イギリス国教 会
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1530年代 から70年代 にかけて、テューダー王朝 のヘンリ8世 、エドワード6世 、エリザベス1世 によって進 められたイギリス宗教 改革 によって成立 した、ローマ教会 から分離 独立 したイギリス独自 の教会 制度 。アングリカン=チャーチ Anglican Church と言 われる。 → イギリスの宗教 各派
世 及 びエリザベス1世 の制定 した首長 法 (国王 至上 法 )、エドワード6世 が制定 した一般 祈祷 書 、エリザベス1世 の時 に完成 した統一 法 、および信仰 箇条 などの規定 からまとめると次 のような特徴 がある。
国教 会 制度 は、エリザベス1世 の統一 法 制定 で一応 完成 したが、次 のジェームズ1世 は絶対 王政 の強化 をめざして国教 会 による宗教 統制 を強 め、カトリック信者 とプロテスタント(カルヴァン派 が多 く、ピューリタンと言 われた)は厳 しく弾圧 された。カトリックはイングランド北部 からスコットランドに勢力 を残 しており、ピューリタンは都市 部 の中産 階級 に多 かったが弾圧 されてアメリカ新大陸 に移住 するものも多 かった。
次 のチャールズ1世 は国教 会 のカンタベリー大 主教 ロードらを腹心 として専制 政治 を行 い、一方 で王妃 をフランスから迎 えたこともあってカトリック復興 を目論 んでいると疑 われ、議会 で多数 を占 めるジェントリ層 (長老 派 を含 むピューリタンが多 かった)との対立 が深 まり、1642年 にピューリタン革命 が始 まった。その過程 で権力 をにぎったピューリタンのクロムウェルは、王政 を否定 すると共 に国教 会 を否定 し、ピューリタン精神 に基 づく厳格 な独裁 政治 を行 った。しかしその独裁 政治 は民心 から離 れ、その死後 の1660年 に王政 復古 となった。
王政 復古 期 には、チャールズ2世 がカトリックを復興 させようとした。それに対 してイギリス議会 は、1673年 に審査 法 を制定 し、官吏 登用 は国教 会 信者 に限定 するとした。それはカトリック教徒 を排除 する目的 であったが、非 国 教徒 (国 教徒 以外 のピューリタンなどの新 教徒 )も排除 の対象 とされたため、イギリスは国 教徒 のみが官職 に就 けることとなり、国教 会 の優位 が形成 された。
次 のジェームズ2世 もカトリック復興 を画策 したため議会 は国王 を追放 し、オランダからメアリ2世 とウィリアム3世 を迎 えるという名誉 革命 が実行 された。これによって実質 的 には議会 主権 が確立 し、形式 的 な立憲 君主 制 とともに国王 を首長 とする国教 会 がイギリスの国家 宗教 となる「名誉 革命 体制 」が成立 した。
名誉 革命 では「権利 の章典 」の制定 された1689年 に、寛容 法 も制定 され、非 国 教徒 の信仰 の自由 は認 めらピューリタン革命 以来 の国教 会 と非 国 教徒 の和解 がもたらされた。ただし、審査 法 は続 いていたので非 国 教徒 が公職 に就 けないことは変 わらなかった。また、カトリックに対 する排除 はなお続 いていた。
なお審査 法 が廃止 されるのは、ようやく19世紀 の自由 主義 の強 まりによった1828年 であった。さらにカトリック教徒 の信仰 の自由 はカトリック教徒 解放 法 を待 たなければならなかった。
国教 会 (アングリカン=チャーチ)は名誉 革命 でイギリスの国家 宗教 としての地位 を確立 したが、同時 にその内部 に「高 教 会派 」と「低 教 会派 」という分裂 と対立 が生 じていた。
高 教会 派 (ハイ=チャーチ) 教会 ・聖職 者 ・典礼 の権威 を高 く保 とうとし、国教 会 からピューリタン的 要素 を排除 することに熱心 であった。彼 らの一部 は名誉 革命 と議会 王政 を否定 して臣従 の拒否 を宣言 し、ジェームズ2世 の息子 をジェームズ3世 として復権 させることを支持 していた。(ジェームズ2世 の息子 はフランスのルイ14世 によって保護 され、ジェームズ3世 と称 していた。彼 を支持 するイギリス国内 の勢力 をジャコバイトといった。)
低 教会 派 (ロー=チャーチ) 伝統 と典礼 よりも聖書 に即 した信仰 を重 んじ、ピューリタンたち非 国 教徒 との協力 ・興隆 を排除 しなかった。つまり、1689年 の寛容 法 の精神 に忠実 に、非 国 教徒 共 に「名誉 革命 体制 」を担 っていく主体 だった。但 しこの両派 は共 にプロテスタント国教 会 の中 の二 つの傾向 であって、その違 いは不 分明 で、中間 派 が存在 した。<近藤 和彦 『民 のモラル』2014 ちくま学芸 文庫 p.94>
年 1月 、イギリス国教 会 の全国 主教 会議 は、「核 先制 使用 国 (者 )を罪人 と見 なす」という決定 を圧倒的 多数 で行 った。同年 4月 、イギリスでは10万 人 規模 の反核 集会 がグリナムコモンで開催 されており、核 非 武装 運動 が盛 り上 がっていた。米 ソがレーガン・ブレジネフ時代 の新 冷戦 といわれた核 の危機 の中 で、国教 会 が宗教 者 としての発言 をしたことで注目 された。
- イギリス
国王 が教会 の首長 となること。(国王 が教会 の最高 統治 者 となる。) 主教 制 による教会 組織 。(国王 -大 主教 -主教 -副 主教 -司祭 長 -司祭 )教義 はカルヴァン主義 に近 い。(信仰 義 認 説 、聖書 主義 、予 定説 など)儀式 はカトリックのものを残 す。(聖職 服 の着用 、聖餐 式 の時 の跪拝 など)
ピューリタン
なお