなった。駒込こまごみえき - 巣鴨すがもえきあいだ線路せんろ南西なんせいいているのは、当初とうしょ目白めじろえき分岐ぶんきてんとしていた名残なごりといわれる。この短絡たんらくせん当初とうしょ豊島としません呼称こしょうされていたが[10]開業かいぎょう先立さきだ1901ねん明治めいじ34ねん11月16にち日本にっぽん鉄道てつどう逓信ていしん大臣だいじん認可にんかのもと、定款ていかんせん名称めいしょう変更へんこう品川しながわせん豊島としません当時とうじ未成みせいせん)をわせ山手やまてせんとした[28]

開業かいぎょう東北とうほく信越しんえつ常磐ときわせんのみならず中央ちゅうおうせん東海道とうかいどうせんむす役割やくわりになうようになり、また、にち戦争せんそう勃発ぼっぱつなどで貨物かもつ輸送ゆそうりょう大幅おおはばえ、1904ねん新宿しんじゅくえき - 池袋いけぶくろえきあいだ皮切かわきりに1910ねんまで複線ふくせんおこなわれた[21]。このさい池袋いけぶくろえき - 赤羽あかはねえきあいだ複線ふくせんからのこされ、支線しせんてき性格せいかくつよめた[3]

日本にっぽん鉄道てつどう国有こくゆうされた1906ねん明治めいじ39ねん11月1にち[21]時点じてんでは、品川しながわえき - 赤羽あかはねえきあいだ貨物かもつ列車れっしゃのほかこの区間くかん単純たんじゅん往復おうふくする旅客りょかく列車れっしゃ運行うんこうされた(毎日まいにち9往復おうふく)。1909ねん明治めいじ42ねん10月12にちかく鉄道てつどう路線ろせん路線ろせんめい付与ふよされたさいは、池袋いけぶくろえき - 赤羽あかはねえきあいだふく現在げんざい山手やまてせん区間くかん品川しながわえき - 池袋いけぶくろえき - 田端たばたえきあいだ)とわせて東北とうほくせん 山手やまてせんとなった[25][29]。この当時とうじは、池袋いけぶくろえきより北側きたがわ現在げんざい赤羽線あかばねせん経由けいゆして赤羽あかはねえきまでが山手やまてせん本線ほんせんきゅう豊島線としません区間くかん山手やまてせん支線しせんであった[30]。その同年どうねん12月16にち烏森からすもりえきげん新橋しんばしえき)が開業かいぎょうし、烏森からすもりえき - 新宿しんじゅくえき - 上野うえのえきあいだ電化でんかされ、電車でんしゃの「C」の字形じけい運転うんてん開始かいしされた[21]。このとき、品川しながわえき - 烏森からすもりえきあいだ京浜けいひんせん現在げんざい京浜東北線けいひんとうほくせん)にれるかたちをとっていた。東海道とうかいどう本線ほんせん東京とうきょうえきまで延伸えんしん開業かいぎょうし、中央ちゅうおうせんどうえきまで延伸えんしんされると、中央ちゅうおうせん山手やまてせん接続せつぞくし、中野なかのえき - 新宿しんじゅくえき - 東京とうきょうえき - 品川しながわえき - 新宿しんじゅくえき - 池袋いけぶくろえき - 田端たばたえき - 上野うえのえきあいだで「の」の運転うんてん開始かいしされ、このころから現在げんざい赤羽線あかばねせん区間くかん山手やまてせんえだせん運行うんこう形態けいたいになった。1923ねん関東大震災かんとうだいしんさい一時いちじ中断ちゅうだんしたが、1924ねん4がつ25にちまでこの形態けいたいつづいた。1925ねん大正たいしょう14ねん)11月1にち東北とうほく本線ほんせん秋葉原あきはばらえき - 神田かんだえきあいだ完成かんせいし、東京とうきょう - 上野うえのあいだ高架こうか複線ふくせんされたときに中央ちゅうおうせんへのれは中止ちゅうしされ、環状かんじょう運転うんてん開始かいしされた。このとき、京浜けいひんせん田端たばたまで延伸えんしんされている[3]

環状かんじょう運転うんてん開始かいし当時とうじのダイヤは、基本きほんてき毎時まいじ5ほん(12ふん間隔かんかく)で運転うんてんされ、一周いっしゅう所要しょよう時間じかんは72ふん池袋いけぶくろえき赤羽あかはねえきあいだ現在げんざい赤羽線あかばねせん)の所要しょよう時間じかんは10ふんであった。このほか、通勤つうきん時間じかんたいには臨時りんじ電車でんしゃ運転うんてんされたほか、田端たばたえき田町駅たまちえきあいだ京浜けいひんせん電車でんしゃ運転うんてんされていた[31]

戦後せんご復興ふっこうともな輸送ゆそうりょう増大ぞうだい山手やまてせん京浜けいひんせんとも増発ぞうはつおこなわれ、1956ねん11月19にちから共有きょうゆうだった両者りょうしゃ線路せんろ田端たばたえき - 田町駅たまちえきあいだ:11.7 km)を分離ぶんりし、内側うちがわ環状かんじょう運転うんてんおこな山手やまてせん外側そとがわ往復おうふく運転うんてんおこな京浜東北けいひんとうほくせん分離ぶんり改名かいめい)がはしるようになった[32]

1972ねん昭和しょうわ47ねん)には、当初とうしょ山手やまてせん本線ほんせんであった赤羽あかはねえき - 池袋いけぶくろえき区間くかん線路せんろ名称めいしょう赤羽線あかばねせん変更へんこうされた。赤羽線あかばねせん山手やまてせん本線ほんせんとして運営うんえいされてきたため、池袋いけぶくろえきでは10りょう編成へんせいともなしんホーム設置せっち現行げんこう3・4番線ばんせん)までは山手やまてせん外回そとまわ始発しはつ電車でんしゃホーム(現行げんこう8番線ばんせん)を発着はっちゃくしていた。ラインカラーもかつて山手やまてせん使つかわれていた「カナリア(黄色おうしょく)」が、山手やまてせんが「ウグイス(緑色みどりいろ)」に塗装とそう変更へんこうされたあとも使つかわれた。1985ねん昭和しょうわ60ねん9月30にち赤羽線あかばねせん埼京線さいきょうせん一部いちぶとして運行うんこうされる現在げんざい形態けいたい移行いこうした[33]

車両しゃりょうは1960年代ねんだいはじめまでは72けい使用しようされていたが、1961ねん昭和しょうわ36ねん)からカナリアしょく101けい使用しようされた。その1963ねん昭和しょうわ38ねん)からウグイス色うぐいすいろ103けい主力しゅりょくとなったが、老朽ろうきゅうのため1988ねん昭和しょうわ63ねん)6がつ運行うんこう終了しゅうりょうし、205けいにすべてわった。このとき導入どうにゅうされたサハ204かたちが6とびらしゃはじめである[34]。こののちE231けい500番台ばんだいわったが[8]、6とびらしゃはサハE230かたち500番台ばんだいとして継承けいしょうされた。しかし、ホームドア設置せっちのため6とびらしゃは2011ねん平成へいせい23ねん)9がつ4にち全車ぜんしゃ運用うんよう離脱りだつ[35]廃車はいしゃとなった。2015ねん平成へいせい27ねん)からはE235けい運行うんこう開始かいしした[新聞しんぶん 2]

年表ねんぴょう[編集へんしゅう]

日本にっぽん鉄道てつどう国有こくゆうまえ[編集へんしゅう]

