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翻訳を生きる:5 新訳が奏でる音楽に包まれて フランス語、英語・河野万里子 |好書好日
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翻訳ほんやくきる:5 新訳しんやくかなでる音楽おんがくつつまれて フランス語ふらんすご英語えいご河野こうの万里子まりこ

三溝さみぞ美知子みちこ

 「言葉ことばもの」とはよくわれるが、それをいちばんかんじるのは、新訳しんやくされた作品さくひんむとき、または自分じぶん自身じしん新訳しんやくむときかもしれない。

 新訳しんやくとは、過去かこやくされた名作めいさくを、著作ちょさくけんれているなどのタイミングであらたに翻訳ほんやくなおしたもの。言葉ことばやいいまわし、文章ぶんしょうのリズムやテンポもあたらしくなるので、めば「今度こんどはわかる!」と感激かんげきするし、めば原書げんしょんだ時点じてんで「こういうはなしだったんだ!」とからうろこ(うろこ)がちたようになって、感動かんどうする。

 ときくにえてみつがれてきた作品さくひんには、やはりむねなにかがあるのだ。各国かっこく作品さくひんんでいるうちに、自分じぶん地平ちへいひろがっていくような気持きもちもわいてくるし、くにによる作風さくふう文章ぶんしょう感触かんしょくのようなものが、ざっくりわかってくるのもおもしろい。すばらしい作品さくひんだといていたのに、むかしはよくわからなかった、めなかったというなさけなさを払拭ふっしょく(ふっしょく)したいというおもいも、内心ないしんあったりする。

旧版きゅうばん改変かいへんもど

 さて、フランスの作品さくひん新訳しんやくで、最近さいきん印象深いんしょうぶかかったひとつは『ドルジェルはく舞踏ぶとうかい』だ。解説かいせつやあとがきもわかりやすく、二十歳はたち夭折ようせつ(ようせつ)した作者さくしゃラディゲ(いちきゅうさんいちきゅうさん)の年譜ねんぷもドラマチック。

 そもそもこの作品さくひんは、ラディゲの死後しご兄貴あにきぶんだった詩人しじんコクトーが、ななひゃくカ所かしょ以上いじょうも(!)れて発表はっぴょうしたとのこと。そういえば、むかしんだ邦訳ほうやくばんにはコクトーの「ついで」がいていた。一方いっぽう新訳しんやくばんは、だけられたラディゲ自身じしん最終さいしゅうがたから翻訳ほんやくしたそうで、これは画期的かっきてきなことだろう。

 物語ものがたりは、わかいドルジェル夫妻ふさいおっとしたしいとも、フランソワがくわわって、つまマオをめぐる三角さんかく関係かんけいひろげられていくのだが、ななひゃくカ所かしょもの言葉ことばかえったためか、新訳しんやくばんでは、人物じんぶつ姿すがたがそれぞれいっそうあざやかにせまってくる。緊密きんみつからいながらすすんでいくさんにん心理しんりのありさまは、まるで精緻せいち(せいち)なバロック音楽おんがくくかのようだ。

 もうひとつは『むすめたち』。なが品切しなぎれになっていたところに新訳しんやくて、はじめてむことができた。やはり充実じゅうじつした訳注やくちゅう図版ずはん解説かいせつがありがたい。精神せいしんやまいくるしんだという作者さくしゃネルヴァル(いちはちはちいちはち)の、神話しんわ宗教しゅうきょう世界せかいまでりこむような壮大そうだい物語ものがたり象徴しょうちょうてき表現ひょうげんも、冒険ぼうけんにでかけるような心持こころもちですすめられる。

 序文じょぶんにデュマへの手紙てがみ最後さいごは「幻想げんそう詩篇しへん(しへん)」、あいだに「アンジェリック」「シルヴィ」「ジェミー」「オクタヴィ」「イシス」「コリッラ」「エミリー」の物語ものがたりがあり、女性じょせいたちがこいあい運命うんめいたいして主体しゅたいてきであるのが、たのもしくもせつない。

 そしてやはり、言葉ことばから音楽おんがくこえてくるようだ。全体ぜんたいで、組曲くみきょくといったところだろうか。ラディゲの硬質こうしつ精緻せいちさとはまたおもむきことなる、のびやかでゆたかなひびきにつつまれる。

言葉ことばもの

 最後さいご日本にっぽん作品さくひんから、『あしたのことば』をげたい。言葉ことばきていると実感じっかんさせてくれる素敵すてきいちさつで、やっつの短編たんぺんからる。ひとつずつちがうイラストレーターのいていて、おはなしのはじまりは、カラーの冒頭ぼうとうの「かえみち」は、初出しょしゅつ小学校しょうがっこうろくねん教科書きょうかしょだそうで、分類ぶんるいするなら児童じどうしょだ。

 けれど、ごろバリアーをったりぶた(ふた)をしたりしてしまいがちな大人おとな内面ないめんにも、きらきらとまっすぐにはいってくる物語ものがたり連続れんぞくで、わたしは途中とちゅうなんなみだぐみ、かとおもうとわらわされて、しんあらわれたようになった。

 ものである言葉ことばは、時代じだいとともにすこしずつ変化へんかしながら、ときにわたしたちのしん音楽おんがくのようにたし、ときにとも大切たいせつひとのように、明日あしたへのちからあたえてくれる。=朝日新聞あさひしんぶん2021ねん9がつ4にち掲載けいさい

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