「なぜ美術びじゅつは教おしえることができないのか」　「批評ひひょう」の再考さいこうから模索もさくする未来みらい　朝日新聞あさひしんぶん書評しょひょうから

評者ひょうしゃ：椹さわら木野この衣ころも／朝あさ⽇新聞しんぶん掲載けいさい：2023年ねん07月がつ01日にち

なぜ美術びじゅつは教おしえることができないのか美術びじゅつを学まなぶ人ひとのためのハンドブック著者ちょしゃ：ジェームズ・エルキンス出版しゅっぱん社しゃ：三さん元げん社しゃジャンル：教育きょういく・学習がくしゅう参考さんこう書しょ

ISBN: 9784883035588
発売はつばい⽇： 2023/05/09
サイズ: １９ｃｍせんちめーとる／３９８，４３ｐ

「なぜ美術びじゅつは教おしえることができないのか」　［著ちょ］ジェームズ・エルキンス

　書名しょめいで提起ていきされている問といはわたしにとってひときわ深刻しんこくだ（肩書かたがきを見みてほしい、同類どうるいなのだ）。しかも著者ちょしゃは「結論けつろん」のなかではっきりと答こたえている――。「美術びじゅつを教おしえるという考かんがえは修復しゅうふくしがたいまでに不合理ふごうりである」と。
　もっとも、同様どうようの問といは珍めずらしくはない。だが、本書ほんしょでは「歴史れきし」「会話かいわ」「理論りろん」の３章しょうをまるごと費ついやしてその困難こんなんさについての分析ぶんせきがなされる。さらにその不合理ふごうりさを第だい４章しょうの「批評ひひょう」に集約しゅうやくさせる。ただし、ここでの批評ひひょうとは学生がくせいたちが教員きょういんの前まえで作品さくひんを発表はっぴょうする講評こうひょうのことで、そこでのやりとりについて著者ちょしゃはみずからも勤つとめる美術びじゅつ大学だいがくでの一種いっしゅ、異様いような実例じつれいを引ひきながら筆ふでを進すすめる。
　ただし、その徹底てっていゆえだろう。著者ちょしゃはここでの批評ひひょう＝講評こうひょうが持もつ、ほかに例れいを見みない複雑ふくざつな特性とくせいについて記述きじゅつすることを忘わすれない。そして、これと比くらべたとき、教おしえたことの成果せいかを定量ていりょう化かできる「試験しけん」がいかに退屈たいくつで「一式いっしきになったつまらないパズル」かについても指摘してきする。だからと言いって結論けつろんが変かわるわけではない。だが、そもそも美術びじゅつそのものが「人間にんげんの応答おうとうのほとんど全ぜん範囲はんいを網羅もうらしている」のだから、美術びじゅつを教おしえることが「まったくの無意味むいみとなりかねないほどの危険きけんを孕（はら）んでいる」のも当然とうぜんなのだ。そうして著者ちょしゃは第だい５章しょう「提案ていあん」で「批評ひひょうを再考さいこうするための方法ほうほう」を具体ぐたい的てきに示しめす。
　たとえば、講評こうひょうという批評ひひょうがうまく機能きのうしない理由りゆうとして、ひとりあたりに費ついやされる時間じかんが短みじかすぎることを指摘してきする。それを解決かいけつするため、たった一ひとつの作品さくひんをめぐって、学生がくせいたちの頭あたまに浮うかんだありとあらゆる意味いみについて３時じ間あいだを費ついやして話はなし合あうことも挙あげている。もっとも、著者ちょしゃはそれが「美術びじゅつを教おしえることができない」ことへの簡易かんいな処方箋しょほうせん（せん）にならないよう改あらためて釘くぎを刺さす。美術びじゅつというあまりにも巨大きょだいな洞穴どうけつ（著者ちょしゃが「結論けつろん」の最後さいごの最後さいごに出だす比喩ひゆだ）が持もつ未知みちの闇やみに「電気でんき照明しょうめいやスロープ」をつけることで「確実かくじつに面白おもしろみのないもの」にしては元もとも子こもない。「美術びじゅつ学科がっかや美術びじゅつ学校がっこうで教おしえることは、私わたしが知しる限かぎり最もっとも興味深きょうみぶかい活動かつどう」であり「およそ意味いみをなす何なにものからも最もっともかけ離はなれた活動かつどう」なのだ。その意味いみで美術びじゅつを教おしえることは冒険ぼうけんと呼よんでいいかもしれない。
　なるほど序論じょろんの冒頭ぼうとうで本書ほんしょは、美術びじゅつに関かかわる教師きょうしと学生がくせいの両者りょうしゃにむけた「サバイバル・ガイド」とされている。２０年ねん以上いじょう前まえの原著げんちょながら、美術びじゅつを簡単かんたんに学まなべるかの今日きょうの風潮ふうちょうに確実かくじつに抗こう（あらが）い、いまなお美術びじゅつの未来みらいを模索もさくしている。
　　　　◇
James Elkins　１９５５年ねん生うまれ。シカゴ美術館びじゅつかん付属ふぞく美術びじゅつ大だい教授きょうじゅ（美術びじゅつ史し、美術びじゅつ批評ひひょうなど）。シカゴ大だいで美術びじゅつ制作せいさくと論文ろんぶんで修士しゅうし号ごう。その後ご美術びじゅつ史しに専攻せんこうを変かえ、ルネサンス美術びじゅつにおける遠近えんきん法ほうの研究けんきゅうで博士はかせ号ごう。

椹さわら木野この衣ころも（さわらぎのい）美術びじゅつ評論ひょうろん家か・多摩美術大学たまびじゅつだいがく教授きょうじゅ

1962年ねん生うまれ。『日本にっぽん・現代げんだい・美術びじゅつ』『震ふるえ美術びじゅつ論ろん』など著書ちょしょ多数たすう。企画きかく・監修かんしゅうした展覧てんらん会かいに「日本にっぽんゼロ年ねん」展てん（水戸みと芸術げいじゅつ館かん）、「平成へいせい美術びじゅつ：うたかたと瓦礫がれき　１９８９―２０１９」展てん（京都きょうと市し京きょうセラ美術館びじゅつかん）など。2022年ねん10月がつより書評しょひょう委員いいん。