渡邊わたなべ魁いさお

渡邊わたなべ 魁いさお（わたなべ かい、安政あんせい6年ねん5月6日にち（1859年ねん6月6日にち ）- 大正たいしょう11年ねん（1922年ねん12月26日にち）は、明治めいじ中期ちゅうきの日本にっぽんの裁判官さいばんかん。脱獄だつごく囚しゅうであったが、戸籍こせきを偽いつわって別人べつじんになりすまし、裁判官さいばんかんとなったという特異とくいな経歴けいれきで知しられる。

生涯しょうがい

出生しゅっしょうから脱獄だつごくまで

安政あんせい6年ねん（1859年ねん）5月がつ6日にち、島原しまばら藩はん士し渡邊わたなべ平ひら丁ひのとの長男ちょうなんとして江戸えどに生うまれる。

商法しょうほう講習こうしゅう所しょ（一橋大学ひとつばしだいがくの前身ぜんしん）で学まなんだ後のち、三井物産みついぶっさん長崎ながさき支店してんに勤務きんむした。同どう支店してんでは金銭きんせん出納すいとうを担当たんとうしていたが、明治めいじ12年ねん（1879年ねん）2月がつ以来いらい、支店してん長ちょうの検印けんいんを盗ぬすみ、会社かいしゃの切符きっぷを偽造ぎぞうして三井みつい銀行ぎんこうから金かねを盗ぬすみ、出納すいとう簿ぼを改竄かいざんし、460余よ円えんを横領おうりょう。これが発覚はっかくし、同年どうねん7月がつ2日にち、改定かいてい律りつ例れいの「雇人やといにん盗ぬすめ家長かちょう財物ざいぶつ律りつ」により、終身しゅうしん懲役ちょうえきの有罪ゆうざい判決はんけつを受うける。

はじめ長崎ながさき監獄かんごくに服役ふくえきしたが、服役ふくえき中ちゅうたびたび獄ごく則そくに違反いはんしたため、明治めいじ13年ねん（1880年ねん）7月がつ7日にち、三池みいけ集しゅう治ち監かんに移うつり監かんされる。しかし同月どうげつ28日にち、看守かんしゅの目めを盗ぬすんで脱走だっそうする。

辻村つじむら庫太くらたとして判事はんじに

その後ご、大分おおいた県けん大分おおいた町まちに潜伏せんぷくしていたが、明治めいじ15年ねん（1882年ねん）に至いたり、辻村つじむら庫太くらたという偽名ぎめいを称しょうし、大分おおいた始はじめ審しん裁判所さいばんしょ竹田たけだ治安ちあん裁判所さいばんしょの雇員こいんに採用さいようされる。「辻村つじむら庫太くらた」とは、叔父おじの幼名ようみょうであった。

翌よく明治めいじ16年ねん（1883年ねん）4月がつ、父ちちと共ともに本籍ほんせき地ちの東京とうきょう府ふ本所ほんじょ区くの区長くちょうに対たいし、平ひら丁ひのとが養育よういくしてきた上野うえの戦争せんそうの孤児こじ・辻村つじむら庫太くらたは脱だつ籍せき者しゃであるという内容ないよう虚偽きょぎの附ふ籍せき願ねがいを進達しんたつするなどし、辻村つじむら庫太くらたの戸籍こせきの編成へんせいに成功せいこうする。

同年どうねん12月がつ6日にち、雇員こいんから裁判所さいばんしょ書記しょきに昇任しょうにん。明治めいじ20年ねん（1887年ねん）には判事はんじ登用とうよう試験しけんに及第きゅうだいし、同年どうねん12月がつ24日にち、判事はんじ試補しほとなって、長崎ながさき始はじめ審しん裁判所さいばんしょ福江ふくえ治安ちあん裁判所さいばんしょに転任てんにんする。明治めいじ23年ねん（1890年ねん）10月がつ23日にちには奏そう任官にんかんである判事はんじに昇任しょうにんした。

捕縛ほばく、有罪ゆうざい判決はんけつ

しかし、魁さきがけが横領おうりょう事件じけんを行おこなったのは長崎ながさき、福江ふくえ治安ちあん裁判所さいばんしょのある福江ふくえ（五島列島ごとうれっとう福江島ふくえじま、現げん五島ごしま市し）も長崎ながさき県けんであったため、辻村つじむら判事はんじと渡邊わたなべ魁いさおの人相にんそうが似にているとの噂うわさがあったほか、辻村つじむら判事はんじが渡邊わたなべ平ひら丁ひのとと同居どうきょしているという不審ふしん点てんもあり、内偵ないていが行おこなわれていた。

