コラム：ニューヨークEXPRESS - 第だい37回かい

ニューヨークで注目ちゅうもくされている映画えいがとは？　現地げんち在住ざいじゅうのライター・細木さいき信宏のぶひろが、スタッフやキャストのインタビュー、イベント取材しゅざいを通つうじて、日本にっぽん未み公開こうかい作品さくひんや良質りょうしつな独立どくりつ系けい映画えいがを紹介しょうかいしていきます。

ビッグフット一家いっかの生活せいかつを描えがいた“最もっとも奇き怪かいな映画えいが”　ジェシー・アイゼンバーグが製作せいさく秘話ひわを語かたる

(C)Bleecker Street

今年ことしのサンダンス映画えいが祭さいやサウス・バイ・サウスウエスト（SXSW）で披露ひろうされ、“最もっとも奇き怪かいな映画えいが”として話題わだいとなった作品さくひんがある。

それが「Sasquatch Sunset(原題げんだい）」。

「Sasquatch（サスカッチ）」とは、未み確認かくにん生物せいぶつの「ビッグフット」のこと。本ほん作さくは、そんなビッグフット一家いっかの生活せいかつをとらえた作品さくひんとなっている。ジェシー・アイゼンバーグ（「ソーシャル・ネットワーク」など）やライリー・キーオ（エルヴィス・プレスリーの孫まごで女優じょゆう）らが出演しゅつえんしているものの、“毛けむくじゃらのビッグフット”というビジュアルなので、彼かれらが演えんじていることさえもわからない。「ミッドサマー」のアリ・アスター監督かんとくが製作せいさく総そう指揮しきを務つとめているというのも注目ちゅうもくポイントだ。

今回こんかい、主演しゅえんを務つとめたアイゼンバーグが謎なぞめいた本ほん作さくの舞台裏ぶたいうらについて語かたってくれた。

アイゼンバーグは主演しゅえんだけでなく、プロデューサーも兼かねている。

「（製作せいさく費ひは）スペインのとある金融きんゆう業者ぎょうしゃから資金しきん提供ていきょうを受うけたんだ。もちろん、合法ごうほう的てきな資金しきん源げんだよ（笑）。ところが製作せいさく開始かいしの2カ月かげつ前まえに、その資金しきん提供ていきょうが頓挫とんざしてしまった。そんな時とき、僕ぼくは『こんな映画えいがは人生じんせいでまだやったことがない』と思おもったし、今いま作さくはとても独創どくそう的てきで純粋じゅんすいなものだったので“作つくらなければならない”と思おもったんだ。ちっぽけな映画えいがだし、演えんじることのスリルは、その時ときはあまり考かんがえてもいなかった。ただ、この作品さくひんを作つくるためにできることは何なんでもしようと思おもったんだ。（最近さいきんの）他たの映画えいがはひどいものばかりだからね」

サスカッチを演えんじるために、俳優はいゆう陣じんでブートキャンプを行おこなったそう。どのような事ことを行おこなったのだろうか？

「キャストとして最初さいしょにしたのは、お互たがいにZoomで交流こうりゅうすることだった。僕ぼくは過去かこに、パントマイムの神様かみさま、マルセル・マルソーを演えんじた映画えいが（『沈黙ちんもくのレジスタンス　ユダヤ孤児こじを救すくった芸術げいじゅつ家か』）を撮とったことがあった。その時ときに、パントマイムを教おしえてくれた師匠ししょうがローランという人物じんぶつだった。ローランはパントマイムを行おこなう者ものとして、世界せかいで最もっとも偉大いだいな人物じんぶつのひとり。とても上品じょうひんな経歴けいれきを持もっていて、生前せいぜんのマルソーにも師事しじしていた方ほうなんだ。そんな彼かれに『僕ぼくは（今度こんどの映画えいがで）サスカッチをやるから、サスカッチのように歩あるくことを教おしえてもらえないか』と頼たのんだんだ」

