泉いずみ鏡花きょうか、生誕せいたん１５０年ねん　稚いとけなきものを慈いつくしむまなざし　東あずま雅夫まさお

泉いずみ鏡花きょうか

　今年ことし２０２３年ねんは、明治めいじの文豪ぶんごう・泉いずみ鏡花きょうかが、１８７３年ねんに金沢かなざわ市しに生うまれてから、ちょうど１５０年ねん目めにあたる。

　最近さいきん流行りゅうこうの漫画まんが／アニメ『文豪ぶんごうストレイドッグス』では、可憐かれん（かれん）な女性じょせいキャラクターとして登場とうじょうし、人気にんきを博はくしている鏡花きょうか先生せんせいだが、実在じつざいの鏡かがみ花はなは男性だんせいであり、本名ほんみょうは泉いずみ鏡かがみ太郎たろう、『金色きんいろ夜叉やしゃ』で名高なだかい硯友社けんゆうしゃの総帥そうすい・尾崎おざき紅葉こうようの愛弟子まなでし（まなでし）として、１８９５年ねん発表はっぴょうの初期しょき短篇たんぺん（たんぺん）「夜行やこう巡査じゅんさ」と「外科げか室しつ」で一躍いちやく、新しん時代じだいの人気にんき作家さっかとなった。

　かく申もうす私わたしは、これまでアンソロジストとして、鏡花きょうか作品さくひんの選集せんしゅうを幾度いくどとなく編あんできたが、今年ことしもまた平凡社へいぼんしゃライブラリーと新潮しんちょう文庫ぶんこから、新あらたな鏡花きょうかアンソロジー編纂へんさん（へんさん）の御ご注文ちゅうもんをいただき、さて生誕せいたん１５０年ねんの今年ことしは、どんな趣向しゅこうを凝こらしたものか……と思案しあんするさなか、今回こんかいの寄稿きこう依頼いらいに接せっした次第しだい。依頼いらい状じょうに「生誕せいたん１５０年ねん、この作家さっかの今いまも変かわらぬ魅力みりょくについて」お書がきいただきたい、とあったが、確たしかに鏡花きょうかは、同どう時代じだいの他ほかの文豪ぶんごうたちと較（くら）べても、際立きわだって今いまも人気にんきが高たかい。

稀有けうなる先覚せんかく者しゃ

　なぜか？　戦前せんぜんと戦後せんごの鏡かがみ花はな評価ひょうかを比較ひかくすると、それこそ百ひゃく八はち十じゅう度どといってよいほど、激変げきへんしている。すなわち、戦前せんぜん＝古ふるめかしい新派しんぱ劇げきの原作げんさく者しゃとして。戦後せんご＝超ちょう自然しぜんの言語げんご世界せかいを誰だれよりも早はやく深ふかく極きわめた、果敢かかんで職人しょくにん肌はだの探究たんきゅう者しゃとして……。　鏡花きょうか再さい評価ひょうかの口火くちびを切きったのは、自決じけつ直前ちょくぜんの三島みしま由紀夫ゆきおだった。盟友めいゆう・澁澤しぶさわ龍彦たつひこを巻まき込こんで、怪奇かいき幻想げんそう文学ぶんがくの稀有けう（けう）なる先覚せんかく者しゃとしての鏡かがみ花はな像ぞうを世よに広ひろめた功績こうせきは、多大ただいである。

