煩悩ぼんのう

仏教ぶっきょう用語ようご 煩悩ぼんのう
パーリ語ご	kilesa [キレーサ]
サンスクリット語ご	क्लेश (kleśa) [クレーシャ]
チベット語ご	ཉོན་མོངས། (Wylie: nyon mongs; THL: nyönmong)
ビルマ語ご	ကိလေသာ (IPA: [kḭlèθしーたà])
中国ちゅうごく語ご	煩惱ぼんのう (拼音: fánnǎo)
日本語にほんご	煩悩ぼんのう (ロろーマ字まじ: bonnō)
朝鮮ちょうせん語ご	번뇌 (RR: beonnoe)
英語えいご	afflictions, destructive emotions, disturbing emotions, negative emotions, mind poisons, etc.
クメール語ご	កិលេស (Keles)
モンゴル語ご	нисванис (nisvanis)
タイ語ご	กิเลส (rtgs: Kilet)
ベトナム語ご	phiền não

煩悩ぼんのう（ぼんのう、サンスクリット語ご: क्लेश, kleśa、クレーシャ、巴ともえ: kilesa、キレーサ、英えい: Kleshas）とは、仏教ぶっきょうの教義きょうぎの一ひとつで、身心しんしんを乱みだし悩なやませ智慧ちえを妨さまたげる心しんの働はたらき（汚よごれ）を言いう。同義語どうぎごとして、漏も（ろ、aśrava、アーシュラヴァ、巴ともえ: asava、アーサヴァ）、随ずい眠ねむ（ずいめん、anuśaya, アヌシャヤ、巴ともえ: anusaya、アヌサヤ）など、数すう多おおくの表現ひょうげんが用もちいられたりもする。

仏教ぶっきょうでは、人ひとの苦くの原因げんいんを自みずからの煩悩ぼんのうととらえ、その縁起えんぎを把握はあく・克服こくふくする解脱げだつ・涅槃ねはんへの道みちが求もとめられた。釈迦しゃかは、まず煩悩ぼんのうの働はたらきを止とめるのは気きづき（念ねん）であり、そして根源こんげんから絶ぜっするものは般若はんにゃ（智慧ちえ）であると説といている。

部ぶ派は仏教ぶっきょうの時代じだいになると、煩悩ぼんのうの深ふかい分析ぶんせきが行おこなわれた。

煩悩ぼんのうの数かずについて

煩悩ぼんのうの根本こんぽんに三さん毒どくがある。人生じんせいにおいてどのような局面きょくめんがどのような煩悩ぼんのうとなるかをよく知しる（遍あまね知ち）ため、後代こうだいにそれを細こまかく分析ぶんせきし修習しゅうしゅうの助たすけとしたものであり、「数かず」を突つき詰つめれば無限むげんにあると考かんがえられる。このため、「稠林」（森林しんりんのように数多すうたの煩悩ぼんのう）とも表あらわされる。

俗ぞくに煩悩ぼんのうは108あり、除夜じょやの鐘かねを108回かい衝つくのは108の煩悩ぼんのうを滅めっするためと言いわれるが、実際じっさいには時代じだい・部ぶ派は・教派きょうは・宗派しゅうはにより数かずはまちまちである。小しょうは3にはじまり、通俗つうぞく的てきには108、大たいは（約やく）84,000といわれる。

心しん所しょの区分くぶんから言いえば、

• 上座かみざ部ぶ仏教ぶっきょう（分別ふんべつ説せつ部ぶ、『アビダンマッタ・サンガハ』）では、不ふ善心ぜんしん所しょの14種しゅ
• 説せつ一切いっさい有ゆう部ぶ（『倶舎論ろん』）では、大だい煩悩ぼんのう地ち法ほう（6）・大だい不善ふぜん地ち法ほう（2）・小しょう煩悩ぼんのう地ち法ほう（10）・不定ふてい地ち法ほう（8）の計けい26種しゅ
• 大乗だいじょう仏教ぶっきょうの唯識ゆいしき派は・法相ほうしょう宗むね（『唯識ゆいしき三さん十じゅう頌』）では、煩悩ぼんのう心しん所しょ（6）・随ずい煩悩ぼんのう心しん所しょ（20）・不定ふてい心しん所しょ（4）の計けい30種しゅ

