コラム：清水しみず節ぶしのメディア・シンクタンク - 第だい17回かい

第だい17回かい：「ブレードランナー2049」を10倍ばい楽たのしむためのポイント10

1982年ねんの公開こうかい初日しょにちにキャパ1000人にん超ちょうの新宿しんじゅくミラノ座ざで、わずか数すう十じゅう名めいの観客かんきゃくとともに観みたレプリカントの夢ゆめ。あの夢ゆめの続つづきに、こんな幸福こうふくな形かたちでめぐり会あえる日ひが来くるとは思おもわなかった。望のぞみ通どおりの編集へんしゅうで公開こうかいされなかったリドリー・スコット監督かんとくの作品さくひんに懸かけた信念しんねんによって、複数ふくすうのバージョンが作つくられ、ビデオの隆盛りゅうせいに歩あゆみを合あわせてカルト化かした「ブレードランナー」。そして35年ねん後ごに生うみ出だされた正統せいとうなる続編ぞくへん。看板かんばんを借かりて伝説でんせつを台無だいなしにするケースも少すくなくないが、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督かんとくの志こころざしは高たかかった。これから先さきの世界せかいと人間にんげんのあり方かたを見据みすえた、新あらたな伝説でんせつが誕生たんじょうしたと言いっても過言かごんではない。スコットが製作せいさく総そう指揮しきに回まわり、ヴィルヌーヴにクリエイティブの全面ぜんめん的てき自由じゆうを保証ほしょうした賜物たまものだろう。世界せかい観かんを引ひき継つぎながら、単たんなるフォロワーに陥おちいることなく、オリジナリティを全開ぜんかいさせている。前作ぜんさく同様どうよう、1度ど観みただけでは把握はあくできないほど情報じょうほう量りょうは満載まんさいだ。ハリウッドが約やく170億おく円えんを投とうじたエンターテインメント超ちょう大作たいさくにして、壮大そうだいなアートムービーを紐解ひもといていこう。
　※ここから先さきはネタバレありで進すすめますので、「ブレードランナー2049」鑑賞かんしょう後ごにお読よみください。

■【ブレランDNAの継承けいしょう】

埋うめ込こまれた前作ぜんさくのDNAは枚挙まいきょにいとまがない。壁かべを突つき破やぶって対決たいけつを繰くり広ひろげるレプリカントは、親したしみを込こめて“エンジェル”と呼よばれる一方いっぽう、“スキンジョブ”と蔑さげすまれる。前作ぜんさくでレイチェルは、手てに蜂はちが止とまれば「握にぎり潰つぶす」と言いったが、Kは大量たいりょうの蜂はちが身体しんたいに止とまっても放置ほうちしたままで、生物せいぶつ共感きょうかん能力のうりょくが進化しんかした事実じじつを表あらわす。街まちには日本語にほんご広告こうこくが氾濫はんらんし、ATARIやPanAmの広告こうこくボードも健在けんざいで、老おいたガフは再ふたたび折おり紙がみを折おる。LA郊外こうがいを見下みおろせば、石油せきゆ廃棄はいき物ぶつの炎ほのおを噴ふき上あげる工業こうぎょう地帯ちたいに代かわって、太陽光たいようこう発電はつでんの白銀はくぎんのパネルが虚無きょむ的てきに広ひろがり、さらなる環境かんきょうの悪化あっかを映うつし出だす。あるいは、Kが住すむアパートの建物たてもの名めいは「メビウス」とカタカナ表記ひょうきされているが、それは近きん未来みらい都市としを構築こうちくする上じょうで、前作ぜんさくに影響えいきょうを与あたえたバンドデシネ「ロング・トゥモロー」を描えがいたフランス人じん作家さっかの名前なまえだ。ちりばめられた数々かずかずのモチーフの中なかから、特筆とくひつすべきポイントを10個こ抽出ちゅうしゅつしてみた。

1.＜オープニング直後ちょくごの「眼め」のアップ＞　誰だれのものか明あかされずに大写おおうつしになる眼め。前作ぜんさくでは眼めを覗のぞき込こんで共感きょうかん力りょくの判別はんべつテストが行おこなわれ、文字通もじどおり“眼めは心しんの窓まど”だった。つまり、前作ぜんさくで眼めは人間にんげん性せいの在あり処かを表あらわし、対立たいりつを生うむ象徴しょうちょうでもあった。その後ご、新型しんがたレプリカントの識別しきべつは容易よういになり、感情かんじょう移入いにゅう装備そうびモデルも生うまれた。今いま作さくの冒頭ぼうとうの眼めは、澄すんだグリーンの瞳ひとみに、ブロンドの柔やわらかい睫毛まつげ。前作ぜんさくとは異ことなり、若わかい女性じょせいの眼めではないかと思おもわせる。女性じょせいが、この2049年ねんの世界せかいを、冷徹れいてつに、そして悲かなしげに、見みつめているかのような幕開まくあけだ。

