夜の電車でアイデアがふいにおりてきた
――「朝おきても ボクのとなりは つめたいまま」「いつもおこしてくれた キミはいない」けれど……透ける薄紙のページをめくると「ここにいるよ」と男の子に寄り添う猫に、胸がぎゅっとなります。本書はどのように生まれたのでしょうか。
リョウちゃんという猫を飼っていて、1999年1月にうちに来てから2012年の3月31日に息を引き取るまで、約13年間一緒に暮らしていました。亡くなったときはあまりにショックで、電車で移動中や仕事中でさえも、ちょっと気を緩めると涙が出そうになる “ロス”の状態が続いていました。
ある夜、電車に乗っていて、窓の外の景色が流れていくのを「別の世界が流れている」みたいな感覚で眺めながら、リョウちゃんのことを考えていたとき、ふっと「キミがいない」という最初の言葉がおりてきました。
「だいすきなキミ」「ここにいるよ」「そばにいるよ」ほとんどのセリフがそのまま浮かんで、電車の中でバーッと書き留めて。電車をおりたときには最後のページの言葉までほぼ出来上がっていました。家に帰ってからメモした言葉を見ながら絵を描いていきました。
――半透明の薄紙に猫を描くアイデアはいつ思いついたのですか。
電車で、セリフと同時です。ボクがいる世界に、猫を描いた半透明の薄紙をそっと重ねるとふたつの世界が重なるというイメージでした。
猫の方はボクの存在をわかっているし「ここにいるよ」と伝えているけれど、ボクはそれがわからなくて「いない」と思ってしまっている。リョウちゃんを亡くした私も「今は“いない”と思っているけど、本当はいるんだよね」と自分に向けて言いたかったのもあると思います。
娘を見守る“仙人のような”猫
――リョウちゃんはどんな猫だったのですか。
もともとリョウちゃんは動物病院で保護された猫で、自分より小さな猫たちを見守るように、ごはんのときも他の子が食べるのを見てから自分も食べるような猫だったそうです。
私の友人夫妻がリョウちゃんを動物病院から引き取り、大事にしていたのですが、友人宅にお子さんが生まれてから家の中でリョウちゃんの居場所がなくなってしまったみたいで……。それでうちに来てもらうことにしました。当時、推定7歳くらいでした。
私に娘が生まれると、いつからかリョウちゃんは娘と一緒にベッドに行くようになって。娘が小学生になり、もう添い寝が必要ないくらいになっても、寝る時間になると一緒にベッドに行き、娘が寝静まるまでずっと寄り添っているんです。それで「寝たな」という感じになると、ムクっと起き上がってリビングの私のところに戻ってきます。
腎臓の病気のために、最後の2年間は目も見えなかったのに、リョウちゃんはずっと娘を寝かしつけるようにそばにいてくれていました。思い出すと今でも泣いちゃうんですけど……。娘のことも、娘が1歳のときにうちに加わったもう1匹の猫、ビビちゃんのことも「私が守ります」とでも言うようにふるまって……なんだか仙人みたいな猫でした。
――絵本のアイデアを思いついたのは何かきっかけがあったのでしょうか。
3月末にリョウちゃんを看取った後、たまたま5月にギャラリーでの絵の展示を控えていて「ミニ絵本みたいなものも作ってもらえないか」と言われていたんです。それで自宅のプリンタで印刷して『ココニイルヨ』という小さな本にしました。
私もその頃は本当に辛くて、いなくなってしまったことを受け入れられないというか……。ひとつの形にすることで死を受け入れていく意味もあったと思います。
――小さな本を手にした方々の反応はいかがでしたか。
猫じゃなくても、大切な存在を亡くした方が「本を欲しい」と言ってくださったり、展示後も人づてに「何冊か送ってほしい」とメールをいただいたり、「プレゼントとして贈りたいから」と注文を受けて作り足したりということが続きました。
ボローニャで出会ったベルギーの出版社
――その本が『Je suis là』としてベルギーでの刊行につながるのは、どんないきさつがあったのでしょうか。
2013年から2015年頃にかけて日本で出版社を探したのですが、半透明の薄紙を使うため製本にコストがかかるのがネックで、そのときは見つからなかったんです。
