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#6 何もできない、旅人の虚しさ エルサレム|好書好日
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#6 なにもできない、旅人たびびとむなしさ エルサレム

エルサレムの街並まちな

 世界せかい一周いっしゅうたびなかで、イスラエルに10日間にちかんほど滞在たいざいした。渡航とこうまえは「危険きけん場所ばしょ」というイメージがつよかったし、実際じっさいまちちゅうにいる兵士へいしたちは自動じどう小銃しょうじゅうをもってウロウロしていたのをていたので、最初さいしょの2、3にちはだいぶ緊張きんちょうしていた。

 でも、迷路めいろのようなエルサレムのきゅう市街しがいあるきまわるのはとてもたのしかったし、ひよこまめのペーストであるフムスやまめコロッケのファラフェルなど、食事しょくじもヘルシーでおいしかった。ユダヤきょう、キリストきょう、イスラームきょうかく宗教しゅうきょう聖地せいちめぐっていても、とくあらそいをかけることはなかったし、むしろ世界中せかいじゅう人々ひとびといのりを間近まぢかることができて、しあわせな気持きもちになった。なんだ、イスラエル、いいこくじゃない。

左から豆コロッケのファラフェル、ひよこ豆のペーストであるフムス、トマトときゅうりのサラダ
ひだりからまめコロッケのファラフェル、ひよこまめのペーストであるフムス、トマトときゅうりのサラダ

 エルサレム最終さいしゅう一緒いっしょたびをしていたドイツじんのトムと、いのマイクロバスで、エルサレムからみなみやく10キロのところにあるまちベツレヘムへった。ベツレヘムはイエス・キリストの生誕せいたんとしてられており、現在げんざいパレスチナ自治じちにある。

イスラエルの兵士。自動小銃を持って家路につく姿には違和感がある
イスラエルの兵士へいし自動じどう小銃しょうじゅうって家路いえじにつく姿すがたには違和感いわかんがある

 いわゆるパレスチナ問題もんだいについては、教科書きょうかしょなか知識ちしきぐらいしかなかったが、イエス・キリストがまれたとされる教会きょうかい周辺しゅうへんでも、地元民じもとみんでにぎわうスークでも、アイーダ難民なんみんキャンプでも、普通ふつうひとらしていて、イスラエルの居住きょじゅうとパレスチナ自治じちへだてる巨大きょだいなコンクリートせいかべ存在そんざいのぞけば、なんわたしたちの日常にちじょうわらないとおもった。

イスラエルとパレスチナ自治区を隔てる壁
イスラエルとパレスチナ自治じちへだてるかべ

 ただ、パレスチナからエルサレムへかうかえりのバスで、それはこった。

 バスには15にんぐらいの乗客じょうきゃくがいたのだけれど、検問けんもんしょでパレスチナじんだけがバスからろされたのだ。わたしとトムは、パレスチナじんではないと判断はんだんされたのだろう、パスポートもなにせずに“かおパス”だったが、パレスチナじん全員ぜんいん手荷物てにもつ検査けんさとボディーチェックをされていた。とあるパレスチナ女性じょせい製図せいずれるようなつつじょうのケースをっていて、彼女かのじょはそれを「勉強べんきょうのために使つかだ」と説明せつめいしていたのに、イスラエルへい中身なかみもろくに確認かくにんしないで、そのケースを没収ぼっしゅうしていた。

 わたしとトムは無言むごんかお見合みあわせた。一気いっきに「現実げんじつ」にもどされたがして、ヒリヒリしたおもいがのこっている。

ベツレヘムのスークの様子
ベツレヘムのスークの様子ようす

 たかのてるこの『ガンジスかわでバタフライ』に、たような場面ばめんがあったことをおもした。

 このほんは、20さいのときにはじめて海外かいがいいちにんたびをした傑作けっさくエッセイで、彼女かのじょのみずみずしい感性かんせい爆笑ばくしょうエピソードがりなのだけれど、インドのたび途中とちゅうでこんな記述きじゅつがある。

ドライバーのおっちゃんは、れたかんじで乗客じょうきゃくおとこたちと談笑だんしょうしている。なんのはなしをしているんだか、かたまではたって和気わきあいあいだ。インドじんは、はたからているぶんには本当ほんとうなかさそうにえる。こう情景じょうけいているかぎり、インドにカーストなんてものが存在そんざいしていること自体じたいしんじられないくらいだ。(207ページ)

 そして、インドのとある家庭かていでホームステイをした筆者ひっしゃやさしいおだやかなおかあさんが、お手伝てつだいらしき女性じょせいかって、ものすごい剣幕けんまくてて、いかはじめた場面ばめんたりにする。スプーンによごれがのこっていたことにはらてていたおかあさんは、スプーンをそのお手伝てつだいさんにげつける。

こんなふうに、平和へいわ光景こうけいなかでは、カーストによる差別さべつのギャップがあまりにもはげしすぎた。わたしはほとほと、自分じぶん無力むりょくさがいやになってしまった。インドには、をつぶってしまいたくなるような現実げんじつがあまりにもおおすぎる。でもそれをったところで、わたしにはどうすることもできないのだ。現実げんじつればるほど、むなしさがつのるばかりだ。(222ページ)

 パレスチナ問題もんだいとカースト制度せいど同等どうとうかたるつもりはないけれど、わたしとたかのさんがそれぞれかんじた、この旅人たびびとむなしさはたしかに共通きょうつうしている。なにもできない無力むりょくさをかんじているが、すくなくとも、その現実げんじつわすれないでいようとおもっている。

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