ヒコロヒー「黙だまって喋しゃべって」　恋愛れんあい感情かんじょうの濃淡のうたんを解像度かいぞうど高たかく

　悩なやみ相談そうだんの方法ほうほうとして、問題もんだいの最適さいてき解かいをずばっと指摘してきする姉御あねごタイプもいれば、隣となりに座すわって辛抱強しんぼうづよく話はなしに付つきあうツレのようなタイプもいる。ピン芸人げいにんのヒコロヒーさんはきっと後者こうしゃ。相手あいての決定けってい権けんを奪うばわず、断罪だんざいもせず、結論けつろんが何なにであれ苦笑くしょうまじりに肯定こうていしてくれそうに見みえる。

『黙だまって喋しゃべって』には１８の掌編しょうへんが収録しゅうろくされる。多おおくは男女だんじょの感情かんじょうの機微きびが描えがかれる。例たとえば「ばかだねえ」は、さんざん浮気うわきされ噓（うそ）をつかれ金きんの無心むしんをされてもダメ男おとことついヨリを戻もどしてしまう綾香あやか（あやか）の話はなしだ。別わかれは苦くるしい。しかしそれは自分じぶんを尊重そんちょうしてくれたかつての恋人こいびとの幻影げんえいが永遠えいえんに失うしなわれるつらさだと得心とくしんした綾香あやかは、少すこし前まえを向むく。

　あるいは「あと十じゅう分ふんだけ」は、高校こうこう時代じだいの同級生どうきゅうせいとして後年こうねん再会さいかいした男女だんじょが友情ゆうじょう関係かんけいから踏ふみ出だせずに逡巡しゅんじゅん（しゅんじゅん）する終電しゅうでん間際まぎわを丁寧ていねいに追おう。他ほかにも、女癖おんなぐせの悪わるいバンドマンをどうしても拒絶きょぜつできないライブハウス勤つとめの由莉ゆり（ゆり）ちゃんや、恋人こいびとが「ただの友達ともだち」と抗弁こうべんする女性じょせいからほの見みえる媚こび（こび）に苛立（いらだ）つ公おおやけ香が（きみか）など、どこにでもいそうな人々ひとびとが不意ふいにあらわにする感情かんじょうを、一いち編へん一いち編へんは掬きく（すく）い上あげるのだ。

　恋こいと愛あいの違ちがいを自分じぶんなりに定義ていぎづけようとした経験けいけんは誰だれしもあるだろう。しかしヒコロヒーさんは居心地いごこちがいいのと欲情よくじょうの違ちがい、嫉妬しっとと愛あいの違ちがいなど、多様たような感情かんじょうのグラデーションを解像度かいぞうど高たかく描えがき分わけ、それぞれの状況じょうきょうに落おとし込こむ。

　必かならずしも倫理りんり的てきでも合理ごうり的てきでもない言動げんどうに出でてしまう人々ひとびとの姿すがたをこんなふうに鮮あざやかに愛あいをもって捉とらえられるのは、観察かんさつ力りょくとエンパシーで他者たしゃを理解りかいする能力のうりょくの高たかさゆえに違ちがいない。

　分わかりあえなさにもがくからこそ、人間にんげん関係かんけいはいつも面白おもしろいのだ。そう気きづかせてくれるヒコロヒーさんはおそろしい。今度こんどぜひ人生じんせい相談そうだんに乗のってください。＝朝日新聞あさひしんぶん2024年ねん6月がつ29日にち掲載けいさい

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　朝日新聞あさひしんぶん出版しゅっぱん・１７６０円えん。今年ことし１月がつ刊かん。２刷さつ１万まん７千せん部ぶ。「自分じぶんにもこんな経験けいけんがあった、こんな恋愛れんあいをしている友人ゆうじんがいた、ヒコロヒーさんにい当いあてられた気きがする、という読者どくしゃの声こえが多おおく寄よせられた」と担当たんとう編集へんしゅう者しゃ。