一つのツイートがたちまち拡散
全ての始まりはこのツイートから。
https://twitter.com/ishikawa_yumi/status/1088410213105917952?s=20
私はいつか女性が仕事でヒールやパンプスを履かなきゃいけないという風習をなくしたいと思ってるの。専門の時ホテルに泊まり込みで1ヶ月バイトしたのだけどパンプスで足がもうダメで、専門もやめた。なんで足怪我しながら仕事しなきゃいけないんだろう、男の人はぺたんこぐつなのに。
ツイートはたちまち拡散され、現在では2万9千リツイート、6万5千のいいねがついているが、石川さんがこうしたツイートをしたのは、このときが初めてじゃない。実はその前から男女格差について数多くつぶやいてきて、これもその一つにすぎなかった。
「これをつぶやいた頃は葬儀会社でアルバイトをしていました。たまたまこの日は葬儀が重なって仕事が長引き、立ちっぱなし。足の小指から血が出て痛かったんで、確かに男女格差の話ではあったんですけど『痛い、いやだ』という気持ちでつぶやきました。このツイートの前もセクハラされた女性側が責められるのは変だとか、なんで女性は化粧しないといけないのか?と、あらゆることをつぶやいてたんです」
ツイートは拡散され、翌日には「具体的に何か出来ることはないだろうか」と自らつぶやき、約2週間後の2月10日からはオンライン署名活動を始めた。
「何をしたらいいんだろう?と思う中で、たまたま週刊誌『SPA!』の記事“ヤレる女子大生ランキング”への抗議ミーティングに参加し、“オンライン署名を集める”という方法を知りました。それでまたツイッターで『次に何をしたらいいんだろう、署名集めかな?』とつぶやいたら、LGBTの活動家でChange.org Japanのスタッフである遠藤まめたさんから『署名活動やりませんか?』と声を掛けていただき、始めました」
署名は1万9千人分が集まり(その後さらに増えて12月現在では3万1千人を超えている)、6月3日に根本厚生労働大臣(当時)に提出。女性にのみハイヒール・パンプスを命じることは性差別でジェンダーハラスメントだとして、禁止の法規定を作ることを求めた。
それを受けて2日後には衆議院厚生労働委員会で「女性が職場でパンプス着用を義務付けられるのは必要か?」と質問があり、当時の根本匠厚労相が「パワハラに該当し得る」と答弁。さらに11月には参議院でも同様の質問があり、加藤勝信厚労相が「同じ仕事を男女が同じようにしている場合はハラスメントだと思う」と答弁し、女性だけにパンプスが強要されることが性差別だと認められ、法規定へ大きく前進を果たした。
こうした動きの外でも、幾つかの企業ではパンプス義務をなくしたり、“スニ活”と呼ばれるスニーカー推奨の動きも生まれてきた。1つのつぶやきが、これまで社会通念上で当たり前とされてきた身近な困難を変えていく――決してまだゴールにたどり着いてはないが、多くの人、特に女性を“自分たちで社会を変えられる”と勇気づけた意味で、意義のある運動に育っていると言える。
否定的なツイートは定型文のよう
そこまで広がった要因の一つが、皮肉なことに“クソリプ”と呼ばれる誹謗中傷ツイートが数多くなされたこと、それに対して石川さんが決してひるまず諦めず、ずっと返信を続けてきたことにあるんではないか?と思う。クソリプを送る人たちは叩きのめすつもりが、逆にツイッター上で対話して運動の本質をあらわにし、広める役割を果たしてるように見える。
「最初から賛否ツイート両方ありました。否定的なツイートは定型文か?と思うぐらい同じようなのが多くて、こちらも同じことを何回でも打って返し、そのうち『だ』って打つだけで、『男性が履いてる革靴を履かせてください、という運動ですよ』という文章が出てくるぐらいでした」
しかし、“クソリプ”には石川さん自身を貶めるような、ひどいものも多い。それでも石川さんは返信の手を休めることはなかった。
「『お前は脱いでるくせに』というのがとても多くて、違和感しかありませんでした。言ってる人たちの価値観は脱ぐ=みっともない、脱ぐ=差別されてあたりまえといった風で、グラビアでヌードになった私は何か言う権利なんてない、差別されることが当たり前だと言われてるようでした。男の人も脱いだら、こんなこと言われるんでしょうか?」
問われてすぐに「おすもうさん?」と答えてしまい、カメラマン含めて全員で爆笑してしまったのだが、石川さんがそんな風にツイートに答えていく後押しをしてくれたのは韓国でベストセラーとなった『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』(イ・ミンギョン/著 すんみ・小山内園子/訳)という一冊の本だ。
「全ての文章が私の心を解放してくれる最高の内容だった。とにかく全てのフェミニストの方に読んでほしい」(『#KuToo』より)
この本には女性差別的な物言いへの「い返し方」がシチュエーション別に載っていて、「この本に励まされ、ちゃんと怒ろうと思った」石川さんはツイートを続けてきた。
この本には女性差別的な物言いへの「い返し方」がシチュエーション別に載っていて、これに励まされながら石川さんはツイートを続けてきたが、そもそもこうしたつぶやきをするようになったきっかけは、#MeToo運動から。2017年10月に女優アリッサ・ミラノの「もしセクシャル・ハラスメントや暴行を受けていたら、このツイートに“Me Too”を付けてリプライして」というツイートを読んだ石川さんは、「いてもたってもいられなくなり、Twitterに#MeTooをつけて連投した」(『#KuToo』より)。自著にもあるが、石川さんはかつて性暴力の被害者だった。
