社外からの技術やノウハウを取り入れ、イノベーティヴなビジネスを創出しようとするコンセプトを「オープンイノベーション」と呼ぶ。
国内でも、大手企業とスタートアップ企業、大手企業同士、企業と大学などの研究機関が組織の枠を超えて連携することで、革新的なプロダクトやサービスが登場する機会が増えてきた。また、アクセラレーションプログラムなどを通じて、協業先の企業や研究チームを発掘しようとする動きも、近年盛んだ。
本連載では、編集部が独自に取材を進めた内容を元に、大手企業のオープンイノベーションに関する取り組みを紹介していく。
サイバーエージェントの研究開発組織「AI Lab」では、AI研究の第一人者である大阪大学の石黒教授の研究室と産学連携を行い、「先端知能システムの共同研究講座」を2017年から発足している。AI Lab で接客対話エージェントチームのリーダーを努める研究員の馬場 惇氏に、その狙いと今後の展開をたずねた。
AI Labによる実証実験の様子
――サイバーエージェントのAI Labは、どのような経緯で立ち上がったのでしょうか。
馬場「AI Labは2016年に立ち上げました。発足当時は、私たちの研究開発の質を更にあげていくためにアカデミックな分野で活躍されている大学の先生たちの力をお借りしていこうと、積極的に産学連携の 取り組みを始めていました。
その中で、AI事業を率いる常務執行役員の内藤が、『世界的なロボット研究の第一人者で石黒先生という素晴らしい方がいる。先生と研究がしたい』と言ったことが、石黒先生とのお付き合いがスタートしたきっかけです。学会へ行き、石黒研究室の博士の方に声をかけて石黒先生とつないでもらい、実際に先生と僕たちとで話をして共同研究の話が持ち上がりました」
――なぜ、サイバーエージェントはAIの分野に注力しているのですか。
馬場「サイバーエージェントの大きな柱となっているのは、企業のデジタルマーケティングの支援をする広告代理事業です。歴史を遡ると、パソコンが社会に普及したことで、ウェブサイトの利用者が増え、インターネット広告事業が伸びました。次にスマートフォンが普及し、スマホ広告や動画広告など、新しいマーケティング手法が伸びていきました。そしていま、『次に伸びるところ』を色々な観点で探しています。そのうちの一つとして、AIの技術を活用した『対話エージェント』も注目するポイントだよね、というのが僕たちの考えです」
――対話エージェントは、どのようなシナリオで普及することが考えられるでしょうか。
馬場「日本の生産年齢人口は減っていて、2050年には全体の50%に迫るとも言われています。働く人が減り、サービス業から人が少なくなっていったときに、『接客のためのソリューションを提供するサイバーエージェント』になっていくことは、あり得る世界だと考えています」
スタートアップ企業のPRENOが開発したDX自動販売機を組み合わせ、遠隔対話ロボットを通じた商品販売の実証実験を行なった
――すでに商業施設やスタートアップ企業と協業して、実証実験を実施されていますね。現時点で、どのような手応えを感じていますか。
馬場「『一筋縄ではいかない』とも感じていますが、とある商業施設での実証実験では、遠隔地から操作できるAIロボットを活用して、来店者からの7割程度の質問に正確に回答できたという結果も出ています。質問回答データベースをさらに整備すると、正答率は8割から9割に上がると予想しています。いまは、成功と失敗の事例を集めている段階ですが、来年でAI Labが8年を迎えるので、そこまでにはサービスの形式としてのリリースも検討しています 」
――企業と大学などの研究機関が協業したオープンイノベーションの取り組みに、特有の課題や壁はあるのでしょうか。特に、技術の権利など、知財管理面は問題ありませんか。
馬場「権利関係などに関しては、事前に取り決めをしており、トラブルが起きたことは、今のところはありません。壁ということではないかもしれませんが、一般的な共同研究を行う際の体制として、実際に手を動かすのは、先生ご自身ではなく、研究室に属する、修士や博士の方であることも多いと感じています。これまでの経験やスキルが異なるメンバーもいることから最終的なゴールのイメージがずれるという課題は感じます。
それゆえに、単純に共同研究先に対して『研究をお願いする』という考え方ではなく、企業側も手を動かし、『一緒に研究している』という体制を持つことで、より良い取り組みができると思っています」
――組織と組織のあいだでやりとりをしていくというよりは、同じ組織に属している状態を作るイメージですね。 AI Labも、そのような形式になっているのですか。
馬場「AI Labが大学と共同研究をする場合には、いくつかのパターンがありますが、いわゆる『共同研究』という場合には、企業側に研究を推進するメンバーがいて、こちらから大学に課題やデータを持っていく形式が多いと思います。そのほかに、先生と業務委託契約を結び、先生に、社員に近いかたちで研究開発に参画していただく形式や、アドバイザー契約をして、方針や内容にアドバイスをいただくというケースがあります。AI Labは今、全体で約25を超える共同研究を実施していますが、ほぼこれらのケースです。
一方、私が運営責任者をしている大阪大学との共同研究はそのどれにも当てはまらず、大阪大学 基礎工学研究科の中に、『先端知能システム共同研究講座』という研究室を作り、お互いのリソースを集めて、共同で研究室を運営しています。具体的には、石黒研究室の中にもうひとつの研究室があって、大学側の教授も、サイバーエージェント側の研究員も、そこに籍を置いています。私自身も、大阪大学に毎日出勤しているんですよ」
――そこまで深く結びついている事例は珍しいと思います。サイバーエージェントにとって、オープンイノベーションという手法は、どのような意義を持つものですか
馬場「企業が持っている課題を、自分たちのアセットでは解決できないという時に、取り入れるものだと思っています。というのも、『共同で何か事業や技術を開発したい』という『願望』からスタートすると、中で動いている人は宙ぶらりんになってしまいます。明確に目的がないので、時間をかけても、『結局、何がしたいんだっけ』ということが起こりがちになります。
ひとつの企業が持つ技術力は、自分たちの主事業の外に新たに枠を広げる時には、不十分になることがあります。私たちの会社は広告代理事業から始まり、メディア、ゲーム、AI、DXと、どんどん事業領域を広げてきました。社内だけに限らず、さまざま領域において知見がある方々と一緒に作っていく体制ができていれば、自分たちのアセットに縛られない事業展開が可能になります。もうひとつ下のレイヤーで見ると、協業を通じて、“中の人たちの技術力”という資産をレベルアップさせることができ、新たな領域に入ったり、事業の幅を拡大していく際の、技術的なネックも少なくなるということが起こります。そこに、オープンイノベーションの大きな意義があると思っています。そうして、サイバーエージェントが持つ資産をどんどん社会に還元していくことで、より新たな価値を世の中に提供するとともに、日本の未来に貢献していけるのではないか思っています」
――本日はありがとうございました。