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中日ドラゴンズ オフィシャルウェブサイト - 山井大介投手引退特設ページ

山井やまい大介だいすけ投手とうしゅ引退いんたい特設とくせつページ

山井やまい投手とうしゅ神戸弘陵こうべこうりょう学園がくえんだか奈良産業大ならさんぎょうだいて2001ねんのドラフト会議かいぎで6じゅん指名しめい河合楽器かわいがっきからドラゴンズへ入団にゅうだん
2002ねん4がつ27にち広島ひろしません(ナゴヤドーム)で中継なかつぎとしてプロはつ登板とうばん、5月8にち巨人きょじんせん(ナゴヤドーム)でプロはつ先発せんぱつ、6かい途中とちゅう降板こうばんも1安打あんだ失点しってんおさえるピッチングでプロはつ勝利しょうり、1ねんから先発せんぱつ中継なかつぎと31試合しあい登板とうばんし6しょうをマークしました。

2004ねん日本にっぽんシリーズではだい4せん先発せんぱつし6かい失点しってん日本にっぽんシリーズはつ先発せんぱつはつ勝利しょうりげると、2007ねん日本にっぽんシリーズだい5せんでは日本一にっぽんいち王手おうてをかけた試合しあい先発せんぱつ登板とうばん、8かいまで一人ひとりのランナーをさないパーフェクトピッチングを披露ひろうし、9かい岩瀬いわせ仁紀ひとのり投手とうしゅさんにんおさ史上しじょうはつ継投けいとうでの完全かんぜん試合しあい達成たっせいでチームを53ねんぶりの日本一にっぽんいちみちびきました。

その先発せんぱつ中継なかつぎ、おさえと様々さまざま場面ばめん活躍かつやく、2013ねん6がつ28にち横浜よこはまDeNAせん横浜よこはま)で史上しじょう77にんのノーヒットノーランを達成たっせい。2014ねんには先発せんぱつローテとして27試合しあい登板とうばんし、最多さいたしょう(13しょう)と最高さいこう勝率しょうりつ(.722)の2かんかがやきました。

オフには東日本ひがしにっぽん大震災だいしんさい被災ひさいした宮城みやぎけん気仙沼けせんぬま毎年まいとしおとず児童じどう養護ようご施設しせつ小学校しょうがっこう訪問ほうもん野球やきゅう教室きょうしつやクリスマスプレゼントをおくるなど児童じどうらとの交流こうりゅう復興ふっこうちかられてきた山井やまい投手とうしゅ通算つうさん成績せいせきは336試合しあい登板とうばん、62しょう70はい、20セーブ、防御ぼうぎょりつ3.75、ドラゴンズ一筋ひとすじ20ねんのプロ野球やきゅう人生じんせい終止符しゅうしふつことになりました。

GAMEゲーム

10月13にち、バンテリンドームナゴヤでの東京とうきょうヤクルトスワローズせん山井やまい大介だいすけ投手とうしゅ先発せんぱつ登板とうばん現役げんえき最後さいご登板とうばんとなりました。

ピッチャー山井やまい大介だいすけとコールされ、だい歓声かんせいなかマウンドへかいます。
スワローズの塩見しおみ選手せんしゅ対戦たいせんし2ボール2ストライクからの5きゅう、スライダーで空振からぶりの三振さんしん現役げんえき最後さいご投球とうきゅうえます。

投球とうきゅうはマウンドでナイン、そして与田よだ監督かんとく握手あくしゅわし、祖父江そふえ投手とうしゅからは花束はなたばりスタンドのファンに一礼いちれい、マウンドへわかれをげ20ねんのプロ野球やきゅう生活せいかつまくろしました。

CEREMONYセレモニー

山井やまい大介だいすけ投手とうしゅ 引退いんたいセレモニーあいさつ

本日ほんじつは、このような素晴すばらしい引退いんたいセレモニーをひらいていただきました中日ちゅうにちドラゴンズの関係かんけいしゃみなさまをはじめ、ヤクルトスワローズのみなさん、そして球場きゅうじょうあしはこんでくださったドラゴンズファン、スワローズファンのみなさんにはしんより感謝かんしゃもうげます。
わたし山井やまい大介だいすけ本日ほんじつをもちまして、20年間ねんかん現役げんえきにピリオドをちます。
正直しょうじき、こんなにながくユニホームをて、プレーができるとはおもってもいませんでした。
それもすべてかげひなたとなりささえてくださった家族かぞく両親りょうしんをはじめ、チームスタッフ、チームメイト、監督かんとく、コーチ、ドラゴンズ関係かんけいしゃみなさん、ナゴヤドーム、ナゴヤ球場きゅうじょうのグラウンドキーパーのみなさん、自分じぶん身体しんたいにたくさんのケアをしていただきましたおおくの方々かたがたなによりもきびしくもあたたかい叱咤しった激励げきれいをくださったドラゴンズのファン、みなさんがいなければいま自分じぶんはいないとおもっています。
本当ほんとうにありがとうございました。

