「一いち度どきりの大泉おおいずみの話はなし」書評しょひょう　今いまも癒いえない痛いたみの封印ふういんを解とく

評者ひょうしゃ：トミヤマユキコ／朝あさ⽇新聞しんぶん掲載けいさい：2021年ねん05月がつ29日にち

一度いちどきりの大泉おおいずみの話はなし著者ちょしゃ：萩尾はぎお望都もと出版しゅっぱん社しゃ：河出書房新社かわでしょぼうしんしゃジャンル：マンガ評論ひょうろん・読よみ物もの

ISBN: 9784309029627
発売はつばい⽇： 2021/04/22
サイズ: ２０ｃｍせんちめーとる／３５０ｐ

「一いち度どきりの大泉おおいずみの話はなし」　［著ちょ］萩尾はぎお望都もと

　少女しょうじょ漫画まんが界かいのレジェンドがこれまで語かたられてこなかった思おもい出で話ばなしをしてくれる。そう聞きいて喜よろこばないファンはいない。当事とうじ者しゃしか知しり得えないあれこれが書かかれたテクストには、懐なつかしさと資料しりょう的てき価値かちの両方りょうほうがある。しかし、本書ほんしょの中核ちゅうかくを占しめるのは、萩尾はぎお望都もとという少女しょうじょ漫画まんが家かが封印ふういんしてきた、癒いえない痛いたみの記憶きおくである。愉快ゆかいな回顧かいこ録ろくかと思おもって読よむと裏切うらぎられる。萩尾はぎおは過去かこと繫（つな）がる「今いま」の話はなしをしようとしているのだ。
　「仕方しかたがない、もう、これは一いち度ど、話はなすしかないだろうと思おもいました。これで私わたしの気持きもちをご理解りかいいただき、外部がいぶからのアプローチが収おさまるよう望のぞみます」……萩尾はぎおによれば、竹たけ宮みや惠子けいこ『少年しょうねんの名なはジルベール』（小学館しょうがくかん）の出版しゅっぱんがきっかけで彼女かのじょたちの新人しんじん時代じだいが注目ちゅうもくされ、ドラマ化かの話はなしが来きたり、竹たけ宮みやとの対談たいだん企画きかくを持もち込こまれたりといったことが相次あいついだらしい。それは彼女かのじょを困惑こんわくさせた。困惑こんわくのあまり本ほんを書かいて事情じじょう説明せつめいをしようと思おもうに至いたったのは萩尾はぎおが竹たけ宮みやとはすでに「お別わかれ」しているからだ。
　デビューしたてのふたりが東京とうきょうの大泉おおいずみで同居どうきょしながらマンガを描えがいていたこと。やがてその関係かんけいが破綻はたん（はたん）したこと。ふたりが経験けいけんした「事実じじつ」はひとつだが、胸むねの裡うら（うち）にある「真実しんじつ」はひとつではない。それは『少年しょうねんの名なはジルベール』を読よむと一層いっそうはっきりする。同おなじ時じ、同おなじ場所ばしょにいたふたりが、違ちがう風景ふうけいを見みている。切せつない話はなしだ。しかし、それでも人生じんせいは続つづいていく。
　「冷静れいせいに反論はんろんできるのは、自分じぶんの描えがく、漫画まんがの中なかだけです」と萩尾はぎおは書かく。それを裏返うらがえして、彼女かのじょの文章ぶんしょうには、冷静れいせいならざる感情かんじょうの震ふるえがある、と言いえるかもしれない。だとすれば、読者どくしゃの仕事しごとは、真相しんそう究明きゅうめいでも善人ぜんにん悪人あくにんのジャッジでもなく、彼女かのじょの戸惑とまどい、恐おそれ、苦くるしみにそっと触ふれることだろう。「大泉おおいずみサロン」「２４年ねん組ぐみ」といった言葉ことばに夢ゆめや憧あこがれだけを感かんじるわけにはいかなくなるかも知しれないが、それでも読よんでみて欲ほしい。
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はぎお・もと　１９４９年ねん生うまれ。漫画まんが家か。『ポーの一族いちぞく』『１１人にんいる！』『残酷ざんこくな神かみが支配しはいする』など。

トミヤマユキコ（トミヤマユキコ）ライター・東北芸術工科大学とうほくげいじゅつこうかだいがく講師こうし

1979年ねん生うまれ。2019年ねん春はるから東北芸術工科大学とうほくげいじゅつこうかだいがく講師こうし。ライターとして日本にっぽんの文学ぶんがくやマンガについて書かく一方いっぽう、大学だいがくでは少女しょうじょマンガ研究けんきゅうを中心ちゅうしんとしたサブカルチャー関連かんれん講義こうぎを担当たんとう。著書ちょしょに『少女しょうじょマンガのブサイク女子じょし考こう』『夫婦ふうふってなんだ？』など。2021年ねん4月がつより書評しょひょう委員いいん。