今シーズンから、東北楽天ゴールデンイーグルスの監督は取締役ゼネラルマネージャー(GM)と兼任する形で石井一久氏が務めている。この異例の人事は三木谷浩史オーナーの意向によるものとされるが、そもそも近年のイーグルスは1年ごとに監督が交代しており、迷走している感が否めない。
一方、楽天傘下のJリーグ・ヴィッセル神戸は近年、超高額年俸のイニエスタやビジャといった有名選手を引き抜くなど、金に糸目をつけない戦略でサッカー界を盛り上げている。
果たして、このような楽天のスポーツビジネスは成功なのか。『日本のスポーツビジネスが世界に通用しない本当の理由』(光文社新書)の著者でスポーツビジネスコンサルタントの葦原一正氏に聞いた。
楽天のスポーツビジネスに死角なし?
通信や金融、不動産に至るまで多種多様な事業展開をしている楽天グループ。2004年にはプロ野球に、14年にはJリーグに参入し、スポーツ事業でも存在感を示している。成績以外の面でも、イーグルスは球界でいち早くチケットの価格変動制を採用するなど、先進的な取り組みを進めている。
国内外のスポーツビジネスに詳しい葦原氏は、楽天のスポーツビジネスについて「日本スポーツビジネスを牽引している存在」と断言する。
「楽天は革新的に見られますが、ビジネスでは当たり前のことをやっているだけです。価格変動制は『チケット販売枚数の目標を立ててPDCAで回す』という、ごく普通のことを実行しただけ。それが、今までのスポーツ界ではほとんど行われてこなかったんです。イメージ戦略も巧みで、楽天は球団を持つことで企業ブランドもサービスへの信頼性も向上し、それがグループ全体に大きな効果をもたらしています。オーナーの現場介入や監督の交代劇などが時折話題になりますが、ビジネスとしてはきっちり回している印象です」(葦原氏)
Jリーグではイニエスタ選手の獲得など金に糸目をつけない手法も目につくが、「規則に反しているわけではないので、強い選手を引き抜くのは当たり前。イニエスタの獲得はJリーグ全体への貢献にもなっています。また、楽天事業全体へのシナジーもあるでしょうから、否定されるべき話ではない」(同)という。
また、今シーズンは田中将大選手がメジャーリーグからイーグルスに復帰。それに伴い、ファンクラブ「マー君クラブ」を設立し、10名限定で募集した年会費180万円の「マー君クラブVIP」コースも話題を呼んだ。現在、その高額コースは見事に定員に達している。
「金額が高くても、希望するお客様は必ずいます。2割の人が8割の売り上げを占める『パレートの法則』もあるので、そこをターゲットに商品を売るのはビジネスとしては極めて真っ当。かつて横浜DeNAベイスターズも100万円のチケットを販売していましたが、20組以上の応募がありました。この顧客データを取得できるメリットは極めて大きい」(同)
スタジアムと球団の一体経営がなせる技
また、楽天グループ内のサービスを組み合わせることでシナジー効果を生み出している点も、葦原氏は評価する。
「イーグルスやヴィッセルのスタジアムは19年から完全キャッシュレスとなり、楽天ペイや楽天カードを積極的に使う仕組みを整えています。異分野の事業を組み合わせることで相乗効果が生まれ、利益が出る。利益が出れば当然、選手やチームへの投資も大きくなり、結果も出てくる。同じような戦略を取っているのが、PayPayなどのサービスを持っているソフトバンクです」(同)
これは、ハード(スタジアム)とソフト(球団)の一体経営が進んでいるからなせる技である。一体経営により、スポンサー営業などあらゆる点で効率化が図られ、収支も劇的に改善されるのだ。イーグルスはスタジアムの「ボールパーク化」も推進し、本拠地の楽天生命パーク宮城には観覧車や公園などを設置。単なる球場ではなくアミューズメントスポットへと進化させ、来場者数を伸ばしている。
近年、プロ野球界では一体経営が多くなっているが、Jリーグではいまだに行政所有の施設を借りているチームが多い。チームだけでなく、グループ全体でいかに収益化するかが重要なのである。
さらに、葦原氏は楽天の人事編成にも注目し、旧来型のスポーツ運営と比較する。その特徴は、外部からの人材を積極的に起用していることだ。
「たとえば、イーグルスにアルバイトで入り事業責任者を務めた人物がヴィッセルに派遣されるなど、成果主義が行き届いています。また、従来のスポーツ運営には体育会系の競技出身者が関与するケースが多かったですが、楽天では多様な人材がチームを運営しています。この点はソフトバンクも優れていて、東大ラグビー部出身で日本テレコムにいた三笠杉彦氏をGMに据え、補佐にハーバード大卒の嘉数駿氏を置いています」(同)
スポーツビジネスにも客観的な視点を持つ人材が不可欠ということだ。
「データ活用や外部からの若い人材の獲得を積極的に行う楽天やソフトバンク、DeNAなどの新興球団が日本のスポーツビジネスをリードしています。片や、3年に1回、60代くらいの本社幹部が球団上層部にやってくるという“昭和的運営”の球団もある。先進的なチームは日本のスポーツビジネスのさまざまな問題点をわかっているはずですが、旧来型チームの幹部が重い腰を上げないので、なかなか全体の改革が進まない印象です」(同)
NPBとMLBの市場規模に大差がついた理由
改革すべき点のひとつが、リーグのガバナンスの強化だ。
「野球界でいえば、1995年のNPB(日本プロ野球)とMLB(メジャーリーグ)の市場規模はほぼ同等でした。しかし、現在はNPBが2000億円、MLBが1.1兆円と大きく水をあけられています。この理由は、平たく言うと、MLBはリーグが強いリーダーシップを持って変えていったから。たとえば、放映権。これは各球団がバラバラで持っているより、リーグが保有することで、より高く売ることができます。ホームページなどもリーグでまとめてつくれば安く済むし、ファンにとっても見やすくなるなど、リーグのガバナンス強化によって事業の効率化が図れるのです」(同)
チケット販売なども同様にリーグ主導の方が効率が良く、ファンにとってもメリットがある。
「チケット購入の際に必要なIDなども、リーグで共通していれば、どこの球場でも買いやすい。Jリーグは各種サービスで利用できる共通のアカウントがあります。なかなか簡単な話ではないですが、長期的にひとつの競技ではなく、野球、サッカー、バスケ、ハンドボールなどのチケットやグッズの購入もひとつのIDで済むなら、波及効果は抜群です」(同)
市場規模などを含めると、日本のスポーツビジネス界の王者がプロ野球であるという点は揺るがない。葦原氏は、日本のスポーツビジネスの変革もプロ野球界が率先して行うべきだと話す。
「なんとなくチケットを売って、なんとなく選手を揃えて、勝ち負けの結果だけを見るという、かつてのスポーツビジネスではなく、チーム運営において評価、分析、管理を重視する意識が日本でも徐々に浸透しています。その代表格のひとつが楽天です。野球とサッカーでプロチームを持って、しっかりと結果を出しているので、ひとつの成功モデルと言ってもいいでしょう。今後も、楽天をはじめ、ソフトバンクやDeNA、あとは新球場をつくる北海道日本ハムファイターズあたりが日本のスポーツビジネスを牽引していくと思います」(同)
彼らの今後の改革を、いちスポーツファンとして注目したい。
(文=沼澤典史/清談社)