2.＜前作ぜんさくへのオマージュ＞　ぐつぐつと鍋なべが煮立にたつ中なか、Kとサッパー・モートンが戦たたかうシーンは、前作ぜんさくの脚本きゃくほん初稿しょこうにあった幻まぼろしのシーンを再現さいげんしたものだ。また、身みを隠かくしていたデッカードが姿すがたを現あらわしたとき、Kに向むかって言いうセリフ、「チーズをひと切きれ持もってないか？　何なん度ど観みたことか、チーズの夢ゆめを。こんがりと炙あぶったチーズを」は、スティーブンソン作さく「宝島たからじま」からの引用いんよう。これは、前作ぜんさくで新旧しんきゅうブレードランナーが対面たいめんした未み公開こうかいシーンに呼応こおうする。デッカードが、前任ぜんにんブレードランナーの病室びょうしつを訪たずねると、彼かれが読よんでいたのは「宝島たからじま」だった。

■【アイデンティティと魂たましい】

3.＜「フランケンシュタイン」から「ピノキオ」へ＞　叛乱はんらん・逃走とうそうするレプリカントを捕つかまえるブレードランナーの役割やくわりは同おなじでも、ストーリーの骨格こっかくは変化へんかした。共通きょうつうするのは、造物主ぞうぶつしゅと被ひ造物ぞうぶつの物語ものがたり。ロイ・バッティをリーダーとするレプリカントが、製造元せいぞうもとタイレル社しゃの社長しゃちょうを探さがし当あてて復讐ふくしゅうを遂とげる前作ぜんさくは、「フランケンシュタイン」がモチーフだった。今いま作さくのベースは「ピノキオ」。感情かんじょうは装備そうびしても心しんが虚うつろなKは、出生しゅっしょうの秘密ひみつに気きづいてアイデンティティを求もとめて彷徨うろつい、大切たいせつな人ひとを探さがす。家事かじからSEXまであらゆるサービスをKに提供ていきょうするバーチャルな恋人こいびとジョイは、屋外おくがい携帯けいたいも可能かのうな“良心りょうしん”であり、ホログラムAI版ばんジミニー・クリケットだ。

4.＜デッカードとレイチェルの真実しんじつ＞　前作ぜんさくのデッカードは、人間にんげんか、それともレプリカントかと議論ぎろんの対象たいしょうになった。スコット自身じしんは、「ディレクターズ・カット／最終さいしゅう版ばん」以降いこうにデッカードが見みるユニコーンの夢ゆめ（模造もぞう記憶きおく）を挿入そうにゅうし、彼かれはレプリカントだと発言はつげんしてきた。しかし今いま作さくは、彼かれの正体しょうたいを明言めいげんしていない。レプリカントなら、なぜ老おいたのか。人間にんげんの老人ろうじんなら、なぜKと拮抗きっこうするほど身体しんたい能力のうりょくが衰おとろえていないのか。そしてまた、前作ぜんさくで逃避行とうひこうしたデッカードとレイチェルのその後ごこそが、世界せかいを震撼しんかんさせる秘密ひみつにつながる。感情かんじょう移入いにゅうできるウォレス社しゃ製せいの従順じゅうじゅんな新型しんがたレプリカントは社会しゃかいに溶とけ込こみ、もはや「製造せいぞう」されたという事実じじつによってしか、人間にんげんと分わけ隔へだてることができない。しかしタイレル社しゃの最後さいごの型かたであるレイチェルは、「出産しゅっさん」によって新あらたな生命せいめいを産うみ落おとすという奇跡きせきを起おこしていた。記憶きおくに伴ともなう共感きょうかん力りょくだけでなく、レプリカントに生殖せいしょく機能きのうまでもが備そなわってしまったとき、人間にんげんとの違ちがいとは何なにか？　魂たましいとは何なにか？　と、今いま作さくはより深ふかく問といかける。

＞＞次つぎのページ：タルコフスキー映画えいがへのオマージュ