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日本銀行の「中長期的な物価安定の目途」の評価 | nippon.com

日本銀行にっぽんぎんこうの「中長期ちゅうちょうきてき物価ぶっか安定あんてい目途もくと」の評価ひょうか

経済けいざい・ビジネス

日本銀行にっぽんぎんこうは2がつに「中長期ちゅうちょうきてき物価ぶっか安定あんてい目途もくと(めど)」を発表はっぴょうした。事実じじつじょうのインフレ目標もくひょう設定せっていしたともめられているが、この「目途もくと」はデフレ脱却だっきゃくのための金融きんゆう政策せいさくとして十分じゅうぶんなのか。岩田いわた規久男きくお学習院大学がくしゅういんだいがく教授きょうじゅ評価ひょうかする。

2012ねん2がつ14にちに、日本銀行にっぽんぎんこうは「中長期ちゅうちょうきてき物価ぶっか安定あんてい目途もくと(price stability goal in the medium to long term)」を公表こうひょうした。それによると、「『中長期ちゅうちょうきてき物価ぶっか安定あんてい目途もくと』について、日本銀行にっぽんぎんこうは、消費しょうひしゃ物価ぶっか前年ぜんねん上昇じょうしょうりつで2%以下いかのプラスの領域りょういきにあると判断はんだんしており、当面とうめんは1%を目途もくととする」という。

そこで、この日銀にちぎんの「中長期ちゅうちょうきてき物価ぶっか安定あんてい目途もくと」を、英国えいこくなどが採用さいようしているインフレーション・ターゲティングの枠組わくぐみと、べい連邦れんぽう準備じゅんび制度せいど理事りじかい(FRB)およびべい連邦れんぽう公開こうかい市場いちば委員いいんかい(FOMC)の金融きんゆう政策せいさく枠組わくぐみと比較ひかくしながら、評価ひょうかしてみよう。

インフレーション・ターゲティングの7要素ようそ

インフレーション・ターゲティングとは、つぎの(1)から(7)の要素ようそ構成こうせいされる。

(1)数値すうち目標もくひょう達成たっせい義務ぎむ 中央ちゅうおう銀行ぎんこう金融きんゆう政策せいさく目的もくてきを「中期ちゅうきてきなインフレ目標もくひょう」の達成たっせいとその維持いじとし、達成たっせいすべきインフレりつを、明確めいかく数値すうちしめす。

(2)数値すうち目標もくひょう決定けっていする主体しゅたい 政府せいふあるいは政府せいふ中央ちゅうおう銀行ぎんこう協議きょうぎしてめる。ただし、数値すうち目標もくひょう最終さいしゅうてき決定けっていけん政府せいふにある。

(3)数値すうち目標もくひょう達成たっせい手段しゅだん中央ちゅうおう銀行ぎんこうめる

(4)達成たっせい時期じき明確めいかく 中期ちゅうきで、具体ぐたいてきには1ねんはんから2ねん程度ていど

(5)生産せいさん雇用こよう安定あんていとの両立りょうりつ

(6)説明せつめい責任せきにんあるいは達成たっせい責任せきにん 達成たっせいできなかったときには、国民こくみんたいして明確めいかく説明せつめい責任せきにんあるいは達成たっせい責任せきにんる。

(7)どうがくてき整合せいごうせい 政策せいさく実施じっしに、約束やくそくやぶらない。

2がつ14にち記者きしゃ会見かいけんで「中長期ちゅうちょうきてき物価ぶっか安定あんてい目途もくと(goal)」の導入どうにゅう発表はっぴょうする日銀にちぎん白川しらかわほうあきら(まさあき)総裁そうさい日銀にちぎんはこれ以前いぜんかく政策せいさく委員いいん中長期ちゅうちょうきてきにみて物価ぶっか安定あんていしていると理解りかいするインフレりつ範囲はんいを「中長期ちゅうちょうきてき物価ぶっか安定あんてい理解りかい(understanding)」として公表こうひょうしていたが、べいFRBがしめした「インフレりつ長期ちょうきてき目標もくひょう(goal)」にくらべてかりにくいと国会こっかい審議しんぎなどで批判ひはんされていた。(写真しゃしん産経新聞さんけいしんぶんしゃ

日銀にちぎんの「目途もくと」を7要素ようそから評価ひょうかする

日銀にちぎんの「中長期ちゅうちょうきてき物価ぶっか安定あんてい目途もくと」をうえの(1)~(7)のインフレーション・ターゲティングの要素ようそから評価ひょうかすると、つぎのようになる。