山手やまてせん運行うんこう系統けいとう変遷へんせん

*がいているえきは、のちに路線ろせん分離ぶんりにより赤羽線あかばねせんえきとなったえき

  • 1872ねん明治めいじ5ねん
    • 6月12にち官設かんせつ鉄道てつどう 品川しながわえき - 横浜よこはまえきあいだ鉄道てつどうかり営業えいぎょう品川しながわえき開業かいぎょう
    • 10月14にち新橋しんばしえき - 横浜よこはまえきあいだほん開業かいぎょう新橋しんばしえき初代しょだい開業かいぎょう
  • 1883ねん明治めいじ16ねん7がつ28にち日本にっぽん鉄道てつどう 上野うえのえき - 熊谷くまがやえきあいだ開業かいぎょう上野うえのえき開業かいぎょう
  • 1885ねん明治めいじ18ねん
    • 3月1にち日本にっぽん鉄道てつどう品川しながわせん 品川しながわえき - 赤羽あかはねえきあいだ(12 M75 C50 L≒20.83 km)開業かいぎょう渋谷しぶやえき新宿しんじゅくえき板橋いたばしえき*開業かいぎょう
    • 3月16にち日本にっぽん鉄道てつどう品川しながわせん 目黒めぐろえき目白めじろえき開業かいぎょう
  • 1890ねん明治めいじ23ねん
    • 1がつ25にち:MCL表示ひょうじからMC表示ひょうじ簡略かんりゃく(12M75C50L→12M76C)。
    • 11月1にち日本にっぽん鉄道てつどう 上野うえのえき - 秋葉原あきはばらえきあいだ貨物かもつせん開通かいつう秋葉原あきはばらえき貨物かもつえき開業かいぎょう
  • 1894ねん明治めいじ27ねん)8がつ:のちの大井おおい聯絡れんらくしょとのちの大崎おおさきえきむす軍用ぐんようせん竣工しゅんこう開業かいぎょう(1901ねん貨物かもつせんとなる)。
  • 1896ねん明治めいじ29ねん4がつ1にち日本にっぽん鉄道てつどう 田端たばたえき開業かいぎょう
  • 1901ねん明治めいじ34ねん
    • 2がつ25にち日本にっぽん鉄道てつどう山手やまてせん 大崎おおさきえき恵比寿えびすえき貨物かもつえき開業かいぎょう
    • 3月15にち官設かんせつ鉄道てつどう 大井おおい聯絡れんらくしょ - 大崎おおさきえきあいだ貨物かもつ列車れっしゃ運行うんこう開始かいし
    • 8がつ1にち官設かんせつ鉄道てつどう 大井おおい聯絡れんらくしょ - 大崎おおさきえきあいだ(72 C≒1.45 km)が正式せいしき開業かいぎょう
    • 8がつ8にち日本にっぽん鉄道てつどう定款ていかん変更へんこうし、品川しながわせん品川しながわえき - 赤羽あかはねえきあいだ)と豊島としません池袋いけぶくろえき - 田端たばたえきあいだ、このとき開業かいぎょう)を統合とうごう山手やまてせんとする[28][注釈ちゅうしゃく 5]
  • 1902ねん明治めいじ35ねん
    • 5がつ10日とおか日本にっぽん鉄道てつどう山手やまてせん 目白めじろえき - 板橋いたばしえきあいだ池袋いけぶくろ信号しんごうしょ開設かいせつ[27]
    • 11月12にち:MC表示ひょうじからマイル表示ひょうじ簡略かんりゃく品川しながわえき - 赤羽あかはねえきあいだ 12 M76 C→13.0 M、大井おおいえき - 大崎おおさきえきあいだ 72 C→0.9 M)。
  • 1903ねん明治めいじ36ねん)4がつ1にち日本にっぽん鉄道てつどう山手やまてせん 池袋いけぶくろえき - 田端たばたえきあいだ(3.3 M≒5.31 km)開業かいぎょう複線ふくせん)。池袋いけぶくろ信号しんごうしょえき変更へんこう池袋いけぶくろえき開業かいぎょう[27]大塚おおつかえき巣鴨すがもえき開業かいぎょう
  • 1904ねん明治めいじ37ねん)11月:日本にっぽん鉄道てつどう山手やまてせん 新宿しんじゅくえき - 池袋いけぶくろえきあいだ複線ふくせん
  • 1905ねん明治めいじ38ねん
    • 4がつ1にち日本にっぽん鉄道てつどう 日暮里にっぽりえき開業かいぎょう
    • 6がつ10日とおか日本にっぽん鉄道てつどう山手やまてせん 赤羽あかはねえき - 板橋いたばしえきあいだ十条じゅうじょうえき貨物かもつえき開業かいぎょう
    • 10月:日本にっぽん鉄道てつどう山手やまてせん 渋谷しぶやえき - 新宿しんじゅくえきあいだ複線ふくせん
  • 1906ねん明治めいじ39ねん
    • 2がつ7にち日本にっぽん鉄道てつどう山手やまてせん 十条じゅうじょうえき貨物かもつえき廃止はいし
    • 9月23にちきのえたけし鉄道てつどう 代々木よよぎえき開業かいぎょう山手やまてせんにはえき設置せっちされず通過つうか。10月1にち国有こくゆう)。
    • 10月:日本にっぽん鉄道てつどう山手やまてせん 大崎おおさきえき - 渋谷しぶやえきあいだ複線ふくせん
    • 10月30にち日本にっぽん鉄道てつどう山手やまてせん 原宿はらじゅくえき開業かいぎょう恵比寿えびすえき旅客りょかく営業えいぎょう開始かいし

国有こくゆう鉄道てつどう時代じだい[編集へんしゅう]