もちろん野球やきゅう神様かみさまにも背中せなかをおしていただき、2013ねんにはノーヒットノーラン、2014ねんには最多さいたしょう最高さいこう勝率しょうりつなにといっても、2007ねん日本にっぽんシリーズ優勝ゆうしょう、53ねんぶりの日本一にっぽんいち、ファンのみなさんといっしょに感動かんどうしたあの一瞬いっしゅん一生いっしょうわすれることはありません。
プロ野球やきゅう歴史れきしに、つまあとをすこのこすことができたのかなと、望外ぼうがいよろこびでもあります。
記録きろくよりも、記憶きおくのこ選手せんしゅってもらえたこと、ほこりにおもいます。わたし野球やきゅうがうまいとはおもったことはありません。
ただ、あのひとのようにうまくなりたい、あのひとにはけたくない、そんなおもいをつねむね目標もくひょうかかげ、探求たんきゅうしんをもっていままでやってきました。努力どりょくかならむくわれるとはかぎりません、ただし努力どりょくしなければ、まえすすむこともできない、みちひらくことすらできない。
これからだい人生じんせいだいのステージがはじまろうとしています。
やはりそこでも、自分じぶんらしく信念しんねんつらぬいて、一歩一歩いっぽいっぽまえすすんでいきたいとおもいます。

数多かずおおくあるスポーツのなか野球やきゅうという素晴すばらしいスポーツに出会であえたこと、本当ほんとう感謝かんしゃします。
野球やきゅうきです、大好だいすきです。ドラゴンズが大好だいすきです。全国ぜんこくのドラゴンズファン、本当ほんとうにありがとうございました。
これで山井やまい大介だいすけはマウンドをります。また、みなさんと出会であえるたのしみにしております。
20年間ねんかん本当ほんとうにありがとうございました。

INTERVIEWインタビュー

9月30にちこんシーズンかぎりでの引退いんたい表明ひょうめいした山井やまい投手とうしゅ会見かいけんが10月7にちおこなわれました。

山井やまい大介だいすけ投手とうしゅのコメント

本日ほんじつはおいそがしいちゅう、おあつまりいただきありがとうございます。
わたし中日ちゅうにちドラゴンズ山井やまい大介だいすけこんシーズンをもって現役げんえき引退いんたいすることを決意けついいたしましたので、みなさんにご報告ほうこくさせていただきます。
とくにファンのみなさまには感謝かんしゃ言葉ことばしかありません。
20年間ねんかん本当ほんとうにありがとうございました。

引退いんたいいたった経緯けいい

9がつまつ球団きゅうだん今季こんきかぎりでというはなしをしました。
そこではありがとうございましたとはえず、その理由りゆうとしては翌日よくじつ先発せんぱつ自分じぶんなか最後さいご試合しあいがあって、ファームのコーチにも1年間ねんかんローテーションをんでもらっていたので、その感謝かんしゃ気持きもちもこめて最後さいごまでしっかりげないといけない、そこまではしっかりやろうとおもっていました。
もし、まんいち自分じぶんなか来年らいねんもどこかでという気持きもちがあったときは、げているときなにちからいてくるのかなとおもいましたが、なかなかそういう気持きもちにもならず、エンジンもかかってこず、いちきゅういちきゅうめながら、もうわりかなという気持きもちでげていました。
だれかに相談そうだんするということもなく、ある程度ていど覚悟かくごをしてやってきたので、家族かぞく両親りょうしん相談そうだんすることなく自分じぶん判断はんだんして、やめますと球団きゅうだんつたえました。

どんなおもいで今年ことしげていたか

もちろん開幕かいまくしたときから一軍いちぐんげるぞと、そういう気持きもちでキャンプからごしてきましたが、なかなかチャンスをもらうことができなかった、というよりも一軍いちぐんげている選手せんしゅたちがしっかり結果けっかのこしていたので、自分じぶんはいところがなかったとおもいます。
ただ1かいのチャンスはいつかくるやろという気持きもちでげていましたが、20ねんにしてプロのきびしさをあらためておそわったというか、くるしいことつらいこと、たのしいことばっかりではないというのをかんじた1ねんでした。
でもこの1ねん自分じぶんにとって、からくてしんどい1ねんでしたけど、今後こんごぼく人生じんせいかならやくにたてるというか、自分じぶん財産ざいさんになる1ねんだったなとおもっています。

