注目のクリエイターにスポットを当て、本人のパーソナリティや制作の裏側などを探るインタビュー「クリエイター・プロファイル」。
今回は、2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の音楽を担当するエバン・コールをフィーチャーする。ボストンのバークリー音楽大学を卒業後、日本に渡ってゼロから作曲の仕事をスタートした異色の経歴の持ち主。日本の歴史やアニメをこよなく愛し、アニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』シリーズをはじめ、数々の映像音楽を手掛けてきた。
後編では、『鎌倉殿の13人』の音楽制作の舞台裏に迫る。どのようなイメージで武士の時代を音楽で描いたのか、大河ドラマにかける熱い想いを聞いた。
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バークリー音楽大学にてフィルムスコアリングを学び、2012年より日本で作曲活動を開始。映像音楽を中心に、ボーカリストへの楽曲提供や作詞、歌唱まで幅広く活躍する。主な作品にはアニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』シリーズを筆頭に、劇場アニメ『ジョゼと虎と魚たち』、TVアニメ『ハクメイとミコチ』、BS時代劇『螢草 菜々の剣』などの劇伴や、NHK『サタデースポーツ/サンデースポーツ』の音楽などがある。
表現したいのは“武士の熱い魂”
『鎌倉殿の13人』より
(前編よりつづく)NHKの大河ドラマと言えば、1963年放送の第1作『花の生涯』から、2022年放送の第61作『鎌倉殿の13人』まで途切れることなくつづく、日本のTVドラマの代表格。架空の人物を通して時代そのものを浮かび上がらせた作品もあるが、その多くは日本史上に実在した人物の生涯を中心に描く歴史群像劇である。
「昔からヒストリカルなものが好きでした。それも、西部開拓時代のアメリカの歴史だけでなくヨーロッパの歴史とかにも興味があって、例えばアイスランドのサガ(物語)に関する分厚い本を買って読むような子どもでした。遙か昔の人々の暮らしや、その時代の人間が何を考えて生活していたのかを想像すると楽しいです。
実は、日本人の妻の父は“日本の歴史マニア”で、最初に会ったころから、旅行に行くと城や寺、歴史の話をよくしてくれました。それこそ、過去の大河ドラマについてもいろいろと教えていただきました。とても長い歴史があって素敵だと思いますね。あと、民話のようなフィクションも面白い。妻の曽祖母が『人間に化けているキツネに騙されないようにタバコの煙で追い払う』みたいな、古いい伝えや迷信をよく話していたと聞いて、面白いと思いました」
大河ドラマのもうひとつの大きな魅力は音楽。毎週日曜の夜、お茶の間に流れるオープニングテーマは、その年の人気曲として国民の記憶に残ってきた。これまで、冨田勲(第1作『花の生涯』ほか合計5作品)を筆頭に、芥川也寸志(第2作『赤穂浪士』)、武満徹(第4作『源義経』)、池辺晋一郎(第16作『黄金の日日』ほか合計5作品)といった、我が国を代表する作曲家たちが劇伴を担当。2003年の第42作『武蔵 MUSASHI』には映画音楽の世界的巨匠エンニオ・モリコーネが、2020年の第59作『麒麟がくる』にはハリウッドで活躍するジョン・グラムが起用され話題を呼んだ。
『鎌倉殿の13人』より
「お話をいただいたときは本当にうれしかった! 『まずはオープニングのメインテーマのデモが欲しい』と言われたので、すぐに台本を2話分くらい読んで、その時代のことを熱心に調べました。それから北条義時の衣装を着た小栗旬さんやセットの写真からもインスピレーションを得て、2曲ほど作って聴いてもらい、『もう少し迫力とインパクトがある曲にしたい』『テンポを上げてみたら』といったスタッフの意見を取り入れて修正を加え、完成させました。
私がメインテーマでいちばん表現したかったのは“武士の熱い魂”。800年以上前の荒々しい時代を生きた男たちの息吹を、楽器よりも原始的な男声コーラスで伝えられたらと思い、オーケストラの音の上に重ねてみました。もちろん、NHK交響楽団の演奏は素晴らしかったです。レコーディングには私も立ち会いましたが、特に金管楽器にはシビれましたね……自分が聴いたなかで最高の音かもしれない。指揮者の下野竜也さんとも、スコアが完成した段階でオンラインで打ち合わせをしたら、私の意図を全部譜面に書き込んでくださって、それが当日の演奏に完璧に反映されていて感動しました」
ただ勇ましいだけではない合戦の音楽