1928ねんから1944ねんあいだ撮影さつえいされた大塚おおつかえき
  • 1906ねん明治めいじ39ねん
    • 11月1にち日本にっぽん鉄道てつどう国有こくゆう
  • 1909ねん明治めいじ42ねん
    • 10月12にち国有こくゆう鉄道てつどう線路せんろ名称めいしょう制定せいてい赤羽あかはねえき - 品川しながわえきあいだ池袋いけぶくろえき - 田端たばたえきあいだ貨物かもつ支線しせん 大崎おおさきえき - 大井おおい聯絡れんらくしょあいだ山手やまてせん東北とうほくせん)とする。
    • 11月30にち大崎おおさきえき - 品川しながわえきあいだ複線ふくせん
    • 12月16にち東海道とうかいどう本線ほんせん 品川しながわえき - 烏森からすもりえき現在げんざい新橋しんばしえきあいだ開業かいぎょう山手やまてせん 田端たばたえき - 池袋いけぶくろえきあいだ赤羽あかはねえき - 品川しながわえきあいだ電化でんか上野うえのえき - 新宿しんじゅくえき - 品川しながわえき - 烏森からすもりえき赤羽あかはねえき - 池袋いけぶくろえきあいだ電車でんしゃ運転うんてん開始かいし代々木よよぎえき停車ていしゃ開始かいし中央ちゅうおう本線ほんせんえきとして1906ねんにすでに開業かいぎょう)。
  • 1910ねん明治めいじ43ねん
    • 4がつ1にち田端たばたえき - 池袋いけぶくろえきあいだ複線ふくせん
    • 6月25にち東海道とうかいどう本線ほんせん 烏森からすもりえき - 有楽町ゆうらくちょうえきあいだ開業かいぎょう
    • 9月15にち山手やまてせん 高田馬場たかだのばばえき開業かいぎょう東海道とうかいどう本線ほんせん 有楽町ゆうらくちょうえき - 呉服ごふくきょうえき(のちにはいえきあいだ開業かいぎょう
    • 11月1にち十条じゅうじょうえき*開業かいぎょう
    • 11月15にち駒込こまごみえき開業かいぎょう
  • 1911ねん明治めいじ44ねん10月15にち五反田ごたんだえき開業かいぎょう
  • 1912ねん明治めいじ45ねん7がつ11にち鶯谷うぐいすだにえき開業かいぎょう
  • 1914ねん大正たいしょう3ねん
    • 5月24にち代々木よよぎ練兵れんぺいじょう現在げんざい代々木公園よよぎこうえん)にて昭憲皇太后しょうけんこうたいごう大葬たいそうおこなわれたのにともない、葬場そうじょう殿どのかり停車場ていしゃじょう開設かいせつせんかたち原宿はらじゅくえき - 葬場そうじょう殿どのかり停車場ていしゃじょうあいだ(0.4 M≒0.64 km)開業かいぎょう同月どうげつ26にち廃止はいし)。
    • 11月15にち新大久保しんおおくぼえき開業かいぎょう
    • 12月20にち東海道とうかいどう本線ほんせん 東京とうきょうえき開業かいぎょう大井おおい聯絡れんらくしょえき変更へんこうして大井おおいまちえき開業かいぎょう新橋しんばしえき汐留しおどめえき改称かいしょうし、烏森からすもりえき新橋しんばしえきとする。
  • 1916ねん大正たいしょう5ねん4がつ16にち貨物かもつ支線しせん 大崎おおさきえき - 大井おおいまちえきあいだ(0.9 M≒1.45 km)廃止はいし
  • 1918ねん大正たいしょう7ねん12月20にち品川しながわえき - 大崎おおさきえきあいだ複々線ふくふくせん開通かいつう山手やまてせん複々線ふくふくせん開始かいし
  • 1919ねん大正たいしょう8ねん
    • 3月1にち中央ちゅうおう本線ほんせん接続せつぞく中野なかのえき - 東京とうきょうえき - 品川しながわえき - 池袋いけぶくろえき - 上野うえのえきあいだで“「の」の運転うんてん”を開始かいし神田かんだえき開業かいぎょう
    • 3がつ10日とおか五反田ごたんだえき - 目黒めぐろえきあいだ上大崎かみおおさきかり信号しんごうしょ開設かいせつ
  • 1922ねん大正たいしょう11ねん)4がつ1にち信号しんごうしょ信号しんごうじょう変更へんこう
  • 1923ねん大正たいしょう12ねん)9がつ1にち関東大震災かんとうだいしんさい有楽町ゆうらくちょうえき新橋しんばしえき浜松町はままつちょうえき鶯谷うぐいすだにえき上野うえのえき焼失しょうしつ
    • 平常へいじょう運転うんてん復旧ふっきゅう東京とうきょうえきへのれは1924ねん1がつ13にち以降いこう)。
  • 1925ねん大正たいしょう14ねん
    • 3月28にち品川しながわえき - 池袋いけぶくろえき - 田端たばたえきあいだ電車でんしゃ専用せんようせん複線ふくせん完成かんせいきゃく分離ぶんり)。
    • 4がつ26にち山手やまてせん複々線ふくふくせん開業かいぎょうしき新宿しんじゅくえき新駅しんえきしゃ落成らくせいしき挙行きょこう
    • 11月1にち東北とうほく本線ほんせん 神田かんだえき - 上野うえのえきあいだ開業かいぎょう秋葉原あきはばらえき旅客りょかく営業えいぎょう開始かいし御徒町おかちまちえき開業かいぎょう環状かんじょう運転うんてん開始かいし
  • 1927ねん昭和しょうわ2ねん
    • 2がつ25にち山手やまてせん電車でんしゃ区間くかん池袋いけぶくろえき - 赤羽あかはねえきあいだのぞく)荷物にもつ専用せんよう電車でんしゃ運転うんてん開始かいし
    • 4がつ20日はつか高田馬場たかだのばばえき - 新大久保しんおおくぼえきあいだ戸山とやまげん信号しんごうじょう開設かいせつ
  • 1929ねん昭和しょうわ4ねん8がつ21にち品川しながわえき - 大崎おおさきえきあいだ目黒めぐろがわ信号しんごうじょう開設かいせつ
  • 1930ねん昭和しょうわ5ねん)4がつ1にち:マイル表示ひょうじからメートル表示ひょうじ変更へんこう赤羽あかはねえき - 品川しながわえきあいだ 13.0 M→20.9 km、池袋いけぶくろえき - 田端たばたえきあいだ 3.3 M→5.2 km)。
  • 1935ねん昭和しょうわ10ねん
    • 11月1にち上大崎かみおおさきかり信号しんごうじょう廃止はいし
    • 11月15にち戸山とやまげん信号しんごうじょう廃止はいし
  • 1945ねん昭和しょうわ20ねん
    • 4がつ13にち太平洋戦争たいへいようせんそうした空襲くうしゅうにより田端たばたえき鶯谷うぐいすだにえき駒込こまごみえき高田馬場たかだのばばえき池袋いけぶくろえきなどのえき池袋いけぶくろ電車でんしゃ焼失しょうしつ
    • 5月24にち空襲くうしゅうにより五反田ごたんだえき恵比寿えびすえきなど焼失しょうしつ
    • 5月25にち空襲くうしゅうより東京とうきょうえきなど焼失しょうしつ山手やまてせん全線ぜんせん不通ふつう
    • 5月29にち運転うんてん再開さいかい
  • 1949ねん昭和しょうわ24ねん6月1にち日本にっぽん国有こくゆう鉄道てつどう発足ほっそく
  • 1956ねん昭和しょうわ31ねん11月19にち田端たばたえき - 田町駅たまちえきあいだせんぞう朝夕あさゆうかぎって京浜東北けいひんとうほくせん分離ぶんり運転うんてん開始かいし
  • 1961ねん昭和しょうわ36ねん)9がつ101けい投入とうにゅう車体しゃたいしょくはカナリア・イエロー。
  • 1963ねん昭和しょうわ38ねん)12月:103けい投入とうにゅう車体しゃたいしょくをウグイスに変更へんこう
  • 1965ねん昭和しょうわ40ねん
  • 1968ねん昭和しょうわ43ねん10月1にち:10りょう編成へんせい運転うんてん開始かいし
  • 1969ねん昭和しょうわ44ねん)4がつ車体しゃたいウグイス色うぐいすいろ統一とういつ
  • 1970ねん昭和しょうわ45ねん7がつ31にち国電こくでん山手やまてせんはつの103けい冷房れいぼうしゃ運行うんこう開始かいし
  • 1971ねん昭和しょうわ46ねん
  • 1972ねん昭和しょうわ47ねん7がつ15にち山手やまてせん東北とうほくせんから東海道とうかいどうせんうつし、区間くかん表示ひょうじ品川しながわえき - 新宿しんじゅくえき - 田端たばたえきあいだ (20.6 km) に変更へんこう池袋いけぶくろえき - 赤羽あかはねえきあいだ (5.5 km) は赤羽線あかばねせんとして分離ぶんり
  • 1981ねん昭和しょうわ56ねん12月6にち自動じどう列車れっしゃ制御せいぎょ装置そうち (ATC)・列車れっしゃ無線むせん使用しよう開始かいし
  • 1985ねん昭和しょうわ60ねん3月25にち国電こくでんはつステンレス通勤つうきんがた車両しゃりょう205けい山手やまてせん使用しよう開始かいし

JR東日本ひがしにっぽん発足ほっそく[編集へんしゅう]

