アキレスと亀かめ

監督かんとくと脚本きゃくほんは『菊次郎きくじろうの夏なつ』『Dolls（ドールズ）』『TAKESHIS'』『監督かんとく・ばんざい！』『龍三りゅうぞうと七なな人にんの子分こぶんたち』の北野きたの武たけし

絵えを描えがくことに没頭ぼっとうする倉持くらもち真知まち寿ことぶきの半生はんせい記き

少年しょうねん期き青年せいねん期き中年ちゅうねん期きの三さん部ぶ構成こうせい

冒頭ぼうとうにアニメ
アキレスと亀かめを説明せつめいするために

粗筋あらすじ
裕福ゆうふくな家庭かていで生うまれ育そだった倉持くらもち真知まち寿ことぶきだったが父ちちの会社かいしゃが倒産とうさん
父ちちも自殺じさつし継母けいぼもやがて自殺じさつした
父ちちの弟おとうとである叔父おじに預あづけられたが真知まち寿ひさしの奇行きこうぶりに叔父おじ夫婦ふうふは手てに負おえなくなり孤児こじ院いんで暮くらすことに
青年せいねんに成長せいちょうした真知まち寿ひさしは画商がしょうのアドバイスで働はたらきながら美術びじゅつ学校がっこうに進すすみ理解りかい者しゃである幸子こうじと結婚けっこん
やがて娘むすめマリが生うまれる
中年ちゅうねんになった倉持くらもち夫婦ふうふは周囲しゅういが呆あきれるのをよそに芸術げいじゅつ活動かつどうに没頭ぼっとうした

少年しょうねん期きや青年せいねん期きは良よいだろう
他たのことをそっちのけで自分じぶんが夢中むちゅうになれるものもただただ追おい求もとめる
しかし結婚けっこんし子供こどもができてもなお同おなじことをしている
しかも売うれない画家がか
作品さくひんが一向いっこうに高たかく評価ひょうかされなくても例たとえば佐倉さくら魔ま美びの父ちちのように高校こうこうで美術びじゅつ講師こうしとして娘むすめを養やしなうこともできるだろうに働はたらくことはない
そのため妻つまが働はたらかなければならず夜よるは夫おっとの創作そうさく活動かつどうの手伝てつだい
高校生こうこうせいの娘むすめは家計かけいを助たすけるため水商売みずしょうばいのバイトさせられる始末しまつ
娘むすめは両親りょうしんに呆あきれ家出いえでし援助えんじょ交際こうさいで暮くらしていた

北野きたの映画えいがの良よさの一ひとつとしてあげられるのは人ひとが酷ひどい目めにあっている光景こうけいを眺ながめている傍観ぼうかん者しゃ

遺体いたいの娘むすめの顔かおも真知まち寿ひさしにとってはキャンバスにすぎなかった
口紅くちべにを唇くちびるに塗ぬるまでは
さすがにキレたのか幸子さちこは「人間にんげんじゃない！」と激怒げきどし離はなれていくわけだがあの樋口ひぐち可南子かなこの芝居しばいは北野きたの作品さくひんらしくないな
もちろん悪わるいのは樋口ひぐちではなく演出えんしゅつと脚本きゃくほんを担当たんとうしている北野きたの武たけし
このシーンはこの作品さくひんで1番ばん印象いんしょうに残のこっている

それにしてもボビーに殴なぐられるのは妻つまの方ほうかよ
そりゃ流石さすがに違ちがうだろ
そのあとの風呂ふろのシーンでは何事なにごともなかったようになってるのは残念ざんねん

画商がしょうの菊田きくたJrのアドバイス笑わらえる
特別とくべつ面白おもしろいことを言いっているわけでもないのに

三又みつまた又また三さんはたぶんたけしの物真似ものまねをしてるんだろう

閉店へいてんセールのポスターに2人ふたりの首吊くびつり死体したいのシルエットは笑わらえる

ちなみに真知まち寿ひさしの由来ゆらいは画家がかのアンリ・マティスだろう
父ちちは絵画かいがが好すきらしく息子むすこに名付なづけたんだろう
それにしてもマティスとは渋しぶい
好すきな画家がかはと問とわれ「マティス」と答こたえる人ひとはそれほど多おおくはないだろう
好すきな女優じょゆうは問とわれ「内田うちだ慈」と答こたえるようなものだ
いやそれはい過いすぎた
マティスは内田うちだ慈ほど知名度ちめいどは低ひくくない
話はなしを元もとに戻もどすと真知まち寿ひさしは今いまでいうところのキラキラネームだが僕ぼくは典型てんけい的てきネット民みんなんかと違ちがいそれに関かんしてはかなり寛容かんようである
赤あかの他人たにんの名前なまえにケチを付つけるなんて差さし出でがましいにも程ほどがある