そして、明治めいじ24年ねん（1891年ねん）2月がつ18日にち、出張しゅっちょう中ちゅうの旅館りょかんにおいて、かつて長崎ながさき県警けんけい警部けいぶとして魁さきがけを取調とりしらべたことのある上原うえはら検事けんじらによって捕縛ほばく令状れいじょうが執行しっこうされ、身柄みがらを拘束こうそくされる。辻村つじむら判事はんじは当初とうしょは自身じしんが渡邊わたなべ魁いさおであることを否認ひにんしていたが、長崎ながさきにて一瀬いちのせ勇三郎ゆうさぶろう検事けんじの取調とりしらべに対たいし、自分じぶんが逃亡とうぼう犯人はんにん渡邊わたなべ魁いさおであることを認みとめた。

同年どうねん4月がつ11日にち、長崎ながさき地方裁判所ちほうさいばんしょにおいて、旧きゅう刑法けいほうの「官かん文書ぶんしょ偽造ぎぞう行使こうし」で軽けい懲役ちょうえき6年ねんの有罪ゆうざい判決はんけつを受うけ、再ふたたび服役ふくえきすることとなる。

非常ひじょう上告じょうこくによる無罪むざい

ところが、翌よく明治めいじ25年ねん（1892年ねん）4月がつ11日にち、大審院だいしんいん検事けんじが非常ひじょう上告じょうこくし、これを受うけて大審院だいしんいん刑事けいじ部ぶは無罪むざい判決はんけつをい渡いわたす。魁さきがけは本所ほんじょ区長くちょうに対たいし虚偽きょぎの陳述ちんじゅつをしたが、戸籍こせき簿ぼの記入きにゅう自体じたいは官吏かんりが行おこなったものであるから「官かん文書ぶんしょ偽造ぎぞう」に当あたらないという理由りゆうからであった 。

無罪むざい判決はんけつを受うけ、再度さいどの服役ふくえきから約やく1年ねんで出獄しゅつごく。終身しゅうしん懲役ちょうえきで収監しゅうかんされることも、脱獄だつごくが罪つみに問とわれることもなかった。

出獄しゅつごく後ごは、島原しまばらにおいて印判いんばん彫刻ちょうこく業ぎょう、能筆のうひつを活いかした看板かんばん書がき、経けい師しなどを営いとなみ、大正たいしょう11年ねん（1922年ねん）、長崎ながさき市しで死去しきょしたという。享年きょうねん63。

年表ねんぴょう

• 安政あんせい6年ねん（1859年ねん）5月がつ6日にち 出生しゅっしょう
• 明治めいじ12年ねん（1879年ねん）2月がつ～ 三井物産みついぶっさん長崎ながさき支店してんにて横領おうりょう
• 明治めいじ12年ねん（1879年ねん）5月がつ10日とおか 長崎ながさき警察けいさつ署しょ、魁さきがけの身柄みがらを長崎ながさき裁判所さいばんしょ検事けんじ局きょくへ引渡ひきわたし
• 明治めいじ12年ねん（1879年ねん）7月がつ2日にち 終身しゅうしん懲役ちょうえきの有罪ゆうざい判決はんけつ宣告せんこく
• 明治めいじ13年ねん（1880年ねん）7月がつ7日にち 三さん池いけ集しゅう治ち監かんに移うつり獄ごく
• 明治めいじ13年ねん（1880年ねん）7月がつ28日にち 脱獄だつごく
• 明治めいじ15年ねん（1882年ねん） 大分おおいた始はじめ審しん裁判所さいばんしょ竹田たけだ治安ちあん裁判所さいばんしょ詰つめの雇員こいんに採用さいようされる
• 明治めいじ16年ねん（1883年ねん）4月がつ 東京とうきょう府ふ本所ほんじょ区くに内容ないよう虚偽きょぎの附ふ籍せき願ねがいを進達しんたつ
• 明治めいじ16年ねん（1883年ねん）12月6日にち 裁判所さいばんしょ書記しょきとなる
• 明治めいじ20年ねん（1887年ねん） 判事はんじ登用とうよう試験しけんに及第きゅうだい
• 明治めいじ20年ねん（1887年ねん）12月24日にち 判事はんじ試補しほとなり、長崎ながさき始はじめ審しん裁判所さいばんしょ福江ふくえ治安ちあん裁判所さいばんしょに転任てんにん
• 明治めいじ23年ねん（1890年ねん）10月がつ23日にち 判事はんじに昇任しょうにん
• 明治めいじ24年ねん（1891年ねん）2月がつ18日にち 捕縛ほばくされる
• 明治めいじ24年ねん（1891年ねん）4月がつ11日にち 長崎ながさき地方裁判所ちほうさいばんしょで軽けい懲役ちょうえき6年ねんの有罪ゆうざい判決はんけつ宣告せんこく
• 明治めいじ25年ねん（1892年ねん）4月がつ11日にち 非常ひじょう上告じょうこくを受うけて大審院だいしんいん刑事けいじ部ぶが無罪むざい判決はんけつを宣告せんこく
• 大正たいしょう11年ねん（1922年ねん）12月26日にち 死去しきょ