山手線に導入された6扉車(2003年2月2日)
山手やまてせん導入どうにゅうされた6とびらしゃ(2003ねん2がつ2にち
車内広告が1社で統一されたADトレイン(2003年8月3日 高田馬場駅)
車内しゃない広告こうこくが1しゃ統一とういつされたADトレイン(2003ねん8がつ3にち 高田馬場たかだのばばえき
  • 1987ねん昭和しょうわ62ねん
  • 1988ねん昭和しょうわ63ねん
  • 1990ねん平成へいせい2ねん
    • 3がつ10日とおか:6とびらしゃサハ204かたち900番台ばんだい試作しさくしゃを1編成へんせいに2かしょ連結れんけつ[36]。6とびらしゃ平日へいじつあさ10まで座席ざせき収納しゅうのう
    • 4がつ21にち翌年よくねん導入どうにゅうする予定よていイオカード対応たいおう自動じどう改札かいさつ東京とうきょうえき駒込こまごみえき設置せっちし、供用きょうよう開始かいし[新聞しんぶん 4]以後いご順次じゅんじ山手やまてせん各駅かくえき導入どうにゅうされる[新聞しんぶん 4]
    • 6月8にち:6とびらしゃ文字もじ放送ほうそうサービス開始かいし[37]
      • このとし山手やまてせんはじめて車内しゃない広告こうこくが1しゃ統一とういつされるADトレイン運転うんてん開始かいし先頭せんとうしゃ正面しょうめんヘッドマーク掲出けいしゅつ)。1995ねんに2編成へんせいあるうちの1編成へんせいのヘッドマークを変更へんこう(のちにさい変更へんこう)。205けいのADトレインの歴代れきだいヘッドマーク4はすべて消滅しょうめつ
    • 10がつ20日はつか国際こくさい鉄道てつどう安全あんぜん会議かいぎ記念きねんして「TECH TRAIN」を11月4にちまでの日曜日にちようび運転うんてん[37]。1にち3往復おうふくで、運転うんてん終了しゅうりょう池袋いけぶくろえき展示てんじされた。使用しよう車両しゃりょうは103けいで、先頭せんとうしゃ京浜東北けいひんとうほくせんから、中間なかましゃ埼京線さいきょうせんからの車両しゃりょうんだ編成へんせい運転うんてんされた。車内しゃないにはJR東日本ひがしにっぽん安全あんぜんへのみや鉄道てつどうかんする資料しりょう模型もけいなどが展示てんじされた。なお、このときは山手やまてせんはすべて205けい運転うんてんしていたため、2ねん4かげつぶりに山手やまてせんに103けい運転うんてんされることになる。
  • 1991ねん平成へいせい3ねん12月1にち:6とびらしゃサハ204かたち0番台ばんだい量産りょうさんしゃの10号車ごうしゃへの連結れんけつ開始かいしし、いち週間しゅうかんほどでぜん編成へんせいが11りょう編成へんせいとなる[38][注釈ちゅうしゃく 6]。11りょうされた編成へんせい先頭せんとうしゃ前面ぜんめんには「11CARS」のステッカーがけられたが[38]、ステッカーは1997ねんまでにぜん編成へんせいからはずされた。
  • 1992ねん平成へいせい4ねん
  • 1994ねん平成へいせい6ねん12月3にち土曜どようダイヤを廃止はいしし、土曜どよう休日きゅうじつダイヤへ移行いこう[39]
  • 1998ねん平成へいせい10ねん7がつ4にち[JR 1][40]東京とうきょうけん輸送ゆそう管理かんりシステム (ATOS) 使用しよう開始かいし

2000年代ねんだい以降いこううご[編集へんしゅう]