引退いんたい決断けつだんしていまおもうこと

たくさんのひとささえてもらったなとかんじています。引退いんたいめてから報道ほうどうされるまでに3日間にちかんいただき、おれい電話でんわでさせてもらったほうや、メールでさせてもらったほうもいます。
ぼく連絡れんらく不足ふそくもあっておくれたほうもいますが、20年間ねんかん野球やきゅうはじめてからいままでたくさんのひとにお世話せわになったとおもいます。
いろんな方々かたがたたずさわってくれたとおもいますが、本当ほんとう自分じぶんいちにんではなにもできなかった。
感謝かんしゃ気持きもちしかない。いまになって皆様みなさまのありがたさを痛感つうかんしています。

プロとしての投手とうしゅ人生じんせいというのは

プロ1ねんのキャンプからケガをして、そこからのスタート。
ケガあり、げれているのにもかかわらず一軍いちぐんがれないくやしさ、げればたれる、ときにはみなさんの記憶きおくにものこるピッチングにもなったこともありますが、これが山井やまい大介だいすけのピッチングだったなとおもいます。
どう表現ひょうげんしたらいいかわかりませんが、やまありたにありの人生じんせい本当ほんとうじゅうまるはなまるをあげたいなとおもうくらい山井やまいらしい生活せいかつおくれたなとおもいます。

印象いんしょうのこっている監督かんとく

もう全員ぜんいんです。この監督かんとくというより6にん監督かんとくにお世話せわになりましたが、いろんなことをおしえていただき、優勝ゆうしょう経験けいけんもさせていただきましたし、Bクラスも経験けいけんしてこのほうとはめられない。
入団にゅうだんをしたとき山田やまだ監督かんとく優勝ゆうしょう経験けいけんさせてくれた落合おちあい監督かんとく情熱じょうねつおしえてくれた高木たかぎ監督かんとく野球やきゅうきびしさをおしえてくれたたにしげる監督かんとく人間味にんげんみのあるもり監督かんとく勝利しょうりにこだわる与田よだ監督かんとく、たくさんのひとにプロ野球やきゅうというものをおしえてもらったなとおもいます。

日本にっぽんシリーズの完全かんぜんリレーをかえって

ぼくがプロにはいってからユニホームをて、満足まんぞくするということは一切いっさいありませんでした。
プロにはいって優勝ゆうしょうすることをいつもおもってやっていた。そこにけてやってきたことがあの1試合しあいになって、結果けっかてき岩瀬いわせさんと完全かんぜんリレーができた。そこには野手やしゅほうがいれば監督かんとく、コーチ、スタッフみなさんがいて、それよりもおおくのファンのみなさんが背中せなかしてくれたことであの一瞬いっしゅんまれたとおもいます。
あの試合しあいかんしてはドラゴンズファン、テレビでていたほう現地げんちていたほう一緒いっしょにあの瞬間しゅんかんあじわえた、それだけ素晴すばらしい、わすれることのできないいちにち、1試合しあいです。

いまのドラゴンズにかんじること

今年ことし1年間ねんかんぼく一軍いちぐん昇格しょうかく目指めざしてやってきました。
なかなかおもうようにいかない1ねんでしたが、そのなかわか選手せんしゅたちのちからというのをかんじたところでもある、その選手せんしゅたちがもっともっとうえ目指めざしてほしい、なに今年ことしすこしだけ、選手せんしゅたちがここでいいとかんじてしまったところすこしだけあります。
そうなってほしくなく、一軍いちぐん選手せんしゅをもっとおびやかすようになってほしいし、仲良なかよしこよしでいるなよ、というかんじもちょっとおもいました。ぼくとしをとってそういうふうにかんじるのかもしれませんが、つよときのドラゴンズのようにもっとあつくなってほしいなとおもいます。

ファンのみなさんへメッセージを

感謝かんしゃ、ありがとうございます。その一言ひとことしかないです。
マウンドのうえくのがこわときもありましたし、マウンドのうえって、ファンのみなさんのおおきな声援せいえん背中せなかしてくれて、一生懸命いっしょうけんめい頑張がんばれよというメッセージをたくさんけました。
その声援せいえんがなければここまでプレーできることはなかったとおもいます。20年間ねんかんもやれたことは球団きゅうだんにも感謝かんしゃをしています。
ファンにも本当ほんとう感謝かんしゃをしています。ありがとうございました、その一言ひとことです。