なんやかんやでハッピーエンド
亀かめが真知まち寿ひさしでアキレスは幸子こうじってことだろうか

僕ぼくは真知まち寿ひさしに腹はらが立たたなかった
那なが世よの中なかでは腹はらが立たったレビュアーは多おおい気きがする
保守ほしゅ的てきな観点かんてんからもリベラル的てきな観点かんてんからも評判ひょうばんは良よくないようだ
僕ぼくは映画えいが作品さくひんを評価ひょうかする上じょうで主人公しゅじんこうに共感きょうかんできるかどうかなんて全まったく重要じゅうよう視ししていない
共感きょうかんを何なによりも大事だいじにしている人ひとはおそらく間違まちがった日本にっぽんの国語こくご教育きょういくの犠牲ぎせい者しゃだと感かんじている

配役はいやく
画家がかの倉持くらもち真知まち寿ことぶきにビートたけし
真知まち寿ひさしの妻つまの倉持くらもち幸子さちこに樋口ひぐち可南子かなこ
青年せいねん時代じだいの真知まち寿ひさしに柳やなぎ憂ゆう怜れい
青年せいねん時代じだいの幸子こうじに麻生あそう久美子くみこ
少年しょうねん時代じだいの真知まち寿ひさしに吉岡よしおか澪みお皇すめらぎ
養蚕ようさん工場こうじょうを営いとなむ真知まち寿ひさしの父ちちに倉持くらもち利助としすけに中尾なかお彬あきら
利助としすけに取とり憑く画かく商しょうの菊田きくた昭雄あきおに伊武いぶ雅刀まさとう
利助としすけの弟おとうとの倉持くらもち富とみ輔に大杉おおすぎ漣さざなみ
富とみ輔の妻つまに円城寺えんじょうじあや
父ちち同様どうように画商がしょうになった菊田きくたの息子むすこに大森南おおもりみなみ朋とも
利助としすけの後妻ごさいで真知まち寿ひさしの継母けいぼの倉持くらもち春はるに筒井つつい真理子まりこ
真知まち寿ひさしと幸子こうじの娘むすめの倉持くらもちマリに徳永とくながえり
画家がかの高輪たかなわに仁科にしな貴たか
ヤクザに寺島てらしま進すすむ
新聞しんぶん屋やの親父おやじに六ろく平たいら直政なおまさ
商店しょうてん街がいの女性じょせいにふせえり
印刷いんさつ会社かいしゃ社長しゃちょうに丸岡まるおか奨すすむ詞し
絵え好すきの社長しゃちょうに大林おおばやし丈史たけし
軽けいトラを押おす百姓ひゃくしょうに不破ふわ万作まんさく
工事こうじ現場げんばの親父おやじにビートきよし
おでん屋やの親父おやじに大竹おおたけまこと
村むらに住すむ知恵ちえ遅おくれの又また三さんに三さん又又またまた三さん
又また三さんの父ちちに諏訪すわ太朗たろう
喫茶店きっさてんのウエイトレスの美江みえに林田はやしだ麻里まり
美術びじゅつ学校がっこうのクラスメイトの板垣いたがきにアル北郷きたごう
美術びじゅつ学校がっこうのクラスメイトでモヒカン頭あたまの学生がくせいにお宮みやの松まつ
スナックのママに風祭かざまつりゆき
格闘かくとう家かにボビー・オロゴン
パフォーマーに電撃でんげきネットワーク
借金取しゃっきんとりのヤクザに國本こくほん鍾建
利助としすけと心中しんじゅうした芸者げいしゃの道みち奴やつに山野やまの海かい
道みち奴やつと同僚どうりょうの芸者げいしゃにこばやしあきこ
倉持くらもち銀行ぎんこう頭取とうどりに須永すなが慶けい
電車でんしゃの運転うんてん手しゅに芦川あしかわ誠まこと
小学校しょうがっこうの先生せんせいに武重たけしげ勉つとむ
売春ばいしゅんする男おとこに森下もりした能のう幸こう
冒頭ぼうとうのアニメの声こえに玄田げんだ哲章てっしょう
冒頭ぼうとうのアニメの声こえに川上かわかみ貴史たかし

全体ぜんたい的てきにもっとドラマチックに描えがかれる描写びょうしゃがあったりすれば良よかったかと

「TAKESHI's」、「監督かんとくばんざい！」と前まえ2作さくが粗あらい内容ないようだったので、北野きたの映画えいがには興味きょうみを失しつくしていたが、これは傑作けっさくと思おもわせられました。
人ひとによって見みる角度かくどは全然ぜんぜん違ちがうと思おもいますが、私わたしは情緒じょうちょ的てきなものはあまり興味きょうみなく、しかし樋口ひぐち可南子かなこが名演めいえんであるため作品さくひんをより良よくまとめてくれていると思おもいました。