「それまでは自己責任だと言われると思ってました。でも、#MeTooをしたときにフェミニストの先輩である小川たまかさんと、三浦ゆえさんが私を呼んで本屋さんでのイベントを開いてくれたんです。お二人と出会ったことで、これまで考えてきたことへの答え合わせができた感覚がしました。これはおかしい!と思っていたけれど、おかしいと思っている私がおかしいと言われ続けてきた。『我慢しなさいよ、あなたが悪い、あなたが言いすぎなんだから』と抑え込まれていたものに対して、『イヤだ、辛い』と言う、その感覚の方が正解だよと教えてもらったんです」
数多くの本から学んだ日々
そこから石川さんの学びが始まる。
「色々な本を読みました。中でも小川たまかさんの『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を。』(タバブックス)はとても分かりやすく性犯罪、性暴力の問題を解説してくれているので、まだジェンダーの問題を分かっていないときに読んでも分かりやすく、色々考えさせられました」
『「ほとんどない」ことに…』は小川さんが体験したり取材したことを元にエッセイのように綴られて行く。帯で武田砂鉄さんが「はぐらかす大人に『問いに答えよ』と迫る本」と書いているが、その通り。世の中でないことにされ、あやふやに誤魔化されている男女格差の問題をダメなものはダメでしょう?と世に問いていく一冊だ。
さらに、三浦ゆえさんは『男が痴漢になる理由』(斉藤章佳/イースト・プレス)を編集したフリーの編集者でもあり、石川さんがフェミニズムを学んでいく、その歩みをウェブ連載にさせてくれた。
「私がフェミニズムを学んでいく連載です。夫婦別姓の導入を望む裁判の原告側弁護団の事務局長を務めた弁護士の打越さく良さんや、性犯罪者向けのプログラムを始めた精神保健福祉士の斉藤章佳さん、『私たちにはことばが必要だ』を翻訳したすんみさんと小山内園子さんと様々な方にお会いして、話を伺い、理解を深めることができました」
#KuToo問題は重層的なもの
こうした学びから、石川さんは#KuTooを強く「フェミニズムの運動」だと意識してやってきた。
「私はそう思っているのに、そうじゃないと思ってる人がけっこう多いですし、フェミニズム運動だと知った途端に拒否感を出す人もいます。『なんで、わざわざ男女の問題として考えるの?』と否定的に問われます。取材に来られる方もTVだと“労働問題”として取り上げることがほとんどでした。フェミニズムの視点で話をしても、オンエア上では“労働問題”として放送したり、アナウンサーの方がわざわざ『これは女性差別の問題ではなく、労働問題ですね』と言うこともありました。もちろん、#KuTooは労働問題でもあり、健康問題でもありますが、女性差別の問題です。色々な要素が入り組んだ問題を単純化したがるのはどうしてだろう? それもまた別の問題だと感じています」
#KuTooは女性差別の問題でありながら労働問題でもある重層的なものだという意識から、自著『#KuToo』には労働法の専門家・内藤忍さんとの対談も収めた。
「内藤さんとの対談は、みんなが労働者としての権利を知るのは大切だと収録しました。今はみんなが我慢して苦しい方向に行くのを当たり前だと受け止めている。おそらく私にクソリプ送ってくる人たちも我慢を強いられ、強いられながらもそれを把握することさえできない人たちじゃないのか?と思うんですね。だからこそ、私は気づいてほしくて全てにリプライをするわけです。その我慢を自分たちで変えていこう、知っていこうと言いたいんです」
ところで、石川さんは自著とほぼ同時期に出たフェミニズム入門ブック『シモーヌ』(現代書館)で、ヌードを披露している。
「ふだんグラビアには男性読者向けのヌードしかなくて、ヌードを見たいという女性読者の声もけっこう聞くし、何より自分がやってみたい」という。
そうした考え方にも背中を押してくれた本がある。
「長田杏奈さんという美容ライターでフェミニストの方が書いた『美容は自尊心の筋トレ』(Pヴァイン)からも示唆を受けました。どれだけ自分を大切に出来るか?が書かれています。自分がどうしたいのか?を考えるより、どう見られるのか?がどうしても優先されて考えてしまいがちで。でも、最初に自分がどうしたいか?があるべきですから」
それでは、俳優でフェミニストの石川優実はこれからどうしていきたいんだろうか?
「映画を撮りたいです。ドキュメンタリーでもいいんですが、それよりもフェミニズムをテーマにした物語の映画を作りたい。韓国ではベストセラーになった小説『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ/斎藤真理子訳/筑摩書房)は映画化されましたよね。そういう映画を作りたいし、出たいです。
それから、もっと運動することが気軽になったらいいなと思います。つぶやく、署名する、といった小さなアクションが積み重なって確実に社会が変わっていくんだから、これはおかしいと思うものを、気軽に声にしていければいいですね」
女性の権利について自由に語る気運を大いに高めた#KuTooも#MeTooも、奇しくも共に一人の女優が始めて広まった。学者ではなく女優というポップ・アイコンが真ん中にいることで垣根が低くなって関心と共感が集まりやすかった、というのもあるだろう。#KuTooは始まったばかり。石川さんの歩みはまだまだ続く。