PROFILEプロフィール

年度ねんどべつ投手とうしゅ成績せいせき

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とし
たま
だん
ためし
ごう
かん
とう

だい
りょう
とう
はつ

てん
かち

よん
たま
かち
はい
きた





かち
りつ

もの

かず
とう
たま
かい

やす
ほん
るい
よん

たま
さん
しつ
てん

せめ
てん
ぼう

りつ
2002 中日ちゅうにち 31 0 6 15 0 0 6 3 0 .667 372 321 84 2/3 92 7 41 68 40 37 3.93
2003 中日ちゅうにち 4 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 27 24 5 2/3 11 0 1 3 5 3 4.76
2004 中日ちゅうにち 8 1 1 3 1 0 2 1 0 .667 117 101 27 29 4 16 31 10 10 3.33
2005 中日ちゅうにち 27 0 2 15 0 0 3 5 1 2 .375 440 399 106 2/3 102 14 36 90 53 49 4.13
2007 中日ちゅうにち 14 1 0 12 0 0 6 4 0 0 .600 353 313 83 75 6 33 56 36 31 3.36
2008 中日ちゅうにち 2 0 0 1 0 0 0 1 0 0 .000 30 30 9 5 1 0 10 1 1 1.00
2009 中日ちゅうにち 17 0 3 6 0 0 0 4 2 2 .000 170 143 36 2/3 42 6 22 29 29 26 6.38
2010 中日ちゅうにち 19 1 0 17 1 0 7 4 0 1 .636 464 407 110 1/3 105 10 44 84 49 46 3.75
2011 中日ちゅうにち 10 0 1 8 0 0 3 3 0 1 .500 203 176 45 2/3 51 3 19 35 24 22 4.34
2012 中日ちゅうにち 56 0 22 5 0 0 4 3 15 13 .571 385 348 101 71 3 25 80 20 16 1.43
2013 中日ちゅうにち 23 1 1 15 1 0 5 6 0 1 .455 434 374 97 2/3 105 11 48 63 48 45 4.15
2014 中日ちゅうにち 27 1 0 26 1 0 13 5 0 0 .722 716 622 173 2/3 156 13 70 103 64 62 3.21
2015 中日ちゅうにち 33 0 2 22 0 0 4 12 2 5 .250 589 516 140 132 13 52 79 69 61 3.92
2016 中日ちゅうにち 33 0 10 6 0 0 1 8 0 7 .111 276 240 63 2/3 60 9 27 45 33 32 4.52
2017 中日ちゅうにち 2 0 0 2 0 0 2 0 0 0 1.000 44 42 12 8 1 2 5 2 2 1.50
2018 中日ちゅうにち 10 1 0 9 1 0 3 6 0 0 .333 259 233 62 1/3 55 12 22 43 28 28 4.04
2019 中日ちゅうにち 13 0 0 13 0 0 3 5 0 0 .375 279 248 65 66 13 27 37 35 35 4.85
2020 中日ちゅうにち 6 0 3 0 0 0 0 0 0 0 .000 42 35 8 12 1 6 5 8 8 9.00
2021 中日ちゅうにち 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 1 1 1/3 0 0 0 1 0 0 0.00
通算つうさん 20ねん 336 6 51 175 5 0 62 70 20 32 .470 5201 4573 1232 1/3 1177 127 491 867 554 514 3.75

HISTORY軌跡きせき

2001

ドラフト6じゅん指名しめい河合楽器かわいがっきからドラゴンズへ入団にゅうだん

2002

5月8にち はつ先発せんぱつはつ勝利しょうり

2004

9月12にち はつ完投かんとうはつ完封かんぷう

10月21にち 日本にっぽんシリーズはつ先発せんぱつはつ勝利しょうり

2005

8がつ9にち はつセーブ

2007

11月1にち 日本にっぽんシリーズ史上しじょうはつ継投けいとうでの完全かんぜん試合しあい達成たっせい

2012

最多さいた56試合しあい4しょう・13ホールド・15セーブ

2013

6月28にち ノーヒットノーラン


2014

9月6にち はつけた10しょう

最多さいた勝利しょうり投手とうしゅ(13勝利しょうり)・勝率しょうりつだいいち投手とうしゅ(.722)

2015

3月27にち はつ開幕かいまく投手とうしゅ

2017

8がつ31にち 802にちぶりの先発せんぱつ勝利しょうりはつ本塁打ほんるいだ

2018

5月22にち プロ野球やきゅう9にん40だい完封かんぷう勝利しょうり