(1)数値すうち目標もくひょう達成たっせい義務ぎむ観点かんてんからの評価ひょうか 

(a)日銀にちぎんのいう「2%以下いかのプラスの消費しょうひしゃ物価ぶっか前年ぜんねん上昇じょうしょうりつ」も、当面とうめん目途もくとである「1%」も、インフレーション・ターゲティングとはちがい、「中央ちゅうおう銀行ぎんこう責任せきにんって達成たっせい維持いじするインフレ目標もくひょう(target)」ではない。したがって、いつまでも、実際じっさい消費しょうひしゃ物価ぶっか前年ぜんねんが1%未満みまんであっても、日銀にちぎんはまったく責任せきにん必要ひつようがない。達成たっせい責任せきにん説明せつめい責任せきにんともなわない「中長期ちゅうちょうきてき物価ぶっか安定あんてい目途もくと」では、市場いちば信頼しんらいることができず、デフレ脱却だっきゃく効果こうかちいさい。

(b)日銀にちぎんのいう消費しょうひしゃ物価ぶっかとは、「生鮮せいせん食品しょくひんのぞいた消費しょうひしゃ物価ぶっか指数しすう」である。総務そうむしょうの「消費しょうひしゃ物価ぶっか指数しすう統計とうけい」から判断はんだんすると、生鮮せいせん食品しょくひんのぞいた消費しょうひしゃ物価ぶっか指数しすう前年ぜんねん実際じっさいよりも平均へいきんてきに0.6%の上方かみがたバイアスがある。したがって、当面とうめん目途もくと統計とうけいじょうの1%とすると、実際じっさいには、0.4%を目途もくとにすることになり、デフレにおちいるリスクがおおきい。

(c)生鮮せいせん食品しょくひんのぞいた消費しょうひしゃ物価ぶっか指数しすう前年ぜんねん上昇じょうしょうりつはエネルギー価格かかく上昇じょうしょうすれば、容易よういに1%以上いじょうになる。実際じっさいに、08ねんちゅう原油げんゆ価格かかく高騰こうとうしたため、生鮮せいせん食品しょくひんのぞいた消費しょうひしゃ物価ぶっか指数しすう前年ぜんねん同月どうげつは、08ねん2がつから1%以上いじょうになり、7がつから9がつにかけては2.3~2.4%にまで上昇じょうしょうした。しかし、09ねんはいって、原油げんゆ価格かかく急落きゅうらくすると、生鮮せいせん食品しょくひんのぞいた消費しょうひしゃ物価ぶっか指数しすう前年ぜんねん同月どうげつ一転いってんしてマイナスになった。このように、エネルギーをふくんだ消費しょうひしゃ物価ぶっか前年ぜんねん目途もくととして金融きんゆう政策せいさく運営うんえいすると、物価ぶっか安定あんてい達成たっせいできない。

(2)数値すうち目標もくひょう決定けっていする主体しゅたい観点かんてんからの評価ひょうか

中長期ちゅうちょうきてき物価ぶっか安定あんてい目途もくと」を決定けっていしたのは、金融きんゆう政策せいさく運営うんえいする日銀にちぎん自身じしんで、政府せいふ関与かんよしていない。

金融きんゆう政策せいさく運営うんえいする主体しゅたい自身じしんが、中長期ちゅうちょうきてき物価ぶっか安定あんてい目途もくと決定けっていするのは、営業えいぎょうマン自身じしん自分じぶん売上うりあげだか目途もくとめるようなものである。これでは、会社かいしゃ経営けいえい目的もくてき達成たっせい整合せいごうせいれない。これとおなじように、金融きんゆう政策せいさく運営うんえいする日銀にちぎん中長期ちゅうちょうきてき物価ぶっか安定あんてい目途もくとめるのでは、政府せいふ政策せいさく目標もくひょう整合せいごうせいれない。

米国べいこくでも、物価ぶっか安定あんていにおける具体ぐたいてきなインフレりつ中央ちゅうおう銀行ぎんこうめている。そのてんでは、日銀にちぎんおなじようにえる。しかし、FRBの年次ねんじ報告ほうこくしょ議長ぎちょう議会ぎかい証言しょうげんやスピーチなどはつねに、FRBとFOMCが責任せきにんって、雇用こよう最大さいだい整合せいごうせいれた中長期ちゅうちょうきてきインフレりつとして2%のPCE(個人こじん消費しょうひ支出ししゅつ)インフレりつ達成たっせいすることをべている(たとえば、バーナンキFRB議長ぎちょうのボストン連銀れんぎんでのスピーチ“The Effects of the Great Recession on Central Bank Doctrine and Practice”、2011ねん10がつ18にち)。

2012ねん1がつ25にちFOMCの声明せいめいは、このことを確認かくにんしたもので、「FOMCは議会ぎかいから法的ほうてき委託いたくされた義務ぎむ、すなわち、雇用こよう最大さいだい促進そくしん物価ぶっか安定あんていおよびおだやかな長期ちょうきてき金利きんり達成たっせいにしっかりとコミットしている」とべている。このように、FOMCの「2%のPCEインフレりつという長期ちょうきてき目標もくひょう(longer-run goal for inflation)」はコミットメントをともなった目標もくひょうであるてんで、日銀にちぎんの「中長期ちゅうちょうきてき物価ぶっか安定あんてい目途もくと」とは根本こんぽんてきことなっている。