を煩悩ぼんのうとみなすことができる。

九きゅう十じゅう八はち随ずい眠ねむ

また、説せつ一切いっさい有ゆう部ぶでは、『倶舎論ろん』「随ずい眠ねむり品ひん」などにも見みられるように、伝統でんとう的てきに煩悩ぼんのう（随ずい眠ねむり）を九きゅう十じゅう八はち随ずい眠ねむとして表現ひょうげんすることもある。

これは、貪むさぼ・瞋・痴ち・慢・疑うたぐ・見みるの六ろく随ずい眠ねむりを起点きてんとし、三界さんがいの内うちの欲界よくかいに32、色いろ界かい・無色むしょく界かいにそれぞれ28、計けい88の見み惑（見み道どう所しょ断だんによって断たたれる煩悩ぼんのう）を配置はいちし、更さらに10の修おさむ惑（修道しゅうどう所しょ断だんによって断たたれる煩悩ぼんのう）を加くわえて、九きゅう十じゅう八はち随ずい眠ねむりとしたものである。

これに十じゅう纏まといとよばれる10の煩悩ぼんのうを付つけ加くわえたものが、俗ぞくに108つの煩悩ぼんのうと呼よばれているものである。

基本きほん

三さん毒どく

詳細しょうさいは「三さん毒どく」を参照さんしょう

煩悩ぼんのうの根源こんげん（人間にんげんの諸悪しょあくの根源こんげん）は、

• 貪欲どんよく（とんよく）
• 瞋恚しんに（しんに）
• 愚痴ぐち（ぐち）

の3つとされ、これをあわせて三さん毒どく（さんどく）と呼よぶ。三さん毒どくの中なかでも特とくに痴愚ちぐ、すなわち物事ものごとの正ただしい道理どうりを知しらないこと、十じゅう二に因縁いんねんの無明むみょうが、最もっとも根本こんぽん的てきなものである。

煩悩ぼんのうは、我執がしゅう（自己じこが実体じったい的てきに存在そんざいすると考かんがえて執着しゅうちゃくすること）から生しょうずる。この意味いみで、十じゅう二に因縁いんねん中ちゅうの「愛あい」は、ときに煩悩ぼんのうのうちでも根本こんぽん的てきなものとされる（日常にちじょう語ごの愛あいと意味いみが異ことなることを注意ちゅうい）。

五ご蓋ぶた

詳細しょうさいは「五ご蓋ぶた」を参照さんしょう

また、

• 欲よく愛あい
• 瞋恚しんに
• 惛沈（こんじん）
• 掉挙（じょうこ）
• 疑うたぐ（ぎ）

の5つを、五ご蓋ぶた（ごがい）と呼よぶ。蓋ぶたとは文字通もじどおり、心しんを覆おおうものの意味いみであり、煩悩ぼんのうの異称いしょう。

これらは比丘びくの瞑想めいそう修行しゅぎょうの妨さまたげになるものとして、取とり除のぞくことが求もとめられる。

五ご下分しもぶん結ゆい・三さん結ゆい

詳細しょうさいは「五ご下分しもぶん結ゆい」および「三さん結ゆい」を参照さんしょう

修行しゅぎょう者しゃを欲界よくかい（下分しもぶん）へと縛しばり付つける煩悩ぼんのうを、五ご下分しもぶん結ゆい（ごげぶんけつ）と呼よぶ。結ゆいとは束縛そくばくの意い。

1. 欲よく愛あい（よくあい） - カーマ（五感ごかん）への渇望かつぼう・欲望よくぼう
2. 瞋恚しんに（しんに） - 悪意あくい・憎にくしみ
3. 有ゆう身み見み（うしんけん） - 我執がしゅう
4. 戒禁取と見み（かいごんじゅけん） - 誤あやまった戒律かいりつ・禁制きんせいへの執着しゅうちゃく
5. 疑うたぐ（ぎ） - 疑うたがい

この5つを絶たつことで、不ふ還かえ果はてへと到達とうたつできる。

この5つの内うち、3.〜5.の3つを特とくに三さん結ゆい（さんけつ）と呼よび、これらは四よん向こう四よん果はての最初さいしょの段階だんかいである預あずか流りゅう果はてにおいて、早々そうそうに絶たたれることになる。

