教養きょうよう小説しょうせつ×サスペンスの魅力みりょく「檜垣ひがき澤さわ家かの炎上えんじょう」　谷津たにつ矢車やぐるまが薦すすめる文庫ぶんここの新刊しんかん！

『檜垣ひがき澤さわ家かの炎上えんじょう』　永嶋ながしま恵美えみ著ちょ　新潮しんちょう文庫ぶんこ　１２１０円えん
『最終さいしゅう飛行ひこう』　佐藤さとう賢一けんいち著ちょ　文春ぶんしゅん文庫ぶんこ　１３２０円えん
『翡翠かわせみ（ひすい）色しょくの海うみへうたう』　深沢ふかざわ潮うしお著ちょ　角川かどかわ文庫ぶんこ　８５８円えん

　今回こんかいは「近代きんだいを舞台ぶたいにした広義こうぎの歴史れきし時代じだい小説しょうせつ」で選書せんしょ。

　生糸きいとを商あきない富豪ふごうとなった横浜よこはまの名家めいか、檜垣ひがき澤さわ家かを舞台ぶたいにした（１）は、同家どうけに引ひき取とられた当主とうしゅの妾わらわ（めかけ）の子こ、高木たかぎかな子この視点してんから、明治めいじ末期まっきから大正たいしょう期きにかけての華麗かれいなる上流じょうりゅう階級かいきゅうを描えがく。女系じょけい一族いちぞく内外ないがいで繰くり広ひろげられる謀略ぼうりゃく、政略せいりゃく結婚けっこん、婿養子むこようしの謎なぞの焼死しょうし、実在じつざいした明治めいじ期きの事件じけん、気きになる男性だんせいや友人ゆうじんの存在そんざいが、自分じぶんの居場所いばしょを得えるべく奮闘ふんとうするかな子この成長せいちょうを促うながしていく。約やく八はち百ひゃくページの厚あつさを感かんじさせない、良よい意味いみで軽かろやかな、教養きょうよう小説しょうせつ×サスペンス。

　第だい２次じ世界せかい大戦たいせんの最中さいちゅう、ナチスドイツにより祖国そこくフランスを奪うばわれたサン＝テグジュペリの孤独こどくな戦たたかいを描えがく（２）は、実在じつざいする小説しょうせつ家かを描えがいた歴史れきし小説しょうせつであり、優すぐれた航空こうくう小説しょうせつ。第だい２次じ世界せかい大戦たいせん中ちゅうに置おかれた立場たちばや心情しんじょうを丁寧ていねいに追おいつつ、名作めいさく『星ほしの王子おうじさま』の誕生たんじょうや妻つまコンスエロとの関係かんけい、飛行ひこう士しとして培つちかったプライド、祖国そこくを失うしなった一いちフランス人じんとしての思おもいをも一いち筆ぴつ書がきにしてゆく。複雑ふくざつ極きわまりない一人ひとりの男おとこが最後さいごのフライトで見みる風景ふうけいは、清冽せいれつ（せいれつ）でいて美うつくしい。

　小説しょうせつ家か志望しぼうの主人公しゅじんこうが、従軍じゅうぐん慰安いあん婦ふをモチーフに小説しょうせつを書かこうと心しんに決きめ、沖縄おきなわ取材しゅざいに勤つとむ（いそ）しむ姿すがたを描えがく（３）は、戦時せんじ中ちゅう、従軍じゅうぐん慰安いあん婦ふとして沖縄おきなわに連つれてこられた朝鮮ちょうせん人じん女性じょせいの物語ものがたりと鏡かがみ合あわせになる形かたちで進行しんこうする。歴史れきしをフィクションとして語かたることの是非ぜひや、当事とうじ者しゃ性せいを巡めぐる問題もんだいを提起ていきし、実在じつざいする他者たしゃの痛いたみを小説しょうせつで描えがくことの困難こんなん性せいを剔抉てっけつ（てっけつ）する、メタ歴史れきし小説しょうせつの側面そくめんもある。＝朝日新聞あさひしんぶん2024年ねん8月がつ24日にち掲載けいさい