215(Go)号の乗車券
215(Go)ごう乗車じょうしゃけん
E231系500番台引退記念ヘッドマークつきトウ506編成 (2020年1月)
E231けい500番台ばんだい引退いんたい記念きねんヘッドマークつきトウ506編成へんせい
(2020ねん1がつ
  • 2000ねん平成へいせい12ねん12月31にち20世紀せいきから21世紀せいきへのカウントダウンとして臨時りんじ列車れっしゃ「21GO」を翌年よくねん1がつ1にちまで運転うんてん使用しよう車両しゃりょう列車れっしゃめいにちなみ215けい
  • 2001ねん平成へいせい13ねん
    • 3月21にち:「みんなの地球ちきゅうをみんなでかんがえるエコロジーキャンペーン」の一環いっかんとして「エコトレイン2001」を、通常つうじょうはADトレインで使用しようされている48ばん編成へんせいで4がつ20日はつかまで運転うんてんりょうはし車両しゃりょう全面ぜんめんにステッカー貼付ちょうふ
    • 12月1にち山手やまてせんはじめて「側面そくめん車体しゃたい広告こうこくしゃ」を開始かいし
  • 2002ねん平成へいせい14ねん)4がつ21にちE231けい500番台ばんだい山手やまてせん使用しよう開始かいし
  • 2005ねん平成へいせい17ねん4がつ17にち:E231けい500番台ばんだいぞう完了かんりょうしたがい、205けい山手やまてせんでの使用しよう終了しゅうりょう
  • 2006ねん平成へいせい18ねん7がつ30にちD-ATC使用しよう開始かいし
  • 2007ねん平成へいせい19ねん
    • 3月18にち:D-ATCはつのダイヤ改正かいせい[注釈ちゅうしゃく 7]で、1しゅう最速さいそく59ふんおこり終点しゅうてんえきでの停車ていしゃ時間じかんのぞく)に所要しょよう時間じかん短縮たんしゅくあさラッシュピークに外回そとまわりを1ほん増発ぞうはつ平日へいじつちゅう運転うんてん本数ほんすうを4ふんおきにするなど、全体ぜんたいてき運転うんてん間隔かんかく見直みなおし。
    • 8がつ26にち: JRの在来ざいらいせんとしてはじめてデジタル列車れっしゃ無線むせん導入どうにゅう
  • 2009ねん平成へいせい21ねん9月7にち - 12月4にち:「山手やまてせん」の命名めいめい100周年しゅうねん[注釈ちゅうしゃく 8]記念きねんして、E231けい500番台ばんだいトウ502編成へんせいに、昭和しょうわ30年代ねんだい運転うんてんされていたきゅうかたち国電こくでんカラーリング(ぶどういろ2ごう)をしたラッピング編成へんせい登場とうじょうした。なお、このラッピング編成へんせい明治製菓めいじせいか車体しゃたい広告こうこくしゃねていた。
  • 2010ねん平成へいせい22ねん
    • 2がつ19にち平日へいじつあさラッシュの6とびらしゃでの座席ざせき収納しゅうのう終了しゅうりょう。22にち以降いこう終日しゅうじつ座席ざせき使つかえるようになる[新聞しんぶん 7][42]
    • 6月26にち恵比寿えびすえきホームドア使用しよう開始かいし[43]。ただし7・10号車ごうしゃ部分ぶぶんは4とびらしゃと6とびらしゃ混在こんざいしていたため設置せっちされず。
    • 8がつ28にち目黒めぐろえきで7・10号車ごうしゃ部分ぶぶんのぞいてホームドア使用しよう開始かいし
  • 2011ねん平成へいせい23ねん
    • 9月4にちぜん編成へんせい全車ぜんしゃ4とびらしゃとなる[35]
    • 10月29にち恵比寿えびすえき目黒めぐろえきの7・10号車ごうしゃ部分ぶぶんでホームドア使用しよう開始かいし
  • 2012ねん平成へいせい24ねん12月22にち大崎おおさきえきでホームドア使用しよう開始かいし
  • 2013ねん平成へいせい25ねん3月2にち池袋いけぶくろえきでホームドア使用しよう開始かいし。5・8番線ばんせん発車はっしゃ本数ほんすうすくないため設置せっち対象たいしょうがい
  • 2015ねん平成へいせい27ねん
    • 4がつ12にち神田かんだえき - 秋葉原あきはばらえきあいだで、用途ようと廃止はいしとなり撤去てっきょ工事こうじちゅうであった架線かせんばしら建築けんちく限界げんかいえて線路せんろないたお事故じここる(重大じゅうだいインシデント[44]当該とうがい架線かせんばしら傾斜けいしゃは、同月どうげつ10にち深夜しんやから現場げんばでは認識にんしきされていたが、情報じょうほうあつかいとその判断はんだんわる倒壊とうかいふせげなかった。この影響えいきょう山手やまてせん京浜東北けいひんとうほくせん長時間ちょうじかんにわたって運転うんてん見合みあわせとなり、41まんにん影響えいきょうおよんだ[45]
    • 11月30にちE235けい山手やまてせん運用うんよう開始かいし[新聞しんぶん 2][JR 2]
  • 2016ねん平成へいせい28ねん8がつ20日はつか目黒めぐろえきからえきナンバリング使用しよう開始かいし路線ろせん記号きごうは「JY」。その数日すうじつからほかの複数ふくすうえきでもナンバリングの使用しよう開始かいし
  • 2018ねん平成へいせい30ねん5月19にち車内しゃない防犯ぼうはんカメラ設置せっちしたE235けい運行うんこう開始かいし[新聞しんぶん 8][新聞しんぶん 9]
  • 2019ねん平成へいせい31ねんれい元年がんねん
    • 1がつ7にち自動じどう列車れっしゃ運転うんてん装置そうち (ATO) による自動じどう運転うんてん実験じっけん未明みめい実施じっしし、報道ほうどう各社かくしゃ公開こうかい[新聞しんぶん 10]
    • 11月:列車れっしゃ発車はっしゃ時刻じこくだけでなく到着とうちゃくまでの時間じかん表示ひょうじするよう発車はっしゃしるべ改良かいりょう開始かいし[新聞しんぶん 11]
    • 11月16にち新駅しんえき設置せっち工事こうじともな線路せんろ切換きりか工事こうじのため、上野うえのえき - (東京とうきょうえき経由けいゆ) - 大崎おおさきえきあいだはつでんから16ぎまで運休うんきゅう[46]
  • 2020ねんれい2ねん
  • 2021ねんれい3ねん
    • 1がつ20日はつか新型しんがたコロナウイルス感染かんせんしょう拡大かくだいともな改正かいせい新型しんがたインフルエンザとう対策たいさく特別とくべつ措置そちほうもとづく緊急きんきゅう事態じたい宣言せんげん発出はっしゅつおよびくに関係かんけい自治体じちたいからの要請ようせいともない、以下いか列車れっしゃ運休うんきゅう[JR 4]
      • 外回そとまわり:池袋いけぶくろえきを028ふん以降いこう発車はっしゃする列車れっしゃ運休うんきゅう終電しゅうでん池袋いけぶくろえき - 品川しながわえきあいだで14ふん程度ていど休日きゅうじつダイヤは19ふん程度ていど)、大崎おおさきえき - 池袋いけぶくろえきあいだで19ふん程度ていどげ。
      • 内回うちまわり:池袋いけぶくろえきを037ふん以降いこう発車はっしゃする列車れっしゃ運休うんきゅう終電しゅうでん池袋いけぶくろえき - 大崎おおさきえきあいだで28ふん程度ていどげ。
    • 10月23にち24にち渋谷しぶやえき山手やまてせん内回うちまわ線路せんろせつかわ工事こうじ実施じっしのため、2日間にちかんわた特別とくべつダイヤで運転うんてん[JR 5]
      • 内回うちまわり:池袋いけぶくろえき - 渋谷しぶやえき - 大崎おおさきえきあいだ運休うんきゅう大崎おおさきえき - 東京とうきょうえき - 池袋いけぶくろえきあいだ本数ほんすう大幅おおはばらして運転うんてん池袋いけぶくろえき上野うえの方面ほうめん折返おりかえ運転うんてん)。
      • 外回そとまわり:大崎おおさきえき - 渋谷しぶやえき - 池袋いけぶくろえきあいだ本数ほんすうらして運転うんてん一部いちぶ大崎おおさきえき東京とうきょう方面ほうめん折返おりかえ運転うんてん)。
      • 京浜東北けいひんとうほく根岸線ねぎしせん快速かいそく運転うんてん中止ちゅうし終日しゅうじつ各駅かくえき停車ていしゃ運転うんてん)。
      • 埼京線さいきょうせん・りんかいせん新木場しんきばえき - 大崎おおさきえき - 赤羽あかはねえきあいだ増発ぞうはつ
      • 湘南しょうなん新宿しんじゅくライン:通常つうじょう運転うんてん
      • 相鉄そうてつせん直通ちょくつう列車れっしゃ新宿しんじゅくえき - 池袋いけぶくろえきあいだ延長えんちょう運転うんてん
      • 山手やまて貨物かもつせん品川しながわえき - 新宿しんじゅくえきあいだ臨時りんじ列車れっしゃ運転うんてん停車駅ていしゃえきは、品川しながわ恵比寿えびす渋谷しぶや新宿しんじゅく)。
  • 2023ねんれい5ねん
    • 1がつ7にち8にち渋谷しぶやえき山手やまてせん外回そとまわ線路せんろせつかわ工事こうじ実施じっしのため、2日間にちかんわた特別とくべつダイヤで運転うんてん[JR 6][48]
      • 内回うちまわり:池袋いけぶくろえき - 渋谷しぶやえき - 大崎おおさきえきあいだ本数ほんすうらして運転うんてん一部いちぶ池袋いけぶくろえき上野うえの方面ほうめん折返おりかえ運転うんてん)。
      • 外回そとまわり:大崎おおさきえき - 渋谷しぶやえき - 池袋いけぶくろえきあいだ運休うんきゅう池袋いけぶくろえき - 東京とうきょうえき - 大崎おおさきえきあいだ本数ほんすう大幅おおはばらして運転うんてん大崎おおさきえき東京とうきょう方面ほうめん折返おりかえ運転うんてん)。
      • その措置そちは2021ねん10がつ体制たいせいおおむ踏襲とうしゅうただ山手やまて貨物かもつせん臨時りんじ列車れっしゃ品川しながわえき発着はっちゃくから大崎おおさきえき発着はっちゃく変更へんこう
    • 11月18にち外回そとまわり)・19にち内回うちまわり):渋谷しぶやえき山手やまてせん線路せんろせつかわ工事こうじ実施じっしのため、2日間にちかんわた特別とくべつダイヤで運転うんてん[JR 7]
      • 11月18にち:2023ねん1がつ同様どうよう外回そとまわり・大崎おおさきえき - 渋谷しぶやえき - 池袋いけぶくろえきあいだ運休うんきゅう池袋いけぶくろえき - 東京とうきょうえき - 大崎おおさきえきあいだ大幅おおはばげん便びん内回うちまわりも一部いちぶ池袋いけぶくろえき上野うえの方面ほうめん折返おりかえ運転うんてん
      • 11月19にち:2021ねん10がつ同様どうよう内回うちまわり・池袋いけぶくろえき - 渋谷しぶやえき - 大崎おおさきえきあいだ運休うんきゅう大崎おおさきえき - 東京とうきょうえき - 池袋いけぶくろえきあいだ大幅おおはばげん便びん外回そとまわりも一部いちぶ大崎おおさきえき東京とうきょう方面ほうめん折返おりかえ運転うんてん
      • その措置そちは2023ねん1がつ体制たいせいおおむ踏襲とうしゅう