(C)Bleecker Street

そんなローランから、どのようなことを教おそわったのだろうか。

「まず自分じぶんたちの家いえに十分じゅうぶんなスペースを確保かくほし、Zoomを行おこなった。僕ぼくらは、カメラを部屋へやの一番いちばん端はしに置おいて、サスカッチみたいにただ行いったり来きたり歩あるいてみた。それはとても馬鹿馬鹿ばかばかしく見みえた。それが僕ぼくらがやった奇妙きみょうなことの一ひとつだった。その他たにやったことと言いえば、生せいの葉はっぱを食たべて、その葉はっぱが口くちからしたたり落おちる様子ようすだったり、サーモンを獲えって野生やせいのようにかじる様子ようすだったりを表現ひょうげんした。劇げき中ちゅうでは、僕ぼくのキャラクターは“詩人しじん”だと思おもいながら演えんじていた。このキャラクターは、僕ぼくたちが考かんがえるような陳腐ちんぷなものではなく、自然しぜんを尊敬そんけいするような人物じんぶつだ。特殊とくしゅメイクを使つかって撮とるという課題かだいがあったから、何なに時間じかんの間あいだ、メイクを施ほどこしている人ひとたちを殺ころしたいと思おもわないように努つとめたよ（笑）。朝あさから車くるまで2時じ間あいだも移動いどうして、人里ひとざと離はなれた荒野あらのの現場げんばに向むかった。朝あさの4時じには、顔かおの隅々すみずみまで接着せっちゃく剤ざいを塗ぬられ、ヤクの毛けを貼はられ、その上うえからメイクが施ほどこされた。とても居心地いごこちの悪わるい気分きぶんで毎日まいにちが始はじまっていったんだ」

「僕ぼくよりずっとタイトな人ひとのために作つくられたサスカッチ姿すがたのスーツを着きせられた。それは、全身ぜんしんの筋肉きんにくにフィットしなければならないものだった。そんなサスカッチのスーツ姿すがたで、1日にち中ちゅう食事しょくじをするんだ。映画えいがの冒頭ぼうとう、サスカッチが野原のはらを歩あるいているシーンがあるが、あの時ときが人生じんせいで一番いちばん疲つかれた日ひだった。野原のはらの端はじっこに着ついた時とき、僕ぼくら（＝サスカッチ役やくを演えんじている俳優はいゆう陣じん）は、地面じめんに横よこたわったくらいだ。それが初日しょにちで、俳優はいゆう陣じんは『こんなの最悪さいあくだ』みたいな顔かおをしていた（笑）。とても疲つかれたんだ。人ひとから哀あわれみを求もとめたくはないが、そんな哀あわれみを人ひとから受うけたいと思おもうほど、僕ぼくらは心底しんそこ疲つかれていた」

「今いま作さくは全すべてロケで撮影さつえいされている。これまでも僕ぼくは撮影さつえい中ちゅうに、肉体にくたい的てき労働ろうどうを経験けいけんしたことはあるが、これは“本物ほんものの肉体にくたい的てき労働ろうどう”だった。特とくに足あしが疲つかれた。唯一ゆいいつ素晴すばらしかったのは、鏡かがみでサスカッチ姿すがたの僕ぼくを見みた時ときくらいだ。1日にちの途中とちゅうでトイレに行いかなければならない時ときもある。その過程かていもかなり大変たいへんだった。その度たびに、僕ぼくは鏡かがみを見みて『素晴すばらしいアートの世界せかいにいる。この世界せかいにいられることをとても光栄こうえいに思おもう。素晴すばらしいことなんだ』とい聞いきかせていた」

