前まえの記事きじ

|

目次もくじ

|

研究所けんきゅうじょ

|

次つぎの記事きじ

論文ろんぶんの紹介しょうかい： 植物しょくぶつの灰はいや煙けむりに含ふくまれる化学かがく物質ぶっしつが種子しゅしの発芽はつがと幼よう植物しょくぶつの生長せいちょうを促進そくしんする

Regulation of Seed Germination and Seedling Growth by Chemical Signals from Burning Vegetation
D. C. Nelson et al.
Annual Review of Plant Biology 63, 107-130 (2012)

森林しんりんや草原そうげんを 「焼やく」 という行為こういは、人類じんるいの営いとなみにおいて古ふるくから行おこなわれてきました。その目的もくてきとして、土地とちの開拓かいたく・農業のうぎょうへの利用りようなどが挙あげられます。世界せかい的てきにみると、熱帯ねったい地方ちほうで行おこなわれている焼畑やきばた農業のうぎょうが最もっともよく知しられています。これは、土壌どじょう改良かいりょうや雑草ざっそう・害虫がいちゅう・病原びょうげん体たいの防除ぼうじょ効果こうかから理りにかなっているものの、適切てきせつな実施じっしには経験けいけんと技術ぎじゅつが必要ひつようであり、安易あんいな焼畑やきばたは環境かんきょう破壊はかいにつながるという指摘してきもあります。日本にっぽんでも昔むかしは山間さんかん部ぶを中心ちゅうしんに焼畑やきばた農業のうぎょうが営いとなまれていましたが、現在げんざいも継続けいぞくされている地域ちいきはごく限かぎられています。また、草原そうげんは緑肥りょくひなどに利用りようする草本そうほんの大切たいせつな供給きょうきゅう源げんであったことから、これを維持いじするための野焼のやき（山焼やまやき）が、日本にっぽん各地かくちで伝統でんとう的てきに行おこなわれてきました。降雨こうう量りょうの多おおい日本にっぽんでは、多おおくの場合ばあい、草原そうげんを放置ほうちすると樹木じゅもくが生はえてきて、やがて森林しんりんになってしまいます。このような植生しょくせいの遷移せんい（せんい）をとめ、草原そうげんを維持いじする目的もくてきで、春先はるさきに野焼のやきが行おこなわれているのです。

焼畑やきばた農業のうぎょうや野焼のやきのほかに、自然しぜん発生はっせいや人間にんげんの不ふ注意ちゅういによる山やま火事かじも、植生しょくせいの遷移せんいを考かんがえる上うえで無視むしできません。地中海ちちゅうかい性せい気候きこうなど降雨こうう量りょうの少すくない地域ちいきでは山やま火事かじが発生はっせいしやすく、ひとたび発生はっせいすると消火しょうか活動かつどうが困難こんなんであることから、広大こうだいな面積めんせきの植生しょくせいが消失しょうしつしてしまいます。しかし、草木くさきは再ふたたび生はえてきます。これは単たんに空間くうかんが空そら（あ）いており、水みずや日光にっこうを利用りようしやすいことだけによるのではありません。じつは、以下いかのような理由りゆうで、焼やかれた後のちの土壌どじょうは植物しょくぶつの生長せいちょうに適てきしているのです。植物しょくぶつの灰はいは中和ちゅうわ作用さようにより酸性さんせい土壌どじょうを改良かいりょうします。その場所ばしょにいた害虫がいちゅうや病原菌びょうげんきんの密度みつどは減少げんしょうし、植物しょくぶつに対たいする食害しょくがいや病気びょうきが発生はっせいしにくくなります。さらに、土壌どじょう中ちゅうの種子しゅしは、休眠きゅうみん状態じょうたいから目覚めざめて発芽はつがしやすい状態じょうたいになっています。燃焼ねんしょうによって生しょうじるこのような現象げんしょうは、古ふるくから知しられていました。

さらに近年きんねん、植物しょくぶつの灰はいや煙けむりに含ふくまれている化合かごう物ぶつが、種子しゅしの発芽はつがや幼よう植物しょくぶつの生長せいちょうを促進そくしんしていることが明あきらかになってきました。この現象げんしょうも、燃焼ねんしょうによって失うしなわれた植生しょくせいの再生さいせいに寄与きよしていると考かんがえられています。今回こんかい取とり上あげた総説そうせつは、このような化合かごう物ぶつに関かんする研究けんきゅう成果せいかをまとめたものです。