路線ろせん名称めいしょう変遷へんせん[編集へんしゅう]

時期じき 品川しながわ - 池袋いけぶくろ 池袋いけぶくろ - 赤羽あかはね 池袋いけぶくろ - 田端たばた 田端たばた - 上野うえの 上野うえの - 秋葉原あきはばら 秋葉原あきはばら - 東京とうきょう 東京とうきょう - 品川しながわ
-1901ねん 品川しながわせん 豊島としません開業かいぎょう だいいち 秋葉原あきはばらせん 開業かいぎょう 東海道とうかいどうせん
烏森からすもり - 品川しながわ
1901ねん- 山手やまてせん本線ほんせん 山手やまてせん支線しせん開業かいぎょう[28]
1903ねん- 山手やまてせん支線しせん
1906ねん2がつ- 本線ほんせんみなみ
1906ねん11月- 日本にっぽんせん山手やまてせん 本線ほんせん 日本にっぽんせん山手やまてせん 支線しせん 日本にっぽんせん
1909ねん- 山手やまてせん本線ほんせん 山手やまてせん支線しせん 東北本線とうほくほんせん 東海道本線とうかいどうほんせん
有楽町ゆうらくちょう - 品川しながわ
1914ねん- 東北本線とうほくほんせん 東海道本線とうかいどうほんせん
1972ねん- 山手やまてせん本線ほんせん 赤羽線あかばねせん 山手やまてせん本線ほんせん
1985ねん- 赤羽線あかばねせん埼京線さいきょうせん

運行うんこう形態けいたい[編集へんしゅう]

東京とうきょうえき発着はっちゃく本数ほんすう平日へいじつあさ
山手やまてせん中央ちゅうおうせん快速かいそく比較ひかく
時間じかんたい 山手やまてせん 中央ちゅうおうせん快速かいそく
内回うちまわ 外回そとまわ 東京とうきょうえき発着はっちゃく
7だい 17ほん 14ほん 17ほん
8だい 19ほん 16ほん 26ほん
9だい 18ほん 15ほん 20ほん
環状かんじょう運転うんてんの205けい側面そくめん方向ほうこうまく

山手やまてせんは、首都しゅとから放射状ほうしゃじょうびる鉄道てつどうもうおこり終点しゅうてんとなる主要しゅようターミナルえきむす首都しゅとない完結かんけつ路線ろせんとして[49]こう頻度ひんど運転うんてん実施じっししている[50]

複数ふくすう線区せんく山手やまてせん東北とうほく本線ほんせん東海道とうかいどう本線ほんせん)をはしることや、運行うんこう形態けいたい環状かんじょう運転うんてんであるため、運行うんこう方向ほうこうのぼくだではなく外回そとまわ内回うちまわという表現ひょうげん旅客りょかく案内あんないもちいられる。環状かんじょう線路せんろ複線ふくせん外側そとがわ左側ひだりがわ走行そうこうする列車れっしゃ外回そとまわり(時計とけいまわ品川しながわえき渋谷しぶやえき新宿しんじゅくえき池袋いけぶくろえき上野うえのえき東京とうきょうえき品川しながわえき)、複線ふくせん内側うちがわ左側ひだりがわ走行そうこうする列車れっしゃ内回うちまわり(はん時計とけいまわり)である[51]

運転うんてん本数ほんすう都心としん旅客りょかく需要じゅようたすためおおく、平日へいじつあさラッシュやく3 - 4ふん間隔かんかく休日きゅうじつちゅう時間じかんたいやく4ふん間隔かんかく平日へいじつちゅうは5ふん間隔かんかく平日へいじつゆうラッシュ時間じかんたいやく4 - 5ふん間隔かんかく運行うんこうされている。ただし、始発しはつ最終さいしゅう付近ふきん早朝そうちょう深夜しんや)は運行うんこう間隔かんかくひろがる。非常ひじょうこう頻度ひんどのダイヤとなっているが[50]平日へいじつあさ本数ほんすう中央ちゅうおうせん快速かいそくよりもすくない。これは、新宿しんじゅくえきなど利用りようしゃおおえきでの乗降じょうこう時間じかんようし、山手やまてせん運転うんてん間隔かんかく短縮たんしゅくできないためである。中央ちゅうおうせん快速かいそくでも新宿しんじゅくえきでは乗降じょうこう時間じかんようしているが、一方向いちほうこうにつき1めん2せんのホームをもうけ、先行せんこう列車れっしゃ後続こうぞく列車れっしゃ別々べつべつ番線ばんせんけて乗降じょうこうおこな相互そうご発着はっちゃくおこなうことで運転うんてん間隔かんかく短縮たんしゅくしている。

とう路線ろせんには列車れっしゃ種別しゅべつ設定せっていがなく、すべての電車でんしゃ停車駅ていしゃえきパターンは一定いっていで、平行へいこうダイヤまれている。1しゅう34.5 kmにかかる時間じかんちゅう(bそく)の場合ばあいは59ふんおこり終点しゅうてんえきでの停車ていしゃ時間じかんのぞく)である[7]とう路線ろせん自体じたいには列車れっしゃ種別しゅべつ設定せっていがないが、京浜東北線けいひんとうほくせん快速かいそく運転うんてんするちゅう時間じかんたいには並行へいこう区間くかん山手やまてせん各駅かくえき停車ていしゃ役割やくわりとなる緩急かんきゅう分離ぶんり運転うんてん実施じっしされている[52]快速かいそく停車駅ていしゃえきあいだとく田端たばたえき - 上野うえの方面ほうめんあいだ上野うえのえき - 東京とうきょう方面ほうめんあいだ秋葉原あきはばらえき - 浜松はままつまち方面ほうめんあいだ東京とうきょうえき - 浜松はままつまち方面ほうめんあいだかく区間くかん乗車じょうしゃ場合ばあい京浜東北線けいひんとうほくせん快速かいそく利用りようしたほうはやいが、運転うんてん間隔かんかくことなるため京浜東北けいひんとうほくせん利用りようしてもかならずしもはや到着とうちゃくするとはかぎらない[注釈ちゅうしゃく 9]同様どうよう環状かんじょう運転うんてんおこな大阪環状線おおさかかんじょうせん名古屋なごや市営しえい地下鉄ちかてつ名城線めいじょうせんとはことなり、線区せんくから環状かんじょう運転うんてん系統けいとう線路せんろれたり、種別しゅべつわったり、途中とちゅうえきかえして反対はんたい方向ほうこう運転うんてんしたり[53]大阪環状線おおさかかんじょうせんのように優等ゆうとう列車れっしゃとして運転うんてんしたりする電車でんしゃはない。

一度いちど運用うんようについた電車でんしゃは、基本きほんてきには終日しゅうじつおな方向ほうこうへの環状かんじょう運転うんてんおこなっている。途中とちゅうえき終点しゅうてんとなる電車でんしゃは、平日へいじつ午前ごぜんちゅう池袋いけぶくろきと毎日まいにち夜間やかん品川しながわ大崎おおさききのみである。また、途中とちゅうえき始発しはつとなる電車でんしゃは、毎日まいにち朝方あさがた田町たまちはつと、平日へいじつ午後ごご池袋いけぶくろはつがある[54]

