「人殺ひとごろしの花はな」書評しょひょう　桜さくらやバラの持もつ多義たぎ性せいの危あやうさ

評者ひょうしゃ：西崎にしざき文子ふみこ／朝あさ⽇新聞しんぶん掲載けいさい：2020年ねん03月がつ28日にち

人殺ひとごろしの花はな政治せいじ空間くうかんにおける象徴しょうちょう的てきコミュニケーションの不透明ふとうめい性せい著者ちょしゃ：大貫おおぬき恵美子えみこ出版しゅっぱん社しゃ：岩波書店いわなみしょてんジャンル：歴史れきし・地理ちり・民俗みんぞく

ISBN: 9784000245425
発売はつばい⽇： 2020/01/30
サイズ: ２０ｃｍせんちめーとる／２７３，３５ｐ

人殺ひとごろしの花はな　政治せいじ空間くうかんにおける象徴しょうちょう的てきコミュニケーションの不透明ふとうめい性せい　［著ちょ］大貫おおぬき恵美子えみこ

　特攻とっこう機きの機首きしゅにくっきり描えがかれた桜花おうか。微笑ほほえむヒトラーやスターリンが、子こどもたちから受うけ取とるのはバラの花束はなたばだ。この桜さくらやバラは人々ひとびとに何なにを伝つたえるのだろうか。花はなや米べいの象徴しょうちょう性せいや、君主くんしゅや独裁どくさい者しゃ、天皇てんのう制せい国家こっかにおける権力けんりょくと象徴しょうちょうとの関係かんけいなどを論ろんじた本書ほんしょは、長ながく米国べいこくで研究けんきゅうしてきた著者ちょしゃの思索しさくの集大成しゅうたいせいでもある。
　象徴しょうちょうのもつ政治せいじ的てき意味いみを把握はあくするには、その多義たぎ性せいと、そこにあらわれる「美よし」と「崇高すうこう」、そして、歴史れきしや社会しゃかいとの相互そうご関係かんけいを認識にんしきすることが大切たいせつだと著者ちょしゃはいう。たとえば、秀吉ひでよしの花見はなみのように桜さくらは権勢けんせいを示しめすこともあれば、はらはらと散ちることで喪失そうしつを表あらわすこともあり、さらには夜桜よざくらや郭かくの桜さくらのように非ひ規範きはん的てきな世界せかいの象徴しょうちょうともなる。バラは愛あいや純潔じゅんけつを示しめすが、散ちりゆく姿すがたは死しを意味いみし、ナチスに抵抗ていこうした「白しろバラ」のような反はん体制たいせい運動うんどうの表象ひょうしょうとなることもある。この多義たぎ性せいが、象徴しょうちょう的てきコミュニケーションの不透明ふとうめい性せいを生うみ出だす。生命せいめいの象徴しょうちょうとしての桜さくらやバラは、天秤てんびんがわずかに傾かたむくだけで死しの象徴しょうちょうに変形へんけいするのである。
　象徴しょうちょうのもつ不透明ふとうめい性せいは、権力けんりょくの可視かし化かや外在がいざい化かの問題もんだいについてもあてはまる。日本にっぽんの天皇てんのうが視覚しかく的てきにも聴覚ちょうかく的てきにも人々ひとびとの前まえに姿すがたを現あらわさなかったことは知しられている。それは、ヨーロッパの君主くんしゅや独裁どくさい者しゃの姿すがたが繰くり返かえし肖像しょうぞう画がや郵便ゆうびん切手きってに描えがかれたのと対照たいしょう的てきである。他方たほう、日本にっぽんでは菊花きっか紋もんや鳳凰ほうおう（ほうおう）、橿原神宮かしはらじんぐうなどが象徴しょうちょうとして使つかわれたが、それは古代こだい日本にっぽんを想起そうきさせながら政治せいじ制度せいどとしての天皇てんのう制せいを可視かし化かするためであった。
　問題もんだいは、象徴しょうちょうのもつ曖昧あいまいさや多義たぎ性せいに慣なれた人々ひとびとが、意味いみの変化へんかに気きづかないことだと筆者ひっしゃは指摘してきする。桜さくらがその美うつくしさにより日本にっぽん固有こゆうの文化ぶんかの崇高すうこう性せいと結むすびつけられ、国家こっかが人民じんみんを死しに追おいやるときの「人殺ひとごろしの花はな」となっても、ごく自然しぜんなことと受うけ止とめられてしまう。その危険きけんは決けっして過去かこのものでも、一いち国こくに限かぎられるものでもない。
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　おおぬき・えみこ　1934年ねん生うまれ。米べいウィスコンシン大だい教授きょうじゅ（人類じんるい学がく）。著書ちょしょに『学徒がくと兵へいの精神せいしん誌し』など。