五上ごじょう分ぶん結ゆい

詳細しょうさいは「五上ごじょう分ぶん結ゆい」を参照さんしょう

修行しゅぎょう者しゃを色いろ界かい・無色むしょく界かい（上分かみぶん）へと縛しばり付つける煩悩ぼんのうを、五上ごじょう分ぶん結ゆい（ごじょうぶんけつ）と呼よぶ。

1. 色いろ貪むさぼ（しきとん） - 色いろ界かいに対たいする欲望よくぼう・執着しゅうちゃく
2. 無色むしょく貪むさぼ（むしきとん） - 無色むしょく界かいに対たいする欲望よくぼう・執着しゅうちゃく
3. 掉挙（じょうこ） - （色いろ界かい・無色むしょく界かいにおける）心しんの浮動ふどう
4. 慢（まん） - 慢心まんしん
5. 無明むみょう（むみょう） - 根本こんぽんの無知むち

この5つを絶たつことで、四よん向こう四よん果はての最終さいしゅう段階だんかいである阿羅漢あらかん果はてへと到達とうたつできる。

四よん暴流

ブッダゴーサによると、釈迦しゃかは渇愛を川かわに喩たとえ、「川かわの流ながれ」すなわち暴流（ogha）を渡わたって彼岸ひがんに至いたることを涅槃ねはんと位置いちづけた。

Cattārome āvuso oghā: kāmoso bhavogho diṭṭhogho avijjogho. Ime kho āvuso cattāro oghāti.
友ともよ、これら四よっつの暴流がある。欲よく暴流、有ゆう暴流、見み暴流、無明むみょう暴流。友ともよ、これらが四よん暴流である。

—パーリ仏典ぶってん, 相応そうおう部ぶ ジャンブカーダカ相応そうおう 暴流問とい経けい, Sri Lanka Tripitaka Project

• 欲よく暴流（kāma ogha）
• 生せい暴流（bhava ogha）
• 見み暴流（diṭṭhi ogha）
• 無明むみょう暴流（avijjā ogha)

四よん暴流は四よん漏もともされる。これら四よん暴流を絶たつ道みちは、八はち正道せいどうであると釈迦しゃかは述のべている。

諸説しょせつ

説せつ一切いっさい有ゆう部ぶ

説せつ一切いっさい有ゆう部ぶでは、煩悩ぼんのうを分析ぶんせきし、見み惑と修おさむ惑（思惑おもわく）とに分わけ、また貪むさぼ・瞋・癡ち・慢・疑うたぐ・悪あく見みの6種しゅを根本こんぽん煩悩ぼんのうとした。さらに、付随ふずいする煩悩ぼんのう（随ずい煩悩ぼんのう）を19種しゅ数かぞえる。

唯識ゆいしき派は・法相ほうしょう宗むね

大乗だいじょう仏教ぶっきょうの瑜伽ゆが行ぎょう派は（ゆがぎょうは）では、上記じょうきの根本こんぽん煩悩ぼんのうから派生はせいするものとして、20種しゅの随ずい煩悩ぼんのうを立たてた。

瑜伽ゆが行ぎょう派はの後継こうけいである東ひがしアジアの法相ほうしょう宗むねもこの説せつに従したがう。

如来にょらい蔵ぞう思想しそう

如来にょらい蔵ぞう思想しそうでは、煩悩ぼんのうとは本来ほんらい清浄せいじょうな人間にんげんの心しんに偶発ぐうはつ的てきに付着ふちゃくしたものであると説とく（客きゃく塵ちり煩悩ぼんのう（きゃくじんぼんのう））。この煩悩ぼんのうを智慧ちえによって断滅だんめつし、衆生しゅじょうが本来ほんらいもっている仏性ぶっしょうを明あきらかにすること、すなわち煩悩ぼんのうの束縛そくばくを脱だっして智慧ちえを得えることが、大乗だいじょう仏教ぶっきょうの求もとめる悟さとりにほかならない。

菩薩ぼさつの四よん弘誓ぐぜい願ねがい（しぐぜいがん）に「煩悩ぼんのう無量むりょう誓願せいがん断だん」が立たてられているのは、煩悩ぼんのうを断だんずることが大乗だいじょう仏教ぶっきょうの基本きほん思想しそうであることを示しめす。

人間にんげんは所詮しょせん、煩悩ぼんのうから逃のがれられぬというところに観念かんねんし、煩悩ぼんのうをあるがままの姿すがたとして捉とらえ、そこに悟さとりを見出みだしだそうとする煩悩ぼんのう即そく菩提ぼだいの考かんがえが、次第しだいに大乗だいじょう仏教ぶっきょうの中なかで大おおきな思想しそう的てき位置いちを占しめるようになった。

関連かんれん項目こうもく

• 五ご位い
• 感情かんじょうの一覧いちらん