天才てんさい・ベートーヴェンを生うんだ不幸ふこうな英才えいさい教育きょういく、天才てんさい・モーツァルトを生うんだ幸福こうふくな英才えいさい教育きょういく

モーツァルト一家かずや（「Getty Images」より）

　フィンランドで秋あきも深ふかまり寒さむくなり始はじめた頃ころ、あるレストランの前まえの歩道ほどうに乳母車うばぐるまが置おいてありました。「この国くには犯罪はんざい率りつが低ひくく、誰だれも盗ぬすむ人ひともいないからね」と思おもいながら、なんとなく乳母車うばぐるまの中なかに目めがいきました。その中なかには、生うまれて数カ月すうかげつくらいの赤あかちゃんがスヤスヤと眠ねむっているのです。

「えっ！！」驚おどろいた僕ぼくは大だい慌あわてでレストランの中なかに入はいり、店員てんいんを呼よびつけて「外そとに赤あかちゃんが放はなっておかれている！」と叫さけびました。しかし、結構けっこうな大声おおごえだったにもかかわらず、店員てんいんはおろか、昼ひる時じにたくさんいた客きゃくも驚おどろいた顔かおひとつしません。そればかりか、あるテーブルの家族かぞくなどは、なんだかニコニコと聞きいているのです。

　実じつは、外そとの赤あかちゃんはその家族かぞくの子こで、乳母車うばぐるまに乗のせてレストランに来きて、そのまま放はなっておいて、自分じぶんたちはゆっくりとランチを楽たのしんでいたのです。

　あまりにもひどい話はなしだと、僕ぼくはリハーサルに戻もどりフィンランドの楽員がくいんに話はなしたのですが、みんな同おなじように「赤あかちゃんは外そとの空気くうきに当あてたほうがいいんだよ」と答こたえるのです。人ひとによっては、「冬ふゆの寒さむい日ひに、しばらくベランダに出だして置おくこともあるよ。赤あかちゃんの体からだを鍛きたえるんだよ」と言いいます。それはそれで、フィンランドでの赤あかちゃんの健康けんこう法ほうかもしれませんが、僕ぼくはそんなことを言いっているのではありません。

　治安ちあんが良よいフィンランドでは、誘拐ゆうかいなど考かんがえる人ひとはいないようで、僕ぼくの質問しつもんの意味いみ自体じたいを理解りかいしてくれたのは、フィンランド以外いがいの国くにから来きた外国がいこく人じんの楽員がくいんのみでした。おそらく、ほかの国くにで同おなじことをすれば、幼児ようじ虐待ぎゃくたいで逮捕たいほされてしまうでしょう。

ベートーヴェンやモーツァルトの幼少ようしょう期き

　虐待ぎゃくたいといえば、『運命うんめい』や『第だい九きゅう』で有名ゆうめいな作曲さっきょく家か・ベートーヴェンの幼少ようしょう時代じだいは、それこそ虐待ぎゃくたいを受うけた毎日まいにちでした。当時とうじ、“神童しんどう”モーツァルトの噂うわさはドイツのボンにも伝つたわっており、そこでさえないオペラ歌手かしゅをしていたベートーヴェンの父親ちちおやは、幼おさない息子むすこに才能さいのうがあることがわかるや、モーツァルトのような神童しんどうに育そだて上あげて大儲おおもうけをしようと、幼おさないベートーヴェンに過酷かこくな練習れんしゅうを強しいたのです。しかも大だい酒飲さけのみだったので、酔よっ払ぱらいながらの指導しどうでした。後年こうねんのベートーヴェンの難聴なんちょうの原因げんいんは諸説しょせつありますが、父親ちちおやの暴力ぼうりょくのゆえではないかという説せつが流ながれたほどです。

　とはいえ、父親ちちおやのスパルタ指導しどうのおかげもあってベートーヴェンは優すぐれた音楽家おんがくかとなり、今いまもなお、素晴すばらしい音楽おんがく作品さくひんで我々われわれを感動かんどうさせてくれているわけです。しかし、当時とうじのベートーヴェンは音楽おんがくが嫌きらいになるほどだったようで、本人ほんにんにとっては不幸ふこうな英才えいさい教育きょういくといえばいいのでしょうか。

　一方いっぽう、モーツァルトの場合ばあいは、父親ちちおやのレオポルド・モーツァルトが優すぐれたヴァイオリニストで、名めい教師きょうしでもありました。今いまもなお、レオポルドが書かいた教則きょうそく本ほん「ヴァイオリン奏法そうほう」は世界中せかいじゅうで販売はんばいされており、日本にっぽんでも日本語にほんご訳やくを購入こうにゅうできます。そんな父親ちちおやを持もったモーツァルトは、優すぐれた才能さいのうに恵めぐまれただけでなく、高水準こうすいじゅんの音楽おんがく教育きょういくを受うけることができたのです。

　モーツァルトは幼少ようしょう期きに、家族かぞくとイタリア、ドイツ、フランス、イギリスと長期ちょうき滞在たいざいしながら、違ちがう国々くにぐにの音楽おんがく様式ようしきを完全かんぜんにマスターしていきます。そういう恵めぐまれた環境かんきょうによってつくり上あげられた、普遍ふへん的てきな音楽おんがくがモーツァルトの最大さいだいの魅力みりょくとなり、現在げんざいに至いたるまで世界せかい的てきに人気にんきを誇ほこっています。

　モーツァルトの家族かぞくは、大だい演奏えんそう旅行りょこうの前まえに故郷こきょうのオーストリアの首都しゅとウィーンを目指めざしました。ウィーンは当時とうじ、世界せかいでも最大さいだい級きゅうの都市としでした。そこで当時とうじ6歳さいのモーツァルトは、有名ゆうめいなエピソードを残のこしています。

「ザルツブルクから神童しんどう・モーツァルトが来くる」というニュースは、ウィーンにいち早はやく届とどき、モーツァルト一家かずやは貴族きぞくたちの招待しょうたいを受うけ、ものすごい評判ひょうばんとなりました。それは1週間しゅうかん後ごには、皇帝こうていフランツ一世いっせいと女帝にょていマリア・テレジア夫妻ふさいの耳みみにも届とどいたほどで、モーツァルトは早速さっそく、王室おうしつ宮殿きゅうでんに招待しょうたいされました。当然とうぜんのことながら、モーツァルトの家族かぞくはすっかりかしこまってしまったようですが、天真爛漫てんしんらんまんなモーツァルトはお構かまいなしで、マリア・テレジアの膝ひざに跳とび乗のったり、首くびに何なん度どもキスをしたりと大だい暴あばれでした。