黒くろい罠わな

稀代きたいのウェルズ君くん、閃ひらめき全開ぜんかいです。
第だい三さんの男おとこみたような、市民しみんケーンみたような凝こったアングル、陰影いんえい、移動いどうなど撮影さつえい技法ぎほうの卸おろし問屋とんやです。
更さらにその映像えいぞうをスピーディ且かつトリッキーにたたみかける編集へんしゅうも見事みごと。
プロットもよく練ねられているし、ウエルズ君くんの怪かい演えんじは相変あいかわらずだし、監督かんとく目指めざす人ひとの教科書きょうかしょになりそうです。
カルト作品さくひんらしく、Wikipediaの解説かいせつが異常いじょうに長ながいですが、カルトではなく斬新ざんしんでスタイリッシュな作品さくひんと思おもいます。

　冒頭ぼうとう、タイトルバックのヴァルガス夫妻ふさいが歩あるく3分ぶんの長ちょう回まわしは凄すごい。国境こっきょうの町まちはややこしい。どこからどこまでアメリカなのかメキシコなのか・・・かなり自由じゆうに行いき来きできるような雰囲気ふんいき。

　車くるまの爆発ばくはつはメキシコから乗のった建設けんせつ業者ぎょうしゃのリネカーとストリッパー女性じょせいの車くるまがアメリカ側がわで爆発ばくはつしたもの。ヴァルガス夫妻ふさいは新婚しんこん旅行りょこうで国境こっきょうの町まちへ来きただけだったが、妻つまのスージー（リー）メキシコ側がわのグランディス一家いっかの悪党あくとうたちに出でていけと脅おどされる。

　とりあえずメキシコ人じん容疑ようぎ者しゃを尋問じんもんするクインランだったが、怪あやしい者ものを証拠しょうこを捏造ねつぞうして捕とらえる非道ひどうな警部けいぶなのだ。彼かれには妻つまを絞殺しめころされるという哀あわれな過去かこもあり、一度いちど犯人はんにんを取とり逃にがしてからは全すべて事件じけんを解決かいけつしていた。しかし、捏造ねつぞう、冤罪えんざいという黒くろい過去かこにヴァルガスが気付きづき、調しらべ上あげる。クインランにとっては鬱陶うっとうしくてしょうがないヴァルガスの存在そんざい。そうして、ヴァルガスと妻つまを麻薬まやく常習じょうしゅう者しゃとして仕立したてるようグランディスに指示しじしたのだ・・・妻つまはどうされるんだ？というドキドキ感かんもあり、後半こうはんはスリリングな展開てんかいだけど、ところどころ肝心かんじんな場面ばめんを描えがいてないので緊張きんちょうが途切とぎれてしまう。

　麻薬まやく漬づけにされた妻つま。そばにはグランディスの死体したい。そこでのジャネット・リーの恐怖きょうふの叫さけび声ごえはどことなく『サイコ』を彷彿ほうふつさせる。そして殺害さつがい現場げんばに杖つえを忘わすれてしまうという笑わらいネタもある。というか、間抜まぬけなところを見みせるクインランはストーリーをつまらなくさせてる・・・

　クインランがかつて通とおった酒場さかばの女おんな主人しゅじんにマレーネ・ディートリッヒ。ちょっといい役やくだけど、全体ぜんたいに花はなを添そえるまではいってない。

オーソン・ウェルズという映画えいが業界ぎょうかいでもNo.1の座ざを争あらそう偉人いじんの作品さくひん。
まず、このような伝説でんせつ的てき作品さくひんを定額ていがく制動せいどう画が配信はいしんサービスで見みられることを感謝かんしゃせずにはいられない。
1950年代ねんだいのフィルムノワールという一いち時代じだいを作つくったジャンルの代表だいひょう的てきな作品さくひん。一番いちばん最初さいしょに目めに貼はってくるのはやはり、フィルムノワールの代名詞だいめいしとも言いえる照明しょうめい。何なにを映うつすのかではなく、何なにを闇やみに隠かくすのかという影かげが支配しはいする映像えいぞうは見応みごたえ十じゅう分ふんです。そして、フレーミングの王様おうさま、オーソンウェルズの一寸ちょっと違ちがわぬカメラワーク。そして有名ゆうめいな編集へんしゅう。

シネマトグラフィー（撮影さつえい、照明しょうめい）
ハードライトでくっきりとキャストされる影かげがやはりこの時代じだいの副産物ふくさんぶつでしょう。超ちょう巨大きょだいなライトを使つかって、サイドから力強ちからづよく当あてられた光ひかりが作つくる影かげは、フィルムノワールの主役しゅやくです。今いま作さくでもそうですが、フィルムノワールのテーマは裏切うらぎりや陰謀いんぼうなどの人間にんげんの影かげの部分ぶぶんをテーマとします。文字通もじどおり、人間にんげんの裏うらの部分ぶぶんが影かげとなって一ひとつのキャラクターとして映うつし出だされます。さらには、陰かげもくっきりと漆黒しっこくで顔かおの半分はんぶんを支配しはいする、キャラクターのクローズアップは、その人間にんげんの表ひょうと裏うらの二に面めん性せいを描えがいています。
シルエットや陰影いんえいのように照明しょうめいが当あたらないところでキャラクターを表現ひょうげんする。それがフィルムノワールです。ハリウッドスタジオの黄金おうごん期きを支ささえた一ひとつのブランド。

