ロケットマニアには“目の正月”
2024年6月6日、米企業スペースXが、テキサス州ボカ・チカの同社打ち上げ基地「スターベース」から巨大ロケット「スターシップ」の4回目の試験打ち上げを行った。
同社はウェブ中継を行ったので、リアルタイムで見ていた方もそれなりにいたのではないだろうか。打ち上げが日本時間の午後9時50分で、夜中とか早朝ではなく、比較的見やすい時刻だった。もちろん私も見ていたのだが、圧巻としか形容のしようがなかった。
スターシップは直径9m、全高120m(ほぼ30階建てのビルに相当)、打ち上げ時重量4500トンという2段式巨大ロケットだ。日本の最新鋭ロケット「H3」は、直径5.2m、全高63m、打ち上げ時重量が最大575トン(ブースターを4本装備した場合)だ。ロケットは大きければいいというものではないが、スターシップの巨大さは、この比較で理解できるのではないだろうか。ちなみに有人月着陸を実現したアポロ計画の「サターンV」ロケットは、直径10.1m、全高110.6m・重量2870.9トンだった。スターシップは、サターンVより大きいのだ。
しかも、スターシップは第1段「スーパーヘビー」、第2段「スターシップ(機体全体と同名、通称シップ)」の両方を回収、再利用する。スーパーヘビーは分離後に発射地点に戻り、逆噴射で速度を落として地上施設でキャッチ、回収する。シップは「フラップ」という小さな制御翼を前後各2枚、計4枚装備していて、それで姿勢を保ちつつ大気圏に再突入、地表ぎりぎりまで水平姿勢で落下し、最後の最後で一気にロケットエンジンを下に向ける「フリップ・マニューバー」という動きをして逆噴射で着陸する。
失敗、失敗、また失敗
開発は2018年から始まり、23年4月からは、スーパーヘビーの回収とシップの大気圏再突入を目指した試験打ち上げが3回実施されていた。
これがなかなか壮絶で、23年4月20日の1回目は、第1段と2段が分離せずに空中で姿勢を崩して爆発。同年11月18日の2回目は、分離後の第1段が爆発、2段も途中でエンジン不調で飛行継続不可能になり搭載コンピューターの判断で自律破壊。
年が変わって2024年3月14日の3回目は第1段は海上に逆噴射でメキシコ湾に軟着水(水上にゆっくり降ろすことをこういいます)させる予定が、着水直前に爆発。シップは分離に成功したものの、再突入時に姿勢を崩してインド洋上空65kmで破壊命令が下された。
今回4回目の試験では、第1段のスーパーヘビーは逆噴射でメキシコ湾への軟着水に成功。第2段のシップは姿勢を制御して大気圏に再突入し、途中で前部フラップが破損したが最後まで姿勢を維持し、なんとかかんとか、ぎりぎりでインド洋に軟着水した。
私は、幼少時のアポロ計画から半世紀以上宇宙開発をウオッチングしているが、こんなデタラメ(ほめ言葉)でエキサイティングな状況を見守ることができようとは思ってもいなかった。
だいたい、月に人間を送り込んだサターンVよりも巨大なロケットの試験打ち上げが、年間3回ペースで実施されるということ自体が、「ぶっちゃけあり得ない」のだ。
しかもここまで、そのサターンVよりも大きなスターシップを4機、開発試験とはいえ海に捨てている。失敗、次、失敗、次、失敗、次――そしてじりじりと成功に近づいているのである。
2002年の起業以来、スペースXは常識を破壊しつつ驀進(ばくしん)し続けている。
創業者のイーロン・マスクは1971年、南アフリカ生まれ。カナダ経由で米国に移住し、1995年からネット関連事業の起業を開始。1999年、電子決済のX.com起業。2000年、PayPalと合併。02年、PayPalがeBayに買収され1億7580万ドルを得る。同年スペースXを起業。04年、電気自動車ベンチャーのテスラ・モーターズ(現テスラ)に出資して筆頭株主になり、CEOに就任――。
スペースXは、まず小型衛星打ち上げ用ロケット「ファルコン1」の開発を開始。ファルコン1は06年から打ち上げを開始したが最初の3機は打ち上げに失敗。08年9月の4号機で始めて打ち上げに成功。続く5号機では商業契約に基づきマレーシアの衛星を打ち上げた。
普通に考えればここからは、「せっかく完成したのだから、商業契約を取ってファルコン1をどんどん打ち上げるぞ」となるところだが、この年に米航空宇宙局(NASA)が商用軌道輸送サービス(COTS)という大規模補助金計画を立ち上げる。「運用中の国際宇宙ステーション(ISS)に物資を運ぶ輸送船とそのための輸送手段をつくってほしい。開発費に補助金を出す。うまくできたら、“ISSへの荷物輸送”の仕事を発注する」というものだ。
