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さぽうと21とは | 社会福祉法人さぽうと21

さぽうと21とは

さぽうと21とは

日本にっぽん定住ていじゅうするインドシナ難民なんみん条約じょうやく難民なんみん中国ちゅうごく帰国きこくしゃ日系にっけい定住ていじゅうしゃおよびその子弟していなどの自立じりつ支援しえんする団体だんたいです。

インドシナ難民なんみん

日本にっぽんでは、難民なんみん条約じょうやく加入かにゅうするまえから、1978ねん4がつ28にち閣議かくぎ了解りょうかいにより、インドシナ難民なんみんれしてまいりました。
「インドシナ難民なんみん」とは、1975ねんのベトナム戦争せんそう終結しゅうけつ前後ぜんこう混乱こんらんなか、インドシナ3こく(ベトナム・ラオス・カンボジア)で発足ほっそくしたあたらしい政治せいじ体制たいせい拒否きょひして国外こくがい脱出だっしゅつした人々ひとびと総称そうしょうで、日本にっぽん政府せいふは11,319にんのインドシナ難民なんみんれています。

くわしくは「公益こうえき財団ざいだん法人ほうじんアジア福祉ふくし教育きょういく財団ざいだん 難民なんみん事業じぎょう本部ほんぶ」のホームページをごらんください。

条約じょうやく難民なんみん

難民なんみん条約じょうやくによると、難民なんみんとは、「人種じんしゅ宗教しゅうきょう国籍こくせきしくは特定とくてい社会しゃかいてき集団しゅうだん構成こうせいいんであることまた政治せいじてき意見いけん理由りゆう迫害はくがいけるおそれがあるという十分じゅうぶん理由りゆうのある恐怖きょうふゆうするために、国籍こくせきこくそとにいるものであって、その国籍こくせきこく保護ほごけることができないものまたはそのような恐怖きょうふゆうするためにその国籍こくせきこく保護ほごけることをのぞまないもの」のことです。
上記じょうき要件ようけんてはまると判断はんだんされた人々ひとびとを「条約じょうやく難民なんみん」とびます。
日本にっぽんは1981ねん難民なんみん条約じょうやく加入かにゅうし、難民なんみん認定にんてい制度せいど導入どうにゅうしました。

難民なんみん条約じょうやくについては「国連こくれん難民なんみん高等こうとう弁務べんむかん事務所じむしょ (UNHCR)」のホームページをごらんください。

難民なんみん認定にんていしゃすう統計とうけいについては「法務省ほうむしょう」のホームページをごらんください。

中国ちゅうごく帰国きこくしゃ

1945ねん終戦しゅうせん直前ちょくぜん中国ちゅうごく東北とうほく地区ちく当時とうじ満州まんしゅう」とばれていた地域ちいき)では、きゅうソ連それんぐん侵攻しんこうによる混乱こんらんで、おおくの日本人にっぽんじん居留きょりゅうわれて避難ひなんすることとなり、日本にっぽん帰国きこくする機会きかいうしなったり、おやわかわかれになって中国人ちゅうごくじんそだてられたりするなどして、中国ちゅうごくのこされました。こうして中国ちゅうごく残留ざんりゅうしていた日本人にっぽんじんのうち、1972ねんにちちゅう国交こっこう正常せいじょう帰国きこくした人々ひとびとのことを、一般いっぱんに「中国ちゅうごく帰国きこくしゃ」とびます。
おおくは終戦しゅうせんにまだ幼子おさなごだったため、「中国ちゅうごく残留ざんりゅう孤児こじ」とばれることもあります。
2012ねん11がつまつ現在げんざい永住えいじゅう帰国きこくしゃすうは6,685めい家族かぞくふくめた総数そうすうは20,857めいとなっています(厚生こうせい労働省ろうどうしょう統計とうけいより)。

日系にっけい定住ていじゅうしゃ

海外かいがい居住きょじゅううつし、永住えいじゅう目的もくてき生活せいかつしている日本人にっぽんじんとその子孫しそんのことを海外かいがい日系にっけいじんといいます。
従来じゅうらい日系にっけい1せい・2せいには日本にっぽんでの在留ざいりゅうみとめられていましたが、1990ねん6がつの「出入国しゅつにゅうこく管理かんりおよ難民なんみん認定にんていほう」の改正かいせいにより、日系にっけい3せい就労しゅうろう制限せいげんのない「定住ていじゅうしゃ」の在留ざいりゅう資格しかくあたえられることになりました。
当時とうじ日本にっぽん景気けいき拡大かくだいなどもあり、海外かいがいとく南米なんべい諸国しょこくらしていた日系にっけいじん来日らいにち急増きゅうぞうし、滞在たいざい長期ちょうきしていきました。来日らいにちした日系にっけいじんは、一時いちじは40まんにんたっしたとみられていました。
世界せかいてき金融きんゆう危機ききともな日本にっぽん景気けいき悪化あっかにより労働ろうどう環境かんきょう悪化あっかし、近年きんねん帰国きこくする人々ひとびと増加ぞうか傾向けいこうにありますが、日本にっぽんとどまっている人々ひとびとあいだでは、定住ていじゅう長期ちょうきがさらにすすんでいます。