オーソンウェルズ
『市民しみんケーン』でもよく知しられますが、レンズの長ながさやカメラのアングルなどのフレーミングのテクニックを使つかってキャラクターの感情かんじょうや立場たちばを表現ひょうげんする技術ぎじゅつの親おやがオーソンウェルズです。今いま作さくでは、オープニングシークエンスやサンチェスの家いえのシーンで見みられるワナー（長ちょう回まわし）がとても実物じつぶつです。危険きけんとオーディエンスとの距離きょりを操作そうさし、キャラクターをステージ上じょうでダンスをするように動うごかし、サブコンシャス的てきにそのシーンを盛もり上あげ飾かざりつけしていくこのフレーミングとブロッキングは、現代げんだいの映画えいがにも通つうじる先駆せんく者しゃの代物しろものです。

編集へんしゅう
これまたスタジオ時代じだいの映画えいが界かいを象徴しょうちょうするような事件じけんで有名ゆうめいですね。撮影さつえい後ご、オーソンウェルズがチームから抜ぬけた後のち、ユニバーサルスタジオがストーリーを書かき換かえ、別べつシーンを撮影さつえいし、変種へんしゅを操作そうさしました。それにオーソンウェルズが６８ページにもわたる抗議こうぎを含ふくんだ意見いけん文ぶんを提出ていしゅつしたのです。しかし、それも叶かなわず、そのまま放映ほうえいされてしまいました。
その後ご、その意見いけん文ぶんを元もとに、ウォルターマーチ先生せんせいが再さい編集へんしゅうをしたのは、公開こうかいから40年ねん後ごのこと。そこで、彼かれの作品さくひんはさらに脚光きゃっこうを浴あびることになりました。映画えいが界かいでの伝説でんせつの地位ちいを確立かくりつしたのは、そのとき。

これらからもよくわかりますが、一ひとつの作品さくひんに対たいする熱意ねついが違ちがう。自分じぶんが出演しゅつえんするのもそうですが、６８ページにもわたって自分じぶんの意見いけんを書かくことができるのは、そこまで作品さくひんに対たいする愛あいがあり、熱意ねついがあり、それが叶かなわなかったことがどれほど失意しついだったのかが伺うかがえます。
これが映画えいがだと言いわんばかりの作品さくひんです。単純たんじゅんに初はつ見みるでも面白おもしろく、ハラハラできるフィルムノワールですが、100回かい観みても味あじがする、芸術げいじゅつであり、映画えいがのポテンシャルをさらに感かんじる最高さいこう傑作けっさく。
それゆえ、私わたしはこの作品さくひんの1％も感かんじ取とれていないし、楽たのしめていない。99％楽たのしむ余地よちが残のこっていることだけはひしひしと感かんじる。

冒頭ぼうとうの長ちょう廻まわしは「空間くうかんの振付ふりつけ」と評ひょうされ、素晴すばらしい効果こうかをあげている
全般ぜんぱん的てきに 視覚しかく的てきに優すぐれた映画えいがである
疾走しっそう感かんもあり、ウェルズの才気さいきを 感かんじさせる
今いまより 単純たんじゅんであった観客かんきゃくの為ために、映画えいが会社かいしゃに勝手かってに再さい編集へんしゅうされてしまったのは、気きの毒どくであった
ストーリー展開てんかいに やや、難なんはあるが(観客かんきゃくにわかり辛つらい) 作家さっか性せいを重視じゅうしできなかった時代じだいである
(修復しゅうふく版ばんを 見みてみたい)

老おいた巨漢きょかん刑事けいじ(ウェルズ)が 組織そしきの歯車はぐるまとなって働はたらいているうちに、犯罪はんざい者しゃ側がわと なあなあになって、
崩壊ほうかいしていく様子ようすが 哀かなしくもある
(体からだを酷使こくししても、妻つまを失うしなっても 犯罪はんざいは減へらない)
彼かれを追おい詰つめる捜査そうさ官かんヴァルガス(ヘストン)の若わかさと 正義せいぎ感かんと 贅肉ぜいにくの無なさ！

ストリップクラブのオーナーに、ザ・ザ・ガボール
(9回かい結婚けっこんした美人びじん女優じょゆう)
酒場さかば女おんなターニャに デートリッヒが 扮ふんして華はなを添そえている
デートリッヒは この映画えいがのラストシーンの自分じぶんを高こう評価ひょうかしてるが、彼女かのじょはメキシコ女おんなの雰囲気ふんいきではない様ように感かんじる
やっぱり、ヨーロッパの退廃たいはいだよね
(本人ほんにんは 飽あきたかも知しれないが… )