『サン=ベルナール峠を越えるボナパルト』(サン・ベルナールとうげをこえるボナパルト、仏: Bonaparte franchissant le Grand-Saint-Bernard)は、フランスの画家・ジャック=ルイ・ダヴィッド[1]が1801年から1805年の間に描いたナポレオン1世の油彩肖像画5枚に付けられた題。『アルプスを越えるナポレオン』その他の名称で呼ばれることもある。最初の依頼主はスペイン王で、ナポレオンとその軍隊が、1800年5月にグラン・サン・ベルナール峠経由でアルプスを越えようとする姿を理想化して描いている。
『サン=ベルナール峠を越えるボナパルト』
フランス語: Bonaparte franchissant le Grand-Saint-Bernard
実際のアルプス越えは晴天の日のことであり、ナポレオン自身は軍隊に数日遅れてラバに乗ってガイドに案内された[2]。しかしこの絵のそもそもの主目的はプロパガンダであって、ナポレオンがダヴィッドに求めたのは「Calme sur un cheval fougueux (荒馬を冷静に乗りこなす)」姿であった。ハンニバルやカール大帝など軍隊をアルプスの向こうに導いた偉大な将軍らの名を追加するよう、彼が提案した可能性もある。
" Poser ? à quoi bon ? croyez-vous que les grands hommes de l'Antiquité dont nous avons les images aient posé ? "
" Mais citoyen premier consul je vous peins pour votre siècle, pour des hommes qui vous ont vu, qui vous connaissent, ils voudront vous trouver ressemblant. "
" Ressemblant ? Ce n'est pas l'exactitude des traits, un petit pois sur le nez qui font la ressemblance. C'est le caractère de la physionomie ce qui l'anime qu'il faut peindre. ... Personne ne s'informe si les portraits des grands hommes sont ressemblants, il suffit que leur génie y vive. "
絵のモデルになるようナポレオンを説得できなかったダヴィッドは、その特徴をとらえる出発点として息子をモデルにして梯子の上に座らせポーズをとらせた。しかし、服装についてはナポレオンがマレンゴの戦いで着用した制服と二角帽子を借りることができたので、正確なものとすることができた。ナポレオンの馬のうち2頭が、「気の荒い軍馬」のモデルとして使われた。1頭は栗毛の雌馬ラ・ベルで、シャルロッテンブルク宮殿所蔵のものにその特徴が表れている。もう1頭は有名な葦毛マレンゴで、ヴェルサイユとウィーンの宮殿所蔵のものに描かれている。背景のモデルには、「Voyage pittoresque de la Suisse」から彫刻が選ばれた。
5枚の絵はいずれもほぼ同じ大きさ (2.6 x 2.2 m) である。ナポレオンは、総大将の制服、金で縁取られた二角帽、マムルーク様式のサーベルを着用して乗馬している。風をはらんだ大きなマントが、ナポレオンを包み込むように折れている。顔を画面手前側に向け、右手は山頂を指さし[2]、左手は軍馬の手綱を握っている。馬は後ろ脚で立っており、ナポレオンのマントにあたっていた風が、たてがみと尾にもあたっている。背後には、大砲を運ぶ一群の兵士が、列になって山道を進んでいる。
黒い雲が絵の上部を覆っており、ナポレオンの前には山々が鋭く屹立している。前景の岩には、「BONAPARTE」「HANNIBAL」「KAROLVS MAGNVS IMP」の文字が刻まれている。馬の胸懸には、署名と日付が描かれている[3]。
マルメゾン城に保管されている原画 (260 x 221 cm; 102⅓ x 87 in) のナポレオンは、オレンジ色のコート、カフスに刺繍された長手袋、白黒斑模様の馬、馬具の一式には固定式マーチンゲールという姿である。馬の腹に巻かれた腹帯は、落ち着いた紅色である。背景のサーベルを下げた将校は、馬の尾になかば隠れている。ナポレオンの顔は若々しい。胸懸のくびきに「L.DAVID YEAR IX」と署名されている。
シャルロッテンブルク宮殿に保管されている絵(260 x 226 cm; 102⅓ x 89 in)のナポレオンは、赤いコートで栗毛の馬にまたがっている。留め金が簡素になってマーチンゲールがなくなり、腹帯は灰青色である。地面には雪の跡がある。ナポレオンの顔立ちはやせており、ほのかに微笑んでいるようにも見える。署名は「L.DAVID YEAR IX」である。
ヴェルサイユ宮殿所蔵の1枚目 (272 x 232 cm; 107 x 91⅓ in) では、馬は灰の斑模様で、留め金はシャルロッテンブルグの絵と同じ腹帯は青である。
長手袋の刺繍はシンプルになり、手袋の下に袖の縁飾りが見えている。風景はより暗くなり、ナポレオンの表情もより険しくなっている。絵には署名がない。
ベルヴェデーレ宮殿に保管されている絵 (264 x 232 cm; 104 x 91⅓ in) はヴェルサイユのものとほぼ同じであるが、「J.L.DAVID L.ANNO X」という署名がある。
ヴェルサイユ宮殿所蔵の2枚目 (267 x 230 cm; 105 x 90½ in) では、馬は白と黒、留め金は完全だがマーチンゲールは描かれていない。腹帯は赤である。コートはオレンジがかった赤だが襟は黒い。長手袋の刺繍は非常にシンプルでほとんど目立たない。ナポレオンの腰に結び付けられたスカーフは、明るい青である。この絵でも、馬の尾の陰にサーブルを持った将校が登場する。ナポレオンの顔立ちはやや年上に見え、短髪、ベルヴェデーレ宮殿の絵と同じく、かすかに微笑んでいるように見える。刺繍や二角帽の様式から、この絵は1804年以降に完成したと推測される。絵には「L.DAVID」と署名されており、日付はない。
「純然たるギリシアへの回帰 (retour vers le grec pur)」という自身の欲求に誠実に、1799年の『サビニの女たち』からナポレオンの肖像画まで、ダヴィッドは徹底的な新古典主義を貫いた。譲歩して服装だけは現代風に描いた。1枚目から通して、馬の姿勢や色は、『サビニの女たち』の乱闘の中にいる1頭とほぼ同じである。
Dominique-Vivant Denon, Vivant Denon, Directeur des musées sous le Consulat et l’Empire, Correspondance, 2 vol. , Réunion des Musées nationaux, Paris, 1999
Daniel Wildenstein|Daniel et Guy Wildenstein, Document complémentaires au catalogue de l’œuvre de Louis David, Fondation Wildenstein, Paris, 1973.
Antoine Schnapper (commissaire de l’exposition), David 1748-1825 catalogue de l’exposition Louvre-Versailles, Réunion des Musées nationaux, Paris, 1989 ISBN 2-7118-2326-1