　一いち冊さつ目めに掲かかげた『龍りゅう蜂はち（りゅうほう）集あつまり　澁澤しぶさわ龍彦たつひこ　泉いずみ鏡花きょうかセレクション１』は、三島みしまの遺志いしを継ついだ澁澤しぶさわが１９７０年代ねんだい初頭しょとうに着手ちゃくしゅしたものの、諸般しょはんの事情じじょうで幻まぼろしに終おわった企画きかくを、山尾やまお悠子ゆうこという新しん世代せだいの担にない手てを得えて奇跡きせき的てきに復活ふっかつさせた４巻かん本ほんアンソロジーの初はつ巻まき。そもそもの発案はつあん者しゃである編集へんしゅう者しゃ・桑原くわばら茂夫しげおや鏡花きょうか研究けんきゅうの泰斗たいと・田中たなか励儀による寄稿きこう文ぶんが、その成なり立たちを教おしえてくれるだろう。戯曲ぎきょく「山吹やまぶき」で幕まくを開あけ「山中さんちゅう哲学てつがく」で締しめる、山尾やまおの卓抜たくばつな構成こうせい力りょくにも、拍手はくしゅを。

小品しょうひんが放はなつ妖美ようび

　ちなみにアンソロジストたる私わたし自身じしんが常つねにお手本てほんとして意識いしきしていたのは、ドイツ文学ぶんがく界かいの碩学せきがく（せきがく）・川村かわむら二郎じろうが編あんだ『鏡花きょうか短篇たんぺん集しゅう』一いち巻かんだった。「凝集ぎょうしゅうした幻視げんしのきらめきを核かくとしている」９篇へんの短篇たんぺん・小品しょうひんから成なる同書どうしょには、鏡花きょうか的てき幻想げんそうの核かくとなる妖美ようびなイメージが、これでもかとばかりに濃縮のうしゅくされていて、陶然とうぜんたる読よみ心地ごこちへ誘さそわれる。

　とりわけ、鏡花きょうか邸ていの庭にわに飛来ひらいする雀すずめ（すずめ）の親子おやこの愛あいらしい生態せいたいが描えがき出だされる「二に、三さん羽わ――十じゅう二に、三さん羽わ」は、集中しゅうちゅうの白眉はくび（はくび）というべき名作めいさくで、小ちいさく稚やや（いとけな）きものを慈いつくしむ鏡花きょうかのまなざしが何なにより印象いんしょう的てきだが、その後半こうはん、雑草ざっそうを探さがして近隣きんりんを徘徊はいかい（はいかい）する鏡かがみ花はなが、招まねかれて崖がけ際ぎわに建たつ不思議ふしぎな邸宅ていたくに入はいり込こむあたりから、物語ものがたりは不意ふいに幻妖げんようの色合いろあいを濃こくし、関東大震災かんとうだいしんさいの災禍さいかとともに突如とつじょ、強制きょうせい終了しゅうりょうとなる。

　思おもえば今年ことしが、鏡花きょうか生誕せいたん１５０年ねんと同時どうじに、関東大震災かんとうだいしんさいから１００年ねん目めの年としでもあるとは、何なにがなし因縁いんねんめいていよう。

　ここで、新しん時代じだいの鏡かがみ花はな研究けんきゅうの扉とびらをひらく一いち冊さつとして、三品みしな理絵りえ『草叢くさむら（くさむら）の迷宮めいきゅう』を挙あげておきたいと思おもう。代表だいひょう作さくの一ひとつ「草くさ迷宮めいきゅう」に始はじまり、主おもに鏡花きょうか後期こうきの作品さくひんから「植物しょくぶつ」のモチーフを丹念たんねんに拾ひろい集あつめて成なった労作ろうさくである。同書どうしょに帯おび文ぶんを寄よせた野口のぐち武彦たけひこは「この視界しかいには人ひとと植物しょくぶつの対立たいりつさえない。女性じょせいがそのまま花はなであるような不思議ふしぎな秩序ちつじょがこの宇宙うちゅうを支配しはいしている」と記しるしているが、植物しょくぶつや小しょう動物どうぶつといった稚いとけなき物言ものいわぬ存在そんざいに寄よせる鏡花きょうかの共感きょうかんこそ、今後こんごの鏡かがみ花はな探究たんきゅうの鍵かぎ（キイ）となってゆくような気きがしてならないのだ。＝朝日新聞あさひしんぶん2023年ねん9月がつ23日にち掲載けいさい