環状かんじょう運転うんてんする電車でんしゃ各駅かくえきでのさき案内あんないは、主要しゅよう6えき東京とうきょうえき上野うえのえき池袋いけぶくろえき新宿しんじゅくえき渋谷しぶやえき品川しながわえき)から直近ちょっきんの2えきげて「○○・△△方面かたもき」としている(たとえば、有楽町ゆうらくちょうえきでの外回そとまわ電車でんしゃ品川しながわ渋谷しぶや方面かたもきと案内あんないする)。

列車れっしゃ番号ばんごうは、ダイヤじょう分界ぶんかいえきである大崎おおさきえき基準きじゅんとしている。外回そとまわりは奇数きすう内回うちまわりは偶数ぐうすうで、「大崎おおさきえきはつ(24あいだ)」+「当該とうがい編成へんせい当日とうじつ運用うんよう番号ばんごう」として、末尾まつびに「G」をつけている。したがって、山手やまてせんやく1あいだかけて1しゅうした電車でんしゃは、大崎おおさきえき列車れっしゃ番号ばんごうの「大崎おおさきえきはつ部分ぶぶんえてつづ運転うんてんされる(ただし、大崎おおさききの電車でんしゃのぞく)。なお、ほかのえき始発しはつとなる電車でんしゃ大崎おおさきえきを00ふん以前いぜん発車はっしゃする電車でんしゃは「始発駅しはつえきはつ(24あいだ)」を-1する[55]

山手やまてせん平日へいじつには外回そとまわりが328ほん内回うちまわりが322ほんけい650ほんが1にち運行うんこうされている。土曜どよう休日きゅうじつには外回そとまわり297ほん内回うちまわり286ほんけい583ほんになる。2007ねん3がつ18にち改正かいせい外回そとまわりでは平日へいじつあさラッシュに1ほん増発ぞうはつ夕方ゆうがたラッシュに1ほん削減さくげん全体ぜんたいでの運行うんこう本数ほんすうわらず、休日きゅうじつ変動へんどうはなかったが、内回うちまわりは平日へいじつは4ほん土曜どよう休日きゅうじつは5ほん削減さくげんとなった。この改正かいせい以降いこう、2ふん20びょう間隔かんかくで1あいだ25ほん運行うんこうしている。改正かいせい前日ぜんじつの17にちまでは2ふん30びょう間隔かんかくで24ほん運行うんこうであった。これは車両しゃりょうが205けいからE231けいになり、アナログATCデジタルATCになったことで1ふん - 1ふん40びょう短縮たんしゅくすることができたためである[56]

山手やまてせん 始発しはつ終着しゅうちゃく電車でんしゃすう 各駅かくえきかく時間じかんたいべつ内訳うちわけ(2007ねん3がつ18にち改正かいせい
こう


とき
あいだ
おび
平日へいじつダイヤ 土曜どよう休日きゅうじつダイヤ
内回うちまわ 外回そとまわ 内回うちまわ 外回そとまわ
始発しはつ 終着しゅうちゃく 始発しはつ 終着しゅうちゃく 始発しはつ 終着しゅうちゃく 始発しはつ 終着しゅうちゃく
大崎おおさき 池袋いけぶくろ 田町たまち 大崎おおさき 池袋いけぶくろ 品川しながわ 大崎おおさき 池袋いけぶくろ 田町たまち 大崎おおさき 池袋いけぶくろ 品川しながわ 大崎おおさき 池袋いけぶくろ 田町たまち 大崎おおさき 池袋いけぶくろ 品川しながわ 大崎おおさき 池袋いけぶくろ 田町たまち 大崎おおさき 池袋いけぶくろ 品川しながわ
04-05 7 2 0 0 0 0 4 1 2 0 0 0 6 2 0 0 0 0 3 1 2 0 0 0
06-07 8 5 2 0 0 0 17 0 1 0 0 0 3 2 0 0 0 0 5 0 1 0 0 0
08-10 0 0 0 7 2 0 0 0 0 8 2 0 2 2 2 0 0 0 7 0 0 0 0 0
11-14 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
15-17 3 2 0 0 0 0 4 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
18-22 0 0 0 7 0 0 0 0 0 3 1 0 0 0 0 7 3 0 0 0 0 7 0 0
23-01 0 0 0 6 2 5 0 0 0 7 4 5 0 0 0 3 1 5 0 0 0 4 3 5
小計しょうけい 18 9 2 20 4 5 25 2 3 18 7 5 11 6 2 10 4 5 15 1 3 11 3 5
けい 29 29 30 30 19 19 19 19

例外れいがいてき運用うんようとして、後述こうじゅつのリフレッシュ工事こうじ田端たばたえき - 田町駅たまちえきあいだ京浜東北けいひんとうほくせん線路せんろ共有きょうゆうするときあいだたいは、この区間くかん運転うんてん本数ほんすう削減さくげんするために池袋いけぶくろえき大崎おおさきえきあいだ往復おうふくする電車でんしゃが5ほんに1ほん程度ていど設定せっていされる。このため、大崎おおさきえき - 田町駅たまちえきあいだおよび池袋いけぶくろえき - 田端たばたえきあいだ運転うんてん間隔かんかくすこながくなる[57]

また、1956ねん11月19にち山手やまてせん京浜東北けいひんとうほくせん線路せんろ分離ぶんりされ、りょうせんとも運転うんてん本数ほんすうやされたが、えた車両しゃりょうすう対応たいおうする車庫しゃこ建設けんせついつかなかったため、一部いちぶ編成へんせい京浜東北けいひんとうほくせん蒲田かまた電車でんしゃしたじゅうじょう電車でんしゃ現在げんざいしたじゅうじょう運転うんてん)に留置りゅうちさせる必要ひつようしょうじ、とく後者こうしゃ山手やまてせん車両しゃりょう配置はいち一時いちじてき実施じっしされた。この関係かんけいで、早朝そうちょう深夜しんやのみ、山手やまてせん - 京浜東北線けいひんとうほくせんあいだ直通ちょくつうする蒲田かまた発着はっちゃく列車れっしゃ東十条ひがしじゅうじょう発着はっちゃく列車れっしゃ運転うんてんされていた[注釈ちゅうしゃく 10]。この列車れっしゃ1967ねん品川しながわ電車でんしゃげん東京とうきょう総合そうごう車両しゃりょうセンターひがしエリア)が完成かんせいしたことにより廃止はいしされた[58]

毎年まいとし10月休日きゅうじつ(ほとんどは体育たいいく)に途中とちゅう停車ていしゃ団体だんたい専用せんよう臨時りんじ列車れっしゃ運行うんこうされている。これは大崎おおさき周辺しゅうへんまちづくり協議きょうぎかい主催しゅさいによるイベント「しながわゆめさんきょう」の企画きかくとして運行うんこうされるもので、大崎おおさきえきから出発しゅっぱつ山手やまてせんを1しゅうして大崎おおさきえきもどるものである。2006ねんまでは内回うちまわ方向ほうこう、2007ねん以降いこう外回そとまわ方向ほうこうはしっている[59]。2016ねん10がつ運行うんこうでは、当時とうじ1ほんしかなかったさい新鋭しんえいのE235けいトウ01編成へんせい使用しよう。また2017ねん運行うんこう通算つうさん30かいえ、2020ねん10がつ11にち[注釈ちゅうしゃく 11]運行うんこう通算つうさん33かいとなった。これ以外いがいにも、8がつ最後さいご土曜日どようび東京とうきょう総合そうごう車両しゃりょうセンター一般いっぱん公開こうかいわせて、びゅう企画きかくするツアーの申込もうしこみしゃ限定げんていとした団体だんたい列車れっしゃ運転うんてんされることがある。これも「しながわゆめさんきょう企画きかくおなじく、大崎おおさきえき出発しゅっぱつ途中とちゅうえきをすべて通過つうかし、大崎おおさきえきもど臨時りんじ列車れっしゃである。このほかにも2005ねん運行うんこうされた「山手やまてせん開業かいぎょう120周年しゅうねん記念きねん列車れっしゃ途中とちゅうノンストップであった[52]