作品さくひんの本質ほんしつとしては、純然じゅんぜんたるお笑わらい作品さくひんになっていると思おもいます。しかも北野きたの武たけしが描えがいた絵えは決けっしてつまらない物ものではなく、総そうじてお笑わらいが映画えいが文化ぶんかに及およぼす価値かちを見みせつけるような作品さくひんになっていると思おもいます。それまでの北野きたの映画えいがでも顕著けんちょだった記号きごう的てきな描写びょうしゃがさらに極きわめられており、「このシーンにはどんな意味いみが…？」といったような無用むような勘かんぐりを差さし挟はさませない、ある種しゅの作品さくひんとしての力強ちからづよさがあります。

「座頭市ざとういち」の頃ころにおいて、作風さくふうが湿しめっぽい雰囲気ふんいきになる事ことを避さけるためにポップなトーンを模索もさくした事ことが、映画えいが作家さっか北野きたの武たけしの新あらたなスキルとなり、この映画えいがでもそれが反映はんえいされていると感かんじました。同おなじストーリーでも、撮とる監督かんとくが違ちがえばこの映画えいがは湿しめっぽい雰囲気ふんいきになる危険きけんもあったと思おもいます。

「ソナチネ」の頃ころから北野きたの映画えいがを観みてきた者ものとしては、バイオレンスを抜ぬきにしても作さく劇げきが推進すいしんしていく事ことに新鮮しんせんな驚おどろきがありました。北野きたの映画えいがの登場とうじょう人物じんぶつは、例たとえば「金かねが欲ほしい→銀行ぎんこう強盗ごうとうしよう」といったように、直線ちょくせん的てきで最短さいたんの行動こうどう様式ようしきを取とる事ことが多おおいので、簡単かんたんに反はん社会しゃかい的てき行為こういに行いきついてしまい、結果けっかとして暴力ぼうりょくが描えがかれる事ことになりがちでしたが、本ほん作さくの主人公しゅじんこうの場合ばあいそれが創作そうさく活動かつどうに帰結きけつする事ことにより、犯罪はんざいや暴力ぼうりょくには行いき着つきません。このようにバイオレンスの要素ようそが北野きたの映画えいがから排他はいたされた時ときに見みえてくる、北野きたの映画えいがの本質ほんしつというものがとても好こう印象いんしょうなものでした。それは過去かこの作品さくひんでも「あの夏なつ、いちばん静しずかな海うみ」もこれに該当がいとうしますが、これとは違ちがう、何なにか純度じゅんどの高たかいものを本ほん作さくは内包ないほうしており、意義いぎを持もっていると思おもいます。非ひ倫理りんり的てきだからバイオレンスを忌避きひするというのではなく、「もう必要ひつようなくなったからバイオレンスは描えがかれない」という説得せっとく力りょくがあります。
またバイオレンス映画えいがとは、バイオレンスであるがゆえに、作さく劇げきを推進すいしんしていくにおいて高たかい燃料ねんりょう消費しょうひを伴ともなうというい方いかたができると思おもいます。それに比くらべて本ほん作さくは、激はげしい行動こうどうがないので「燃費ねんぴが良よい」。北野きたの映画えいがは「削そぎ落おとしの作風さくふう」と言いわれてきましたが、とうとうバイオレンスも排他はいたしたのだと思おもえて楽たのしかったです。
このような創作そうさくの進化しんかの感かんじられ方かたは、本ほん作さくと次つぎ作さく「アウトレイジ」とがセットになって、「ソナチネ」のトラウマを凌駕りょうがしようとしているようにも受うけ止とめられましたが、「アウトレイジ」の方ほうは技巧ぎこうを高たかめる事ことでその進化しんかの具合ぐあいを示しめしているのに対たいして、本ほん作さくは削そぎ落おとしの純度じゅんどでそこに対応たいおうしており、さらに有意義ゆういぎなものであると思おもいました。

「飢うえてる人ひとの前まえにおにぎりとピカソの絵えを置おくどっちを取とると思おもう？」とか。監督かんとくの「お百姓ひゃくしょうさんが一番いちばん偉えらい」「オイラの絵えは売うらない」という発言はつげんからも、芸術げいじゅつに対たいする視点してんに敬愛けいあいが感かんじられます。
「アート」「芸術げいじゅつ」に対たいする憂うれいや憧あこがれがふんだんに込こめられた作品さくひん。ラストシーンは、すごい。アレは凄すごい。