サマリー:マーケティングの世界的な権威である米ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院教授のフィリップ・コトラー氏が、マーケティングの50年史を振り返りつつ、これからのマーケティングと経営戦略を展望する。
マーケティングの世界的な権威であり、“マーケティングの父”とも称されるノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院教授のフィリップ・コトラー氏。黎明期から今日まで半世紀を超えるマーケティングの発展史を振り返りつつ、知の統合によってもたらされるマーケティングと企業経営の革新を展望する。
(本稿は、ダイヤモンド社が主催したオンラインセミナー「持続的な成長を実現する企業戦略」から、コトラー氏によるセッション「過去50年のマーケティングはいかに発展してきたか」の内容を抜粋したものである。なお、同セッションの司会進行は、PwCコンサルティング PwC Intelligence シニアエコノミストの伊藤篤氏が務めた)
1960年代と2024年のマーケティングはまったく違う
私は50年以上にわたり、マーケティングの研究に携わっています。1967年に初版を出版した著書『マーケティング・マネジメント』は、いまや16版までになっています。改訂を重ねるごとに、その時点での変更点を加筆しています。マーケティングはたえず変化しているからです。
1960年に提唱されたのが、非常にシンプルなマーケティングの「4P」でした。製品(プロダクト)、価格(プライス)、流通(プレイス)、販促(プロモーション)の頭文字を取ったもので、企業がマーケティングをするうえで操作できる4つの要素を定義しました。この要素の組み合わせをマーケティングミックスといいます。
実際にはほかの要素もあるため、私は7つの要素を提唱しました。製品、価格は同じですが、販促はコミュニケーションに、流通はプレイスからディストリビューションに変更しました。ここで気づいてほしいのは、製品とサービスを分けたことです。この2つは別物だからです。新たな要素としてブランドとインセンティブ(割引やクーポンなど購買誘因要素)を加えました。
1960年代のマーケティングは、数字よりもアイデアが重要視されていました。そのため、最初の著書を出した時、私は売れるかどうかまったくわかりませんでした。私はMIT(マサチューセッツ工科大学)で、ポール・サミュエルソン教授(ノーベル経済学賞受賞者)に師事した経済学者ですので、『マーケティング・マネジメント』には、経済学的思考に加えて、社会科学や人類学、行動科学の要素を盛り込みました。組織論や定量分析についても述べています。
結果的にこの本は多くの方々から評価されましたが、自分ではその理由がわかっていませんでした。読者からは、「マーケティングはアートでもあり、科学でもあることがわかり、より肯定的に捉えられるようになった」「この本のおかげで、学生や友人そして世間に認められた」といったコメントが寄せられました。
私はいま、この本の第17版を執筆中です。時々、企業のCEOに昔の本へのサインを求められます。以前、初版本を持ってこられた方がいましたが、私は「サインはしますが、この本は参考にしないでください」と伝えました。1960年代と2024年のマーケティングはまったく違うからです。
では、先に進みましょう。