大晦日おおみそかから元旦がんたんにかけての終夜しゅうや運転うんてんは、外回そとまわりが10ふん間隔かんかく内回うちまわりが12ふん間隔かんかく運転うんてんされる。このとき、原宿はらじゅくえきでは明治めいじ神宮じんぐう参拝さんぱいきゃくよう臨時りんじホームが利用りようされていた[60]。その臨時りんじホームを拡幅かくふくする常設じょうせつ工事こうじ実施じっししていたが、2020ねん3がつ21にちしん駅舎えきしゃとともに供用きょうよう開始かいしされ、原宿はらじゅくえき変則へんそく相対そうたいしきの2めん2せんのホーム体制たいせいとなった[JR 8]

使用しよう車両しゃりょう[編集へんしゅう]

現在げんざい使用しよう車両しゃりょう[編集へんしゅう]

E235けい
(2019ねん12がつ20日はつか 恵比寿えびすえき - 目黒めぐろえきあいだ

東京とうきょう総合そうごう車両しゃりょうセンター所属しょぞくE235けい電車でんしゃ使用しようされている。11りょう編成へんせい統一とういつされており、E235けい先頭せんとう側面そくめんドア部分ぶぶんウグイス色うぐいすいろ)となっている。

E235けい電車でんしゃは、2015ねん11月30にちから運用うんよう開始かいしした[新聞しんぶん 2][JR 2]2020ねん1がつ20にち最後さいごE231けい500番台ばんだい営業えいぎょう運転うんてん終了しゅうりょう[47]、E235けい統一とういつされた。

VIS[編集へんしゅう]

E231けい以降いこう導入どうにゅう車両しゃりょうでは、車内しゃない旅客りょかく案内あんない装置そうちとしてVIS設置せっちされるようになった。かくドア上部じょうぶにはVIS表示ひょうじよう液晶えきしょうディスプレイ (LCD) が2つずつ設置せっちされている。右側みぎがわ画面がめんつぎえき案内あんない所要しょよう時間じかん半周はんしゅうぶんのみ、目安めやす30ふん以内いない)、近隣きんりん自社じしゃおよび主要しゅよう他社たしゃきょく路線ろせん遅延ちえんじょうきょう工事こうじ予告よこくなどが表示ひょうじされる。左側ひだりがわ画面がめんは、ニュース天気てんき予報よほうCMナイター速報そくほうエンターテインメント情報じょうほうながれる(トレインチャンネル参照さんしょうのこと)[61]液晶えきしょうディスプレイ自体じたいは205けい時代じだいからあったが、文字もじ録画ろくが映像えいぞうしか放送ほうそうできなかった。

山手やまてせんトレインネット・山手やまてせんチェックイン機能きのう[編集へんしゅう]

2014ねん3がつから、スマートフォン情報じょうほう配信はいしんサービス「山手やまてせんトレインネット」が「JR東日本ひがしにっぽんアプリ」のコンテンツとしてはじまった。対応たいおう列車れっしゃないでは音波おんぱビーコンによって、スマートフォンで号車ごうしゃべつ混雑こんざつりつ室温しつおんつぎえきのホーム出口でぐち位置いちなど、号車ごうしゃ乗車じょうしゃ位置いちおうじた情報じょうほうれる。2014年度ねんどない山手やまてせんぜん列車れっしゃ対応たいおうするよう車両しゃりょう改造かいぞう工事こうじすすめられた[62]

また、1ねんの2015ねん3がつには、音波おんぱビーコンにより号車ごうしゃ乗車じょうしゃ位置いち特定とくていする機能きのうを「山手やまてせんチェックイン機能きのう」としょうし、他社たしゃのスマートフォンアプリに開放かいほうすることが発表はっぴょうされた。発表はっぴょう段階だんかいでは、NTTドコモサントリービジネスエキスパート当該とうがい機能きのう利用りようするサービスを展開てんかいすることを表明ひょうめいしている[63][JR 9]

防犯ぼうはんカメラ[編集へんしゅう]

2018ねん5がつ19にちから車内しゃない防犯ぼうはんカメラ設置せっちされたE235けい運行うんこう開始かいしされた。2020ねん現在げんざいぜん車両しゃりょう設置せっちされている。防犯ぼうはんカメラはドアのうえのディスプレイの右側みぎがわ設置せっちされ、片側かたがわに2だい、1車両しゃりょうわせて4だい設置せっちされ車内しゃない全体ぜんたい監視かんしすることができるようになっている[JR 10]

過去かこ使用しよう車両しゃりょう[編集へんしゅう]

以下いかはすべて電車でんしゃ

キセル編成へんせい[編集へんしゅう]

キセル編成へんせいとは、103けい時代じだい存在そんざいした、中間なかましゃ冷房れいぼうしゃで、先頭せんとうしゃ自動じどう列車れっしゃ制御せいぎょ装置そうち (ATC) が搭載とうさいされている冷房れいぼうしゃでありながら冷房れいぼう使つかえなかった編成へんせいのことである。冷房れいぼう使用しようするためにはおおきな出力しゅつりょく電動でんどう発電はつでん (MG) が必要ひつようだが、中間なかましゃ冷房れいぼうのモハ102には冷房れいぼう対応たいおうするMGが搭載とうさいされていなかった。一方いっぽう当時とうじ山手やまてせんではATCの整備せいびすすめられており、りょうはし先頭せんとうしゃは(ATCを搭載とうさいした)冷房れいぼうつきの新車しんしゃであることがおおかった。このため先頭せんとうしゃ冷房れいぼうしゃであるが、MGが対応たいおうできていないために冷房れいぼう使つかえないということが発生はっせいした[65]

6とびらしゃ[編集へんしゅう]

205けいの10号車ごうしゃ、E231けいの7・10号車ごうしゃには片側かたがわが6とびら車両しゃりょう連結れんけつされていた。平日へいじつ始発しはつからあさ10までは混雑こんざつ緩和かんわのため座席ざせき収納しゅうのうされ使用しようできないが、あさ10ぎた時点じてん座席ざせき使用しようすることができた[38]休日きゅうじつ終日しゅうじつ座席ざせき使用しようできた[38]。しかし、山手やまてせん混雑こんざつ緩和かんわすすんだことから2010ねん2がつ19にちからは座席ざせき収納しゅうのうりやめ、座席ざせき利用りよう終日しゅうじつ可能かのうになった。なお、後述こうじゅつホームドア設置せっちともない、2011ねん9月4にちまでに6とびらしゃが4とびらしゃ完全かんぜんえられた[35]ほか、ホームドア対応たいおう機器きき設置せっち予定よていされている。このえのため、4とびら付随ふずいしゃ104りょう新造しんぞうされている。この付随ふずいしゃ1人ひとりあたりの座席ざせきはば既存きそんしゃより10 mmひろい460 mmとし、台車だいしゃ空調くうちょうVISなどは廃車はいしゃりゅう用品ようひんもちいている[66]

ラッピング車両しゃりょう・ADトレイン[編集へんしゅう]

山手やまてせんでは以下いかのようなラッピング車両しゃりょうADトレイン運行うんこうされた。

沿線えんせん概況がいきょう[編集へんしゅう]