2月9日にリリースされた『オリジナル・サウンドトラック Vol.1』には、下野竜也指揮、NHK交響楽団の演奏による「鎌倉殿の13人 メインテーマ」をはじめとする32曲が収録されている。歴史的事実を軸にしたドラマに相応しい多彩なサウンドにあふれ、まだ武家社会が定まっていない時代ならではの“どろどろ”とした雰囲気も随所に感じられるのが印象的だ。
特に重要な楽曲が、エバン・コール自身も「劇伴全体の方向性を決定付けた」と語る「いざ鎌倉!」で、オーケストラをメインに女性ボーカルと勢いのある男声コーラスを交え、ソロ楽器による聴かせどころも盛り込んだ壮大な曲に仕上がっている。
『鎌倉殿の13人』より
『鎌倉殿の13人』より
「ドラマの前半は源氏と平家の戦いが中心となるので、『竜闘虎争』や『魂の行軍』のような戦闘シーンを思わせる楽曲には力を入れました。全体的に和太鼓を使ったり、曲の展開によってダイナミックさを強調したりもしましたが、ただ勇ましいだけのサントラにはしたくなかった。例えば『坂東武者~兵どもが思う~』では戦いに赴く兵士の覚悟みたいな想いを表現したかったし、メインテーマのアレンジである『武士の一分~誇り~』も自分としては坂東武者の“切なさ”をテーマとして書きました。そしてピアノとチェロによる『去った者を忘れぬ』は『いざ鎌倉!』の変奏です」
「佐殿!左殿!」のようなユーモラスな曲もあれば、前半のヒロインのテーマ曲とも言える「八重」にも胸を打たれる。また、尺八などの和楽器に加えて、バンジョーやマンドリン、フィドルといった異国の伝統楽器をところどころ効果的に使用しているのも秀逸で、ノスタルジックな「伊豆の郷」などには心を掴まれる。
「『八重』は最初にでき上がった曲がちょっと優しすぎたので、もう少し彼女の内に秘めた芯の強さを出したくて作り直しています。『伊豆の郷』は古くから世界各地の民謡や童謡などにみられる“懐かしい”旋律にしました。いつか故郷に帰りたいと思いを馳せるイメージです」
『鎌倉殿の13人』より
ドヴォルザーク「新世界より」へのオマージュも
ドラマの第1話を見た人は、北条義時が源頼朝を馬に乗せて疾走する場面で、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」の旋律が流れたことに驚かれたのではないだろうか。
「『新世界より』を使うアイデアはチーフ演出の吉田照幸さんからのリクエストでした。交響曲第9番はドヴォルザークがニューヨーク時代に書いた曲なのに、アメリカでは一般的にあまり知られていないのですが、日本ではすごくよく知られた曲みたいですね。『震天動地』にはおなじみの第2楽章のメロディ(『家路』としても知られる)も含まれていて、全体で『新世界より』へのオマージュになっています」
アルバムのラストを飾るのは、番組の終わりに放送される「大河紀行」の楽曲。1986年にアメリカのヘヴィメタル・バンド、RACER Xのメンバーとしてデビューし、1988年にはMR.BIGを結成して活躍した超絶凄腕ギタリスト、ポール・ギルバートをフィーチャーした豪華な曲だ。
ポール・ギルバート
「起用アーティストの候補リストを見せていただいたら、ポール・ギルバートさんのお名前を見付けて大興奮。MR.BIGのファンだったのでドキドキしながらオファーしたら、幸いにも引き受けてくださいました。今回のアレンジは、ロックというよりはゆったりとしたスムースジャズ系。ドラムもブラシで抑えてリラックスしたムードに。オンラインで打ち合わせしながらのレコーディングでしたが、ポールさん自身も異色のジャンルへの挑戦を楽しんでいただけたようでした」
サウンドトラックは今後もVol.2、Vol.3とリリース予定。今回のVol.1にはドラマの主要人物である源義経の名を冠した楽曲なども未収録で、これから物語が佳境に入るにつれて、古来より日本人を魅了してきた源平合戦の名場面を彩る楽曲なども登場してくるはずだ。
「既に60曲ほど書きましたが、どの楽曲がどのシーンに使われるのかはわからないので、イメージと違う使われ方をされるのも楽しみのひとつ。1年間も放送されるドラマなので、まだまだ作ることになりそうです。今の段階でお気に入りのキャラクターは、源頼朝を打倒するべく執拗に追い詰めていく八重の父親、伊東祐親。北条義時とのやり取りとかが、人間臭くて大好きかも。大河ドラマはキャスティングが贅沢で良いですね。楽しみにしている名場面は“壇ノ浦の戦い”です」
現在、自然豊かで静かな地方の家に住み、休日は犬を連れて森を散策するなど、日本での田舎暮らしを満喫しているというエバン・コール。以前は長唄の三味線も嗜んでいたという、このカントリーボーイが生み出す珠玉の音楽に、これからも期待せずにはいられない。
 
文・取材:東端哲也
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