渡邊わたなべ魁いさおに題だいをとる作品さくひん

事件じけん後ご、脱獄だつごく囚しゅうが裁判官さいばんかんになっていたという渡邊わたなべ魁いさおの物語ものがたりは好個こうこの材料ざいりょうとして新聞しんぶん、雑誌ざっしに取とり上あげられたほか「強盗ごうとう判事はんじ辻村つじむら庫太くらた」といった芝居しばいや講談こうだんが各地かくちで行おこなわれた。

戦後せんごの作品さくひんで渡邊わたなべ魁いさおを題材だいざいとしたものとしては、早乙女さおとめ貢みつぐの小説しょうせつ「鬼おにの骨ほね」がある。

参考さんこう文献ぶんけん

• 宮武みやたけ外骨がいこつ編へん『盗賊とうぞく判事はんじ辻村つじむら庫太くらた』（宮武みやたけ外骨がいこつ、随ずい題だい随ずい記き随ずい刊かん 甲かぶと5、1931年ねん）
• 一瀬いちのせ翁おう伝記でんき編纂へんさん会かい 編へん『一瀬いちのせ勇三郎ゆうさぶろう翁おう』（一瀬いちのせ翁おう伝記でんき編纂へんさん会かい、1933年ねん）22-26頁ぺーじ「判事はんじは脱獄だつごく囚しゅう」の項こう
• 佐藤さとう清彦きよひこ『脱獄だつごく者しゃたち』（小学館しょうがくかん文庫ぶんこ、1999年ねん）
• 斎藤さいとう充たかし功こう「脱獄だつごく囚しゅうから裁判官さいばんかんになった男おとこ」新しん潮しお45 20巻かん8号ごう291-298頁ぺーじ（新潮社しんちょうしゃ、2001年ねん）
• 『職員しょくいん録ろく 明治めいじ21年ねん（甲かぶと）』（印刷いんさつ局きょく、1888年ねん）
• 『職員しょくいん録ろく 明治めいじ24年ねん（乙おつ）』（印刷いんさつ局きょく、1891年ねん）

関連かんれん文献ぶんけん

• 「判事はんじ捕縛ほばくの顛末てんまつ」警察けいさつ監獄かんごく学会がっかい雑誌ざっし2巻かん2号ごう 1891-03
• 「雑録ざつろく 辻村つじむら庫太くらたノ事件じけん」法学ほうがく協会きょうかい雑誌ざっし9巻かん5号ごう88-89頁ぺーじ 1891-05
• 額田ぬかた六福ろっぷく「判事はんじが怖こわるべき脱獄だつごく囚しゅうだつた話ばなし」話はなし2巻かん6号ごう306-315頁ぺーじ 1934-06
• 『新聞しんぶん集成しゅうせい明治めいじ編年史へんねんし 第だい8巻かん 国会こっかい揺籃ようらん期き』（財政ざいせい経済けいざい学会がっかい、1935年ねん）
• 「終身しゅうしん懲役ちょうえき囚しゅうが脱獄だつごくして判事はんじとなつた話はなし」『防犯ぼうはん科学かがく全集ぜんしゅう 第だい8巻かん 特異とくい犯はん篇へん』（中央公論社ちゅうおうこうろんしゃ、1937）
• 木下きのした宗一そういち「判事はんじに化ばけた脱獄だつごく囚しゅう」文藝春秋ぶんげいしゅんじゅう32巻かん13号ごう132-137頁ぺーじ 1954-08
• 土師はじ清二せいじ「裁判官さいばんかんになつた終身しゅうしん脱獄だつごく囚しゅう――脱獄だつごく囚しゅうが化ばけた裁判官さいばんかん、ジャン・バルジャン物語ものがたりの日本にっぽん版ばん!」特集とくしゅう人物じんぶつ往来おうらい2巻かん3号ごう64-73頁ぺーじ 1957-03
• 荒木あらき昌あきら保ほ 編へん 『新聞しんぶんが語かたる明治めいじ史し 第だい1分冊ぶんさつ（明治めいじ元年がんねん～明治めいじ25年ねん）』（原はら書房しょぼう、1976年ねん）
• 手塚てづか豊ゆたか「明治めいじ二に十じゅう四よん年ねん・辻村つじむら庫太くらた事件じけんの一いち考察こうさつ」牧まき健けん二博士米寿記念日本法制史論集刊行会編『日本にっぽん法制ほうせい史し論集ろんしゅう 牧まき健二けんじ博士はかせ米寿べいじゅ記念きねん』（思文閣出版しぶんかくしゅっぱん、1980年ねん）
• 山本やまもと石いし樹じゅ『日本にっぽん異色いしょく裁判さいばん故事こじ誌し』（山本やまもと石いし樹じゅ、1981年ねん）

関連かんれん項目こうもく

• 一橋大学ひとつばしだいがくの人物じんぶつ一覧いちらん

外部がいぶリンク

• 日本にっぽん裁判官さいばんかんネットワーク 渡辺わたなべ魁いさおさんの御ご子孫しそんを捜さがしています。