しかし、ここから想定外の難題が次々と八幡さんの前に立ちはだかる。「まぁ何とかなる…という気持ちで改装を始めたところ、60年前のまま騙し騙し使っていた感じで根本から手を加えなくてはならない箇所がいくつもあったんです」例えば、配電盤が旧式のタイプでヒューズが丸出しだったり、壁も雨が降るたび水が染み出てくるなど、外見だけでは分からなかった事が日に日に明らかになってきた。「決定的だったのは、空調機を全く回していなかったらしく、一度オーバーホールのため夜中に動かしたのですが…そこで機械の中に繁殖していたカビ菌をばらまいてしまい、映画館全体にカビが生えちゃったんですよ」その時の光景は今でも忘れないと語る八幡さん。場内の座席がカビで白く覆われてしまい空調機を新しく買い替えなくてはならない局面に迫られる。
「そこで初めて、周りの人からココは諦めた方がいいよと言われたんです」内装を担当した岩崎氏は、残っていた設計図が尺で書いてあった青焼きの図面だった事に驚き、工期の半分は発見する日々だったと語っていた。また、設備を担当した堀氏は、これまで手がけた20館近くのミニシアターの中でも想像を超える大変さがあったと振り返る。「こんなところで諦められない」という八幡さんの熱意もあって、電機のコンサルタントが安い空調機を探し出してくれたおかげで再開の道が開けたものの、予定外の出費と工事にスケジュールは大幅に遅れ、12月12日のプレオープン当日もギリギリまでロビーの床を張る作業が続いていた。ちゃんとしたシミュレーションもままならない中で、不慣れな受付対応を助けてくれたのは、ユーロスペースからの応援だった。「受付に何が必要かのノウハウも教えていただいた上に、一緒に買い出しも付き合ってくれたんですよ。本当に助かりました」と当時を振り返る。オープンから更に3ヵ月、間に合わなかった内装も営業を続けながら閉館後に少しずつ手を加えて、今年の4月にひとまず工事は終了を迎えた。 |