イギリスのユーザーの体験イギリスでは、近年、利用者の参加(user involvement)が、医療、及び社会的ケアサービスにおける重要な概念となっている。公的サービスへの消費者主義の導入、利用者主体のサービスを求める障害者運動の発展に伴い、利用者のサービスへの参加が進められてきた(Glasby et al., 2003)。2001年の健康、及び社会ケア法(Health and Social Care Act)で、国民保健サービスにおける精神科医療ユーザー(以下、ユーザーと略す)の参加が義務付けられたことなどから、精神医療保健福祉サービス(以下、サービスと略す)でのユーザーの雇用が進められている。しかし、参加は、必ずしも良い結果をもたらしてはおらず、利用者が無視されたり、表面的な参加に終わったりもしている(Beresford, 2003)。日本でも、ユーザーを雇用する地域活動支援センターなどが出てきており、今後、ユーザー主体のサービスにしていくためには、ユーザーの参加の促進と共に、ユーザーの力を活かす仕組みを早急に作ることが必要である。
ユーザーのサービスへの参加の意義、参加におけるバリアなどを把握し、ユーザーの力をサービスに活かす方法を探ることを目的として、2008年6〜7月にサービスに関わっているユーザーに対して個別インタビューと自記式調査を行った。
ユーザーの参加が、組織のシステムを変えるには限界があるものの、専門家の価値観、態度、考え方などに変化を引き起こし、ユーザーの視点がサービスに活かされたと感じていた。そして、ユーザーの力を活かすためには、ユーザーの力の認知を基盤として、組織構造の変化、財源の確保などが必要だと考えていた。イギリスで行った小規模の調査であるが、その結果から、今後、日本でユーザーの力をサービスに活かすには、どのような仕組み、支援が必要なのかを考える。
Beresford, P. (2003) 'Fully engaged', Community Care, 13-19 November, pp.38-41
Glasby, J. et.al. (2003) Cases for change: user involvement. London: Department of Health/ National Institute for Mental Health.
本報告は、1970年代に生まれたイギリスのディスアビリティ・アートについて発行されている二つの雑誌Disability Arts Magazine (DAM, 1991-1995)及びDisability Arts in London Magazine (DAIL, 1986-2008)を主に分析することによって、イギリスにおけるディスアビリティ・アートの特徴を明らかにすることを目的とする。そして、ディスアビリティ・アートを実践する人々が、障害の文化的表象をどのように捉え、また変えようとしているのかを、パフォーマンスの身体に追究する。そこから、障害文化の政治的共同性と呼びうるものを描き出してみたい。
ディスアビリティ・アートは、絵画、音楽、ダンス、演劇、詩などあらゆるジャンルにわたる総合的な芸術であり、1970年代以降の障害者運動の文脈において、障害のある人々の「誇りと怒りと強さ」から生まれた芸術運動である。それは、障害の社会的、文化的意味に挑戦し、文化的表象の形態を批判する実践であり、障害文化の可能性として位置づけられてきた。本報告では、その実践を、「障害のアファーマティヴ・モデル」、「アートセラピーからの断絶」、「障害文化」という三つの観点からみていく。
ディスアビリティ・アートの実践は、障害者運動の中においても独自の特徴をもち、多分に政治的運動であり、政治的闘争の側面をもつものである。本報告では、パフォーマンスの身体に着目することによって、そこにみられる共同性を「政治的共同性」として捉え、それがどのような問題を孕み、どのような可能性に開かれているのかを、イギリスの現代アーティストであるマーク・クィン(Mark Quinn)の作品を事例として考察する。
ナレッジ・マネジメントというと経営理論であり、障害分野とどのようなかかわりがあるのだろうと疑問に思われるであろう。確かにナレッジ・マネジメントは、日本の製造業の経営分析から導かれた理論であり、近年多くの民間企業において激動の時代に対応する経営理論として導入が試みられている。しかし、ナレッジ・マネジメントの根幹は、個人の暗黙知を源とする知識創造のプロセスであり、知識創造を伴う活動にはすべて適用可能な非常に普遍性のある理論なのである。 今回の発表では、まずナレッジ・マネジメントの本質を述べ、障害分野におけるナレッジ・マネジメント導入の試みとして、JICA(国際協力機構)が実施しているアジア太平洋障害者センター(APCD=Asia-Pacific Development Center on Disability;以下、APCDプロジェクト、と略す)の事例を取り上げる。
APCDプロジェクトは、障害者のエンパワーメントと社会のバリアフリー化を目指し、2002年に第1フェーズが開始された、拠点をバンコクに置く広域プロジェクトであり、現在は第2フェーズを実施中である。
ナレッジ・マネジメントでは、知識を暗黙知と形式知に分類し、両者の変換によって、新たな知識を創造するが、新たな知識の根源は、個人の暗黙知である。そこで、障害者の持つさまざまな思いや経験を暗黙知として捉え、それらをいかに共有して活用するかについて、ナレッジ・マネジメント理論を適用することを試みた。 具体的には、障害者や障害者組織の活動を、障害者の暗黙知が共有・活用されていく過程として捉え、それをビデオ・ストーリーとして取りまとめ、作成したビデオを通じて、新たな行動を促す、という試みである。ストーリー創造に基づくナレッジ・マネジメントであるのでSbKM(Story-based Knowledge Management)と命名した。 既に、数カ国を対象にビデオ・ストーリーが作成され、ラオスでは、はじめての障害者に関わるビデオとして国営放送で放映された。フィリピンのNHE(Non Handicapped Environment)をテーマとして作成されたビデオ・ストーリーは、バリアフリー啓発ビデオとして映画館での上映が見込まれ、年間700万人が見ると想定されるほか、パキスタンで作成中のビデオは12月3日の国際障害者デーに政府要人を迎えて、完成セレモニーを開催することが予定されている。 知識創造の成果物として作成されるビデオ・ストーリー自体が重要であることはもちろんであるが、知識創造のプロセスであるビデオを作成する過程も重要である。APCDプロジェクトの支援の下で、障害者たちが自らの活動を自らビデオ・ストーリーとして纏め上げていくプロセスもまた、障害者の持つ思いを広く関係者と共有していくプロセスでもあるからである。