「トラディション」書評しょひょう　夜よるの歓楽街かんらくがいモラル超こえた風景ふうけい

評者ひょうしゃ：福嶋ふくしま亮あきら大だい／朝あさ⽇新聞しんぶん掲載けいさい：2024年ねん01月がつ13日にち

トラディション著者ちょしゃ：鈴木すずき涼すずか美び出版しゅっぱん社しゃ：講談社こうだんしゃジャンル：小説しょうせつ

ISBN: 9784065339114
発売はつばい⽇： 2023/12/08
サイズ: ２０ｃｍせんちめーとる／１１９ｐ

「トラディション」　［著ちょ］鈴木すずき涼すずか美び

　ホストクラブは路上ろじょうで派手はでに宣伝せんでんされる一方いっぽう、コロナ禍か以降いこうは公共こうきょうの敵てきのように扱あつかわれがちである。この二ふたつの対照たいしょう的てきなキャンペーンに引ひき裂さかれた水商売みずしょうばいが、日本にっぽんの夜よるの街まちを象徴しょうちょうしている。ただ、社会しゃかいが《昼ひる》の綺麗事きれいごと（きれいごと）だけで完結かんけつしないのは当然とうぜんとしても、今いまの《夜よる》にさまざまな背景はいけいをもつ日陰者ひかげものたちをかくまえる度量どりょうはあるだろうか。
　本書ほんしょはホストクラブの受付うけつけ係がかりを語かたり手てとして、ホストと客きゃくである「姫ひめ」を等距離とうきょりで見みつめた小説しょうせつである。男女だんじょのふりまく人工じんこう的てきな「匂におい」に満みちた、このあからさまな「作つくり物もの」の場ばでは「言葉ことばを信しんじてはいけない。意味いみを考かんがえてはいけない」。姫ひめたちが身みを切きって支払しはらう数字すうじだけが価値かちをもつが、そこに一発いっぱつ逆転ぎゃくてんを狙ねらうギャンブルの高揚こうようはなく、ただ大金たいきんが酒さけの泡あわとなり「沼ぬま」に溶とけてゆくばかりだ。そこまでする理由りゆうを問とえば、ゲストの痛いたみが呼よび覚さまされる。「だからこの店みせには鏡かがみがない」。
　その一方いっぽう、語かたり手ては「沼ぬまのようにねばついた街まち」の忌いまわしさを知しりつつも、そこにしか「生いき場所ばしょ」がないと感かんじている。どれだけ《夜よる》が荒廃こうはいしようとも、絶望ぜつぼうのもつ鈍色にびいろ（にびいろ）の輝かがやきが彼女かのじょを捉とらえずにはいられない。ひとびとの出入でいりの激はげしい歓楽街かんらくがいでは「人ひとの輪郭りんかくは常つねにぼやけている」。それでも、言葉ことばになりにくい感情かんじょうの群むれが、霧きり状じょうの粒子りゅうしとなって混まざりあうとき、そこに彼女かのじょたちの隠かくされた痛覚つうかくがふっと浮うかび上あがる。このモラルを超こえた風景ふうけいが本書ほんしょのかなめである。
　昼ひるの防御ぼうぎょをといたとき現あらわれる人間にんげんの姿すがたは、今いまも昔むかしももろく崩くずれやすい。「受付うけつけ」である語かたり手ては、それを肯定こうていも否定ひていもしない。ただ、快かい不快ふかいのはっきりした彼女かのじょにも欠かけているものがある。ささやかなのに、自分じぶんを偽いつわっている限かぎりは得えられないもの――それが最後さいごの場面ばめんに凝縮ぎょうしゅくされる。著者ちょしゃはおそらく、底そこなしの荒廃こうはいのなかでも決けっして手放てばなしてはならない思おもいのあり方かたを、そこで示しめしたのである。
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すずき・すずみ　１９８３年ねん生うまれ。作家さっか。『ギフテッド』『グレイスレス』で芥川賞あくたがわしょう候補こうほ。『「ＡＶ女優じょゆう」の社会しゃかい学がく』など。