一度イタリアのボローニャ国際絵本原画展に行ったことがあって、そのときは力不足を痛感して帰ってきたのですが、2016年の春に「今度こそまた行こう」と決めて。公募に出した作品は入選しなかったけれど、現地で出版社の各ブースを回りました。有名な出版社のブースはイラストレーターたちの長蛇の列。15社ほど回り、最後に訪れたのがベルギーのAlice Jeunesseでした。
ブースにいた方が、半透明の薄紙の猫の絵を見たとき「ちょっと」と他の人に声をかけて2人で話しはじめて。あとで彼らはアートディレクターと編集者だったとわかるんですが、検討したいからダミー本を置いていってと言われました。でも既にUAE(アラブ首長国連邦)の出版社にダミー本を渡す約束をしていたので、「後から送ります」と約束して帰国後に日本から送ったら……翌2017年の出版が決まったのです。
ベルギー版は嬉しかったのですが、なんとか日本で出せないかと思っていました。東京・神保町のこどもの本専門店ブックハウスカフェにご縁ができて、店長さんにベルギー版をメッセージ付きで預けると、ついに目をとめてくれた編集者さんがいて。「これで日本でも出せる」と嬉しかったです。でも、よりよくするために構成や細部を練り直す必要がありました。ベルギー版からの翻訳出版の形だと制約が多いので、よくよく考えた末、新たな作品として出すことになったのです。
「ここにいるよ」で寄り添いあう本に
――具体的にはどんなところを練り直したのですか。
新しい本では、言葉を減らしたところがあります。例えば「ボクはかなしい」と膝を抱えるシーンの次に、男の子が枕を無言で抱きしめるシーン。ここには「とてもかなしい」という言葉があったのですが、編集者さんから「かなしい」「とてもかなしい」とボクの言葉を重ねるよりも絵だけにするほうが、より男の子の悲しみが(読者に)伝わると提案があり、猫からの「そばにいるよ」だけになりました。
あと当初は、男の子やセリフの文字の配置が今と違っていて、「ここにいるよ」のページのあとに、次のページへいこうとすると、猫が男の子から一瞬、離れていくような印象がありました。そこで、半透明の薄紙をめくると男の子のそばに猫が寄り添い、それと同時に「ここにいるよ」のセリフが現れるようにするのはどうか、との提案があり、男の子の絵を反転させたり、猫の位置を調整して描き直したりしました。半透明の薄紙に、白い模様も新たに描き加えました。編集者さんとデザイナーさんのおかげで細部までこだわり尽くしたきれいな絵本になったと思います。
そのぬくもりに守られていた
――気に入っているシーンは?
枕を抱きしめて泣く男の子に「そばにいるよ」と猫が寄り添う後ろ姿です。悲しみは深く、男の子は気づかないけれど、猫はちゃんとそばで心配して見ている……。猫のシルエットが好きなんです。あとはやっぱり最後のシーンですね。「だいすき」って言うときの猫の表情が嬉しそうで。
実は、リョウちゃんと仲良しだったビビちゃんもちょうど1年前に亡くなってしまいました。ビビちゃんは2003年生まれなので19年間私と暮らしたことになります。リョウちゃんもビビちゃんも、私が眠るときはずっと枕元にいました。「キミの場所に キミがいない」「いつもおこしてくれた キミはいない」と新しく絵を描き直しながら、鉤型のしっぽだったリョウちゃんから、まっすぐなしっぽのビビちゃんに寄せて、猫のシルエットを少し変えています。でも、絵本の猫はどちらの猫というわけじゃなく、大切な猫として描いています。
――シズカさんにとって猫はどんな存在ですか。
猫って、不思議なんですよね。自由なようでいて、癒しでもあるんですけど、どこか、すごくこちらを汲みとってくれているような気がして。飼い主としてこっちが守っているようで、実はすごく守ってもらっているような……。どんな自分もそのまま受け入れてくれる存在だと思います。
ずっとベタベタしているわけではないんですけど、猫って、そのぬくもりが同じ空間にいるだけで、空間がちょっと浄化される(笑)。場のエネルギーが変わるというか、いなくなってわかる……やっぱり特別な存在だなと。
ミニ絵本を作ったとき、本に救われたという感想をいただいたことがありました。猫に限らず、大切な存在を亡くした喪失の辛さは世界共通だと思うから、今回あらたに出すことができたこの絵本が、本を必要とするたくさんの人に届いたらいいな……と、そう願っています。