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松田聖子「青い珊瑚礁」/ザ・ベストテン 今月のスポットライト - 歌ネット
このコーナーでは、当時とうじのランキングやエピソードとともに、「ザ・ベストテン」に出演しゅつえんした歌手かしゅのヒットきょく紹介しょうかいしていきます。だい46かいは1980ねん8がつ14にちのランキングを紹介しょうかい
今月こんげつのスポットライトは、透明とうめいかんのあるたか歌唱かしょうりょく数々かずかずのヒットきょくみ、80年代ねんだい代表だいひょうするアイドル歌手かしゅとなった松田まつだ聖子せいこ初期しょき代表だいひょうきょく、「あお珊瑚礁さんごしょう」をげます。
羽田空港はねだくうこうからの中継ちゅうけいうたった、伝説でんせつてきめい場面ばめん
spot_photoです。

 松田まつだ聖子せいこ福岡ふくおかけん久留米くるめ出身しゅっしん高校生こうこうせいころからオーディションをはじめ、1978ねんにコンテストの九州きゅうしゅう大会たいかい優勝ゆうしょうしたのをきっかけにスカウトされ、翌年よくねん上京じょうきょう。80ねん4がつ、18さいときに「裸足はだしぶし」でデビューした。透明とうめいかんのある歌声うたごえ徐々じょじょ人気にんきあつめ、7がつ3にちに「ザ・ベストテン」にスポットライトではつ出演しゅつえんつづく2ndシングル「あお珊瑚礁さんごしょう」は、本人ほんにん出演しゅつえんのグリコアイスのCMソングに。さわやかな曲調きょくちょう歌声うたごえでヒットのきざしをせ、新人しんじんアイドルへの周囲しゅうい期待きたいおおきくたかまっていく。

 そんななか、「あお珊瑚礁さんごしょう」は8がつ14にちにザ・ベストテンに8はつランクインすることに。この聖子せいこ札幌さっぽろでの仕事しごとのちよる空路くうろ東京とうきょうもどるというスケジュールだった。注目ちゅうもく新人しんじんアイドルのはつ登場とうじょうはなやかにかざろうとかんがえた番組ばんぐみプロデューサーは、なんと羽田空港はねだくうこうから中継ちゅうけいすることを企画きかく。しかも到着とうちゃくロビーではなく、タラップをりてくるシーンからカメラでとらえ、飛行機ひこうきりたそのちゅうじょう)でうたってもらうという前代未聞ぜんだいみもんのプランだった。到着とうちゃく時間じかんをもとに緻密ちみつ計算けいさんのうえ演出えんしゅつかんがえられた。また航空こうくう会社かいしゃ関係かんけい省庁しょうちょうからの許可きょか協力きょうりょくるため、プロデューサーは空港くうこうかよいつめて調整ちょうせいかさねたという。

 そして放送ほうそう当日とうじつ久米くめひろしが「だいあお珊瑚礁さんごしょう」と発表はっぴょうし、カメラが羽田空港はねだくうこうわると、聖子せいこった飛行機ひこうきが、まさにいまゆっくりとちゅうじょうとままろうとしているところであった。ドアがひらき、さきてきたのは、あわいブルーのワンピース姿すがた松田まつだ聖子せいこ。タラップをり、カメラのほうり、たったいまってきた飛行機ひこうきをバックに「あお珊瑚礁さんごしょう」をうたったのだった。中継ちゅうけいだい成功せいこうおさめ、この番組ばんぐみ史上しじょうでも屈指くっしめい場面ばめんとなった。れない環境かんきょうで、リハーサルなしにもかかわらず、聖子せいこびやかな歌唱かしょうりょく堂々どうどううた姿すがたは、大型おおがた新人しんじん登場とうじょう十分じゅうぶん視聴しちょうしゃ印象いんしょうづけたことだろう。ちなみにこのとき飛行機ひこうき到着とうちゃく予定よていよりも5ふんはやくなるといてあせった番組ばんぐみプロデューサーが、航空こうくう会社かいしゃ担当たんとうしゃに「飛行機ひこうき速度そくどとしてください!」と、無茶むちゃなおねがいをしておどろかれたというエピソードがのこっている。

