9月1日、セブン&アイ・ホールディングス(HD)による米投資会社フォートレス・インベストメント・グループへのそごう・西武売却が完了した。度重なる延期や前日のストライキなどさまざまなゴタゴタを経た売却劇ではあったが、結局は売却に落ち着いた形だ。すでに再建計画が明らかになっており、今後はフォートレスと提携するヨドバシカメラがそごう・西武に出店する予定となっている。今回の売却劇で各社にはどのような思惑があったのだろうか。百年コンサルティング代表の鈴木貴博氏の解説を交え、各社の思惑やそごう・西武の今後の行方について探ってみた。
今回の売却劇で1,000億円儲かったフォートレス
今回、フォートレスはセブン&アイHDからそごう・西武を買収した。そごう・西武はもともと約3,000億円の負債を抱えていたが、売却に際してセブン&アイHDはそごう・西武に対する916億円の債権を放棄しており、売却時の負債は約2,000億円となっている。そごう・西武の企業価値2,200億円から最終的な負債額2,000億円、調整額を差し引き、実質的な譲渡額はわずか8,500万円となった。借金を肩代わりする代わりにフォートレスがタダ同然でそごう・西武を買収した形だ。なお、買収に際してフォートレスは3メガバンクから約2,300億円を借りており、これを基にそごう・西武が抱える2,000億円の負債を返済する見込みである。
その後フォートレスは西武池袋本店、そごう千葉店の土地・建物の一部や関連会社の株式をヨドバシカメラに約3,000億円で売却した。つまりフォートレス側から見ればそごう・西武の負債2,000億円を肩代わりしつつも不動産の一部を3,000億円でヨドバシカメラに売却しており、今回の売買で1,000億円儲かったことになる。なお、これらの数字は報道によって錯綜しており、あくまでも概算である。
セブン&アイHDはイトーヨーカ堂に関しては売却しない方針を掲げている一方、そごう・西武に関しては、なぜ売却に至ったのだろうか。「セブン&アイHDは自分たちなら百貨店を成功させられるだろうと思って西武・そごうを買ったが、20年間やってみて再建できなかったにすぎない」と鈴木氏は言う。祖業であるイトーヨーカ堂と違って、百貨店事業に経営陣の思い入れはなかったのだろう。
フォートレスは不動産会社のやり方に則っただけ
フォートレス傘下となったそごう・西武の再建計画は明らかとなっている。フォートレスは改装費用として600億円を用意し、そごう・西武10店舗のうち400億円を西武池袋本店、200億円を他の9店舗に投じる計画である。現時点で店舗の閉鎖は予定していないようだ。なお、ヨドバシは不動産を取得した西武池袋本店、そごう千葉店に出店するのはもちろんのこと西武渋谷店にも出店を検討しており、3店舗に出店するとみられる。
フォートレスは過去にも国内最大級のゴルフ場運営会社であるアコーディア・ゴルフグループやレオパレス21に投資しており、経営難に陥った企業を買収する「ディストレスト投資」を得意としているようだ。今回のそごう・西武の売却ではどのような思惑があったのだろうか。
「フォートレス自身は百貨店経営をしたことがありません。もともと不動産業を得意としており、不動産売買やリニューアル後の切り売りを行ってきました。今回のそごう・西武の買収も自社で小売業を始めるわけではなく、不動産業者のやり方に沿っただけです」(鈴木氏)
つまりフォートレスとしては、従来から得意とする不動産業として儲かったにすぎないようだ。
駅前一等地を狙うヨドバシ
前記の通りヨドバシは池袋・千葉・渋谷への出店を目指しており、今回の売却劇で注目された西武池袋本店に関しては店舗面積の半分がヨドバシ、もう半分が百貨店になると見られる。やはり池袋の駅前一等地はヨドバシにとって魅力的だったのだろうか。
「駅前百貨店が家電量販店になる例は過去にもいくつか見られます。そごう有楽町店はビックカメラになり、かつての三越池袋店もヤマダ電機に生まれ変わりました。やはり旧百貨店跡地は家電量販店にとって儲かる場所のようです。ヨドバシも駅前一等地が欲しいということで西武池袋本店を狙ったのでしょう」(同)
過去の例を調べてみると、百貨店から家電量販店への転換は他にもいくつかみられる。三越横浜店や三越吉祥寺店はいずれもヨドバシカメラに変わり、三越新宿店はビックカメラとなっている。地方では札幌そごうがビックカメラとなり、近鉄百貨店京都店はヨドバシカメラへと生まれ変わっている。特にヨドバシは郊外店を置かず、駅前立地に特化した家電量販店として知られる。
百貨店事業の今後は不透明
池袋の駅前一等地に出店するヨドバシも成功することだろう。だが、ヨドバシを誘致せずに百貨店で成功させる別のシナリオはなかったのだろうか。
「現在の百貨店事業で伸びている客層は(1)インバウンドと(2)富裕層の2つです。そして、この2つの客層を取り込むには語学力や営業力、人脈など従業員の『個』の力が必要となります。しかしフォートレスが実施しようとしている方針は百貨店面積や従業員の縮小であり、従業員個人の力を伸ばすのとは逆の流れといえます。そう考えるとフォートレス傘下での百貨店事業はあまり期待できないかもしれません」(同)
鈴木氏の言うように従業員個人のレベルを重視し、インバウンドや富裕層にターゲットを絞れば百貨店事業単体として業績を伸ばせたかもしれない。だがフォートレスはヨドバシを主軸としており、富裕層ではなく一般層をターゲットとしているようだ。池袋店に関してはヨドバシと同じフロアへの出店に海外ブランド店が難色を示しているとの報道もあり、特に富裕層が離れてしまう可能性もある。
今回の売却劇をまとめると、そごう・西武の経営権がフォートレスへと移り、百貨店がもつ不動産の一部がヨドバシへと移ったかたちだ。セブン&アイHDは経営難の百貨店事業を売却したいという思惑があり、ヨドバシには駅前一等地が欲しいという思惑があった。両者の思惑を利用してフォートレスが儲かった構図といえる。米投資会社に翻弄されるそごう・西武の姿を見ると残念な気持ちも否めない。
(文=山口伸/ライター、協力=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役)