二に十じゅう一いち年ねん目めの車検しゃけん　澤田さわだ瞳子とうこ

　先日せんじつ、お世話せわになっている自動車じどうしゃディーラーの担当たんとう者しゃが代かわったそうで、新任しんにん者しゃから挨拶あいさつ（あいさつ）電話でんわをいただいた。「ところで前任ぜんにんの〇〇もご案内あんない差さし上あげたと思おもいますが、今いまのお車くるま、今年ことしで二に十じゅう一いち年ねん目めの車検しゃけんをお迎むかえです。そろそろお乗のり換かえは……」

　「あ、はい。いずれ」

　前任ぜんにん者しゃさんとは長ながい付つき合あいで、我わが家やのごくごく小ちいさなセダン車しゃが十じゅう一いち年ねん目めの車検しゃけんを迎むかえた頃ころから、再三さいさん、買かい替かえを勧すすめてくださった。だがわたしがどれだけ経たっても腰こしを上あげないのに、見切みきりをつけてしまったらしい。最近さいきんは、「お乗のり換かえは……まあ、お考かんがえじゃないですかね」と勧すすめられる折おりも激減げきげんしていた。

　決けっして考かんがえていないわけではないのだ。今いまの車くるまは大学院生だいがくいんせいの頃ころに貯金ちょきんをはたいて買かった思おもい入いれ深ふかいものだが、だからといって永遠えいえんに乗のり続つづけられぬぐらい承知しょうちしている。

　ただわたしには悪わるい癖くせがあり、同種どうしゅのものがたくさんある場合ばあい、そこから一ひとつだけを選えらぶのが大変たいへん不得手ふえてだ。これが本ほんであれば、どれほど膨大ぼうだいな冊数さっすうがあろうが、「今いまはこれ！」と瞬時しゅんじに決きめられる。しかし車くるまだの洋服ようふくだのといった、原則げんそく的てきに関心かんしんがない品しなになるといけない。どれでもいいやと思おもうとかえって絞しぼり込ごめず、後回あとまわしにすべくさじを投なげてしまって、今いまに至いたる。おかげで腕時計うでどけいも、大学生だいがくせいの頃ころからずっと同おなじものを使つかっている始末しまつ。どうも書籍しょせき以外いがいに関かんして、わたしはとんと物欲ぶつよくが欠かけているらしい。

　一方いっぽうで今いまの車くるまを手放てばなしがたい理由りゆうも、実じつはある。我わが家やの車くるまはとうの昔むかしに生産せいさん終了しゅうりょうした車種しゃしゅのため、路上ろじょうから同おなじ車しゃがどんどん減へっている。だから時々ときどき同おなじ車しゃとすれ違ちがうと、絶滅ぜつめつ危惧きぐ種しゅの生いき物もの同士どうしが偶然ぐうぜん出会であう姿すがたを目めにしたような気分きぶんになる。

　無論むろん、車くるまはただの車くるま。感情かんじょうなどないし、これはわたしの感傷かんしょうだ。だがたとえごくまれにであろうとも、我わが家やの車くるまが同おなじ仲間なかまに出会であい続つづけられる限かぎりは、やはりこの車くるまを走はしらせていたい。そんなわけで、二に十じゅう一いち年ねん目めの車検しゃけんはもうすぐだ。＝朝日新聞あさひしんぶん2024年ねん3月がつ27日にち掲載けいさい