(4)達成たっせい時期じき明確めいかく観点かんてんからの評価ひょうか

達成たっせい時期じき明示めいじされていない。これでは、いつまでたっても、目途もくととするインフレりつ達成たっせい維持いじされなくても、日銀にちぎん責任せきにん必要ひつようがない。

(5)生産せいさん雇用こよう安定あんていとの両立りょうりつ観点かんてんからの評価ひょうか

エネルギーをふくんだ消費しょうひしゃ物価ぶっか前年ぜんねん目途もくとにして金融きんゆう政策せいさく運営うんえいすると、生産せいさん雇用こよう安定あんてい達成たっせいできない。エネルギー価格かかく上昇じょうしょう消費しょうひぜい増税ぞうぜいによって、生鮮せいせん食品しょくひんのぞいた消費しょうひしゃ物価ぶっか指数しすう前年ぜんねん同月どうげつ容易よういに1%をえて上昇じょうしょうする。このとき、生鮮せいせん食品しょくひんのぞいた消費しょうひしゃ物価ぶっか指数しすう前年ぜんねん同月どうげつ当面とうめん目途もくとである1%をえたとかんがえて、金融きんゆうめたり、従来じゅうらいよりも緩和かんわ程度ていどゆるめたりすれば、生産せいさん縮小しゅくしょう失業しつぎょう増大ぞうだいまねく。

日本にっぽんで、エネルギーや消費しょうひぜいふくんだ消費しょうひしゃ物価ぶっか前年ぜんねんが1%をえた場合ばあい、インフレーション・ターゲティング採用さいようこくのような柔軟じゅうなん金融きんゆう政策せいさく運営うんえい期待きたいできるであろうか。過去かこのゼロ金利きんり量的りょうてき緩和かんわ解除かいじょ歴史れきしからて、そうした期待きたいつことはできない。

(6)説明せつめい責任せきにんあるいは達成たっせい責任せきにん観点かんてんからの評価ひょうか

日本銀行にっぽんぎんこう日本にっぽん政府せいふも、デフレ脱却だっきゃく金融きんゆう政策せいさくだけではできず、同時どうじに、政府せいふによる成長せいちょう戦略せんりゃく民間みんかん企業きぎょう生産せいさんせい向上こうじょう努力どりょく必要ひつようであるとかんがえ、マスコミと国民こくみん大半たいはん同様どうようかんがえている。このような知的ちてき状況じょうきょうでは、日銀にちぎんがいつまでも「1%インフレの目途もくと」を達成たっせい維持いじできなくても、その原因げんいん政府せいふ成長せいちょう戦略せんりゃく不適切ふてきせつさや民間みんかん企業きぎょう生産せいさんせい向上こうじょう努力どりょく不足ふそくせられてしまい、日銀にちぎん達成たっせい責任せきにんはおろか、説明せつめい責任せきにんうことはできない。

それにたいして、インフレーション・ターゲティング採用さいようこくやFOMC(あるいはFRB)は「長期ちょうきてきインフレはしゅとして金融きんゆう政策せいさくによって決定けっていされる」(2012ねん1がつ25にちのFOMCの声明せいめい)とかんがえている。このような共通きょうつう理解りかいがないかぎり、中央ちゅうおう銀行ぎんこう物価ぶっか安定あんてい目途もくとなり、目標もくひょうなりをいくら公表こうひょうしても、中央ちゅうおう銀行ぎんこう説明せつめい責任せきにん達成たっせい責任せきにんうことができない。中央ちゅうおう銀行ぎんこうにいずれの責任せきにんえないならば、中央ちゅうおう銀行ぎんこう中期ちゅうきてき(1ねんはんから2ねん程度ていど平均へいきんで)に「目途もくと」や「目標もくひょう」を達成たっせいすることは期待きたいできない。

(7)どうがくてき整合せいごうせい観点かんてんからの評価ひょうか

目標もくひょう達成たっせいへのコミットメントのない「目途もくと」にどうがくてき整合せいごうせいもとめることは不可能ふかのうである。なぜならば、目標もくひょう達成たっせいかた約束やくそくするからこそ、その約束やくそくやぶったかどうかをうことができるからである。

デフレ脱却だっきゃく金融きんゆう政策せいさくからは程遠ほどとお

日銀にちぎんの「中長期ちゅうちょうきてき物価ぶっか目途もくと」は従来じゅうらい日銀にちぎん金融きんゆう政策せいさく比較ひかくすれば、いち前進ぜんしんである。しかし、インフレーション・ターゲティングやべいFRBの金融きんゆう政策せいさく比較ひかくすると、コミットメントなき目途もくとで、デフレ脱却だっきゃく金融きんゆう政策せいさくからは、依然いぜんとして距離きょりとおい。

(2012ねん3がつ13にち

日本銀行にっぽんぎんこう デフレ 金融きんゆう政策せいさく