スペースXはこのCOTSにファルコン1の技術を使ったもっと大きなロケット「ファルコン9」と輸送船「ドラゴン」で応募し、首尾良く採用される。ファルコン9は、ほぼ日本のH-IIAロケットと同規模のロケットだ。同社は開発資金を国から出してもらって、H-IIA規模のロケットを手に入れたことになる。
2010年からファルコン9は打ち上げを開始。ファルコン1よりサイズ・重量が大きい衛星の商業打ち上げ契約も獲得できるようになった。
普通に考えればここからは、「せっかく完成したのだから、商業契約を取ってファルコン9をどんどん打ち上げるぞ」の一択。ところがスペースXは違った。ファルコン9の大改良に猛然と取り組み始めたのである。ファルコン9の第1段を逆噴射で回収して再利用する研究開発を開始し、2014年には、第1段を回収しての衛星打ち上げに成功してしまった。
普通に考えればここからは、「第1段回収再利用で打ち上げコストを下げて、商業契約を取りまくって市場を独占するぞ」と考えるはずなのだが、次のスペースXの打ち手は「自分で巨大な打ち上げ需要を作っちゃえ」だった。4000機以上の通信衛星で構成される巨大衛星通信網「スターリンク」構想を立ち上げ、2019年から衛星打ち上げを開始。これでファルコン9の打ち上げ回数は激増する。年間20回を超え、50回を超え、今年、2024年は100回を超えるのではないかと予想されている。年間100回というのは、冷戦期の旧ソ連の打ち上げ頻度に匹敵する。
ここでスターリンクの通信サービスが商業的に失敗すれば、間違いなく経営危機となっていたはずだ。しかし「地球のどこにいても、ごくかんたんな地上側端末で毎秒数十から数百メガビットの高速通信を可能にする」というコンセプトが受けて、世界的に一気にユーザーが付いた。それどころか、ロシアのウクライナ侵略では、戦場でスターリンクが役に立つということが実証されてしまい、スペースXは米国防総省から軍事専用スターリンクの「スターシールド」の開発まで受注した。
普通に考えればここからは、「ファルコン9とスターリンクでボロもうけだ!」なのだが、次に始めたのが超巨大ロケット「スターシップ」の開発だった。
スターシップの最初の構想は2016年9月に「インタープラネタリー・トランスポート・システム(ITS)」の名称で発表された(これについては約8年前に記事を書いている→「姿を現したイーロン・マスクの火星移住船」)。そしてその時点で開発資金の調達方法はといえば、イーロン・マスク自身がプレゼンテーションに「Steal Underpants(パンツを盗む)」と、ギャグを入れるレベルだった。過激な内容で知られるテレビアニメ「サウスパーク」に登場する下着泥棒の妖精が、「フェイズ1、パンツを集める。フェイズ2……(無言)。フェイズ3、利益だ」と言うシーンからの引用だ。
ところがその2年後の2018年には、メキシコ湾に面するテキサス州ボカ・チカに、開発拠点のスターベースを設置してスターシップの開発を開始。2021年には、第2段の改造型である「スターシップHLS」が、米主導の国際有人月探査計画「アルテミス」の有人月着陸船に選定され、同計画から巨額の開発補助金を獲得することに成功し、今に至っている。
「普通に考えたらこうなるだろ?」
「普通に考えればここからは」というフレーズを繰り返して、イーロン・マスクとスペースXが“いかに普通ではないか”を時系列でまとめてみた。ここでの「普通」とは、「普通の会社なら」「普通の経営者なら」ということだ。
資本主義社会における普通の会社がどんなものかといえば、資本金を集め、それを元手にものをつくるなりサービスを展開するなりして収益を得る。収益は一部を再投資し一部を従業員に還元し、一部を株主へ配当する。だから、ほぼすべての経営者は収益の最大化を目標として努力する。
が、イーロン・マスクとスペースXは「資本主義社会における会社」としては振る舞っていない。ちなみにスペースXの株式は2024年6月現在、非公開だ。市場価値は約2000億ドルとされており、この5月には近日中に一部株式売却かという臆測が流れた。
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