 「あお珊瑚礁さんごしょう」はその順位じゅんいげ、9月くがつ18にちには、自身じしんはつの1獲得かくとく。1になったおいに、彼女かのじょのリクエストで、ひと背丈せたけほどもあるおおきなケーキをかたちどったセットが用意よういされた。ここで、見覚みおぼえのある弁当べんとうばこはいった、手作てづく弁当べんとうまえに。「聖子せいこさん、これだれつくったかかりますか」「…ははですか?」。じつ番組ばんぐみスタッフが地元じもと福岡ふくおかにいる聖子せいこ母親ははおや弁当べんとうづくりを依頼いらいし、わざわざ日帰ひがえりでりにったのだった。なみだぐんでいるところへ、福岡ふくおか中継ちゅうけいがつながり、画面がめん聖子せいこ母親ははおや登場とうじょう。「よく頑張がんばったねえ」と母親ははおやからおいの言葉ことばをもらい、聖子せいこ感激かんげきかおゆがめ「おははさぁーん…!」とがおに。さらに、父親ちちおやとも電話でんわがつながり、「よかったね」と祝福しゅくふくされ、なみだながらにうたった。「あお珊瑚礁さんごしょう」は3しゅう連続れんぞくで1記録きろく、11しゅうランクインするヒットに。またこのとし紅白こうはく歌合戦うたがっせんに、どうきょくはつ出場しゅつじょうたしている。

 松田まつだ聖子せいこがザ・ベストテンにランクインさせたのはぜん25きょく通算つうさん224しゅう。そのうち1獲得かくとくは15きょく通算つうさん44しゅう)。まさに番組ばんぐみともあゆみ、成長せいちょうした歌手かしゅえる。出演しゅつえん回数かいすうおおいだけに、めい場面ばめん・迷場めんのエピソードにも事欠ことかかないが、とく本人ほんにん印象いんしょうのこっているのは、新幹線しんかんせんのホームからうたったことだという。聖子せいこせた列車れっしゃ途中とちゅう停車駅ていしゃえきくやいなやホームへり、わずか1、2ぶん停車ていしゃ時間じかん利用りようしてうたう。そしてきょく途中とちゅうまれるように新幹線しんかんせんもどり、また移動いどう…。「自分じぶんうたえるかより、そのせいで列車れっしゃおくれないかのほう心配しんぱいだった」とのちかたっている。

 また、番組ばんぐみないでは同期どうきデビューの田原たはら俊彦としひこ一緒いっしょ出演しゅつえんすることがおおく、きょくのつなぎ演出えんしゅつとして、二人ふたり会話かいわしたり、相合あいがさをしたりすることもあった。田原たはらファンは嫉妬しっとしんあふられ、ついには、新聞しんぶんのテレビらんにん名前なまえならんで表記ひょうきされているだけで「ゆるせない!」とクレームがたというから、当時とうじ二人ふたり人気にんきぶりがうかがえる。ただそのあかいスイートピー」のヒットをに、やがて聖子せいこ女性じょせいファンもえていった。

 どんな曲調きょくちょうでもぴったりな世界せかいかん表現ひょうげんできる、卓越たくえつした歌唱かしょうりょく。そしてイントロからみみのこ洗練せんれんされたサウンドとメロディー。「しろいパラソル」「ふうちぬ」「あかいスイートピー」「なぎさのバルコニー」「ガラスの林檎りんご」「ひとみはダイアモンド」「天使てんしのウィンク」…。数々かずかずのヒットきょく長年ながねんあいされつづけ、当時とうじらない世代せだいでも、彼女かのじょきょくくちずさめるにんおおいにちがいない。さまざまな経験けいけんませてくれたザ・ベストテンにたいして、聖子せいこ後年こうねんのインタビューで「スタジオセットををはじめ、出演しゅつえんしゃやスタッフもふくめすべてがキラキラしていて、その空間くうかん自分じぶんがいられることがうれしかった」とかたっている。

ザ・ベストテン☆エピソード
 松田まつだ聖子せいこがデビューする直前ちょくぜんの80ねんがつ山口やまぐち百恵ももえ婚約こんやく発表はっぴょうし、10月に引退いんたいする意向いこうあきらかに。なかにはかる寂寥せきりょうかんただよっていました。そんななかデビューした聖子せいこは、「ポスト山口やまぐち百恵ももえ」と期待きたいされることに。9月くがつ25にち、「さよならのむこがわ」が10にランクインした百恵ももえは、これがベストテン最後さいご出演しゅつえんに。このときの1は「あお珊瑚礁さんごしょう」。黒柳くろやなぎ徹子てつこうながされ、百恵ももえはカメラのまえ聖子せいこならんでち、「おめでとうございます。これからも頑張がんばってください」とこえけました。ごくみじか時間じかんではありましたが、それぞれ70年代ねんだいと80年代ねんだい象徴しょうちょうするアイドルの、最初さいしょ最後さいご共演きょうえん。まさにバトンタッチの瞬間しゅんかんだったのです。
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