息いきもできない : 映画えいが評論ひょうろん・批評ひひょう

2010年ねん3月がつ23日にち更新こうしん

2010年ねん3月がつ20日はつかよりシネマライズほかにてロードショー

映画えいがより大事だいじな生せいをみつめている。にもかかわらず映画えいがとしても美うつくしい

その男おとこ凶暴きょうぼうにつきなチンピラ、サンフン。二言にごんめには「くそ」つきの悪態あくたいをつく。殴なぐる蹴けるの乱暴らんぼうは朝飯前あさめしまえ。女おんなにも、取とり立たて業ぎょうの弟分おとうとぶんにも見境みさかいなく拳こぶしが飛とぶ。が、強面こわおもての下したには意外いがいなやわらかさも隠かくされていて幼おさない甥おいにつっけんどんな届とどけ物ぶつや心配こころくばりをしてみせる。

そんな“狂犬きょうけん”の造形ぞうけいはいってしまえばミーンストリートを描えがく古今ここん東西とうざいの映画えいがのつきもの。もうおなじみの存在そんざいで、だから俳優はいゆう出身しゅっしんの監督かんとくヤン・イクチュン自みずからがかたどる主人公しゅじんこうに画期的かっきてきな新あたらしさがあるわけでもない。なのに彼かれの映画えいがはこんなにも新あたらしく胸むねに迫せまる。この圧倒的あっとうてきな力ちからはいったい何なになのか。

自分じぶんの中なかのもやもやを吐はき出ださなければ生いきていけない。その思おもいが撮とらせたという一いち作さくの強つよさはまず古今ここん東西とうざいの映画えいがなどお構かまいなしの姿勢しせいにあるだろう。チンピラと普通ふつうにみえる女子高じょしこう生せい。その弟おとうと。異母いぼ姉あねと息子むすこ。それぞれの背後はいごに暴力ぼうりょくで壊こわれた家庭かていがある。チンピラの家いえの窓まどを覗のぞくとその先さきに女子高じょしこう生せいの家いえの光景こうけいが続つづいている。鏡かがみのように互たがいを映うつして列つらなる暴力ぼうりょくの連環れんかん。“私わたし”の思おもいに発はっした眼差まなざしを社会しゃかいに、国くにに、蔓延はびこる傷きずへと深ふかめて語かたるヤンの映画えいがは、映画えいがより大事だいじな生せいをみつめている。肝心かんじんなのは、にもかかわらず新鋭しんえいの長編ちょうへん第だい一いち作さくが映画えいがとしてもあっけなく美うつくしい点てんだ。強つよがりが砕くだけて止とまらない涙なみだを分わかつ“狂犬きょうけん”と女子高じょしこう生せい。その魂たましいが共鳴きょうめいする一瞬いっしゅんをソウルの灯ひを浮うかべてやさしい漢江かんこうの水みずの景色けしきが包つつむ。人じんがいて思おもうに任まかせぬ生せいがあり、彼かれらをみつめる世界せかいがある。語かたりたいことをもつ者ものの物語ものがたりの強つよみの後のちから有無うむをいわせぬ映画えいがが清冽せいれつに逞たくましくせり上あがっている。

（川口かわぐち敦子あつこ）