植物しょくぶつの灰はいに種子しゅしの発芽はつがを促うながす成分せいぶんが含ふくまれていることは、１９７０年代ねんだいに論文ろんぶんとして報告ほうこくされています。１９９０年代ねんだいには、植物しょくぶつを燃もやした際さいに生しょうじる煙けむりにも同様どうようのはたらきがあることがわかりました。この成分せいぶんの活性かっせいは非常ひじょうに強つよく、わずか１ pg （10^-12 g） で Nicotiana attenuata の種子しゅし１粒つぶを発芽はつがさせることができると計算けいさんされました。２００４年ねんに、紙かみを燃もやしたときに生しょうじる煙けむりを通とおした水みずから活性かっせい成分せいぶんを単たん離はなし、各種かくしゅの機器きき分析ぶんせきにより解析かいせきした結果けっか、その化学かがく構造こうぞうは 3-methyl-2H-furo [2,3-c] pyran-2-one （図ず） だったという論文ろんぶんが、Science 誌しに掲載けいさいされました。この化合かごう物ぶつは２００５年ねんに実験じっけん室しつ内ないで合成ごうせいされ、その合成ごうせい品ひんも天然てんねん由来ゆらい成分せいぶんと同一どういつの分析ぶんせき結果けっかと活性かっせいを示しめしたことで、前年ぜんねんに提唱ていしょうされた構造こうぞうが正ただしかったことが証明しょうめいされたのです。一連いちれんの研究けんきゅうはオーストラリアのグループによってなされたことから、この化合かごう物ぶつはカリキン （karrikin） と命名めいめいされました （先住民せんじゅうみんのアボリジニーが用もちいる karrik という単語たんごは「煙けむり」を意味いみする）。その後ごも、煙けむりを通とおした水みずから類似るいじした構造こうぞうの化合かごう物ぶつがいくつも発見はっけんされましたが、活性かっせいが強つよく含量も多おおい KAR₁ （図ずの構造こうぞう） がおもに効きいていると考かんがえられています。

図ず　煙けむりから単たん離はなされた 3-methyl-2H-furo[2,3-c]pyran-2-one (KAR₁) の化学かがく構造こうぞう

もし大だい部分ぶぶんが煙けむりとともに大気たいき中ちゅうに拡散かくさんしてしまうなら、 KAR₁ は植生しょくせいの再生さいせいにあまり関与かんよしていないように思おもわれるかもしれません。しかし、この研究けんきゅうグループによると、 KAR₁ の大だい部分ぶぶんは燃焼ねんしょうした植物しょくぶつの残ざん渣（ざんさ）に留とめ（とど）まっていることがわかっています。森林しんりんや草原そうげんの燃焼ねんしょうが起おこると、灰はいによる土壌どじょう改良かいりょう、植物しょくぶつ生長せいちょう阻害そがい物質ぶっしつを含ふくむ植物しょくぶつ残ざん渣の除去じょきょ、光ひかり条件じょうけんの変化へんかなどがもたらされます。この総説そうせつでは、「それらの要因よういんに加くわえ、雨期うきになると灰はいの中なかの KAR₁ が土壌どじょう中ちゅうに溶とけ出だし、休眠きゅうみん性せいの植物しょくぶつ種子しゅしの発芽はつがを誘導ゆうどうする現象げんしょうも植生しょくせいの再生さいせいに貢献こうけんしている」という説せつが提唱ていしょうされています。

ちなみに、 KAR₁ の発見はっけん以前いぜんには、活性かっせい成分せいぶんは一酸化いっさんか窒素ちっそ（NO）ではないかと推定すいていされていました。しかし現在げんざいでは、補助ほじょ的てきに機能きのうしている可能かのう性せいはあるものの、NO はおもな活性かっせい物質ぶっしつではないと考かんがえられています。また2011年ねんには、 KAR₁ と同おなじように煙けむりを通とおした水みずから単たん離はなされた cyanohydrin も、シアン化物ばけものイオンを放出ほうしゅつすることで種子しゅしの発芽はつが促進そくしんに寄与きよしていることが明あきらかにされています。

加茂かも綱つな嗣（生物せいぶつ多様たよう性せい研究けんきゅう領域りょういき）