「そして『今日きょうの撮影さつえいはここまで。でも、翌日よくじつは違ちがうだろう』という感かんじだった。野性やせい的てきな怖こわさもあったと思おもう。でも、彼女かのじょ（ライリー・キーオ）が魚さかなを食たべる姿すがたを見みるのが大好だいすきだった。クールでグロくて、考かんがえすぎる必要ひつようもないくらい自然体しぜんたいだ。私わたしはいくつかの映画えいがで、映画えいがの舞台ぶたいが現実げんじつ世界せかいと全まったく同おなじではないことを経験けいけんしてきた。役者やくしゃとして、私わたしはそのような映画えいがにとても憧あこがれていたんだ。いくつかの映画えいがで経験けいけんしたことだけど、映画えいがは現実げんじつ世界せかいとはまったく違ちがう場所ばしょで起おこっている。社会しゃかい的てきなやり方かたとは異ことなるやり方かたで演技えんぎをする許可きょかや構造こうぞうを与あたえてくれることもある。役者やくしゃとして、そのような映画えいがにとても憧あこがれた。サスカッチを演えんじることに恐おそれを抱だいていたけれど、俳優はいゆうとして何なにかをするために“新あらたな挑戦ちょうせん”も必要ひつようなんだ」

(C)Bleecker Street

では、サスカッチの思考しこうプロセスや肉体にくたい的てきな性質せいしつなど踏ふまえて、どのようにシーンをこなしていったのか。

「脚本きゃくほんはとても良よかった。出版しゅっぱんされたり、リークされたりすることも期待きたいしていたくらいだ。とにかく脚本きゃくほんが素晴すばらしい。脚本きゃくほんを読よんでから映画えいがを観みた人ひとは『ああ、こんなことができるんだ 』ときっと思おもうはずだ。撮影さつえい現場げんばにはイマジネーションがあった。監督かんとくたちは、我々われわれ俳優はいゆう陣じんのイマジネーションに頼たよることができる。でも脚本きゃくほんには、それらの細部さいぶまでもが見事みごとに描えがかれていて、読よめば手てに取とるようにわかるくらいだった。そんな経験けいけんはよくあるんだ。『ゾンビランド』に出演しゅつえんした時ときも、撮影さつえい現場げんばで同おなじような経験けいけんをした。とてもおかしな映画えいがだったけど、脚本きゃくほんがとても明確めいかくで、どの俳優はいゆうも必要ひつようなショットを正確せいかくにこなしていた。今いま作さくも同おなじだ。脚本きゃくほんもストーリーもシーンも明確めいかくなので、必要ひつようなショットをすべて一緒いっしょに撮影さつえいできていた」

最後さいごの話題わだいは“サスカッチの声こえ”。これをどのように考かんがえたのか。

「サスカッチについては、古ふるいバージョンの神話しんわと、そのバージョンと対立たいりつする神話しんわがあるんだ。僕ぼくたちは、サスカッチと信しんじて人々ひとびとが録音ろくおんした音おとを再生さいせいして聴きいていた。でも不思議ふしぎだよね。サスカッチの神話しんわは大好だいすきなんだけど、その録音ろくおんの多おおくには映像えいぞうがない。僕ぼくたちは、どの音おとが正ただしいのか、そして実際じっさいに鳴ならすべき音おとは何なになのかを選えらんでいかなければならなかった。サスカッチの音おととされているネット上じょうのサウンドのいくつかは、本当ほんとうに人間にんげんのもので、機械きかいか何なにかで作つくり出だしているものだった。僕ぼくたちは、サスカッチ用ようの語彙ごいを考かんがえ出だし、基本きほん的てきな辞書じしょを作成さくせいしたんだ――最もっとも1ページだけだけどね。世界せかいで一番いちばん小ちいさな辞書じしょを作つくった。サスカッチを呼よぶ時ときは『ウー』と発はっするんだ。それは、僕ぼくが飼かっているゴールデンレトリーバーのような鳴なき声ごえ。犬いぬがボウルに顔かおを埋うめて食たべ物ものを食たべている時とき、3メートル以内いないに近ちかづくと、気配けはいを感かんじて『ウー』と鳴なく。実際じっさいに僕ぼくが目めの前まえに来くるとグルグルと鳴ないて近ちかづいてくる……そんな感覚かんかくに似にているんだ」