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インドシナ難民なんみん日本にっぽんへの定住ていじゅう支援しえん目的もくてきとして1979ねん設立せつりつされた「インドシナ難民なんみんたすけるかい」(げんAAR Japan [認定にんていNPO法人ほうじん難民なんみんたすけるかい])の事業じぎょうぎ、1992ねん社会しゃかい福祉ふくし法人ほうじんとして設立せつりつされました。

 

さぽうと21のあゆみについては「沿革えんかく」をごらんください。

 

生活せいかつ困難こんなんしゃたいする相談そうだん事業じぎょう

電話でんわ、E-mail、面談めんだんなどによる相談そうだん常時じょうじけています。

 

生活せいかつ困難こんなんしゃたいする支援しえん事業じぎょう

自立じりつ支援しえん事業じぎょう

困窮こんきゅうたか学生がくせい学業がくぎょう継続けいぞくできるよう、返済へんさい義務ぎむのない生活せいかつ支援しえんきん支給しきゅうしています。

自立じりつ支援しえん事業じぎょう

さぽうと21では、外国がいこくにルーツをもつ若者わかものたちを以下いかの2つのプログラムで応援おうえんしています。この2つのプログラムにより支援しえんけている学生がくせいたちのことを「支援しえんせい」とんでいます。

①「生活せいかつ支援しえんプログラム」
日本にっぽん高等こうとう学校がっこう専門せんもん学校がっこう大学だいがくとう在籍ざいせきし、経済けいざいてき理由りゆう就学しゅうがく困難こんなんかかえている外国がいこくせきもと外国がいこくせき学生がくせい対象たいしょうに、経済けいざいてき支援しえんをしています。

②「坪井つぼい一郎いちろう仁子さとこ 学生がくせい支援しえんプログラム」(通称つうしょう坪井つぼい基金ききん
東洋熱工業とうようねつこうぎょう株式会社かぶしきがいしゃ創業そうぎょうしゃである坪井つぼい一郎いちろう仁子さとこ夫妻ふさいのご遺志いしにより、そのご遺産いさん一部いちぶとう法人ほうじんにご寄付きふいただき、外国がいこくせきもと外国がいこくせき学生がくせいへの支援しえん活用かつようさせていただいております。日本にっぽん大学だいがく(3ねん以上いじょう)または大学院だいがくいん在籍ざいせきちゅう学生がくせいたいし、経済けいざいてき支援しえんをしています。

 

学習がくしゅう支援しえんしつ事業じぎょう

日本語にほんごやパソコンの指導しどう教科きょうか補完ほかん授業じゅぎょうなどを無償むしょう提供ていきょうしています。

学習がくしゅう支援しえんしつ事業じぎょう

さぽうと21の学習がくしゅう支援しえんしつは、「難民なんみんたすけるかい」が定住ていじゅう難民なんみんのために開設かいせつした「ゆうあいじゅく」や「太陽たいようじゅく」の事業じぎょうぎ、2000ねん誕生たんじょうしました。
外国がいこく出身しゅっしんしゃがよりスムーズに日本にっぽん社会しゃかい定住ていじゅうできるよう、おも毎週まいしゅう土曜日どようび午前ごぜん10から午後ごご6まで、日本語にほんごをはじめとした学習がくしゅう提供ていきょうしています。
授業じゅぎょう原則げんそく学習がくしゅうしゃとボランティア講師こうしのマンツーマン形式けいしきおこなわれ、日本語にほんごほかにも、パソコンや学校がっこう教科きょうか補習ほしゅう就職しゅうしょく必要ひつようなスキルなど、学習がくしゅうしゃ各自かくじ能力のうりょく目的もくてきった勉強べんきょうめるよう配慮はいりょしながらすすめられています。

 

緊急きんきゅう経済けいざい支援しえん

緊急きんきゅう援助えんじょ必要ひつようで、から支援しえんけられないほう金銭きんせん貸与たいよ支給しきゅうおこなっています。

 

くわしい活動かつどう内容ないようについては「活動かつどうについて」をごらんください。

 

さぽうと21の活動かつどうは、みなさまからの会費かいひとご寄付きふによってっております。

>寄付きふ・ご協力きょうりょくのおねが

会費かいひ ・ ご寄付きふともに税法ぜいほうじょう優遇ゆうぐう措置そちけられます。

 

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